表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偶像と選択肢  作者: 西井あきら
一章 金の魚、青い涙
6/22

その6 (一章 了)

 ああ、早く。

 早く泣きやまなければ。

 でないとまた奪われてしまう——。


       6


 橙色に染まった空を幸人は保健室の窓から眺めていた。

 部活の時間は終わり生徒達は次々に帰っていく。

 外と比べてここは静かだ。つい先程までは小さな嗚咽が聞こえていたが、今は無音。

 カーテンが閉じられたベッドに体を向ける。

「アイ、落ち着いた?」

 返事はない。

「開けるよ」


 近付いて中に入る。ベッドの上には大量のアクアマリン、そして藍希が膝を抱えて座っていた。

 俯いていた顔がゆっくりと上がり、幸人を見つめる。涙は止まったようだ。

「ちょっと腫れちゃったね」

 伸ばした手を彼の頬に置くと優しくまぶたを撫でる。

「……最悪だ、本当に」

 幸人の手をどかすと藍希は低い声で恨み言を零した。そしてスラックスのポケットから巾着袋を取り出し石を拾い始める。


「あの人は?」

 石集めを手伝っている幸人に鱗怪鈴歌はどうしているのか尋ねた。

「風紀委員室にいるよ。他の人達もそこに」

「そうですか」

 幸人が拾った分を袋に入れると、藍希はベッドから下りて保健室を出る。

「行くの?」

「ええ」

「もう少し休んだ方が——」

「行きます」

 遅れてやってきた従兄弟に食い気味に答えた後、歩くペースを早めた。


     ◇◇◇


「あの、そういえば大山先生。藍希くんのあれって……」

「……特異体質だろうな」

 風紀委員室では現在梶谷による鱗怪鈴歌の取り調べが行われている。

 他のメンバーは彼女が逃げ出さないよう目を光らせながら話を聞いていた。——一人を除いて。


 桜木実散にとってはこの上なく退屈な時間であった。だから隣にいる大山に小声で話しかけたのだ。

「旧い魔力持ちの家系には稀に体の一部が変質したり、特殊な能力を持って生まれてくる子供がいる。宝累は歴史の長い名家だからおそらくは……」

「へえ、難儀なものですね」

「そうだな。ほら、気が済んだら話に集中しろ」

「はーい」


 会話が終了して少し経った頃、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 近くにいた剛が薄く開け、来訪者を確認すると梶谷に報告する。

「宝累達が来ました」

「そうか、通していいぞ」

 はい、と答えるとドアを大きく開き、藍希と幸人を中に入れた。

「具合はどうだ?」

「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

 気にするなと言う女性教師の声を聞きながら、藍希はその向かいに座っている少女を見た。何か言いたそうにしている。しかし梶谷が喋り続けている為、今は放置する事にした。


「風紀委員のメンバーを捕まえてくるよう誰かに頼まれたらしい。やり取りはあのぬいぐるみとしていたからそいつの正体は分からないそうだ」

「依頼を受けた理由については?」

「それが聞いた途端黙ってしまってな」

 もう一度鈴歌を見る。相手はビクッと体を震わせると立ち上がった。

「あの、この度は本当に……どうお詫びしたらいいか……」

「謝罪はいりません 皆さんに伝えたい事があって来ただけですから」


 訥々(とつとつ)とした謝罪の言葉を制止して、全員がこちらに顔を動かすと藍希は再び口を開く。

「どうか僕の体質の事については内密に。よろしくお願いします」

 真剣な眼差しで一人一人確認するように見つめ、全員が頷いたのを確認すると二人分の腕章を机の上に置いた。

「最終日も終わりましたし、僕達はこれで失礼します」

「あ……ああ、そうだな。今までありがとう、おかげで助かったよ。お疲れ様」

 理緒が感謝を述べると、藍希と幸人は会釈をして扉へと歩いていく。

「ま、待ってください!」

 それを止めたのは鈴歌だった。


 ソファから出ると右のスラックスの裾をめくり始める。

 一同は息を呑んだ。

 金色のキラキラとした物が見える。

 それは、彼女が操っていた魚と同じ——。

「鱗か……? それ」

 鈴歌の脚には無数の金の鱗がへばり付いていた。


「えっと、あとこれも……」

 ポケットから取り出した物は小さな容器。それを机に置く。

「あのネコにこれを渡されて、つけてみたら鱗が消えたんです。それで、皆さんを捕まえてくればもっとたくさんやるって言われて……」

 両の拳を強く握りしめ、続けて少女は懺悔にも似た内容を吐露した。

「悪い事だとは思ったんですけどどうしてもこの脚を治したくて。……でも今はすごく後悔しているんです。……本当に、すみませんでした!」


 藍希を真っ直ぐ見据えていた顔は謝罪の言葉とともに勢いよく下がる。

「事情は分かりました。……戻して結構ですよ。——そのネコは動機について何か言っていませんでしたか?」

「えーと……、復讐だって言ってました」

 裾を戻し終えた彼女は正直に話した。

 ——私()別にあなた方に恨みがある訳ではないんですよ——。

 あの言葉の真意は「あくまで自分は依頼を受けただけで恨みを持っているのは別の人物だ」という意味だったのかと納得する。

 

「復讐ねえ。まあ心当たりがないって言ったら嘘になるな」

 会話に出てきた単語に理緒が反応を示した。

 世の中聞き分けのいい人間ばかりではない。例えば委員会の誰かに注意をされて、その事を逆恨みしている、という事も充分考えられる。


 彼が思考を巡らせている間に藍希がもう一つ質問をした。

「特異体質の事を誰かに話したりは?」

「いえ、家族しか知らないはずなんですけど……」

 疑問と不安が入り混じった声。他の人物達は一体誰が犯人なのかと頭を捻っている。

 沈黙が続く中、理緒が再度発言をした。

「今の情報だけじゃどう頑張っても犯人の特定は出来ないな。……もう部活時間も終わったし、俺達も帰ろう。それでいいですよね、先生」

 そうだな、と大山が返す。それを合図に藍希と幸人、次に鈴歌と教師二人が出ていった。梶谷は去り際、理緒に戸締りを忘れるなとだけ伝えて。


 メンバーだけが残された部屋に、剛とみずきの憤った声が響く。

「……くそっ、胸糞わりい。要は弱味に付け込んで従わせたって事じゃねえか、その俺らを狙っている奴は」

「同感だな、しかも相手は正体を隠しているから尚タチが悪い」

 二人の後に続いてまことが喋った。

「それよりもさ、このままだと人員増やせねえじゃん。どうすんだよ」

 話の途中で、視線は剛とみずきから理緒へと移動する。

「そうだよなあ。一年生の二人も捕縛対象だったのを考えると犯人は風紀委員会そのものが気に食わないって感じだし」


 メンバーを増やせば、それだけ襲われる人間が多くなるかもしれないという事。

 犯人が見つかるまでは例年よりも少ない人数でやっていくしかないのかと思い悩む理緒。

 しかしこの憂いは、休み明けに解決する事となる——。


     ◇◇◇


「——え、今なんて」

 土日があっという間に過ぎ、迎えた月曜日。いつもより早めに来て風紀委員室で書類仕事をしていた理緒の元に、藍希と幸人がやってきた。

「ですから。僕達を風紀委員会に入れてください、と」

 藍希の言葉に目を丸くさせて思わず聞き返す。そして聞き間違いではなかったと判明するとより一層驚いた。


「どういった心境の変化だ? 最初誘った時はあんなに嫌がってたのに」

「別にこれといった理由はありませんが……」

 ここまで口にすると相手は黙ってしまった。それは明確な理由がないからというよりも、自身の考えを伝える為に頭の中で文章を組み立てているようだった。

「強いて言うなら——私怨の為に他人を利用する輩を、いつまでも野放しにしておきたくないからです。犯人との接触率を高めるにはこの方法が一番効果的だと思いまして」

 隣にいる幸人が頷く。


 返ってきたのは予想外な答え。しかし理緒は安心した。自分達が危険な目に遭うかもしれない事を、しっかり理解した上でここに来たのだと分かったからだ。

「……やはり動機としてはあまりよくありませんでしたか?」

 少し不安げなその声に、つい吹き出してしまう。

「いいや、むしろ頼もしいよ」

 そう言って椅子から立ち上がると、机の上にある腕章を二人に渡した。

「それじゃあ改めて。これからよろしくな、二人とも」

 彼から腕章を受け取ると、幸人は笑顔のままはいと答える。

 藍希も、僅かに口角を上げてこちらこそと口にした。


 こうして、まだ少し肌寒い春の朝、朝雲高等学校に新たな風紀委員が誕生したのだった。



             一章 金の魚、青い涙 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ