第八話 妹よ、俺は今生徒と男爵邸に来ています。
サスケが引く馬車の御者台。ミルとカルナを連れてオリバーさんの屋敷へ向かう途中、蝶や鳥を見つけてはキャッキャッと騒ぐ二人。いと平和なり。
「トキオ先生、馬車、楽しいね」
「カルナは馬車に乗るの、初めて?」
「うん!」
新たな経験にテンション上げ上げの子供を見られるのは大人の特権。普段は他の生徒に比べ落ち着いているカルナのはしゃぐ姿は俺に幸福感を与えてくれる。こうなると、もっと喜ばせてあげたくなるのは人間の性だ。
「年長組になればもっと遠くまで馬車で行けるよ。今マザーループと修学旅行の相談をしているから」
「「修学旅行ってなあに?」」
期待通り二人の質問がシンクロする。
「社会勉強のための旅行だよ。アトルの街まで行く予定」
「「本当!」」
「ああ、この前行って安全なのもわかったしね。大人になる前にトロン以外の街も観て勉強するんだ」
「「やったー!」」
元々仲の良い二人だが、今日は特にシンクロ率が高い。他の生徒も喜んでくれるといいな。
「いつ、いつ行くの、トキオ先生!」
「年長組だけだから、ミルはまだ先だよ」
「えぇぇぇ、早く行きたい!」
君はこの前行ったばかりでしょうが・・・
修学旅行は三年に一度を計画している。そうすれば資金の節約にもなるし、年長組の間に一度は全員が行ける。
「他の街にみんなで行けるなんて夢みたい。トキオ先生、楽しそうな行事をいっぱい考えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ミルがアトルの街で成長を見せたように、他の子供達も旅を通じて色々な成長を見せてくれるだろう。修学旅行を一番楽しみにしているのは俺かもしれない。
♢ ♢ ♢
「着いたよ」
オリバー男爵邸の前では家令のラウさんが深々と頭を下げ俺達の到着を出迎えてくれた。
「ようこそおいで下さいました、馬車でそのまま屋敷の前までどうぞ」
ハルトマン男爵邸に行ったことのあるミルは大丈夫だが、貴族の屋敷に始めて来たカルナは緊張気味。そりゃそうだよね。
そのままでと言われたが、折角なのでラウさんにも挨拶するため馬車を降りる。緊張気味なカルナの予行練習だ。
「家令のラウさんだよ。さあ、二人共挨拶して」
「はじめまして、ミルです。九歳です」
「は、はじめまして・・・カルナです。きゅ、九歳です」
「はい、はじめまして。オリバー男爵邸で家令を務めさせていただいております、ラウと申します。ミル様、カルナ様、ようこそおいで下さいました」
二人共、ちゃんと挨拶できてえらいぞ。
「ラウさんの服、サンセラ先生みたい」
「サンセラ先生?」
「うん、セラ学園の先生で、トキオ先生の一番弟子!」
「おお、スタンピード際、トキオ様と共に大活躍されたサンセラ様ですか」
「知っているの?」
「勿論ですとも」
ミルは貴族の家に来てもまったく臆さない。サンセラの話が出たことでカルナも少し緊張が解けた様子だ。
「二人共、サンセラが普段着ている服は執事服と言って、本来ラウさんのような執事の方がする格好なんだよ。こっちが本物」
「「へぇー」」
思わぬ体験ができた。何でも本物を知るのは良いことだ。
「さあ、皆さん。当家の主人が首を長くして皆さんのお越しを待っております。中へお入りください」
「「はーい」」
馬車に戻って敷地内へ。道中、珍しくミルではなくカルナが俺に質問する。
「トキオ先生、どうしてサンセラ先生は執事じゃないのに執事服を着ているの?」
「さあ、なんでだろう?俺にもわからないなぁ・・・」
言われてみると確かに、何であいつは執事服なんだ?
「凄いカルナ、トキオ先生にもわからない質問をするなんて!」
俺にもわからないことは沢山あるよ・・・
「今度サンセラに直接聞いてみなよ。理由がわかったら俺にも教えてね」
「うん、聞いてみる!」
「やっぱりカルナは凄い!トキオ先生に何かを教えるなんて、憧れる!」
「そうかなぁ・・・」
ミルには俺がどう映っているのだろう・・・あと、サンセラが執事服の理由、興味はあるけど多分くだらない理由だと思うよ・・・
「待っていたよ、トキオ君。さあ、入って、入って」
屋敷の前で俺達を出迎えてくれたオリバーさん。最近では俺が来ても堅苦しい挨拶はしない。それも当然、俺は貴族ではないし友達が遊びに来ただけだから。だけど今日は別。折角学校では礼儀や作法も勉強しているのだから、ミルとカンナにはちゃんと挨拶をさせる。
「こちらがオリバー男爵、二人共挨拶して」
「「はい」」
うん、いい返事だ。
「はじめまして、セラ学園年中組のミルです。九歳です」
「はじめまして、同じくセラ学園年中組のカルナです。九歳です」
いい挨拶だ。しかも可愛い。百点!
「はじめまして、君達の先生、トキオ君の友達でオスカーの叔父のオリバー ブロイです。よく来てくれたね、素敵な挨拶をありがとう。もう緊張しなくていいよ」
二人を緊張させないよう、膝をつき目線を合わせてやさしい表情で挨拶を返すオリバーさん。挨拶を褒めてもらえてミルとカンナも嬉しそうだ。
「オリバー男爵様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
カルナが心配そうに尋ねる。
「様は要らない。オリバー男爵でもオリバーさんでも好きな呼び方でいいよ。話し方も普段通りでかまわない。今日は貴族としてではなくトキオ君の友達、ただのおじさんとして君達と話したい」
オリバーさんは思った以上に子供と話すのが上手い。同じ位の歳の姪っ子が居るからかなぁ。
「そんなことを言って、あとから不敬罪だって言うのが貴族のやり方。カルナ、騙されちゃダメだよ」
「えっ、ミル、本当!」
勿論これは冗談。その証拠に邪悪な笑みを浮かべてオリバーさんの出方を窺っている。ミル、大胆な子!
「わ、私はそんなことしないよ!ほら、カルナ、ミルの顔を見てみなよ。悪戯している子の顔をしているだろ」
「本当だ。もう、ミル、驚かせないでよ!」
「フフフッ、騙されるカルナが悪い。前にも言ったはず、トキオ先生の友達でオリバー先生の叔父さんが怖い人な訳ない」
ミルの悪戯で緊張が解けたのか、二人はオリバーさんの前でもキャッキャっと言い合いを始める。そんな二人に優しい眼差し向けるオリバーさんが小声で言う。
「・・・ミル、あの子、凄い肝っ玉だね。絶対に将来、大物になるよ」
「・・・俺もそう思います」
本当に将来が楽しみだ。少し心配だけれど・・・
オリバーさんの書斎に場所を変える。部屋に入ると見覚えのある上半身が上下逆さまについた人形が。
「見て、見て、カルナ、あの変な人形。トキオ先生がアトルの街でオリバー男爵のお土産に買った空気循環器だよ!」
「本当だ、変な顔!」
「でも、機能は凄いんだよ。冬に使うと部屋がすぐに暖かくなるし薪の節約にもなる」
「へぇー、でも、どうしてわざわざ変な顔の人形にしたの?」
「うん、そこが残念なところ。でも、世の中には変な顔の人形を喜ぶ人も居る」
二人の視線がオリバーさんに向けられる。なんか、ごめんなさい・・・
「・・・ちょっと、トキオ君」
ラウさんがお茶を準備してくれている間、オスカーさんが恨めしそうな視線を向けてくるが、無視、無視。バーラ一族の人形を大切にしていたのは事実だし、こんなことでオリバー男爵邸バーラ博物館計画は止まらないのだ。
「ミル様、カルナ様、お茶の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
「「はーい」」
子供って順応が速いね。さっきまでの緊張が嘘のようだ。
「わー、ケーキだ!」
カルナが嬉しそうに手を叩く。ホント、さっきまでの緊張が嘘のようだ。
紅茶を一口飲んでからケーキを頬張るミルとカンナ。苦味のあるお茶を口にしてから甘いケーキに手を付けるとは、二人共なかなか通な食べ方をする。どこで覚えたの?
「どうだい、私がお気に入りのケーキは?」
子供達を喜ばせようとして準備してくれたのだろう。期待を込めてオリバーさんが聞く。
「うん、まあまあ美味しいです」
まあまあって・・・カルナ、そこは「美味しいです」でよくない・・・
「70点」
こちらはさらに辛辣・・・
それにしても、まるで普段からよくケーキを食べているような感想だ。孤児院では頻繁にケーキが出るのかなぁ?
「セラ教会ではケーキを食べる機会が多いのかい?」
俺の代わりにオリバーさんが聞いてくれた。その問いにカルナが答える。
「はい。動物の飼育をするようになってから新鮮な卵とミルクが取れるようになりました。それを使って料理人を目指している年長組のクーちゃんが作ってくれます」
なるほど、それでか。たしかにクーニャは食材に興味があって飼育部に入った。しかし、クーニャはいつの間に独学でケーキまで作れるようになったんだ?
「ケーキの作り方はトキオ君が教えたのかい?」
「いいえ、俺は教えていません」
普通はそう考えるよな。「料理」スキルを持てはいても、正確な分量や温度管理が必要なお菓子作りには指導者が必要だ。
「図書室の本だよ」
そうか!俺が作った本を参考にしたのか。開校当時は利用者の少なかった図書室だったが、いずれは興味のあることを調べるために子供達が自発的にやってくると思っていた。これは嬉しい、ちょっと泣けてくる・・・
「はじめは本の通り作っていたけれど、だんだんアレンジし始めて今ではレパートリーも増えました。毎週、授業の無い空曜日にケーキを焼いてくれます」
週に一回とは、子供達の健康面も考えていて素晴らしい。やるな、クーニャ!
「でも、ハズレの日も結構ある。美味しい、まあまあ、滅茶苦茶不味いが大体三分の一の確率。クーちゃんは私達で実験している」
フフフッ、まあ、アレンジとはそういうものだ。
「もう、ミル、作ってもらっているのに文句を言っちゃダメ!たしかにハズレの日もあるけれど、みんな楽しみにしているんだから」
「うん・・・でも、この前のゲロ不味ピーマンケーキはあり得ない。その前の人参ケーキが美味しかったからみんな期待していたのに、見事に裏切った。どう考えてもピーマンがケーキに合う筈ない、あれは確信犯」
面白い。ミルの言う通り、多分確信犯だ。「料理」スキルを持つクーニャには大方、味の予想がつく筈。だが、どうしてもやってみたかったのだろう。前世では、料理は科学だという人も居た。トライ&エラーの繰り返し。向上心があるからこそ、思い付いたら分の悪い賭けでもやりたくなる。どんなに不味くても処理してくれる子供達が居るなら尚更だ。多分、美味しくなりそうなものとそうでないものを順番に出しているんじゃないかな。毎回不評だと流石に子供達も食べてくれなくなる。なかなかに策士だ。
お茶とケーキでいいアイドリングが出来た。ミルとカルナもオリバーさんの人となりがわかったようで、楽しい会話が出来ている。本題に入るにはいいタイミングだ。
「さて、本題に入ろう。まずはカルナ、君の書いた物語だが・・」
ゴクリと唾を呑むカルナ。俺にも緊張が走る。
「絶対に書籍化するべきだ。こんなに面白い物語を書籍化しないのは人類の損失、これこそ新しい文化だ」
オリバーさんはそう宣言すると、俺が渡したコピーをマジックバッグから取り出しテーブルに置く。
一枚目の原稿用紙には中心に一行だけ。
──シスター物語──
タイトルが綺麗な字で書かれている。




