第四話 妹よ、俺は今武道場で稽古しています。
「あまい!」
ドテッ!
一瞬のスキを突かれ転倒させられるガイアソーサ。相手は俺との特訓で「体術」スキルのレベルが9にまで上がったマーカス。互いに得意な剣と魔法を封印した体術勝負ではステータスの差よりもスキルの差の方が大きく、今のところガイアソーサは連戦連敗だ。
「魔王」スキルと「勇者」スキル、強大な力を持つ二つのスキルには一つだけ弱点がある。それは他のスキルを得られないこと。圧倒的な基本ステータスを得る代わりに技術はスキルに頼らず自らの努力で得なければならない。俺が居た前世の世界のように。
「もう一度お願いします、マーカス先輩」
ガイアソーサの申し出に言葉は発さず、首肯して構えを取るマーカス。連勝しているとはいえ圧勝している訳ではない。パワー、スピードではガイアソーサの方が圧倒的に上、技術のみでギリギリ勝っているに過ぎない。一度でもガイアソーサの攻撃をくらえば床に伏せるのはマーカスの方だ。それがわかっているからマーカスの集中力は極限まで研ぎ澄まされる。結果、良い稽古になる。
ガイアソーサの稽古には武道場を使っている。朝行っている俺とマーカスの稽古はまだグラウンドでやっているが、それも近いうちに武道場でやることになるだろう。ここへ来た頃に比べ格段に動けるようになったマーカスとの稽古後、毎回グラウンドを整備するのも面倒になってきた。その点、俺の強化魔法でガチガチに固めてある武道場なら問題ない。
おっ!
マーカスがバク転で後方に距離をとった。構えを解くと一筋、頬に赤い血が伝う。
「お見事!」
その場で膝から崩れ落ちたガイアソーサの目に涙が滲む。
「や、やったー!マーカス先輩に、やっと一撃当てられた!」
膝をついたまま両腕を天に掲げガッツポーズを決めるガイアソーサ。しかし喜びは一瞬。
「トキオ先生、マーカス先輩の治療をお願いします!」
優しい魔王は他者を傷つけることを好まない。
「マーカス、治療するよ」
「いえ、この程度わざわざ師匠が魔法を使うまでもありません。折角後輩から受けた初めての一撃、しばらく余韻に浸らせてください」
「そ、そうか・・・」
痛みの余韻を味わいたいって・・・マーカス、そっちの趣味は無いよね・・・
「ようやく第一の試練を乗り越えたか、次の相手は私だ」
意気揚々と立ち上がるサンセラ。なんだよ、第一の試練って・・・
「お願いします、サンセラ様」
「ほお、師匠のことはトキオ先生と呼ぶのに、私のことはサンセラ様と呼ぶのか・・・それは、我が師を愚弄していると受け取っていいのか?」
「ち、違います!子供達の教育上、トキオ様はやめろと言われてのことです。断じて愚弄などしておりません!」
脅し過ぎだろ・・・殺気をしまいなさい!
「ならば、私のこともサンセラ先輩でよい。以後、そう呼ぶように」
「畏まりました!」
「では、いくぞ。構えろ」
「はい。よろしくお願いします、サンセラ先輩」
「うむ」
なにが「うむ」だよ。サンセラの奴、自分もマーカスみたいに先輩って呼ばれたいだけだろ。そもそも、サンセラやコタローが先輩って呼ばれたがる理由がよくわからん・・・
ボコッ、ガン、ドゴンッ!
対峙した瞬間、腹部に一発入れられ、くの字に折れ曲がるガイアソーサ。続けざまに無防備となった背中に組んだ両手を叩きつけると、おもいっきり武道場の床に叩きつけられた体が大きくバウンドする。
「バカ、やり過ぎだ、ヒール!」
「ガハッ、ガハ、ガハ・・」
「大丈夫か、ガイアソーサ!」
「は、はい・・・全然・・大丈夫です」
嘘つけ!
「おい、サンセラ、どうしてここまでやった?」
「対峙した瞬間、ガイアソーサはマーカスとの組手で技術しか学んでいないとわかったからです。マーカスがどのような覚悟でガイアソーサとの組手に取り組んでいたかを全く理解していない。戦いをなめています」
それは俺も感じていた。ガイアソーサの性格は戦いに向いていない。だが、力は持っている。今迄は圧倒的なステータスでいつも優位な立場、しかも「魔王」スキルの「直感」で危機的状況も回避できる。オスカーとの戦いでようやく少しだけ戦うことに興味を持ち始めたが、所詮あれは武闘大会。命を懸けたギリギリの戦いではない。
「ガイアソーサよ、マーカスは圧倒的にステータスの高いお前と戦うとき、常に今のお前のような姿になる危険を孕んでいた。お前が今、私に感じている恐怖をマーカスは乗り越え、覚悟を持ち、集中力を研ぎ澄ませ、お前と対峙していたのだ。技術だけを教えてくれていたのではない、何を学んでいたのだ。お前は楽しく戦う為にここへ来たのか?違うだろ!お前には成すべきこと、強くならねばならぬ理由があるのではないのか?」
サンセラの言う通りだ。俺自身も知らず知らずの内に、慣れない環境で頑張っているガイアソーサを甘やかしていた。サンセラはガイアソーサだけでなく俺にもそのことを教えてくれている。
「サンセラ先輩のおっしゃる通りです。甘えがありました」
「今日はここまでだ。マーカスとよく話し、今までに学んだ技術と、学べなかったことをもう一度おさらいしろ。明日も同じ姿勢なら、もう一度床に叩きつけてやる。これがトキオ一門のやり方だ!」
「はい!明日からも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
なんだよ、トキオ一門のやり方って・・・そもそも、トキオ一門なんて無いし・・・
ただ、今回はサンセラのほうが正しい。当分の間、ガイアソーサはサンセラに預けてみるか。まあ、サンセラは回復魔法を使えないから俺も見てなきゃならないけど。
♢ ♢ ♢
「「「お願いしまーす!」」」
マーカスとガイアソーサが去った武道場、入れ替わりで入ってきたのは冒険者希望組の三人。手にはそれどれ、俺が作った木製の剣、槍、杖を持っている。
基本ステータスも順調に上がり、夏休み明けからは武器の訓練も始めた。と、言ってもまずは基本から。素振りオンリーである。
「構え、素振り百回、はじめ!」
「一、二、三、四・・」
武道場とは不思議なもので、グラウンドで素振りをするより遥かに子供達の集中力が上がる。まずは素振りだけでアルバの「槍術」スキルとキャロの「杖術」スキルをレベル2まで上げる。「勇者」スキルしか持てないノーランは剣の素振り。勇者といえば剣、そんな固定観念は持っていなかったが自由に武器を選ばせた結果、本人が剣をとった。
「八、九、十、十一・・」
武器の習得には時間が掛かる。徹底的に基本だ。俺やマーカスが相手をするにも、一定のレベルに達していなければ意味がない。
「三十五、三十六、三十七、三十八・・」
この辺りからノーランの剣筋が大きくブレ始める。これがスキルを持つ者と持たざる者の差。アルバは勿論、筋力や耐久の基本ステータスがノーランより低いキャロでさえ、まだブレはない。
「七十二、七十三、七十四、七十五・・」
キャロもきつそうになってきた。魔法職のキャロにとって最大の武器は当然魔法、直接杖で戦うことなど殆どない。だが、妥協は許さない。殆どないと全くないは同じではないのだ。
アルバの槍はまだブレない。それも当然、アルバの主力は槍であり、他の二人と同じレベルでは話にならない。こんなところで躓いていては、将来二人に置いていかれることは本人が一番わかっている。
ノーランの剣筋はブレブレ、根性だけで振っている。それもまた、必要なことだ。
「九十七、九十八、九十九、百!」
「ノーランとキャロは三分休憩、アルバはそのまま突き続けろ」
「「「はい!」」」
基礎訓練を始めたばかりの頃は何かにつけて文句を言っていた三人だが、今は文句一つ言わなくなった。基本ステータスが上がり、基礎訓練の重要性を自覚し始めている。
「・・・なんか、武道場ってテンション上がるよね」
「・・・それ、あるな。やる気が五割増しって感じだ」
前言撤回。武道場効果、恐るべし。
冒険者希望組の訓練を終え職員室へ。基本的に訓練のある日は魔法の授業はしない。少し基本ステータスが上がったとはいえ子供は子供。訓練の日は訓練のことを、魔法の日は魔法のことを、どちらも同じ日にやると好きな方ばかりに気持ちが行ってしまう。
「先生、保護者面談ですが、今週は外出の予定が無いので夜ならいつでもかまわないとのことです」
「そうか、だったら早い方がいい。早速今晩伺うよ」
「今晩ですか。では、私は先に帰って父に伝えてまいります」
「別にいいよ。ただ話をしに行くだけだから」
「しかし、先生がいらっしゃるのなら、おもてなしの準備を・・」
「やめろ!フランの学校での様子を話しに行くだけだぞ。おもてなしなんてされたら俺が迷惑だ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。考えてもみろ、今はフランだけだが他にも家から通う生徒が現れたら、あの家はおもてなしをしたけれどあの家は何もしなかった、なんてことになるだろ。生徒に平民も貴族も関係ない、皆平等だ。おもてなしなんて受けたら賄賂を貰っているのと同じじゃないか」
「確かに・・・そこまで考えが行き渡りませんでした。今後生徒が増えたら、そういったルールも決めておくべきですね」
前世では常識だったが、まだこの世界はそれほど成熟していない。俺が常識だと思っていることもしっかり言葉にして相談していかないと。それにしてもオスカーの奴、どんどん先生らしくなっていくな。良い人材を確保できて俺は運がいい。この世界へ来て最初にステータスを見たとき、幸運が9だったとは思えない。これも創造神様の加護とカミリッカさんが育ててくれたおかげだ。
妹よ、前世では成人しても幸運9しかなかった兄で申し訳ない・・・




