第十三話 妹よ、俺は今裏ギルドに乗り込んでいます。
治安が良いとされているトロンの街とはいえ、前世の日本と比べれば比較にならず大通りでも深夜に出歩く人影はほとんどない。
月明りに照らされた誰もいない道をゆっくり歩く。僅かに聞こえてくるのは冒険者ギルドに併設された酒場の声。大通りに酒場はこの一軒しかない。少し奥へ入れば当然酒場くらいはあるだろうが、大規模な歓楽街が無いのは税収的にどうなのだろうか。まあ、子供達の教育を考えれば歓楽街など無い方が望ましい。
「さて、やるか「結界」」
腰の「斬究」に手を添え意識を集中する。肺にある息をすべて吐きだし呼吸を止め一振り。放たれた斬撃が図書館を挟んだ反対側の「結界」に阻まれ消滅した。
「お見事!」
図書館の職員が居ないことを「索敵」で確認して建物の角に移動する。
「一人でもいけそうだ」
建物ごと持ち上げると本棚がバタバタと倒れた。かまわずそのままマジックボックスに収納する。あとで本の整理をする人、ごめんなさい。
「あそこか」
建物の基礎部分だけを残した跡地から地下への入り口が現れる。構造上、図書館に入館しなければ地下への出入り口は使えない。図書館と裏ギルドの癒着は確定だ。
「ウォーターボム」
出入口が爆散すると地下に繋がる階段が現れた。中に入り、誰一人逃がさないため「結界」ですべての出入り口を塞ぐ。「索敵」で確認すると地下に居る人間は十八人。ウォーターボムの爆音と振動で慌てて数人がこちらに向かってくる。全員相手をしてやるつもりだから慌てなくてもかまわんのだが。
「何者・・」
最後まで話すことなく膝から崩れ落ちる。駆けつけた三人は攻撃されたことに気付かぬまま意識を失った。
「上手いじゃないか、コタロー」
駆けつけた三人の意識を刈り取ったのは人型になったコタローの吹き矢。意識を失いながらも小刻みに震えているところを見ると、使ったのはテイザーガンの魔法が込められた玉なのだろう。
「フフフッ、敵は私の存在にまったく気付いていませんでしたね」
薄暗い通路で「隠密」を使っているコタローに気付ける訳がない。新しい武器を使いたくて仕方のなかったコタローの実験台になった敵にはほんの少しだけ同情する。
「遊びは終わりだ。戻れ、コタロー」
人型のまま音もたてずジャンプしたコタローが空中で燕の姿になり俺の肩に着地する。
重そうな金属製のドア。残る敵は十五人。ドアの正面に囮役が一人。両サイドに二人ずつ。残りの十人は部屋の奥に散らばっている。
ドカーン!
蹴りでドアを吹き飛ばし正面の囮役を無力化、驚く隙に両サイドの四人にも蹴りを入れて壁まで吹き飛ばす。残り十人。
「邪魔するぞ」
椅子に座る中央の男を除き、全員が武器を構える。
「何者だ。どうしてこの場所を知っている?」
「刺客に口を割らせたからに決まっているだろ」
「誰のことを言っている?今夜仕事は入っていない」
そういえば、リーダー格の男に名前を聞いていなかった。「上位鑑定」で見た筈だが、たしか・・・
「リーダー格の男は・・・バムだったか。「発掘」のスキル持ちも居たな。全員で七人だ」
椅子に座る中央の男が苦虫を嚙み潰したよう顔をした。
「すまない。こちらはその件を把握していない。多分、バムの野郎とその手下が勝手に受けた依頼だ」
「お前達の事情など知らん。俺には関係ない」
「和解したい。条件を言ってくれ」
「条件など無い。和解はしない」
「金なら出す」
「駄目だ」
「俺が直接謝罪に出向く」
「駄目だ」
「だったら、どうしろと言うのだ。あんた一人で何をしに来た」
「裏ギルドは潰す。俺は今日ここを埋め立てに来た」
後ろの九人が一斉に殺気立つ。
「この人数を相手にする気か?非はこちらにある。下手に出ている間に条件を言ってくれ」
んー・・・なんか思ったのと違う。こいつらそれ程悪人に見えない。もしかしてバムと手下が暴走しただけなのか。たとえそうだとしても裏ギルドは潰すけど。表立った組織ならまだしも、水面下での活動では今回のようなことが何時起こっても不思議はない。結果的に裏ギルドがマザーループとシスターパトリを手に掛けようとした事実は変わらない。
「条件はない。裏ギルドは今夜潰す。俺一人で十分だ」
「融通のきかねー野郎だな。バム達はいったい誰を狙ったんだ?」
「マザーループとシスターパトリだ」
「なんだと!本当か、本当にマザーループとシスターパトリを狙ったのか!」
「そうだ。この街に無くてはならない二人を、弱者に手を差し伸べ続ける二人を、お前達は標的にした。知らなかったは通用しない」
椅子に座る中央の男が席を立ち、一歩前に出てその場に跪く。
「申し訳ない。マザーループとシスターパトリが慈悲深い方々なのは重々承知している。今後このような事が二度と起こらないよう組織の者にも徹底させる。この通りだ」
中央の男は床に伏せ最大限に謝罪の意を示した。
「駄目だ」
「俺一人の命で勘弁してくれ」
なかなか肝の据わった男だ。マザーループとシスターパトリを慈悲深い方だと言う言葉にも嘘はない。それでも・・・
「駄目だ」
「頼む。俺達は裏ギルドなんて言ってはいるが、やっていることは自警団みたいなものだ。法で裁けない悪事、悪い薬や違法な商売がこの街に蔓延しないようにするのが主な仕事だ。ボスは崇高な理念を持ち、マザーループを心から尊敬している。俺一人で勘弁してくれ」
「駄目だ」
どんな理由があろうが、どれ程崇高な理念を持とうが、マザーループとシスターパトリの命が脅かされたことに変わりはない。
「ヘイダーさん、そこまでだ。あんたは俺達に必要な男だ、ここで死なせる訳にはいかない」
「そうだ。悪いがこの兄さんには消えてもらうしかない」
「ヘイダーさんの代わりはいないんだ」
結局はこうなる。裏の組織なんてものは所詮この程度だ。
「うるさい、黙れ。ウォーターボム」
魔法を放ち、壁を破壊する。かかってくるのならいつでも相手になる。
「お前ら、はやまるな!兄さんも勘弁してくれ。この上は図書館なんだぜ」
「ウォーターボム」
壁に当てたウォーターボムとは比べものにならない強さで天井をぶち抜く。月の光が地下室を照らし、裏ギルドのメンバーは言葉を失う。
「埋め立てるのに邪魔だったから、図書館はどけておいた」
「あんた・・・何者だ。こんな威力の魔法を、しかも無詠唱で・・・」
「俺の名はトキオ。数日後に教会が始める学校で教師をする予定だ」
「教師・・・」
あと、バイトで冒険者を少々。登録しているだけですけどね。
♢ ♢ ♢
「マーカス、ご苦労だった。問題はなかったか?」
「はい、ずっとこんな様子です」
マーカスが目配せした先では襲撃犯の中で唯一意識のあるリーダー格の男がブルブル震えている。
「師匠を怒らせて命があっただけでも儲けものだ。慈悲の女神チセセラ様に感謝しろ」
「ひっ!」
サンセラの声にリーダー格の男は先程の恐怖が蘇ったのか、口から泡を吹いて気絶した。
「ハァ、ハァ、サンセラ先輩、歩くのが速すぎますよ」
「オスカーが遅いだけだ。そんな体たらくではいざとなった時役に立たんぞ」
教会へ来るのに少し意地悪をされたオスカーがようやく追いつく。
「オスカー、衛兵の方は?」
「こちらに向かっている。直に来るだろう」
「そうか。サンセラ先輩も戻られたし、私は師匠の加勢に向かいます」
「必要ない。引き続き教会と孤児院の警護を頼む」
「サンセラ先輩はどうされるのですか?」
「マザーループとシスターパトリの所へ行ってくる。二人だけでは心細いだろうからな」
そう言ってサンセラは部屋を後にする。気丈に振る舞っていても戦う力を持たない二人の心中を察することのできる先輩に、マーカスとオスカーは尊敬の眼差しを向けた。
「なあ、オスカー。お前は裏ギルドの存在を知っていたのか?」
「いや、知らなかった。私だけでなく父上や兄上も知らなかったようだ」
二人は裏ギルドの存在を疑問視する。いくら秘密裏に活動していたとしても領主であるブロイ公爵家にまで隠し通せるものではない。そもそも、まったく存在が認識されていなければ仕事の依頼を出しようがない。
「来たか」
外から複数の足音が聞こえてくる。衛兵を連れたクルトが到着した。
「お待たせしました、兄上。マーカス殿、お久しぶりです」
「ああ、立派になったな、クルト殿」
クルトは学生時代に何度かマーカスに稽古をつけてもらったことがある。クルトから見てもマーカスの剣は別格だった。そのマーカスの剣をトキオが素手で受け止めたと聞いたとき、驚きはしたが納得もした。トキオの強さは別格を通り超え次元が違う。
「父上もこちらへ向かっております」
「そうか。マザーループが標的にされたのだからブロイ公爵も気が気ではないだろう」
「それだけじゃない。父上は先生のお力を十分に認識している。先生が怒っているのではないかと気が気じゃないのさ」
「怒っているぞ。見てみろ、あの男を」
マーカスが顎で指したのは、衛兵に連れ出されている気絶したリーダー格の男。
「私が監視している間はブルブル震えているだけだったが、サンセラ先輩が師匠の話をしたら口から泡を吹いて気絶してしまった」
ブロイ公爵宛てに伝言を預かっているマーカスは、トキオが最後に付け加えた一言の重みを感じていた。
衛兵が教会から襲撃犯をすべて回収して数分、ブロイ公爵が到着する。
「お久しぶりです、ブロイ公爵」
「おお、久しいなマーカス殿。活躍は私の耳にも入っているよ。S級冒険者となったマーカス殿が我が領地トロンを拠点にしてくれたことに心から感謝する」
「感謝をするのは私の方です。この街で生涯の師を得ることができ、尊敬できる方々とも出会えました。この恩は冒険者の働きでトロンの街にお返しいたします」
また一人、トキオに魅了された。それも並の人物ではない。「剣聖」スキルの所持者にして近接戦では最強と呼び声高いS級冒険者だ。あらためてブロイはトロン領主としてトキオとの接し方に細心の注意を払う必要を痛感する。
「トキオ殿は行かれたのだな」
「はい、ブロイ公爵宛てに伝言を預かっております。イレイズ銀行はそちらにお任せするので即座に行動してもらいたい。あと、裏ギルドのアジトは図書館の地下にあることが判明しました。今回の件に関与している者には貴族、役人など身分に関わらずしっかりと調査していただきたいとのことです」
「うむ、了解した。イレイズ銀行には既に兵を向かわせている。差し押さえの書類も今晩中にエリアスが用意するだろう」
「迅速な対応に感謝いたします。マザーループとシスターパトリを手に掛けようとしたイレイズ銀行に対して師匠は烈火のごとく怒り狂っておりましたので、行動が遅くなるようだと裏ギルドだけでなくイレイズ銀行にも直接手を下されるのではないかと冷や冷やしておりました」
「それは・・・恐ろしいな」
「はい。普段怒りの感情を出す方ではありませんので、尚更に」
ブロイとマーカスは知る。世の中には絶対に怒らせてはならない人物が居ると。
「私はマザーループとシスターパトリに挨拶してくるよ。オスカー、案内してくれ」
「はい、こちらです」
オスカーの後ろを歩きながらブロイは心を決める。今回の件に関して、身分や役職は一切関係なく徹底的に調査させると。マザーループとシスターパトリが標的とされた事実を変えられない以上、せめてそれぐらいの誠意はトキオに見せる必要がある。
来客室に移動したマーカスとクルト。クルトは手合わせをしたこともあるマーカスにトキオの感想を率直に聞く。
「マーカス殿、オスカー兄上から先日トキオ殿と手合わせしたとお聞きしました。トキオ殿の剣技は如何ほどのものでしたか?」
クルトの問いに自虐的な笑みを浮かべマーカスは答える。
「あれを手合わせとは言わんよ。師匠はじゃれてくる子供のチャンバラごっごに付き合っただけさ。師匠と私で手合わせは成立しない。実力が違い過ぎる」
「それ程ですか!」
「ああ、しかも師匠は得意な魔法を一切使用せず、純粋に身体能力だけで私を圧倒した。唯一刀を使用した最後の攻撃は反応できないどころか目視すらできなかった。自分の弱さを痛感したよ」
トキオが尋常ではない強者なのは知っている。だが、クルトにとってはマーカスも剣において他の追随を許さない別格の強者だ。マーカスの言葉は他者がトキオの凄さを語るのとは重みが違う。
「敗北に愕然とする私に師匠が言ったよ。剣の技量は素晴らしい、ただ、それだけだ。他がまったくなってないと。気付けば周りで子供達が見ているのも忘れてその場に土下座し弟子入りを志願していた」
「剣の技量は素晴らしいとお墨付きをもらったのなら、トキオ殿に何を習うのですか?」
「クルト殿、私は剣を上手く扱いたいのではない。強くなりたいのだ。剣はその手段に過ぎない。今私は剣を置き、一から身体の使い方を教えてもらっている。師匠の理論は過去に誰からも聞いたことがないことばかりだが全て理に適っている。日々、強くなっている自分を実感している。ただ・・・」
「ただ?」
「不思議なことに強くなればなるほど師匠との差が離れていく。一歩前進すれば今まで見えなかった師匠の凄さに気付かされる。少しでも近づこうとまた一歩前進すれば、さらに今迄気付けなかった師匠の凄さがわかる。多分、私はまだ師匠の本当の凄さを一割も理解していない」
クルトは思う。クルトからすれば十分達人の息に達しているマーカスが本当の凄さを一割もわかっていないと言うトキオの凄さを体感してみたい。許されるのであれば、自分もすべてを投げ捨ててトキオに教えを乞いたい。だが、立場がそれを許さない。
貴族でありながらすべてを捨て冒険者となったマーカスや、常に自らの身を軽くし続けていた兄のオスカーが羨ましい。違う。自分にはすべてを捨てる勇気が無かったのだ。そこが初めから覚悟を持って人生を送っていた彼等と自分の差なのだ。覚悟も持たず羨むなど、許されない。
「マーカス殿、もし、時間があれば以前のように稽古をつけていただけませんか」
「ああ。近々学校が始まるので当分の間は難しいが、時間に余裕ができればかまわんよ」
「その時は是非お声がけください。トロンの治安を預かる者として少しでも腕を上げておきたい」
クルトはトロンの街が好きだ。トロンの領主であるブロイ公爵家に生まれたことを誇りに思っている。兄オスカーやマーカスのようにすべてを捨てることはできない。トロンの街を捨てることはできない。だから全力で守る。トキオやマーカスのような強者にはなれなくとも、宝であるこの街を守るために己を高め続ける決意がクルトにはある。




