第六話 妹よ、俺は今手合わせしています。
「トキオ先生、がんばれー」
声援を送ってくれたミルに笑顔で手を振る。どうしてこうなった・・・
ここへ来た初日に俺が「創造」で作ったベンチに腰掛けるマザーループとシスターパトリ。横にはオスカー、子供達も漏れなく全員中庭に出て中央に立つ俺を含んだ三人をとり囲んでいる。あっ、サンセラまで来やがった。
『コタロー。お前がサンセラに声を掛けたな』
『折角の機会ですので。声を掛けねば後で文句を言われるのは目に見えていますし』
仲の良いことで・・・
『結界で周りは囲んだが、念のためお前は結界の外で子供達の安全を守れ』
『御意』
『サンセラ、お前も何かあればマザーループ達を守れよ』
『心得ております』
こうなってしまっては仕方がない。マーカスが何か飛び道具を持っているかもしれないし、念のためステータスを覗いておくか。
「上位鑑定」
名前 マーカス ハルトマン(26)
レベル 51
種族 人間
性別 男
基本ステータス
体力 4131/4131
魔力 1224/1224
筋力 4284
耐久 4131
俊敏 3315
器用 3998
知能 1326
幸運 1530
魔法
火 E
風 E
スキル
剣聖8 身体能力向上8 魔法耐性8 不動心5 体術5 槍術3 弓術1
おお、この世界初のレベル50超え。ステータスを見てもこつこつと鍛錬を積んできたのがわかる。典型的な接近戦を得意とする前衛だ。
スキルも素晴らしいじゃないか。特に「剣聖」は俺が持つ「剣術」スキルの上位互換。しかも「剣術」「剣豪」「剣聖」とある剣のスキルでも最上位。「身体能力向上」と「魔法耐性」も戦闘スタイルに合った良いスキルだ。どちらもレベルがカンストすれば「身体能力向上」は基本ステータス50%向上。「魔法耐性」は魔法攻撃のダメージを50%まで軽減できる。レベル8の現在は40%か。
冒険者として十分にやっていける。だが、俺の敵ではないな。
「立会人は冒険者組合トロン支部ギルド長、トレバー マノアが務める。両者構えて」
両手で剣を中段に構え、右足を大きく後ろに引くマーカス。対して俺は大太刀「斬究」も小太刀「雷鳴」も抜かず、自然体のまま立つ。
「トキオ君、それでいいのかい」
「かまいません。始めてください」
ギルド長が一つ頷くと俺達の中央で右腕を前に真っ直ぐに伸ばす。その腕を天に掲げると同時に叫んだ。
「はじめ!」
開始の合図と同時に距離を詰めたマーカスの剣が俺の胴を右から薙ぎ払う。この攻撃は囮。難なく躱すと次は切り返して左から、こちらが本命。剣の速度を上げたところで来るとわかっている攻撃など当然造作もなく躱す。二の矢も躱されたマーカスは剣の勢いそのままに回転して左上段から袈裟に切りかかろうとするが隙だらけ。回転の途中で背中を蹴飛ばしてやるとバランスを崩し派手に転ぶ。
「小賢しい。ふざけているのならやめるぞ」
力が上の者との戦いで小手先の技術に頼るなど愚の骨頂。策を弄するにしても最低限事前の準備が必要だ。マーカスが俺にできることはただ一つ。我武者羅に攻撃することのみ。
「まだ、刀を抜いてはもらえませんか」
なるほど。こいつまったくわかっていない。自分が下なのはわかっていても、俺との差がどれ程なのか見えていないのだ。見えていないのはいい。だが、そういった場合は最悪の想定をすべき。だが、マーカスは逆の想定をしている。俺との差はそれ程ないと勘違いしている。理由は単純。自分の剣技に自信を持ち過ぎているから。それは自信ではなく過信だ。
「己の力で抜かせればいいじゃないか」
「そうさせていただきます」
構えを下段に変え低い姿勢をとりスピード重視にシフトするマーカス。技、力、スピード、三つの要素で最もステータスが低いにもかかわらず敵に合わせてしまっている時点で愚策中の愚策。戦いというものをまったく理解していない。
剣を下段に構えたまま一気に加速し距離を詰めようとするマーカス。それに合わせて俺はゆっくりと弧を描きながら後ろに下がる。追うマーカス。ゆっくり下がる俺。それなのに距離は縮まらない。ゆっくりと下がって見えるのは目の錯覚。実際はマーカスの突進より俺の下がるスピードの方が速い。距離が縮まらないまま少しずつ弧を小さくしていく。追うのに必死のマーカスは気付かない。追いかけっこが始まってから俺の描く弧が半分の大きさになったところでいっきに加速。俺のスピードに付いてこられなくなったマーカスの後ろに回り込み背中を蹴飛ばしてやると、またもマーカスは派手に転んだ。
「実力が上の相手に対して戦い方を合わせてどうする。最低限、自分が得意な戦い方に持ち込まなければ勝機などないぞ」
「はい!」
上段に剣を構え、集中力を高めるマーカス。それでいい。それしかない。
カミリッカさんに初めて稽古をつけてもらった頃を思い出す。戦い方を知らないくせに策を弄し、すべて見透かされたあの頃の俺を。あの時はカミリッカさんに「小賢しい!」と一喝された。まさか、俺も師匠と同じセリフを吐くとは。
集中力を研ぎ澄ませたマーカスの剣が真っ直ぐ俺に向かってくる。防御も、二の矢も無い、持てる力をすべて剣に乗せた純粋な一撃。現時点でマーカスが出せる最高の一振り。
パシン!
それでも、俺には届かない。マーカスの剣を両手で挟み込む。真剣白刃取り。刀より遥かに重量のある両刃剣を素手で挟み込むことを可能にしたのは、俺とマーカスの間にある圧倒的なステータスの差。「剣聖」レベル8程度でこの差は埋まらない。
マーカスの表情が驚愕に染まる。それにかまわず両手で剣に強いひねりを加えると、堪らず剣から手を離したマーカスはゴロゴロと転がっていく。慌てて立ち上がるマーカスの足元に奪った剣を放り投げた。
「構えろ。これから一度だけ刀で攻撃する。全身全霊で防御しろ。俺の攻撃を防ぐことができれば、この勝負はお前の勝ちでいい」
剣を拾い防御の姿勢をとるマーカス。
「準備はできたか?行くぞ」
右手を「斬究」添え、肺の中の空気をすべて吐き出す。低く、さらに低く、右ひじが地面に付くギリギリまで低く構える。きつい姿勢でも極限まで脱力し、左足親指の付け根のみに力を集中する。
防御態勢を固めたマーカスが、気合と共に叫んだ。
「来い!えっ・・・」
「それまで!勝者、トキオ セラ」
ギルド長の声でマーカスの首元に寸止めした「斬究」を鞘に納める。俺が出したのは、ただ単純に身体能力のみの居合切り。マーカスは、反応はおろか目で追うこともできない。防御に使った剣は真っ二つ。両手には武器同士がぶつかり合った感触すらないだろう。
マザーループとシスターパトリ、オスカー、子供達にも俺の攻撃は捉えられない。瞬きした次の瞬間に目の前で勝者と敗者が決まっていた。
一瞬の静寂。
「勝った!トキオ先生が勝った!魔法だけじゃない!剣を持ってもトキオ先生は超絶凄い!わたし達の先生は超絶凄い!やったー!」
ミルの叫びと共に子供達が大騒ぎを始める。慌ててシスターパトリが興奮する子供達を落ち着かせるため大声を張り上げる中、未だ呆然とするマーカスに戦った感想を正直に話す。
「素晴らしい剣だ。才能にも恵まれ、驕ることなく修練を積み手に入れた剣技は俺にも勝る。だが、それだけだ。剣以外のすべてが台無しにしている。「剣聖」スキルはこんなものじゃない。マーカス殿が伸び悩んでいるのは、剣の修行のみに取りつかれているからだ。他をさぼり過ぎだな」
「剣以外のすべてが・・・私の剣を台無しに?」
「そうだ。マーカス殿がどのような教えを受けてきたかは知らないが、一つのことを極めるには他の多くを知る必要があるというのが俺の持論だ。ちなみに、俺は剣より魔法の方が得意だぞ」
「魔法の方が・・・」
折角「剣聖」スキルを持っているのだから、マーカスにはカンストのレベル10迄高めてもらいたい。その為には今のままではダメだ。柔軟な考え方が必要になる。
「いやー、トキオ君は本当に凄いね。得意の魔法を使わずにS級冒険者を子供扱いとは恐れ入ったよ」
「えっ、マーカス殿はS級冒険者だったのですか。それでさっきオスカーの話を遮ったのですね」
この狸オヤジ、初めから俺と立ち合いをさせる目的でマーカスを連れて来やがったな。
「怒らない、怒らない。マーカスが伸び悩んでいたのは知っていたからね。君との立ち合いで何か切っ掛けでも見つかればと思って。トキオ君が戦うところも一度見てみたかったし」
「これで貸し借りはなしですからね」
「ああ。良いものを見せてもらったよ。大満足さ」
まったく、二度とギルド長には借りを作らないぞ。
「私は仕事がありますので、ギルド長はとっととお帰りください。マーカス殿、頑張ってくださいね。それじゃあ」
「お待ちください、トキオ殿。いえ、トキオ様」
様?・・・これ、あかんやつだ・・・
「剣を手にして今日まで、これ程完膚なきまでに叩きのめされたのは初めてです。トキオ様の下で修行させてください。私を弟子にしてください」
ほら来た。またこのパターンだよ・・・
「何卒、何卒、お願いいたします」
こいつ、何卒って言えば何でも聞いてもらえると思っていないか?
「申し訳ないが俺にはやるべきことがあります。マーカス殿の為に割く時間はありません」
今回は断る。絶対に断る。弟子はサンセラだけで十分だ。
「僅かな時間でも構いません。お傍で背中を見せていただくだけでも結構です。トキオ様の下で学ばせてください。首を縦に振っていただくまで、私はこの場を一歩たりとも動きません」
いや、この中庭は子供達の遊び場なので、ずっとそこに居座られたら迷惑なんですけど・・・
土下座をしたまま、俺が首を縦に振るまでは梃子でも動かぬといった様子のマーカス。困り果てた俺にギルド長が近付き耳打ちする。
「僕からも頼むよ。S級冒険者がトロンを拠点にしてくれるのはギルド長としても万々歳だからね。トキオ君にも悪い話じゃないだろ。いくら強くても無名の君と違って、マーカスは名の売れたS級冒険者なのだから。彼が出入りする学校に手を出そうなんて輩、そうはいないよ。ねえ、頼むよ。今度は僕が貸し一ってことでいいからさ」
今、確信した。この野郎、絶対にこの展開を予想していたな。ギルド長のいいなりになるのは癇に障るが、確かにマーカスの存在は学校の抑止力になる。くそ、仕方がない・・
「貸しはしっかり利子を付けて返してもらいますからね」
「了解。トキオ君とマーカスが居てくれたら、トロンの街は安泰だ。僕にできる事ならなんだってするよ」
結局こうなるのか・・・まあ、弟子にする以上はマーカスの「剣聖」スキルがカンストするまでは面倒を見てやるか。今のままじゃあまりに勿体ないし。
「わかった。マーカス、弟子入りを許可する。ただし、条件が二つある」
「あ、ありがとうございます。何なりとお申しください」
「俺は今、ここにいる子供達が学ぶための学校を作っている。そこで先生をやるつもりだ。したがって剣の稽古は朝の一時間だけと決めている。お前に付き合ってやれるのはその時間だけだ」
「はい。十分でございます」
基礎体力や剣の基本が出来上がっているマーカスに長時間の修行は必要ない。マーカスの場合は、剣の稽古より考え方や柔軟な発想力を磨くことの方が重要だ。
「マザーループ。マーカスを新しく出来る学校で冒険者志望の子供がいた場合に臨時の指導員として雇いたいのですがよろしいでしょうか?」
「トキオさんの思うままに」
「ありがとうございます」
これまでの成り行きを見ていたマザーループは、オスカーの時と同じように俺の意見を採用してくれた。
「マーカス。聞いてのとおり、これがもう一つの条件だ。冒険者志望の子供達に魔獣との戦い方や冒険者としての心得を教えてやってほしい。冒険者として何の実績もない俺と違い、お前にはS級冒険者にまで上り詰めた知識と経験がある。頼めるか?」
「はい。お任せください」
「週に一度程度でかまわん。冒険者としての活動を優先してくれ。お前にはS級冒険者としてトロンの街でもしっかりと名を轟かせてほしい。それが学校を悪しき者から守る抑止力にもなる」
「心得ました」
「よし、今後のことで話しておきたいこともあるから来客室で待っていてくれ」
オスカーとマーカスが教会に引き上げると、興奮した子供達がシスターパトリの抑えを振り切って俺に向かって駆けよりあっという間に囲まれる。
『コタローとサンセラは先に学校へ行って俺が居なくてもできる作業から進めてくれ』
『『わかりました』』
一斉に話し掛けてくる子供達。ボクシング映画の主人公みたいになっちゃったよ。
「凄い!凄い!トキオ先生は超絶凄い!」
「あの技、何て言うの?」
「刀、かっこいい!」
「何で刀が二本あるの?」
「怖くなかった?」
「またおもちゃ作って」
「俺も頑張れば強くなれますか?」
「S級冒険者を倒しちゃうなんて凄い!」
子供達よ、ひとまず落ち着いてくれ。
俺は聖徳太子じゃないのでいっぺんには聞き取れないよ。




