第十一話 妹よ、俺は今色々作っています。
孤児院では夕食を終えた子供達が思い思いにはしゃいでいた。子供達の中に入って遊び相手になっているシスターパトリ、縫物をしながら子供達の様子を見るマザーループ、二人がちゃんと休息をとっているのか心配になる。
「マザーループ、子供達に玩具を作ってみたのですが配布してもよろしいでしょうか」
「ええ、勿論ですとも。子供達も喜びます」
マザーループとシスターパトリが子供達を集合させる。子供達は俺が担いでいる二つの大きな箱に興味津々だ。
「みなさん、トキオさんに玩具を作っていただけました。喧嘩せず仲良く遊ぶのですよ」
「「「はーい」」」
箱を床に下ろすと小さな子供達が一斉にとり囲む。
これだけ子供が居れば取り合いで喧嘩の一つも起きて不思議ないのだが、そんな様子は微塵もない。年長の子供達は小さな子供に寄り添って一緒に玩具を選んであげたり、遊び方を教えたりして面倒を見ている。笑っている小さな子供達を見て、お兄さん、お姉さんも笑顔になり、そんな子供達を見てマザーループとシスターパトリも笑顔になる。
孤児院ではそれが当たり前になっているようだが、俺には奇跡にしか見えない。これだけ子供が居て我儘を言う子や、小さな子から玩具を取り上げる子が一人もいないのだ。
マザーループとシスターパトリは聖職者としてだけでなく、教育者としても尊敬すべき人物だと改めて思う。
「遊び方のわからない玩具があったら聞きに来て。箱はそのまま玩具を片付けるのに使っていいよ。ぬいぐるみが気に入った子は、大切にしてくれるなら部屋で一緒に寝てもいいからね」
その後、年長の子供達にベーゴマやおままごとセットの遊び方を説明する。果敢にも元日本人の俺にベーゴマ勝負を挑んできた少年をけちらしたり、シスターパトリをリバーシでこてんぱんにして暫し過ごす。
そろそろお暇しようとしたところで、ミルとカルナが真ん中にもう一人女の子を挟んで三人仲良く手を繋いでやって来た。
「トキオ先生、パペットはもうないの?」
作戦が上手くいったみたいだ。新しい友達の分も作ってあげなきゃいけないな。
「シ、シオンです。8歳です。カルナちゃんやミルちゃんみたいなお人形はありませんか?」
「はじめまして、トキオです。待っていて、直ぐに作ってあげるから。シオンはどんな動物がいい?」
シオンの目線が俺の肩に向く。
「トリさんがいい!」
燕を気に入るとは、なかなか良いセンスをしている。
「了解」
マジックボックスから布と糸を取り出す。ちなみに俺の「創造」なら布や糸が無くても綿や麻の植物や、絹やウールからでも人形を作るのは可能だ。ただ、布や糸を作ってから、それを材料に人形を作った方が魔力消費量は少ない。
俺と三人の少女が布と糸をとり囲む。
「いくよ。創造」
材料が光に包まれ、それが収まると目の前には二体のパペット。一体はシオンに似せて、もう一体はコタローに似せた。
「やったー!ありがとう。ミルちゃんが言ったとおりだ」
「んっ、ミルに俺のこと何て聞いていたの?」
「トキオ先生は、超絶凄い」
「ハハハ、大袈裟だなぁ。ミルにも言ったけれど、みんなだって可能性の塊なんだよ。努力すれば何にだってなれるし、どこにだって行ける」
俺の言葉に顔を伏せるシオン。カルナも表情に影を孕む。
「無理だよ・・・わたし孤児だし」
「無理なものか。わからないことがあれば俺が教えてあげる。俺も知らないことなら一緒に考えよう。なりたいものがあるのならその為に何を勉強すればいいのか、どう努力すればいいのかを教えてあげる。まだ将来何になりたいか決まっていないのなら、一緒になりたいものを探してあげる。シオン、カルナ、ミル、三人とも何にだってなれるんだ。三人には俺が嘘つきに見えるかい」
シオンとカルナは目を見開いてお互いを見ると、二人同時にミルに視線を移す。笑顔で頷くミルを見てカルナが口を開く。
「トキオ先生は嘘つきなんかじゃない。トキオ先生の言う通りにしたらシオンともすぐに仲良くなれたもん!」
シオンも口を開く。
「うん。わたしも信じる!」
最後にミルが口を開く。
「わたし達は超絶運が良い。だって、超絶凄いトキオ先生に教えてもらえるのだから」
「「うん」」
俺が超絶凄いかは置いておいて、三人は納得したのかパペットのお礼を言って、来た時と同じように手を繋いで駆けていった。
勉強よりも先に教えなければならないことがある。ここに居る子供達に今一番必要なのは将来への希望だ。
子供達が床に就いてからマザーループとシスターパトリにマジックバッグを渡すため教会にある女神像の前に場所を移した。
「トキオさん、これは?」
「俺が作ったマジックバックです。孤児院一棟分くらいの荷物なら入ります」
マジックバッグを手にして、口を開けたまま固まる二人。
「どうかしましたか?」
「孤児院一棟分のマジックバッグ・・・こ、国宝級のマジックアイテムではありませんか!」
「国宝って、そんな大袈裟な」
「大袈裟なものですか、マジックバッグといえば荷車一台分の物でも金貨数百枚は下りません」
そんなにするのか・・・そういえば自分で作れるからマジックアイテム屋には顔を出していなかった。市場調査も兼ねて今度覗いてみよう。
「お二人には必要な物です。これがあれば買い出しも楽になりますし、食材も劣化しません。是非使ってください」
「わかりました。ありがたく使わせていただきます。それで、どうして慈悲の女神チセセラ様の女神像の前に?」
「このマジックバッグは使用者を登録できます。登録すれば使用者以外開けることが出来ません。慈悲の女神チセセラ様の女神像の前で合言葉を言って魔力を流すことで登録できます」
「合言葉・・・」
「そうです、早速やってみましょう。先ずはマザーループから、合言葉は「忍者最高」です」
「忍者最高・・・どのような意味が?」
「意味などありません。合言葉に意味があってはバレてしまう可能性がありますから」
「はぁ・・・」
二人にマジックバッグの登録をさせてから一枚の紙を渡す。
「これを見てください」
「地図ですか?」
俺が渡した紙はこの街の地図。勿論ただの地図ではない。地図の中心には赤い点が二つ。
「これはマジックバッグの現在地を表しています。親指と人差し指を地図の上に乗せて開いてみてください」
「こうでしょうか・・・えっ、地図が広がった!」
これで盗難されてもマジックバッグの場所がわかる。
「盗難防止だけでなく、お二人の身になにかあってもマジックバッグさえ持っていればすぐに居場所がわかります」
イレイズ銀行の件がきな臭くなってきたので、念には念を入れておく。孤児院の為にも二人の安全対策は怠ってはならない。まあ、もし二人に危害を加えるようなことがあればこちらも問答無用で実力行使に出るが、できればそんな事態は避けたい。
「トキオさん、我々の身の安全まで考慮していただき感謝の言葉もありません。このマジックバッグは今後教会の宝として次世代に引き継いでいきます」
「宝って・・・ま、まあ、大切にしてもらえるなら嬉しいです。地図は魔法で破損しないようにしてありますので。失くしたらまた作りますので言ってくださいね」
「な、失くすなどとんでもない。マジックバッグと同じく教会の宝としてしかるべき場所に保管いたします」
う、うん。物を大切にするのは良いことだよな・・・
その後、これからの話をするため来客室に場所を移す。
「どうぞ、トキオさん」
シスターパトリが淹れてくれた紅茶を口にする。うまし。
「シスターパトリ、毎回来客用の高級なお茶を出していただかなくてもいいですよ」
「これくらいさせてください。トキオさんが来てくれてから子供達の笑顔が増えて、私、嬉しいんです」
屈託のない笑顔を見せるシスターパトリ。教会の仕事や子供達の世話だけでなく、孤児院のムードメーカーとしても彼女の存在は大きい。
「パトリの言うとおりです。トキオさんに粗末なお茶をお出しする気には到底なれません」
「では、ありがたく頂戴しましょう。あー、美味しい」
三人で暫しお茶を楽しんだ後、本題へ。
学校を作る上で重要なこと。学校とは勉強を教えて終わりではない。
「現在、子供達の就職状況はどんな感じですか?」
「冒険者を希望する子を除けば、今のところ就職率は百パーセントです」
またもマザーループの偉大さを知る。彼女が子供達の為に取った方策は単純明快、読み書き計算が出来、就職先が決まらなければ成人しても孤児院を卒業させない、それだけだ。
単純だが簡単ではない。卒業させないということは成人しても衣食住の面倒を見続けるということ。負担はすべて教会に掛かる。愛情がなければ出来ることではない。結果、孤児院の卒業生は冒険者になる者も含め識字率は百パーセント。生活するうえで必要な計算能力も持って社会に出る。
冒険者組合で当たり前のように代筆料金を説明されたことを考えても、この世界の識字率はそれほど高くない。トロンの街が発展期であったこともあり、読み書き計算が出来る平民の人材は貴重だ。
子供達も読み書き計算が出来なければ就職に不利なことは知っている。それ以上にマザーやシスターに負担をかけることになる。年長の子供達が必要性を説き、当然のように勉強する姿を見て小さな子達も真似をする。なにも高等教育を修業せよと言っているのではない。読み書き計算程度であれば、やる気のある者ならだれでも身に付けられる。
孤児院はトロンの街にとって人材の宝庫になった。
「しかし、これからは今までようにはいかなくなると考えています。トロンの街も十分に発展を遂げ今やこの国第三の都市と言われるようになりました。ここからの発展は今までのようなスピードでは進まないでしょうし、他の街から多くの人が仕事を求めやって来るようにもなりました。仕事量と人材の需要と供給が変化しつつあります」
特別に経済を学んだ訳でもないマザーループがそこに気付いていることが凄い。まだ成長の余地はあるトロンの街だが、あと五年、遅くと十年後にはマザーループの懸念は現実になる。
「多くの子供達が巣立ち、街の一部となって活躍しています。今後孤児院を出る子供達の就職状況が悪くなれば先輩達が力添えしてくれるでしょう。しかし、彼ら彼女らには自分の生活があり、家族を持つ者も沢山います。卒業生達の力を当てにするのが正しいことだと私は思えません」
マザーループならそうだろう。イレイズ銀行の件でもそうだ。孤児院の老朽化が問題になったとき寄付を呼びかければ、孤児院を巣立った人や怪我の治療で助けられた人が協力してくれただろうに、マザーループはそうしなかった。
慈悲の女神チセセラ様の教会は慈悲を与える側であり、慈悲を乞うてはならない。どんなに苦しくてもマザーループはこれを徹底している。
「近い将来の課題だとわかってはいましたが、今日を生きるのに精一杯で問題を先送りしてきました。全ては私の力不足です。トキオさんに良きお考えがあるのであれば是非お聞かせください」
そう言って頭を下げるマザーループ。今の話を聞いて彼女が頭を下げる理由が何処にある。彼女がこの地に教会を開きやってきたことは、教会を大きくすることや私腹を肥やすことではなく、身寄りのない子供達の生活支援だ。
彼女は紛れもなく聖人であり、高潔すぎるがゆえ一つだけ勘違いをしている。
「マザーループ、子供達の話をする前に一つだけ言わせてください」
「はい。お叱りはいか程でも」
「慈悲の女神チセセラ様の教会は慈悲を与えても乞うてはならない。そのとおりだと思います。ですが、慈悲を乞うのと厚意を拒絶するのは同じではありませんよ」
「厚意を拒絶・・・私が」
「そうです。身寄りのない子供達を育て、社会に適応できるよう教育を施して巣立たせる。ここを出た子供達はお二人に感謝する。それで終わりではありません。子供達は大人となり、家族を持ち、親になる。そうして知るのです、あなた方の慈悲を」
マザーループとシスターパトリは身寄りのない子供達に慈悲を与え続ける。その慈善活動には終わりがない。
「大人になり、親になった子供達が孤児院の力になりたいと思うのは当然です。当てにしてはいけませんが、力になりたいと思っている卒業生の気持ちを無下にしてはなりません。彼ら彼女らにとって孤児院の子供達は弟や妹なのですから」
孤児院を巣立つまでが成長ではない。その後も人は日々成長していく。
「俺も同じです。マザーループ、シスターパトリ、お二方は慈悲の女神チセセラ様となった妹の気持ちを汲んで孤児院を運営してくれている。妹の恩人の力になりたいと思わない兄が居るでしょうか」
「トキオさん・・・」
「俺は学校が出来たら年少組と年長組を分けたいと考えています。年少組は今までのように読み書きや計算、他にも子供達の好奇心を刺激するようなことをしていき、年長組は就職の準備をさせたい」
「就職の準備ですか?」
「はい。目標が決まっている子には専門的な知識を、決まっていない子には色々な仕事を見せてあげる、職業体験、社会見学です」
「社会見学!?」
「実際に働いている姿を見せるのです。働いている人にやり甲斐や苦労、面白さや達成感を教えてもらうのです。それには協力者が必要です」
「それでは働いている方に迷惑が・・・」
「迷惑なものですか。子供達の中に光属性魔法の才能がある子が居て、怪我の治療をどのようにしているのか見学したいと言ったら、お二人は迷惑だと思いますか」
「私達はそうでも、他の方は・・・」
「希望を持った子供達の瞳は輝いています。それを喜ぶのはお二人だけではありません。協力していただける大人は沢山います。孤児院の卒業生となれば尚更、弟や妹同然なのですから」
先に反応したのはシスターパトリだった。
「マザー、トキオさんの言われるとおりですよ。私だってシスターになりたいって子が居たら嬉しいです。迷惑だなんて思いません。手取り足取り何だって教えちゃいますよ」
「パトリを見てシスターになりたいと思う子が居るかしら?」
「酷いですよ、マザー!」
落ちが着いたところでマザーループが俺に向き直る。
「トキオさんに仰っていただいて目が覚めました。教会の長である私が、正しくあらねばと思うあまり考えが凝り固まっていたのですね。私とパトリだけでなく、沢山の大人が子供達の未来を憂いている。そんな当たり前のことに気付けていないとは、お恥ずかしい限りです」
まったく、この人は・・・自分を過小評価し過ぎだ。
「マザーループが居なければ何も始まりませんでした。あなたとシスターパトリの慈悲が多くの子供達の未来を切り開いたのです。お二人を心より尊敬致します。誰一人救ったことのない俺が生意気を言って申し訳ありません」
パン!パン!
頭を下げ合う俺とマザーループに痺れを切らしたシスターパトリが手を叩く。
「お二方とも謝ってばかりですよ。それよりもこれからの話をしましょう。トキオさん、私は何をすればいいですか?」
「シスターパトリには学校で使う備品の買い出しをお願いします。まずは同じ色と材質で大量購入できる生地を二三種類探してください。それで学校の制服を作ります」
「制服なんて必要ですか?」
「絶対に必要という訳ではありませんが、あった方が何かと便利です。外出時に街の人も学校の生徒だとわかりますし、制服と私服を持つことで生活にメリハリもつきます」
「なるほど、パトリも修道服からパジャマに着替えると途端にだらしなくなりますものね」
「マザー、トキオさん前で変なこと言わないでください!」
「プッ!」
顔を真っ赤にして怒るシスターパトリに思わず笑ってしまった。
「ほら、トキオさんに笑われたじゃないですか」
「それは私のせいではありません。容易にだらしない姿が想像できてしまうパトリに問題があります」
「私はだらしなくなんてありません!」
この二人は本当に仲が良い。普段は厳格なマザーループもシスターパトリには実の娘を相手にするような軽口を言う。
「あと、今、購入予定の書籍をリストアップしています。本は学校の財産ですのでリストが完成したら金貨を惜しまず購入してください。足りない分は俺が作成しますので学校に図書室を作りましょう」
「凄いです、トキオさん。学校で子供達がいつでも本を読めるなんて夢見たいです。私も読んでいいですか?」
「勿論です。欲しい本があったら言ってください。子供達が読書に慣れたらどんな本がほしいか希望を取りましょう」
その後も学校を作るにあたって必要になりそうな物を話し合う。二人もどんどん意見を出してくれて有意義な話し合いが出来た。最後に俺自身の懸念材料を話す。
「実は俺が今お二人と話せるのは「自動翻訳」というスキルを使っているからなのです。本来は違う世界の異なる言語しか話せません。今後、子供達に読み書きを教える上でそれが弊害になる可能性があります。読み書きは今までどおりマザーループにお任せしてかまいませんか」
「わかりました。トキオさんにも苦手なことがあるのですね」
「そりゃ、ありますよ。人間ですから」
「そうですよ、マザー。この前二人でそう決めたじゃないですか。トキオさんは限りなく神様に近いただの若者だって」
なにそれ・・・
「そうでしたね。トキオさん、これからも私達を存分にお使いください」
「使うだなんて、やめてくださいよ。あと、俺は神様に近くなんてありませんから。ただの若造です」
「はい。そういうことにしておきましょう」
勘弁してよ、まったく・・・




