転槍剣
ウィナ王女からオーダーメイドの注文を受けてから、約一週間が経った。あれから色々と考えながら試行錯誤した結果、試作品第一号が完成した。今日は店の定休日なので、試作品が思い通りに使えるかどうかを試そうとしていた。
「よし、じゃあ相手は頼んだぞ、トルー」
「分かりました。全力で行ってもいいんですよね?」
「ああ。そうじゃないとお試しの意味がないからな」
トルーはハチェットと小太刀を構える。彼は十歳だが天職の恩恵も相まって、近接戦においてはそんじょそこらの冒険者よりも強い。俺とラピスが育てた甲斐がある。
「じゃあ行きますよ」
トルーは一気に駆け出して俺の懐まで詰め寄る。そして、ハチェットで一撃入れようとしたところを、剣モードの試作品で止めた。
「はぁッ!」
ハチェットの一撃を防がれたトルーは左手に持った小太刀で追撃をしてくる。ここで俺は試作品の機能を使った。
「モードチェンジ」
俺がそう呟くと、試作品の剣身と柄が左右にスーッと伸びていき、剣モードから槍モードに変化した。それから槍モードとなった試作品の柄を押して、小太刀を振りかぶるトルーを突き飛ばした。
「ぐッ……」
そして、槍モードの試作品で一撃、また一撃とトルーに突き攻撃を加えていく。ただ、トルーは全ての攻撃を躱したり、ハチェットと小太刀でいなしたりしていたが。
そうして五分ぐらいで試作品のお試し戦闘を終えた。その中で見えた改善点を頭の中で整理していく。
「試作品の出来はどうですか?」
「上出来ってとこだな。魔力を流すことで剣から槍に、槍から剣に変化させるって案もうまくいってたし、戦術としても機能してたからな」
「たしかに初見の相手なら間違いなく動揺しますね。二回三回と戦う相手に通用するかは分かりませんけど」
「そこは本人の技量と組み込む宝玉次第だな。ともあれ、今日は手伝ってくれてありがとうな。おかげで改善点も分かったよ」
そこまで言うと、トルーは首を傾げて尋ねてきた。
「改善点って何かあったんですか?」
「こいつの重さだ。俺が持つならちょうどいいぐらいだけど、ウィナ王女には少し重すぎる。もう少し軽い鉱石を使わなきゃダメだな」
ウィナ王女には天職の恩恵があるとはいえ、まだ十五歳の少女だ。さすがにこの重さのものを持ちながら、戦場を駆け巡るのは無理があるだろう。
俺は早速工房に戻って改良を始めた。
それからまた一週間が経った。今日は完成した武器をウィナ王女にお披露目する日だ。
カランコロンと扉に付けた鈴が鳴り、誰かが入店したことを知らせる。入口の方を見ると、そこにはウィナ王女と執事のゴードンさんが立っていた。
「私の理想の武器が完成したのですね?」
「はい。こちらにどうぞ」
ウィナ王女を応接用の机に案内してから、裏に行って完成した武器を持ってくる。
「こちらが完成品になります。そうですね、名付けて『転槍剣』です」
机の上に置いてから武器にかけられた布を取る。そこには一振りの剣があった。柄は白を基調とし、そこに金色の装飾が施されている。刀身も柄と同じく真っ白だ。このデザインはウィナ王女の要望通りである。
「素晴らしいですわ……!」
ウィナ王女も感嘆するほどの出来だったようで良かった。しかし、この武器はデザインが本命ではない。俺は実演するために許可を取って剣を手に取った。
「では、いきますよ」
「ええ、お願いしますわ」
俺は白い剣に魔力を通す。すると、剣が左右に伸び、一瞬にして槍に変化した。
「すごいですわ!私の理想通りです!」
ウィナ王女はまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように喜ぶ。ただ、この武器には俺が独断で付けた機能がある。それが柄と刀身の境目にある真紅の宝玉だ。
「ん?この宝玉は何ですの?」
ウィナ王女がその宝玉に気づいたので、ちょうどいいと俺はその宝玉について説明した。
「この宝玉は炎系の魔法を発動させやすくするためのものです」
「シンジ様……」
俺に対してゴードンさんが何かを言おうとした時、それをウィナ王女が手で遮った。
「理由を教えていただけますか?」
「ウィナさんがこの前店にいらした時、魔法が使えないと仰ってましたよね。あの時の話が引っかかっていたんです。別に魔法が使えない人なんて大勢いますし、他国の王族にだって魔法が使えない人はいます。なのに、なんであんなに暗い表情をするんだろうと」
俺は町での聞き込みや情報屋から貰った情報から、マイン王国の王族の状況を知った。そもそも、この国の王族は魔法使いの家系であり、代々名だたる魔法使いを輩出してきているらしい。
そして、今の国王には二人の娘がおり、長女であるイオラ第一王女は魔法の天才と言われるほど凄腕の魔法使いらしい。
天職が『賢者』という魔法使い向きの恩恵を持つものであることも関係しているとか。
しかし、第二王女である妹のウィナ王女は魔法が使えない。イオラ王女のことで期待が上がった分、周りからより落胆した声を投げかけられたらしい。それから魔法にはあまり触れないようにしてきたそうだ。まあ、一種のトラウマになっているのかもな。
「調べたのですね?」
「はい。俺は知らなかったので、ちょっとだけではありますが」
ウィナ王女は先ほどまでの嬉しそうな顔から一転して不貞腐れた子供のような顔になった。
「私は異端児なのですわ。魔法使いの家系でありながら、こんなにも魔力を持ちながら、まったく魔法が使えない……」
「そう、そこです」
「え?」
俺が急に言葉を遮るので、ウィナ王女は間の抜けた声を出してしまう。しかし、俺が前々から気になっていたことを言われたので、遮らざるを得なかったのだ。
「そもそも、魔力があるのに魔法が使えないなんてことある訳ないんですよね。魔力があるなら魔法が使えますし、魔法が使えるなら魔力があるという必要十分条件になるはずなんです」
「必要十分……?すみません、よく分からないのですが……」
「あ、すいません。そこは気にしないでください。とにかく、魔力を持つなら魔法は使えるというのが俺の考えです。だから、ウィナさんにも魔法が使えるはずなんです。だって、とてつもない魔力をお持ちじゃないですか」
俺も一端の魔法使いのため、他人の魔力量を感じ取ることができる。この前来店した時にこっそりとウィナ王女の魔力量を感じ取ってみたら、それはそれは大きな反応を示したのだ。まあ、魔力量は遺伝するとも言われているから、姉妹揃って多くの魔力を持つことは当たり前なのかもしれないが。
それでは、なぜウィナ王女は魔法が使えないのか。それはおそらく魔力の使い方が下手なのだと思う。俺の考えだと、生まれつき魔力の扱いが得意な人とそうでない人がいて、得意な人は天職との関係もあるが早くに魔法を使うことができるし、逆にそうでない人は魔法が使えないと思い込んでしまうのだろう。
「なるほど。確かに一理ありますわね」
その話をウィナ王女にすると、納得したように頷いてくれた。ここでようやく俺が宝玉を取り付けた意味を説明することができる。
「そして、俺は魔力の扱いが下手な人でも魔法が使えるようになるにはどうすればいいかを考えて一つの答えに辿り着きました。それがこの宝玉です」
「でも、宝玉って魔法が使える人のための道具なのではありませんか?」
「たしかに宝玉は魔法を使う時の触媒として使用します。その仕組みを応用すれば、宝玉が補助の役割をしてくれて魔法が発動できるようになるのではないかと」
俺の天職は『宝玉使い』だ。だから、宝玉のことは人よりも知っている。今回の仮説も思いつきではあるが、信憑性はなかなか高いと思う。
「一度試していただけませんか?それでもダメなら柄の部分だけ取り替えさせてもらいます」
「…………分かりましたわ。試してみましょう」
ウィナ王女は恐る恐る剣を手に取る。その時、ウィナ王女はパッと俺の方を勢いよく向いた。
「ど、どうかしましたか?」
何だろう。やっぱり怖くなってしまったのだろうか。もし、そうだとしたら無理強いは出来ないので、中断せざるを得なくなるが……。
「どうしましょう……。私、全然魔法を知りませんわ!」
「へ?」
「だって、魔法が使えないと分かってから、魔法について全然触れてこなかったのよ?それなのに、急に言われて覚えてる訳ないじゃない!」
まあ、確かにウィナ王女が言うことも分かる。これまで触れてこなかったものをやれと言われても、そもそもやり方が分からないのに出来るわけがない。そこは俺のミスだ。
しかし、だからといってそこまで大袈裟に言うことでもないだろう。ウィナ王女って意外とリアクションが大き……感情表現が豊かなんだな。
「分かりました。俺が詠唱を教えるので、俺の後に続いて唱えてください」
「わ、分かりましたわ」
基本的に全ての魔法には詠唱がある。ただし、詠唱はあくまでその魔法を発動しますよ、という道を定める役割なので、しっかりと自分でその魔法のイメージを持てるのならば詠唱は必要ない。俺も大体の魔法は詠唱なしで発動することが出来る。
「"獰猛なる炎よ 我に宿りて 敵を屠る刃となれ"」
「"獰猛なる炎よ 我に宿りて 敵を屠る刃となれ"」
ここまでで詠唱は完了だ。あとは魔法名を言えば、普通なら魔法が発動するが……。
「《火纏》」
「《火纏》」
魔法名を唱えると、ウィナ王女が持つ剣の刀身に瞬く間に炎がコーティングされていった。これは自身や手に持っている武器に炎を纏わせる《火纏》の効果である。つまり……。
「や、やりましたわ……。魔法が使えました!!」
ウィナ王女は嬉しさでピョンピョンと跳びはねる。そして、俺に抱きついてきた。
「ありがとうございます。すべてシンジさんのおかげですわ」
ウィナ王女は俺に向かってお礼の言葉を述べる。それは有難いのだが、彼女は魔法の解き方を知らないので今も手に持った剣はメラメラと燃えている。その状態で抱きついてくるものだから、俺の顔面の近くに剣が……熱ッ!ちょ、燃える!俺の髪が燃える!
慌ててウィナ王女に言おうと思ったら、今度は後ろからものすごく冷たい殺気が飛んできた。首だけ回転させて後ろを向くと、ものすごい鬼の形相でこちらを睨むゴードンさんがいた。いえ、これは違うんです!不可抗力なんですよ!というか、抱きついてきたのはお宅のお嬢さんでは!?
その後、すぐに剣の炎が消えてないことに気づいたウィナ王女が慌てて俺から離れた。いや、もう本当これからは気をつけてほしい。
そして、ウィナ王女からオーダーメイドの少し高めの代金を貰い、無理難題かと思われた注文は完了した。これから彼女には剣術と槍術、そして魔法の特訓を頑張ってほしい。俺は陰ながら応援することにしよう。