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水子

作者: 滝沢洋一

「主人はおるか?」


「影様、お待ちしておりました」


「・・・:奥か?」


「はい、何をどうして良いやら・・・」


「・・・斬るぞ」





「影よ、頼まれてくれぬか?」


「なんだ、一体」


白髪が入り混じった者に対して、どこか人を喰ったような者が道場に入ってくるなり声を掛けた。


稽古が終わったばかりなのか、影と呼ばれた者の額には汗が流れていた。


「お前の腕を見込んで頼みがある、行ってくれぬか?」


「・・・またか」


それだけで何が言いたいのか分かったのか、露骨に嫌そうな顔になった。


「白刃の雷刀が必要なことなのか?」


「すまぬな、頼む」


「・・・いつものことだが若殿はご存じなのか?」


「(殿を『若殿』というのはお前くらいだ!)若殿よりの御下知だ、行ってくれ」


「・・・わかった」


乱暴に汗を布でぬぐうと、立ち上がった。


「所用あって出掛けることになった、あとは頼むぞ!」


吠えるように道場内に叫ぶと、稽古を終えて木刀などを片付けていた者達が一斉に驚いたように振り返った。


すぐに笑って「はい!」とこちらも叫び返した。


「それで、どこに行ったら良い」


「表通りにある五十鈴屋だ、そこの主人には話を通してある」


「五十鈴屋か、大店だな。


余程困っているようにみえる・・・」






「行くのか?」


「行かないと行けないようですからな」


腰に刀を佩き、 支度を整える者に声をかけたのは、粋な着流し姿の足元に一匹の九尾の稲荷を連れていた存在だった。


「よくやる・・・」


「仕方がありますまい、たっての望みのようですからな」


振り返って笑うと、そっと竹筒を差し出された。


「伏見の神水だ、飲んでいけ」


「ありがたく頂きましょう」






「主人はおるか?」


声をかけると、慌てたようにこの家の手代らしき者が奥から駆けつけた。


「影様、お待ちしておりました」


余程急いでいたのだろう、転がる勢いのまま客人を迎えると、ちらりと奥を振り返った。


「・・・:奥か?」


「はい、何をどうして良いやら・・・」


困り果てた様子の手代に対して、


「・・・斬るぞ」


そう呟いた。


奥へと歩くと、徐々に厳しい顔へと変わっていった。


「・・・水子か」


刀に手をかけると、悟られないように少しだけ抜いた。


「旦那様、影様をお連れ致しました」


「・・・・入ってもらいなさい」


障子を開けるとそこには憔悴しきった男女が数人、詰めていた。


その傍には布団に寝ている女がいた。


「・・・・」


「影様、どうか・・・」


懇願する人達の目を見ながら黙って室内に入ると、布団に寝かされている女の傍に座った。


「・・・何があった」


「わかりませぬ、いきなり泣き叫び出して・・・」


「・・・そうか」


そっと、女の顔に触れた。


「・・・・終わらせてやろうぞ」


呟くと、腰に佩いている刀を一気に抜いた。


「な、なにをされますか!」


「黙って見ていろ、そこにいろ」


冷徹なまでに冷たい声で一瞥すると、正座した状態で下から斜め上へと振り抜いた。


「・・・・終わらせたぞ、もう苦しむことはない」


「ど、どういうことですか?」


「水子だ、心当たりがあろう」


冷たい目で室内にいる者達を見た。


「水子、とは・・・」


絶句する者達に対して、どこまでも冷たい目で周囲を見渡した。


「この者は子を失っておろう、その後どうした?」


「影様、なぜそれを・・・」


「この者に憑いていたのは水子だ、それも複数のな・・・・」


一瞬だけ悲しみを帯びた目になった。


「水子には善悪の差別ができぬ、己の遊びと思いてこの者の手を折り、臓腑を掻き乱し、目を抉り乳房を食い千切り続けた。


その苦痛と恐怖ゆえに奇声を上げて助けを求めていたにすぎぬ」


「・・・・影様!」


泣きながらこの家の主らしき者が進み出た。


「何故、何故に娘は・・・・!」


「わかっておろうさ」


立ち上がると、有無を言わさず箪笥から小さなしゃれこうべを取り出した。


「な、なにゆえ・・・」


「この家の者がここに置いたからだ、何故かはわかっておろう?」


「影様!」


転がり落ちる勢いで老境に差し掛かった者が出てきた。


「お許しください、娘は、娘は・・・」


「許すも何もない、成すべきことを成しただけだ」


言うなり、大脇差を抜いた。


「白刃の雷刀よ、その力を示せ!」


叫ぶと同時に大地を轟かせる凄まじい轟音と共に落雷が落ちた。






『派手にやったな』


『少々、気が立ったが故に』


苛立ちを隠そうともしないで歩いていた。


『だがな、あのようなことをしてもなんら救われぬぞ?』


「・・・やらぬよりかは良いかと」


血が滲むほどに固く拳を握りしめて言葉を紡いだ。


『水子によって死の安息よりもなお辛き苦しみを受けたあの娘、最早正気に戻ることはあるまい?


それでも良かったのか』


『二度と同じ過ちを受けるものがなければ』


寄り添うかのように九尾の稲荷が歩みを共にした。


『臓腑を切り刻まれ、目を抉られ、舌を引きずり出され、乳房を食い千切られ、腕という腕をへし折られ、足をもがれ続けたか、あの娘は。


それでもなお生きよと?』


『・・・・己が子を殺したとあの娘は泣いておりました、ならばそれは己が子ではないと示したかったのです』


『そうか、ならば仕方があるまい』


彼の心を察したのか、それ以上は何も言わなかった。

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