宝玉使いの力
「おや、ようやく目覚めたのかい?」
グリンがメイに向かって言う。いつもの優しい雰囲気とは違う、冷たい空気にメイは返事ができなかった。
「なんだ、いつもは笑顔で返してくれるのに。まあ、子供なら仕方ないか」
グリンはそんなことを言いながら、子供の人数を数える。
「うん、これでちょうど十人だ。ノルマクリア達成っと」
「何のノルマがクリアだ?」
突然、背後から声が聞こえてきたことに驚き、グリンはバッと後ろを振り向く。
「あなたは……」
「どうも、お得意様です」
振り返った先にいた人物、シンジ=ウォーティーにグリンは警戒するのだった。
◇◇◇
俺のことを睨みつけるグリンはゆっくりと口を開いた。
「なぜ、ここが分かったのですか?」
「俺の相棒がそういうのを調べるのが得意なんですよ。まあ、あなたの魔力の波長は何となく覚えてたので、大体の場所は掴めましたけど」
「そうですか。どうやら君はただの装備品店の店主じゃないみたいですね」
俺の言葉で、グリンの俺に対する警戒度は更に上がったようだ。いや、上げたフリというべきかな?
「そんな芝居いりませんよ。そこにいる仲間のことを知られないようにするための芝居はね」
俺は一見、何もない空間を指差す。その場所は目で見ればただの空間でしかないのだが、魔力感知で感じ取ると、そこからグリンのものではない魔力が漂っていることが分かる。
「おいおい、何を言ってるのかな?そこには何も……」
「とぼけても無駄ですよ。さっきも言った通り、俺は魔力感知が得意なんで、近くに別の魔力を感じたらすぐに気づきますよ」
そこまで言うと観念したのか、俺が先ほど指差した空間から黒髪の女性が出てきた。
「あらら、バレてたのね。あのまま気づかないんだったら、私の術で操ってたのに」
女性はそう言ってクスクスと笑う。
「なるほど、子供たちはあなたの術とやらで操られて誘拐されたのか」
「いかにも、私の天職『幻惑師』の術で、親が目を離した隙に家から出てこさせたわ。その後は、グリンの宅配の荷物の中に忍び込ませて運んできたら、誰にも見つからずに誘拐できるのよ」
女性は聞いてないことまでベラベラと話してくる。その理由は一つしかないだろう。
「おい、ミラ。余計なことまで喋るな」
「別にいいじゃない。どうせ殺すんでしょ?」
そう、彼女――ミラは俺をこの場で殺すつもりだから色々と話しているのだ。しかし、グリンはそんな彼女を責めている。
「それはそうだが、あまり無闇に喋らない方がいい」
「何でかしら?」
「あいつは一人でこの場まで来てる。そう思い込まされてるだけかもしれないからだ。誰かがそばにいるのかもしれない。この話を聞いている誰かが」
グリンの言っていることは正しい。俺がここまで話に付き合っているのも、何かを待っているととってもおかしくない。まあ、まさにその通りなんだがな。
「早めに決着をつけるぞ。ミラ、子供たちに戦わせろ」
「はいはーい。さあ行きなさい、あなたたち……ってあれ?子供たちは?」
グリンとミラの後ろに先ほどまでいたはずの子供たちが忽然と姿を消している。グリンは何かに気づいたように、俺の方をバッと見た。
「君か……」
俺はニヤリと笑いながら魔法を解いた。すると、俺の後ろからラピスと誘拐された子供たちが現れた。
「いやー、ヒヤヒヤしましたよ。あなたたちにバレずに子供たちを移動させるのはね。でも、上手くいって良かったです」
俺はこの場所にラピスと二人で来ていた。そして、この場所に入る前に、ラピスに《気配隠蔽》と《魔力隠蔽》、《無音》の魔法を施してから中に入った。そうすることで、グリンたちには俺しかいないように思わせたのだ。まあ、ここが薄暗いのと、念のため自分自身に《視線誘導》の魔法を使ってたというのもあるがな。
子供たちにはラピスに施した魔法が込められた魔道具を付けてもらい、気づかれないように俺の後ろまで来てもらった。相手がもう一人いると気づいた時は少し焦ったが、相手も隠れることに注力してたみたいだから良かった。
「そうか。なら、全力で潰すだけだ」
いつの間にか口調が変わったグリンが腰にある長剣を鞘から引き抜く。それに合わせて、ミラも懐から短剣を取り出した。
「ラピス、子供たちを外に」
「分かったわ。衛兵の人に預けたら、私もすぐに戻ってくるから」
「頼んだぞ、相棒」
俺の言葉に頷いたラピスと子供たちが外に行ったことを確認すると、俺は胸元から二つの宝玉を取り出す。この宝玉こそが俺の武器だ。
「その宝玉……そうか、君の天職は『宝玉使い』か。ククク、残念だったなぁ。この狭い場所じゃあ君に出来ることは限られている。それに、僕の天職は『剣闘士』だ。近接戦で君に勝ち目はない!」
たしかにグランの言う通り、俺の天職は『宝玉師』だ。『宝玉師』はより良質な宝玉を作れる他に、自由自在に様々な宝玉を操ることができる。
宝玉は魔法を使う時の媒介となるものなので、当然魔法での戦闘がメインになる。だから、グリンはこの狭い場所での戦闘で、自分には勝てないと思っているのだろう。
「いくぞ、ミラ!」
「ええ。《月下の幻》
その掛け声と共に、グリンが影分身でもしたかのように三人に増えた。これも『幻惑師』の能力の一つなのか。意外と厄介だな。
「《三天火弾》」
深紅の宝玉が妖しく光り、そこから三つの火の球が放たれる。それらは的確にグリンを狙うが、すべて剣で斬られてしまった。
「「「甘いッ!」」」
三人のグリンが勢いよく俺に斬りかかってくる。だが、俺にはもう一つの宝玉がある。
「《無縫の水鏡》」
青い宝玉が煌めき、そこから水が楕円形になって放出される。グリンの斬撃はその水の盾に全て防がれた。
「《惑いの靄》」
ミラの術により、俺の目の前が歪む。どうやらこの術には対象者の視界を撹乱させる作用があるみたいだ。それなら、視覚を使わなければいいだけの話だがな。
俺は即座に目を閉じ、《感覚増幅》という魔法を使う。この魔法は自身の感覚を飛躍的に上昇させるという魔法だ。今回は主に聴覚と触覚の増幅が目的である。
「「「もらったぁぁぁ!!」」」
俺が視界の変化で目を瞑ったと思い込んだグリンは一気に体勢を立て直して斬りかかってくる。俺はその攻撃を音で方向を察知し、剣が迫ってくるのを肌で感じ取って避けた。
「「「何ッ!?」」」
攻撃が全て避けられて驚くグリンにあらかじめ準備しておいた魔法を放つ。
「《炎鎖の呪縛》」
深紅の宝玉から炎の鎖が出現し、三人のグリンを縛る。そこに追い討ちの魔法を放った。
「《海流の蛇》」
先ほどの水の盾で床に散らばった水滴が、今度は蛇のようになってグリンにまとわりつく。炎と水で完璧に拘束されたグリンは身動きひとつ取れなくなっていた。
それから目を開けると、歪んだ視覚は元に戻っていた。《惑いの靄》の効力はそれほど長くはないようだ。
「もう諦めた方がいいですよ。あなたでは俺には勝てませんから」
彼女はこの戦闘で天職である《幻惑師》の術しか使っていない。おそらく彼女は攻撃系の魔法が使えないか、もしくは大したものは使えないのだろう。
「わ、分かったわ。降参よ、降参」
ミラはそう言うと、両手を上げて降伏の意を示した。それと同時に、三人のグリンの内の二人がただのマネキンへと姿を変えた。
「なるほど。あなたは幻覚を作っていたのではなく、マネキンの姿を変えていたのか。だから、俺の魔法を斬ることも出来たのか。ということは、グリンさん。あなたの天職は『剣闘士』じゃないな」
「チッ、そうだよ。俺の天職は『人形使い』だ」
未だなお縛られているグリンがそう言う。嘘の天職を言ったのは二人の常套手段なのかもしれない。実体を持たないと思っていた幻が本物の攻撃を仕掛けてくるのだから、初見の相手は間違いなく圧倒できるだろう。
俺は余計な魔力を使いたくないので、何かミラの手を縛る縄のようなものがないか、近くを探した。その時だった。
「死ねぇぇぇ!!」
俺が背を向けた隙を狙って、ミラが隠し持っていたナイフを俺に向かって突き立てようとする。それに気づき、魔法を発動しようとすると、それよりも先にミラのナイフを持つ手が飛来した何かによって吹き飛ばされた。
「きゃあッッ!!」
「ラピス!」
その何かが飛んできた方を見ると、そこにはラピスが立っており、右手には銃が握られていた。
「もう、最後まで油断しちゃダメでしょ。今は偶然私が来たから良かったものの、最悪の場合死んでたんだからね」
「悪い。つい、うっかりな」
そう軽く謝る俺に、ラピスはジト目を向ける。そして、一つため息を吐くと、ポケットからあるものを取り出してミラの腕に付けた。
「なんだ、『魔封じの錠』を持ってきてたのか」
『魔封じの錠』はその名の通り、これをつけた人間の魔力を封じる手錠だ。天職の術も魔法も魔力を消費して使用するので、この手錠をつければ両方とも使用することはできなくなる。
「ええ。シンジなら私が来る前に終わらせてると思ったから、衛兵の人から借りてきたのよ」
「いや、それ奪ったの間違いじゃないか?」
『魔封じの錠』は犯罪者が悪用しないように、持てる人が限られている。だから、緊急事態でも他人に貸したりすることはないはずだ。ということは、ラピスは衛兵からぶん取ってきたのだろう。
「べ、別にそんなんじゃないわよ?ただ、衛兵さんが出動に時間がかかるっていうから、有無を言わさずにお借りしたというかなんというか……」
「分かった。後で一緒に怒られような」
多分、初犯な上に緊急性もあったから罪には問われないはずだ。まあ、厳重注意としてめちゃくちゃ怒られるのだろうけど。
こうして、事件は幕を閉じたかのように思えた。しかし、これで終わりではなかった。否、ここから始まったのだ。俺たちと奴らの戦いは……。