姫騎士の来店
誘拐事件が解決した次の日のこと。衛兵の事情聴取から解放されたメイと両親であるベインさん、リナさんがお礼を言うために店に来ていた。
「シンジくん、今回は、本当にありがとう……!私たちがこうして笑顔でいられるのは、すべて君とラピスさんのおかげだよ」
そう言って、ベインさんとリナさんは深々と頭を下げる。それに倣って、メイも同じように頭を下げた。
「そんなに頭を下げないでください。俺たちは当然のことをしただけですよ。それに、ベインさんには恩もありますしね」
「恩?ラピスさんもそう言っていたが、私はただこの店に鉱石を卸しているだけだよ?」
「この店を開店する時に鉱石を融通してくれたじゃないですか。資金が少なかった当時は本当に助かりましたよ」
俺がそこまで言うと、ベインさんはそのことを思い出したのか、「あぁ」と声を上げる。
「たしかにそうかもしれないけど、今回でそれ以上の貸しが君に出来たからね。何か困ったことがあったら、なんでも頼ってくれ。必ず力になるよ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
ベインさんたちはお礼を言い終わると帰っていった。これから家族水入らずの時間を過ごすのだろう。今回の誘拐で、メイが心の傷を負っていなくて俺も安心した。
そんな安心も束の間、店の扉が勢いよく開いて人が入ってくる。そのお客さんは綺麗なブロンドヘアを後ろで結び、豪華な衣服を身に纏っていた。
そんな彼女は俺を見るなり言い放った。
「私の理想の武器を作りなさいッ!!」
「…………え?」
突然のことすぎて、それしか言葉が出てこなかった。そんな俺を見て、彼女は顎に手を当てて首を傾けた。
「あら?店を間違えたのかしら?でも、たしかに武器は売ってるし……」
「えっと……」
「そこのあなた。ここは武器を売ってるウォーティーという店で合ってるのかしら?」
「は、はい。そうですけど」
そう言って頷くと、彼女は俺の近くまでやってきた。
「失礼、自己紹介がまだでしたわね。私はマイン王国第二王女のウィナ=ライト=マインですわ。本日はあなたに私の理想の武器を作っていただきたく思い参りましたの」
まず最初に思ったことは、ちゃんと喋れるじゃんということだ。さっきのいきなり要件から話し始めたのは一体何だったのか。疑問は深まるが、そんなことよりも大事なことに気づいた。
「王女ッ!?」
王女って王様の娘ってことだよな?え、なんでそんな人がうちの店に来てるんだ?
「ええ、そうですわ。というか、この国に住んでいる方なら私のことを知っていると思っていましたが……私もまだまだのようですわね」
「いやいや、そんなことないですよ!俺がこの国に来て間もないので知らなかっただけです。この国にずっと住んでる人はみんな知ってますよ」
俺は慌てて取り繕う。まあ、この国に来て間もないのは本当のことだから、知らないことは許してほしい。ただし、王族に興味がないというのも知らない理由に含まれるが。
「あら、そうでしたの?それなら仕方ありませんわね」
ウィナ王女はうんうんと頷きながらそう答えた。どうやら納得してくれたみたいだ。
「では、早速詳しい話をしてもいいかしら?」
「はい。お願いします」
「私があなたに作っていただきたいのは、剣と槍が組み合わさったような新しい武器ですわ」
剣と槍が組み合わさった武器か……。これまた難しい注文だな。武器というのはそれぞれ利点があるからこそ、違う形状をしているのだ。そのため、二つの武器を組み合わせてしまうと、両方の利点を潰してしまう可能性もある。
「そうですね。出来ないことはありませんが、とても難しいですし、何より武器はその特徴を活かして作られています。もし、二つの武器を組み合わせるとなると、特徴が活かせなくなる可能性もあります。だから、あまりオススメはしませんが、どうしますか?」
俺の言葉から一拍置いた後、ウィナ王女は大きな声で言い放った。
「構いませんわ!あなたが作らないと言ったところで、私はまた別の鍛治師に頼みにいきます。そこでもダメなら、また次の店へ。作っていただける方を見つけるまで、私は諦めませんもの」
ウィナ王女の目は確固たる意志を持っているように見えた。もしかしたら、彼女にも何か事情があるのかもしれない。何はともあれ、彼女の気持ちは十分と理解した。
「分かりました。俺が作りましょう。あなたの理想の武器を」
俺がそう言うと、ウィナ王女はパーッと明るい表情になった。先ほどの強い意志を持った顔とは真逆の表情だ。それだけ嬉しかったということなのだろうか。
「はい!」
満面の笑みで頷くウィナ王女を見て、これはいい武器を作らなければと思うのだった。
俺は裏から白紙の紙を持ってくる。その間にウィナ王女は外で待たせていたという執事のゴードンさんを店内に連れてきていた。なぜ今まで外で待たせていたかというと、社会勉強のためらしい。果たしてこれが社会勉強になっているのかは疑問だが、本人が満足しているのなら良いのだろう。
「じゃあ『理想の武器』について詳しく突き詰めていきたいと思います。ウィナ王女が具体的に……」
「王女はやめてほしいですわ。今の私たちは店員と客ですのよ?そこに身分なんて関係ないのではないかしら?」
そのウィナ王女の発言に俺は驚く。ウィナ王女はそう言っているが、実際のところ権力を振りかざしてくる貴族は少なくない。まあ、貴族だからといって贔屓をしたことは無いのだが。そんな貴族もいる中で、この国で一番優先される『王族』という身分である彼女がそんなことを言うなんて少し予想外だった。
ともかく、せっかくウィナ王女がそう言ってくれているのだ。ここは甘えさせてもらおう。
「分かりました。では、ウィナさんが具体的に考えてることについて教えてもらってもいいですか?」
「そうですわね。私の考えとしましては、好きなタイミングで剣と槍が瞬時に切り替わるようにしてほしいということですわ。それさえ実現していただければ言うことはないですわね。あ、ただデザインに関してはこちらで考えるので、構想が練れたとしても作るのは待ってほしいです」
俺はウィナ王女の話を聞いて、出てきた案を紙に書いていく。その過程である程度の武器の構造は考えたのだが、実現はなかなかに難しそうだ。
「そうだ、魔法は使いますか?」
せっかくの特注の武器なので、色々組み込んだ方がいいだろう。そう思って何気なく聞いたのだが、その一言で場が一瞬にして凍りついた。ウィナ王女の後ろに控えるゴードンさんなんて、こちらをものすごく睨んでいるように見えた。
「えっと、別に嫌なら大丈夫なので……」
「魔法は使えませんわ」
俺の取り繕った感じ満載の言葉をウィナ王女の言葉が遮った。そのウィナ王女の言葉は場が凍りついた理由にしては至って普通であり、魔力があっても魔法が使えない人間なんて大勢いるので、逆に俺は気になった。何故それぐらいのことでここまで二人の顔が変わるのか、と。
「わ、分かりました。完成までには少々時間がかかりますが、よろしいですか?」
「ええ、構いませんわ。その代わり、良いものを作ってくださいね」
「はい、任せてください」
この日はそれでウィナ王女は帰っていった。しかし、俺の心のモヤモヤは晴れない。ということで、俺は店をトルーに任せてウィナ王女のことについて調べ始めるのだった。