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第一話 妹よ、俺は今一人です。

 

 妹が死んだ。


 五歳の時発症した病で学校に通うことすら出来なかった妹が、一昨日息を引き取った。



 世良知世(せら ともよ)享年十八歳。



 通夜、葬儀は家族葬で執り行った、と言えば聞こえはいいが家族は俺一人。

 病院関係者を除けば妹に知り合いは居ない。友人も恋人も出来ぬまま短い生涯を終えたのだ。


 遺骨を抱え家賃四万円のボロアパートへ帰る途中、可愛い妹と優しい両親に囲まれていた頃の思い出に浸る。




 小学校の教員をしていた両親のもと何不自由なく育った。父も母も明るい性格で家庭には笑顔が溢れていた。

 妹の病気が発症してからも両親は明るく振る舞い、週末には三人で見舞いに行って病院暮らしで退屈な日々を送る妹を散々笑わせる。

 よく未来の話をした。妹が病気を克服する未来。どこに行きたい、何をしたい。当時はそんな未来が当たり前にやって来ると信じて疑わなかった。


 その未来が閉ざされたのは三年前、俺が大学二年の春。


 両親の務める小学校が毎年行う自然の家研修。下見に向かった道中で崩落事故に遭い二人は帰らぬ人となった。


 悲しみに暮れる間もなく厳しい現実に直面する。


 妹の治療代や入院費はアルバイトで賄えるような金額ではない。さらに大学の授業料や生活費。生きるだけで金が必要だ。大学は諦めるしかない。自主退学の翌日から職業安定所通いが始まった。


 保険会社の営業職に就職が決まった。基本は企業回りだがノルマが達成できなければ一般家庭にも飛び込みで営業をかける。言わずもがなブラック企業だがノルマ達成後は歩合が跳ねあがるのが魅力だった。

 死に物狂いで働いた。朝早くに出社し帰るのはいつも午前様。年齢の割には稼げるようになった結果、またしても現実を思い知らされる。


 俺が身を粉にして稼ぐ給料程度では妹の治療は継続できない。


 思い出のたくさん詰まった家を手放した。ようやく下りた両親の保険金と合わせると相当な額になるが、妹の治療を継続するのに十分とはいえない。この金が尽きる前に次の金を用意しなければならない。爪に火をともす生活を余儀なくされる。


 生活は苦しくとも不幸だと思ったことは無い。妹が居てくれたから。


 週末は欠かさず見舞いに行き一日中妹と過ごす。その時に持っていく古本屋で買ったライトノベルを二人で回し読みするのが妹と俺のたった一つの贅沢。物語に感情移入する妹がニヤついたり目を細めたりして、読み終えた後は熱く語る。俺も自分の感想を妹に語る。共感することもあれば意見がぶつかることも。だが、最後は決まって二人とも笑顔になる。その時間が好きだった。


 妹の笑顔さえあれば俺は頑張り続けられる。


 妹が起き上がれなくなった。目もほとんど見えていない。それでも妹は物語を欲した。妹の枕元に座り読み聞かせる。力なく青白い顔、それでも妹は笑ってくれる。




 そんな妹が死んだ。


 なあ、妹よ。俺はこれから何の為に生きて行けばいいのだ。




 横断歩道の赤信号に足を止め自問自答してみるが答えは出ない。出る筈がない。答えなど無いのだから。


 母親と手を繋いで信号を待つ幼い少女と目が合う。四五歳だろうか、もう一方の手には赤い風船。妹もこれぐらいの頃は元気に走り回っていた。


「あっ」


 少女の声と共に風船が宙を舞う。


 母親の手を放し、風船を追う少女が車道へ飛び出す。


 反射的に俺も車道へ飛び出し、少女を捕まえ母親の方に放り投げた。


 ドスンッ!


 悲鳴を上げる母親。何が起きたのか分からず泣き叫ぶ少女。

 狭まっていく視界に映る赤い風船。


 ああ、俺は死ぬのか。まったく、神も仏も無い。

 知っているさ。もし、本当に神様がいるのなら妹にあんな仕打ちをするものか。


「神なんて・・・・・いない」


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 !?


「・・・・・初めまして。神です」


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