第七話 妹よ、俺は今日旅立ちます。
「リトルメテオ」
土魔法で作った巨大な岩を空間魔法で上空に移動、火魔法を纏わせ風魔法でコントロールしながら落下させる。疑似隕石が立ち塞がるサイクロプスに直撃した。
「グモオォォォォォォォ!」
よし。かなりの体力を削れた。
腰にある二本の刀に手を添える。「創造」で作った俺オリジナル武器、右手は大太刀「斬究」左手は小太刀「雷鳴」。抜かず一気に距離を詰めサイクロプスの体を駆け上がり弱点である大きな目に「雷鳴」を突き刺す。感電したサイクロプスの動きが一瞬止まったところを「斬究」で居合抜きして首を落とした。
この辺りで一番強者の気配を持っていたサイクロプスを倒した。勿論サイクロプスが最強だとは思っていない。ここは魔獣の大森林、もっと強い魔獣が居るのだろうが簡単に気配を察知させてはくれない。あくまでも「索敵」で簡単に気配を察知できる中で最強というだけだ。
俺の「索敵」は「鑑定」スキルがレベル6になると覚えられるもの。それ以上のレベルをもったスキルで妨害や隠蔽されれば索敵には掛からない。試す事は出来ないが俺の「隠密」ならばレベル6の「索敵」を無効化できる筈。
ここにはそんな魔獣が居る。例えばこいつ。
「楽勝でしたな、師匠」
「師匠はやめてくれよ。俺のことはトキオでいいと言っているだろ」
「そうはまいりません。沢山のことを教えていただきましたので」
執事服に身を包んだこの男。人の姿をしているが人ではない。
「ところで、例の物は?」
「ちゃんと昨日作ったよ。ほら」
「おおー、ありがとうございます。我が宝として生涯大切にします」
「大袈裟だよ」
俺が渡したのは前世の知識で作った物理と化学の教科書。中学卒業くらいまでを纏めた物だ。
「劣化しないように時間魔法をかけておいたから」
「重ね重ねありがとうございます」
♢ ♢ ♢
この人の姿をとっているドラゴンと出会ったのは一月ほど前。魔獣の大森林で戦った中で間違いなく最強だった。今ならまだしも当時レベル40を超えたばかりの俺にとっては本当の意味で命を懸けた初めての戦いと言っても過言ではない。
兎に角このドラゴン魔法防御力が半端じゃない。俺が使う複数の属性を掛け合わせた魔力節約魔法が殆ど効かないのだ。結局すべての体力奪うことは出来ず、最後はありったけの魔力をつぎ込んだ空間魔法と時間魔法で結界を作って閉じ込めた。当時はまだ「斬究」と「雷鳴」も持っていなかったのでどうしたものかと思案していたところ、突然人語を話し始めたのにはびっくりした。
「お主の勝ちだ。死ぬ前に一つ聞きたい。お主が使う魔法は何だ」
まあ、人間じゃないし話しても大丈夫そうな化学や物理の話をしてやると驚く程の食いつき。人語を話すだけの知能を持ったドラゴンだけあって話の途中でしてくる質問も的を射ている。俺も調子に乗って話し続けた結果、弟子入りを志願されてしまった。
どうせ体力も削り切れないし、話していても悪いドラゴンには思えなかったので結界を解除して逃がしてやったのだが、翌日レベル上げに行こうとするとログハウスを囲う結界の外で俺が出てくるのを待っていた。
その時の恰好が今の執事服。驚くカミリッカさんに昨日の出来事を説明するとドラゴンと抗戦したことを烈火のごとく叱られた。その後は・・・
「あなた、トキオ様のボディーガードをしなさい。もし、トキオ様の身になにかあったら殺しますよ」
どうやらドラゴン程の魔獣になると神界の聖なる魂を感じ取ることが出来るようで、終始怯えながらもカミリッカさんに命令されるがまま今に至っている。
♢ ♢ ♢
「師匠、レベルの方は?」
「ああ、遂にレベル50に到達した」
「そうですか・・・おめでとうございます」
レベル50。この地を卒業するのにカミリッカさんに課せられた最終試練。それは旅立ちと同時に別れを意味する。
この一カ月、レベル上げをしながらこのドラゴンに色々な話をした。旅立ちが近付きドラゴンが要求してきたのが、俺が居なくなった後も学べる教科書だった。
「本当にそんな物でいいのか?」
「これがいいのです」
俺が旅立つのに際し一つ懸念があった。それはログハウスが建つあの地。充実した人生を送れたなら最後にもう一度あの地にログハウスを建て老後を過ごしたいと思っているのだがここは人類未開の地、魔獣の大森林最奥地。いくら結界を擁したところで何十年も放置すればどうなるかわからない。
「あの地の守護は私にお任せください。今以上に見聞を広められた師匠が戻るのを楽しみに待っております。たかが数十年、我らドラゴンにとっては昼寝している間に過ぎる時間です」
「昼寝していたら守れないだろ」
「ハハハ、それもそうですな。うたた寝ぐらいにしておきましょう」
本当に可笑しなドラゴンだ。前世の知識に興味を持ったり、妙に人間臭いところがあったり。
「師匠。しばしの別れに際し、もう一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?出来ることにしてくれよ」
「はい。私に名を下さい」
「お前・・・それは・・・」
カミリッカさんの座学で教えてもらった。この世界で魔獣に名を与えるのは、前世でペットに名前を付けるのとは訳が違う。
従魔の契約。人と魔獣がこの契約を交わすことで魔力を通じて互いの位置や状態を知ることが出来る。戦闘時には互いの魔力を行き来させ属性や能力の向上も可能になる。
このドラゴンは遠く離れた地からも俺を守ろうとしているのだ。
「師匠はこれからも多くの人や魔獣に教えを請われることとなるでしょう。しかし、誰が何と言おうと一番弟子は私です。この座は誰にも譲りたくありません。どうか、私に名を与えてください」
「わかった。どんな名がいい?」
「師匠が与えてくださるなら、どんな名でも。ネズミの糞だろうが死体にたかる蠅だろうがかまいません」
「そんな名前はつけないよ。そうだな・・・サンセラ、サンセラってのはどうだ?」
「サンセラですね。ありがとうございます。ところでサンセラとはどの様な意味でしょうか?」
「サンはそのまま第三のって意味ともう一つ、お日様って意味だ。お前、空飛べるだろ」
「セラは?」
「あれ、言ってなかったっけ。俺のフルネームはトキオ セラ、セラは俺のファミリーネームだよ。俺には妹が居たから、俺、妹、お前が三番目のセラだ」
「よ、よろしいのですか、そのような名を頂いても」
「だから、大袈裟だって。いいんだよ、お前は俺の一番弟子で、友達で、弟のような存在なんだから。よろしくな、サンセラ」
「はい。沢山の教えだけでなくこのような名誉ある名まで頂き、師匠には感謝してもしきれません。このサンセラ、師匠の危機には何を置いても駆けつけ己の身を犠牲にしてでも必ずお守りすると誓います」
やっぱり。なにが昼寝しながら待ってますだよ。まあ、サンセラに心配かけない程度には気を付けるさ。
この後、少し話して俺達は別れた。友達同士が明日の約束をして別れるように、数十年後の約束を交わして。
♢ ♢ ♢
この世界に来て一年。遂に魔獣の大森林から旅立つ日が来た。
昨日ログハウスに戻るとカミリッカさんは全てを察した様子だった。用意されていた豪華な夕食を平らげた後レベル50に達した報告をすると、小さく何度も頷きながら卒業の許可をくれた。
その後お母さんのような小言が一時間ほど続いたのは過保護なカミリッカさんらしい。
「今日まで、ありがとうございました」
結界の前まで見送りに来てくれたカミリッカさん。本来は天界の住人であるカミリッカさんとはこれが生涯の別れとなる。創造神様によって俺の異世界ナビゲーター兼戦闘指南役として遣わされたカミリッカさんだが、任務遂行にあたって厳しくも愛情をもって接してくれた。色々あったが一つ屋根の下共に過ごした一年間を生涯忘れることは無いだろう。
「トキオ様、旅立つ前に少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんかまいません。カミリッカさんの為ならいくらでも時間を取りますよ」
カミリッカさんはそう呼ばれるのを嫌がるが、俺にとっては師匠。師匠の為なら少しぐらい旅立ちが遅れても構わない。延々と小言が続いても我慢するさ。カミリッカさんの小言が聞けるのもこれが最後なのだから。
「トキオ様は既にお気付きと思いますが、私も前世はトキオ様と同じ日本人でした」
えっ、全然気付いてなかったんですけど・・・
そういえば食事は和食中心だったけれど、俺に合わせてくれているものとばかり思っていた。
「前世での名は立花夏未と申します。トキオ様にはこう申し上げた方がわかりやすいでしょうか・・・赤い風船の少女と」
「えっ、えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ!あ、あ、あの、あの時の?」
「はい。トキオ様に助けていただき、トキオ様の人生を奪ったのは私です。今まで告白できず申し訳ありませんでした。しかし、トキオ様が旅立つ前にどうしてもお伝えしなければと。いかなる罰もお受けいたします。どうか私を罰してください」
「罰って、そんなことどうでもいいですよ。それより、あの後大人の男の人が怖くなったりしませんでしたか?俺、助けようと思って放り投げちゃったから、心配で、心配で」
「トキオ様、あなたという御方は・・・」
びっくりしたー。そういえば創造神様が赤い風船の少女はその後天寿を全うしたって言っていたなぁ。そうか、そうか、あの娘がこんなに綺麗なお姉さんに成長したのか・・・んっ、天寿を全うしたのに何で若いお姉さんなの?
「トキオ様、私に罰をお与えください」
「ないない、罰なんてないですよ。それよりカミリッカさんの今の姿って何歳ですか?あっ女性に年齢を聞くのは失礼ですよね」
「いいえ、かまいません。今の姿はトキオ様と同じ二十二歳です。神界には年齢の概念がありませんので自分の好きな姿をとれます」
なるほど・・・男の神様はおじいさんっぽいのを勝手に想像しちゃうけど、お婆さんの女神様とかあんまり見ないもんな。女性は神に昇華しても女性ってことか、納得。
「トキオ様、罰を・・」
「だから、罰なんてありませんよ。なんで俺の運の悪さでカミリッカさんが罰を受けるんですか」
「しかし・・・」
「いいんですよ。そもそも人間の俺が神界の住人であるカミリッカさんに罰とかないですって。それより聞かせてください。赤い風船の少女、立花夏未さんはどんな人生を歩んだのですか?幸せでしたか?」
「はい。良縁に恵まれ、沢山の子や孫に囲まれて天寿を全うすることが出来ました。それもすべてはトキオ様に助けていただけたおかげです」
その後、カミリッカさんに事故後のことを教えてもらった。
俺の葬儀を執り行ってくれた立花家は墓まで用意してくれ、妹の遺骨と俺の遺骨、さらには貧しさでお墓を準備できず俺のアパートの仏壇の前にあった両親の遺骨を一緒にその墓へ入れてくれた。世良家の墓は立花家の墓の隣に建てられ末代まで大切にするようにと次世代に引き継がれている。
「何から何までありがとうございます」
「どうしてトキオ様が頭を下げるのですか。お礼をするのは私です」
「アハハハハ、でも嬉しいな、あの女の子が幸せになってくれたなんて。体張った甲斐がありましたよ。旅立つ前にいい話が聞けました」
しかし、あの小さな女の子に生活の面倒を見てもらっていたとは不思議な気分だ。鶴の恩返しならぬ赤い風船の少女の恩返しだったとは。
「それでは、行ってまいります」
「いってらっしゃいませ。トキオ様が紡ぐ物語、楽しみにしております」
別れの挨拶と共に結界を出ると背後の聖なる魔力が消滅する。振り返った先にカミリッカさんの姿は無く、一年間過ごしたログハウスも無い。巨木に囲まれ、そこだけ何かで抉り取ったかのような地面だけがあった。
「結界」
新しく結界を張りなおすと上空を一匹のドラゴンが「後はお任せください」と言わんばかりにぐるぐると旋回する。
準備は整った。これからが本番だ。
最後にもう一度、思い出の地に向かって大声で叫んだ。
「一年間ありがとうございました。行ってまいります、師匠」
充実した人生を送っていつかまた必ず帰ってくると誓い歩を進める。
―私のことはカミリッカとお呼びください―
そんな声が聞こえた気がした。




