第四話 妹よ、俺は今領主邸に来ています。その2
夫人も回復し、俺達は本来の目的である学校建設の挨拶の為部屋に戻った。
「トキオ殿、妻の件は本当に感謝する。何か礼をさせてほしい」
「礼など必要ありません。俺も今はセラ教会に身を置いています。目の前で苦しむ人が居れば手を差し伸べるのは当然です。ねえ、マザーループ」
「その通りです」
「しかし・・・」
領主として恩を返したい気持ちはわかるが、礼と言われても何も思いつかない。こちらとしては学校に反対さえされなければ十分だ。
「それだけではない。娘に貴重なマジックアイテムまで用意してもらって、何も返せないのは・・・」
「あれは俺が作った物なので、本当に気にしないでください。実は皆様にも手土産を用意してあるのですが、あまり感謝されると逆に出しづらくなってきました」
「下さい!」
俺の言葉に次男のオスカーが飛びつく。
「こら、オスカー。お前という奴は、これ以上トキオ殿に・・」
「見たいではないですか。神のような奇跡の治療をし、見たことも無いマジックアイテムをまるでお菓子を上げるかのようにフランに渡すトキオ殿が、我々に何を用意してくれたのか。兄上だってそう思うでしょ」
おっ、長男のエリアスも巻き込まれた。
「興味が無いと言えば噓になる」
「ほら、クルトだって興味があるだろ」
「・・・はい」
長男、三男、陥落。それにしても貴族らしくないブロイ公爵家の中でもオスカーは特に異質だ。口が達者で好奇心旺盛、人間味もある。貴族の面子なんて一切考えていない。
「お前らなぁ・・・」
息子たちにおかんむりのブロイ公爵。折角作ってきたのだし、今の内にさっさと出してしまおう。
「ブロイ公爵、皆様に用意したものはフランツェスカ様にお渡ししたようなものでなく、ただのマジックバッグです。ご期待に沿えず申し訳ありませんが、折角ですのでお受け取りください」
マジックボックスから取り出し、四人に一つずつマジックバッグを渡す。受け取ると礼を言ってテーブルの上に置くブロイ公爵。長男エリアスと三男クルトも同じようにするが、次男のオスカーだけは手に持ったまま食い入るように中を確認する。
「トキオ殿、このマジックバッグの容量はどのくらいですか?」
「民家一軒分くらいですかねぇ」
「み、民家一軒分!」
声を上げたのはオスカーではなく、ブロイ公爵だった。慌てて他の二人もマジックバッグを手に取る。あれ、教会にあげたマジックバッグが国宝級と言われたから、かなり容量を抑えたのだが・・・やっちゃったか。
「ちょっと、失礼」
我慢できなくなったのかオスカーは立ち上がると、座っていない椅子を次々とマジックバッグに放り込む。椅子がすべて無くなると次は装飾品。それも無くなると部屋にあるものを片っ端から放り込む。オスカーの奇行を誰も止めず、遂には俺達が座る椅子とテーブル以外全ての物を放り込んでしまう。
「凄い・・・全然容量がいっぱいにならない」
興奮が収まらないオスカー。
「父上、マノア殿の言われたことは大袈裟でもなんでもなく事実だったのですよ。こんなマジックバッグを見たことがありますか?トキオ殿こそ、人知を超えた究極の冒険者だ。魔法だけじゃない。あのマノア殿が敵対するぐらいなら一目散に逃げる、逃げ切れる可能性は限りなく0に近いが戦って勝つよりは遥かに可能性が高いとまで言う御方だ。絶対に敵に回してはいけない。味方ならトロンは安泰ですよ」
おいおい、落ち着けオスカー。
「それを本人の前でいう奴があるか、この大馬鹿者が!」
おっしゃる通り。ここに本人が居ますよー。
「あっ、あの・・・申し訳ありません」
今更ながら自分の言動に気付き、その場に両手両膝をつくオスカー。
「トキオ殿、お気を悪くされたのならいくらでも頭を下げる。どうか・・」
「いえいえ、何も問題ありません。ギルド長は物事を大袈裟に言う悪い癖がありますので、話半分くらいに聞いておいてください。さあ、オスカー様も席に戻って」
やっぱりギルド長が余計なことを話していた。俺の存在を領主に伝えておかないといけないのは理解するが話を盛り過ぎだ。いい加減注意しておかないとその内とんでもないことになるぞ。
「オスカー様、どうかなさいましたか?」
オスカーは席に戻らず両手両膝を床に付けたままプルプル震えている。あれ、泣いているのか?
「私は今ここに生涯の師を得ました!トキオ殿、いえ、トキオ様。私を弟子にしてください」
嘘でしょー、勘弁してよ・・・
「御戯れを。一介の冒険者でしかない俺が公爵家のご子息を弟子になどできません。さあ、席に戻って話の続きをしましょう」
「身分など便宜上の制度に過ぎず、本来人間に上も下もございません。トキオ様におかれましては、一切詠唱を用いない人知を超えた魔法、圧倒的な力をお持ちにもかかわらず、それを誇示することなく常に謙虚で、弱者に寄り添い、苦しむ人を見過ごさない。トキオ様のような御方こそ人の上に立つべきです」
マジかこいつ。公爵家の息子がそんなこと言っちゃ拙いだろ。
「私は生まれて今日まで人生に充実感を持ったことがありません。何か刺激があればと王都の学校にも通いましたが、そこでもくだらぬ権力争いばかり。生涯充実感を味わうことは無いものと思っておりました。しかし今日、好機を得たのです。トキオ様と出会えたのです」
たしかに、オスカーは権力に興味を示すようなタイプではない。今日一日の言動をとっても相当に頭もキレる。だからこそ、くだらぬ権力争いがより一層くだらなく思える。
「私に、充実した人生を送るチャンスをください。トキオ様と共に学校で働かせてください。お願いします」
オスカーは話し終えると、額を床に付け動かなくなる。オスカーの決意に緊張感が漂う中、口を開いたのはブロイ公爵だった。
「トキオ殿、迷惑でなければオスカーの願いを叶えてやってほしい」
意外だった。今までの言動からブロイ公爵はオスカーを叱りつけると思ったのだが・・・
「こいつは幼いころより頭脳も武勇も秀でていました。しかし、兄弟で権力争いが起きぬよう跡取りを兄に軍部を弟に譲り、自分は常に一歩引いて家族が笑顔で居られるよう道化を演じ続けてきた。公爵としてではなく一人の父親として、息子には充実した人生を送らせてやりたい。この通りだ」
そう言って頭を下げるブロイ公爵。一人の父親としてか・・・
「父上・・・」
俺の負けだな。こんなものを見せられては断れない。目的も同じ充実した人生を送ることだし、なによりオスカーは面白そうな奴だ。
「マザーループ、よろしいですか?」
「トキオさんの思うままに」
マザーループの許しも出た。
「お二方とも頭を上げてください。オスカー様・・」
「オスカーとお呼びください」
「では、オスカー。礼節やマナーを子供達に教える事はできるか?」
「はい。他にも美術や音楽をたしなんでおりますので、子供達に絵の描き方や楽器の弾き方を教えられます」
「それは助かる。子供達の将来に力を貸してくれ」
「ありがとうございます。師匠」
「師匠はやめてくれ。トキオでいい。オスカーは冒険者ではないのだから」
「いえ、トキオ様が何と言われようと私は師と仰ぐと決めました。師匠がダメなら先生と呼ばせてください」
「お、おう。わかった」
ようやく立ち上がるオスカーにブロイ公爵が声を掛ける。
「良かったな、オスカー」
「はい」
「マジックバッグに放り込んだものは、全部元の位置に戻しておけよ」
「・・・はい」
オスカーがマジックバッグに入れたものをせっせと元に戻す中、今更ながら本題に入る。
「本来なら孤児の生活支援や教育は我々の仕事だ。それをマザーループが引き受けてくれていた。領主として感謝してきたが、これからは感謝の気持ちだけでなく支援金という形で応えさせてほしい。よろしいですな、マザーループ」
「はい。感謝いたします」
息子の就職先に今更許可も何もない。今まで頑なだったマザーループも今回は首を縦に振る。
「エリアス。早速明日、役人たちを招集して会議を開け。やれるな」
「はい。今回の件を知れば役人たちも肝を冷やすでしょう。イレイズ銀行を除いてトロンに教会が無くなってもいいと考える者は一人もおりません」
「クルト。移転後の教会跡地の警戒を怠るな。マザーループは暴動など求めてはおらぬ」
「はい。ただし、多少の抗議活動は目をつぶります。あの土地は先代がマザーループに与えた土地。マザーループ以外の者が勝手をしていい土地ではありません」
「うむ、任せる」
話が早い。トロンは貴族の中でも位の高い公爵家が治める領地であるためトップの影響力が強い。だからこそ、トップには善行が求められる。急速に発展した街だからこそ多くの利権が絡むが、ブロイ公爵家が靡くことは無く、強いトップが靡かないことでそれ以下の貴族や役人も悪行に手を染めることなく治安は守られてきた。
「今日はこんなところですかな」
話し合いも終わり未だマジックバッグに放り込んだ備品を元の位置に戻しているオスカーを尻目に、マザーループと俺は辞することに。帰り際、エリアスとクルトに声を掛けられた。
「トキオ殿、オスカーをよろしくお願いします。あいつは気の良い奴ですし、ああ見えて中々に有能です。存分に使ってやってください」
「オスカー兄上なら、きっとトキオ殿のお役に立てると思います」
いい兄弟だ。見ていて気持ちがいい。
「俺もオスカーのような人間は嫌いではありません。楽しくやっていきますよ」
「トキオ先生―!」
最後にフランが駆けてくると、そのままダイブ!慌てて小さな体を受け止める。
「こら、フラン。はしたない」
後を追ってきた夫人にお叱りを受けるが、そんなのお構いなしだ。
「学校が出来たら、必ず行きます」
「ああ、遊びにおいで。待っているよ」
来る前は不安もあったが、いい挨拶ができた。さあ、明日からも頑張って学校建設だ。
♢ ♢ ♢
「マノア殿、事前にトキオ殿の話を聞かせてくれて心より感謝する」
トキオ達が辞した領主邸でギルド長マノアとブロイ公爵、エリアスとクルトの四人は脱力していた。目の前の紅茶に口も付けず椅子の背もたれに体を預けている。
「いいえ、私としましてもブロイ公爵家とトキオ君が仲違いされては困りますから」
中でも最も疲れ果てた表情のクルトにエリアスが話を振る。
「クルト、お前から見てトキオ殿はどれ程のものだ?」
兄の言葉になんとか体を起こし、紅茶を一口飲んでからクルトは話し始める。
「見たことも無い魔法を無詠唱で使うのは勿論、何気ない動き一つ一つに一切隙がありません。王都で在学中に多くの達人と呼ばれる方々に稽古をつけていただきましたが、その誰よりも強者であることは間違いない。比べるのもおこがましい。次元が違います」
「お前でもか?」
「私などトキオ殿に辿りつくまでもなく、肩に乗った鳥に瞬殺されますよ」
「ほお、気付かれましたか。流石はクルト殿だ」
ブロイ公爵とエリアスにはクルトとマノアが何の話をしているのか理解できない。ブロイ公爵家では武闘派のクルトのみがコタローの異常さに気付き、戦慄していた。
「母上の治療中も微量の魔力を使っていました。あれはトキオ殿をアシストしていたのでしょう」
「私も初めてあの鳥を見た時は戦慄しました。トキオ殿の従魔でなければ死を覚悟したでしょうな」
一般人からすればただの小鳥。強者だからこそ戦慄する。しかし二人は、自分が何に戦慄しているのかまではわかっていない。修羅場を潜ってきたからこそ感じ取れてしまう恐怖。その正体がわからないのは、さらに恐怖心を膨張させる。
「二人共、あの鳥がそんなに恐ろしいのか。私は何も感じなかったが」
「兄上、感じないのならそれでいいのです。世の中には知らなくていいこともあります」
「その通りですな。大切なのは私やクルト殿が手も足も出ない鳥の主人がトキオ君だということです。私はトキオ君が最初に冒険者組合を訪れ話したあの日、彼が善人であった事を心より神に感謝しました」
四人は頷きながら同時の紅茶を口にし、神に感謝した。
「どうしてトキオ殿はその力をもってイレイズ銀行に鉄槌を下さなかったのだ」
ブロイ公爵の疑問はもっともだとエリアスとクルトも頷く。その疑問はマノアによってすぐに解消する。
「そこがトキオ君の素晴らしいところですよ。彼は力を持っているからといって安易に行使したりはしない。イレイズ銀行の件に関しても法に基づき、話し合いのもと契約という形で終わらせた。私もその場にいましたが彼の交渉は見事というほかありませんでした」
「あの若さでそれだけの力と頭脳を持ちながら、謙虚でいられるものなのか?私なら自分を中心に世界は回っていると勘違いしそうだが」
「全く同じことを私も言ったことがあります。その時マザーループに教えていただきました」
「マザーループはなんと?」
「神はそのような者に力は与えぬと」
「納得だ」
四人は同時に頷き紅茶を口にする。力を得ても人格者なのではない。人格者だからこそ持ちえた力なのだ。
「マザーループを尊敬しているのはわかったが、逆にマザーループもトキオ殿を尊敬しているようなように感じた」
「ブロイ公爵の感じたことは間違いではありますまい。以前マザーループとシスターパトリが話しているのを聞いたことがあります。トキオ君のことを、最も神に近いただの青年と言っていました」
「最も神に近いただの青年?」
「私には最も神に近い方だが、本人がただの青年として扱ってほしいと希望するのでそういうことにしておく、と聞こえました。あながち間違っていないと思いますよ。なにせ彼のフルネームはトキオ セラですから」
「セラ教のセラか?」
「さあ。セラ教と関係があるのか偶然なのか、私にはわかりません。詮索すべきでもない」
「そうだな・・・」
四人は同時に紅茶を飲み干す。マノアが席を立った。
「ブロイ公爵家の皆さんができることは良き領主であり続けることです。私も良きギルド長であり続けられるよう日々精進いたします。さすれば、何かあってもトキオ君は力を貸してくれるでしょう」
「そうだな。今はトキオ殿がどんな学校を作るのか楽しみに待とう」
「そうしましょ」




