いざ蚤の市
「ふぅ、やっぱ蚤の市は朝が一番疲れるな……」
指定された場所に机を置き、更に今日出す品物が詰め込まれた木箱を店から持ってきているので、そこそこの重労働を朝からしているのだ。
トルーも手伝ってくれているのだが、主に運搬は俺が担当している。蚤の市に参加する時に、張り切って「運搬は俺がやるよ」なんて言うんじゃなかった。今さら手伝ってほしいなんて言えないよ。
ちなみに、ラピスは各種手続きを蚤の市の本部にしに行ってくれている。
「よぉ、シンジ」
「グリアスさん。お疲れ様です」
木箱の中の商品を並べていると、グリアスさんが話しかけてきた。グリアスさんはこの蚤の市の各店舗の売り場の設営をすべて任されている。だから、今日までは大忙しだったのだが、逆に今日は暇なのだ。
「おうよ。ここ最近の中で一番の重労働だったぜ。まあ、俺たちが仕事をしたから、この蚤の市が開催されるって思うと頑張って甲斐があったなって思うぜ」
グリアスさんは逞しい腕をグッと握りながらそう言う。実際、グリアスさんたちのおかげで俺たちは蚤の市が開けているんだし、感謝しかない。
「いつもありがとうございます。グリアスさんたちの仕事は丁寧でとても助かってますよ」
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ!」
ガハハと笑いながら、グリアスさんは俺の肩をバシバシと叩く。なんでこの人は朝からこんなに元気なんだ?仕事の関係上、朝には強いのかもしれない。
「それじゃ、あんまり邪魔しても悪ぃからそろそろ行くわ。在庫処分うまくいくといいな」
「ええ、全部売り捌いてみせますよ」
そうしてグリアスさんと別れ、開店の準備を進めていると今度はベインさんがやってきた。
「おはよう、シンジくん」
「おはようございます」
ベインさんは俺に挨拶をすると、右手に持っていた何かを差し出した。
「はい、これお土産」
「なんですか、これは?」
「この前、仕事でノーベル地方に行ったんだ。そのノーベル地方はガラス細工が有名でね、店にでも飾っといてくれ」
それは透明なガラスで作られた鳥の置物だった。細部まで精巧に作られており、まさに職人の業というべき品だ。
「ありがとうございます!カウンターに飾っておきますね」
「ああ、そうしてくれると私も嬉しいよ。ところでだね……」
ベインさんは急に神妙な面持ちになり、先ほどよりも小さな声で話してきた。俺も真剣な顔でベインさんの話に耳を傾ける。
「この前、私の娘を誘拐した奴らがいただろう?あいつらが牢屋を抜け出したらしいんだ」
「それは本当ですか?」
俺の問いにベインさんはゆっくりと頷く。
「昨日、衛兵がうちに来てね。ここ一帯の見回りの強化をするから身の回りには気をつけてくれと言われたんだ。だから、君らも気をつけた方がいい。どうやら奴らは組織だって活動しているみたいなんだ。あの二人だけならまだしも、大人数で来られたらさすがに危険だからね」
あの二人……。そうか、牢屋から逃げ出したのか。だが、組織で活動していたとは驚きだな。組織が奴らを逃したということは、組織には奴らの力が必要ということだ。また何かしらの事件を起こす気なのだろう。
「忠告ありがとうございます。俺の方でも何か分かったら知らせますね」
「ああ、頼むよ。ただし、無理だけはしないでくれ」
「はい」
ベインさんはそのことを言い終えると、店の準備をするからと帰っていった。おそらく、今日ここに来てくれたのは奴らのことを俺に伝えるためだろう。しばらくは身の回りをしっかり警戒しなきゃダメだな。
それから三十分ほどで開店の準備を終え、それとほぼ同時に蚤の市の開始となった。それまでは出店する店の関係者しかいなかった大街道はすぐに大勢の人でいっぱいになった。やはり、良い品を安く買えるというのは魅力的なのだろう。
俺が売っている武器や装身具も瞬く間に売れていき、昼になる頃には商品の数は三分の一ほどにまでなっていた。
「お待たせ……って、今回はやけに減りが早いわね」
お昼のタイミングで店番を俺とトルーからラピスとマリンに交代する。そうすれば、全員蚤の市を散策できるというわけだ。
「まあ、人の数もいつもより多い気がするし、それに伴って売れ行きも良くなったんだろ。全部売れたら片付け手伝うから呼んでくれ」
「分かったわ」
そうして店番を交代した俺は蚤の市の人混みの中を適当に進んでいく。トルーはどこか見たい場所があるらしく、別行動することにした。
まず、昼食にバンバ鳥の串焼き(タレ)を食べた。普通に美味しかった。一緒に酒を飲みたくなったが、昼間から酒を飲むのは何もない休みの日だけにすると決めているので頑張って欲を抑えた。
それから色々な店の品物を見て歩いていると、誰かの言い合う声が聞こえてきたのでそちらに向かってみる。現場を囲むように出来ている人の大群を進み、その現場を覗いてみると、そこには先ほどの串焼き屋のおじさんとピンク色の髪をツインテールに結んだ少女が何やら言い争っている姿が見えた。
「なんでこのお金は使えないの!これだって立派なお金でしょ!」
「そう言われても、うちで扱ってるのは共通硬貨だけなんだ。そんな、別の国のお金なんか出されても困るよ」
串焼き屋のおじさんは本当に困った様子で少女に話しかける。対する少女も自分のお金が使えなくて困っているみたいだ。仕方がない、助け舟を出すか。
「その金、俺が立て替えましょうか?」
人混みの中を抜け出てそう言うと、串焼き屋のおじさんは驚いた顔で俺を見てきた。
「い、いいのか、兄ちゃん」
「はい。俺は大丈夫です。君はそれでもいいか?」
少女にそう聞くと、少女は腕を組みながらそっぽを向いて答えた。
「別に、私はお金が使えるなら何でもいいけど……」
「よし、じゃあ決まりだ。おじさん、彼女が食べた分の代金を教えてくれ」
俺はおじさんから代金を聞いて払う。その額はなんと金貨二枚。うちの店のそこそこ良い宝玉が買えるくらいの額だ。少女だと思ってそこまで食べてないと思っていたら、とんでもない量を食べていたらしい。安易にこんな申し出をするんじゃないと少しばかり後悔した。
「じゃあ、そのお金貰えるか?」
「は、はい。どうぞ」
店の前にいては邪魔になるので、少し離れた場所で少女からお金を貰った。
「これはどこの国のお金なの?」
少女から貰ったお金は金貨や銀貨と似たような作りだが、色や図柄が違うので共通硬貨とは違うものだということが分かる。ただ、ここら辺の国はすべてこの共通硬貨を貨幣として使用しているので、少なくともこの近辺の国のお金ではない。
「バルトール王国のお金だよ」
「バルトール王国?」
聞いたことのない名前だ。よほどこの国から離れた場所にあるのだろうか。
「うん!お兄さんはこの国に住んでる人?」
「そうだよ。ここはマイン王国って言うんだけど、そのバルトール王国はここからどのくらい離れてるとか分かるか?」
「マイン王国かー。じゃあ結構離れてるかも。マイン王国とは正反対の場所にバルトール王国はあるからね」
正反対か。じゃあ知らなくても仕方はない……ん?正反対?それならこの子はどうやってこの国まで来たんだ?
「君はどうやってこの国まで来たんだ?」
「うーん、それが分かんないんだよね。気がついたら、この街の外にある森の中で寝てたっていうか。とにかく、目が覚めるより前のことを全然覚えてないんだよね」
少女は少し笑ってそう答える。いや、それは笑い事じゃないだろ。
「じゃあ、自分の名前は?」
「それは覚えてるよ。私はローズ。年齢は今年で15歳で、天職は《統率者》だよ」
少女ローズは自分に関わることを話していった。ということは、彼女の記憶喪失は何かショックな出来事があった時に起こるストレス性のものである可能性があるな。
「それで、これからどうするんだ?」
「これからか……。どこかで働きながら暮らすしかないかな。このお金も使えないって分かったし」
そう言ったローズの表情はどこか寂しそうに見えた。ここで俺の頭にある考えがよぎる。その考えを実行すれば、きっとラピスにまたお人好しだの何だの言われるだろう。しかし、今ここで出会ったこの少女を見捨てるという選択肢は無かった。
「なら、うちで働くか?」
「え?」
俺の言葉にローズは驚いた様子を見せる。
「お兄さん、お店やってたの?」
「ああ、武器と装身具の店をやってる。どうだ?強制はしないが、一度考えてみてくれ」
ローズにもやりたいことや得意なことがあるだろう。だからこそ、判断はローズに任せてみたのだが……。
「やる!お兄さんのお店で働きたい!」
意外にもローズは即答した。少しは悩むかと思ったが、まったく悩まなかったらしい。
そういうわけで、
「うちに新しく入ったローズです。みんな、仲良くするように」
「ローズです。よろしくお願いします!」
その日、蚤の市の片付けを終えて、店に戻ってから三人にローズを紹介した。ローズは緊張する様子もなく自己紹介をした。
「トルーです。よろしくお願いします」
「マリンです。よろしくね、ローズさん」
「えーと……ラピスよ。よろしくね」
トルーとマリンは元気よく挨拶をするが、ラピスだけは困惑した様子で挨拶をしていた。
その後、ローズには装備品売り場と装身具売り場をその時の忙しさによって行き来してもらうこと、部屋数が少ないのでマリンと同じ部屋で過ごしてもらうことを決めた。
それから俺は夕飯の支度をしようとしたのだが、ラピスに呼び出されたので三人に支度を任せてきた。
「シーンージー?」
「なんだ?」
「なんだ?じゃないでしょ!あの子は一体誰なの!?どうしてうちで働くことになってるのよ!」
思った通り、ラピスは俺が勝手にローズが働くことを決めたことに怒っているみたいだ。この後、怒ったラピスの機嫌が直るまでの間、俺は静かにラピスの説教を聞き続けたのだった。




