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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
一章 金の魚、青い涙
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その5

       5

 

 タン……、タン……、と規則的な音が会議室に響く。

 まことがボールを壁にぶつけている音だ。

 投げたボールが壁にぶつかり、ころころと転がって、それを拾ってまた投げる。

 あれから四人で脱出出来そうな箇所や怪しい物がないか調べてみたが成果はなく、現在は全員椅子に腰を下ろしていた。


 突然見知らぬ場所に連れてこられた不安からか誰も一言も喋らず、室内にはボールの音しか聞こえない。

 一定のリズムを聞いている内にまこと以外の三人は若干眠くなってきた。

 おぼろげな意識の中、今のこの状況はもしかしたら夢なのかもしれないと頭の片隅で思えてくる。


 まことがこの行為を続けているのは単に暇だからだ。

 単純作業を繰り返していく内に思考と感情は段々と低下し、淀んだ目は顔の描かれたボールだけを見つめている。

 くるくると回転する笑顔にもなんとも思わなくなってきた。


 だからか、口部分が前触れもなく大きく開き、そこから理緒と剛が飛び出してきた時には反応が遅れて避ける事が出来なかった。

 ぶつかった衝撃で椅子から転げ落ちる。

 驚く声と椅子が倒れた音でまどろんでいた三人の目は強制的に冴えた。


「おお、君達! 怪我はないか?」

 まことと剛に挟まれた理緒は探していた四人の姿を見て安心した表情を浮かべる。

「いってえ……。なんなんだよあいつ、そしてなんなんだここは」

「いやその前に下りてくんないかな……」

「あっ、すんません清水先輩!」

 自分が先輩二人を下敷きにしている事に気付いた剛は慌てて起き上がった。


「なんだ今の……。お前達どうやってここに来た!?」

 状況を飲み込めないみずきが理緒と剛に問いかける。理緒はどこから話せばばいいかと考え込み、とりあえずガレージでの出来事を簡潔に説明した。

「——それで、現実世界に連れ戻された俺らを奴はボールの口の中に放り込んだって訳さ」

 話しながら元の状態に戻ったボールを色々な角度から見つめる。


「こっちにはボタンが付いてないのか」

 金目が所持していた物にはボタンがあり、それで口の開閉を行なっていた。しかしこれにはない。

「まあ当然か。これにもあったら意味ないもんな」

 自分で結論を出すと隅の方に置いた。

 理緒の話を一通り聞いた幸人は神妙な面持ちで口を開く。

「あの。それってつまり、俺達はワープで連れてこられたって事ですか?」

「そうなるな。……でも本来ならそんな事——」

「ありえないよ」

 一同の視線がポケットに手を突っ込んでいる少女に集まる。


「遠くの距離を瞬時に移動するには現在地と目的地の間の空間を折り曲げる必要がある。それを行うには膨大な魔力がいるし、なにより安定させなくちゃいけない。とてもじゃないけど人類に制御出来る量じゃないんだよ。だからその為の装置を色んな国が作ろうとしているんだけど、未だに実現はされていないね」

 実散の言った事はここにいる全員が理解していた。魔力は量が多い程制御が難しくなる。だから幸人も信じられないといった表情で聞いてきたのだ。


「でもよ、ワープじゃなかったらなんだってんだ? お前も見てただろ、俺達が出てくるとこ」

 剛の言い分に少女は言葉を詰まらせる。

「仮にもしこれがワープ技術なら……」

 悩んだ末、質問の答えにはなっていない言葉を返した。

「私達は歴史的瞬間に立ちあった事になるね」


     ◇◇◇


 金目の人物の前には三枚のディスプレイ。

 左の画面には会議室と六人の男女。

 中央の画面には、おそらくこちらに向かっているのだろう一人の女子生徒と二人の教師。しかし行く手を阻む黄金魚に苦戦しており、辿り着くには時間がかかりそうだ。

 そして、一番右の画面が映し出しているのは大量の金の触手と一人の少年だった。


 触手は防御の隙を与えない程俊敏に少年を追いかける。破壊してもすぐにまた新たに生えてきりがない。

 けれど少年も中々巧妙で、攻撃と回避の最中にしっかりと壁にダメージを与えている。しかも一人になってからずっと走り回っているというのに、その体からは疲れの色が一切見えなかった。


 金目は内心で焦る、自身の魔力が底を尽きそうだと。ここまで消費する事になるとは思っていなかったのだ。

 画面越しでは彼の魔力量を見る事は出来ないが、ここにやってきた時の量と今まで放った魔法の威力を考えればまだまだ残っているのだろうと想像がつく。

 あそこを突破されたら勝ち目がない。そう悲観して画面を眺めていると、ある事に気付いた。


 ——魔法の威力が弱くないか? あの魔力量ならもっと強力なのが出せそうなのに……それこそ空間を一撃で壊せるくらいの魔法が——。

 そこまで思考を巡らせた脳が、一つの仮定に辿り着く。

「……ああ、そうか」

 ——使わないんじゃない、使えないんだ。


 この状況下で手を抜いているとは考えづらい。今だってギリギリの戦いなのだ。

 つまり彼の魔力制御能力ではあの程度の魔法が限界なのだろう、そう考えれば心に余裕が生まれいいアイデアが浮かんできた。

 わざと空間を破壊させてこちらに戻ってきた直後に強固な防壁で彼を囲む、そして触手で捕獲。残りの魔力量では長時間の維持は出来ないが問題ない。この方法ならすぐ終わる。

 そうと決まればと金目は早速行動に移した。


 大量の触手を消していく。魔力が途中で尽きて形状を保てなくなったのだと相手に思わせる為に、一度にではなく少しずつ。

 少年は突然消滅し始めた触手を見て最初は困惑していたが、やがて壁の方に向き直った。

 その様子を見て金目はほくそ笑む。こちらから背を向けた状態で出てきてくれるなら尚やりやすいと喜びながら。

 二発目の魔法球が当たったと同時に空間は崩れ、彼が画面から消える。


 次に目にしたのは前方。数秒前まで誰もいなかったそこに、青い魔力を纏った少年が後ろを向いて現れた。

 現実世界に戻って間もない彼をドーム型の壁が囲う。残された魔力の八割を使用したそれは容易には壊れない。

「これで——! あ、あれ?」

 これで終わりだと言おうとした口は、途中から戸惑いを吐き出していた。


 ドームに閉じ込めた少年がパッといなくなったのだ。まるでライトの明かりを消す時のように、一瞬にして。

 魔力がなくなりドームが壊れる音を聞きながら、予想だにしない事態に呆然と立ち尽くすしかない金目。


 そうしていると、いきなり体が前のめりに倒れた。

 何者かに押し倒されたと理解するが、本来ならありえない事。後ろは壁で、人の出入りなど出来ないのだから。

 首を動かし、上に乗っている人物を確認する。そこで驚愕の事実を目の当たりにする事となった。


「な……なんで、どうやって!?」

 感情的に叫ぶ金目に対して、藍髪の少年はここに来た時と変わらず淡々とした表情をしている。

「どうやって、ですか? 特別な事は何もしてませんよ。あなたはもう何度もやっているでしょう?」

「私が何度も……? ま、まさか異空間を……」

 藍希は無言で肯定した。

 異空間に移動する事で防壁から抜け出し、そのまま現実世界で相手が立っている場所の後ろまで近付いたのだ。


「僕は人より魔力が多いですし、異空間の作成自体は難なく行えます。ただその……昔から魔力の維持が不得手でして。数秒と経たずに壊れてしまいますし、あなたのように実際ある場所を再現するなんて芸当とても出来ません」

 言いながら金目の左腕にある腕時計を外し、ブレザーのポケットに入れた。


「ですが今回はこの欠点に足を引っ張られずに済みました。あそこからここまでそう距離はありませんしね」

 そう、少しの間だけでいい。この人物から姿を隠す事が出来れば例え異空間内がガラス細工のように脆くとも、現実世界とは似ても似つかぬ魔鏡であっても構わない。


 金目の顔が青くなる。

 自身よりも魔力の扱いが下手な人間に負けた悔しさからか、はたまたそこまで考えの至らなかった自分の不甲斐なさからか、話を全て聞くとがくりと肩を落とした。


     ◇◇◇


 ガレージに三人の人物がやってきた。

 静音と梶谷、そしてもう一人は白衣を着た男性教師。名を大山おおやま遥真(はるま)。藍希と幸人の担任だ。

 道中魚に襲われた為か、かなり疲れている様子だった。

 藍希と、無事に戻ってきた六人が三人を出迎える。


「今回の騒動はお前の仕業で間違いないな? 鱗怪りんかい鈴歌(すずか)

 彼らから事情を聞いた梶谷は、藍希のネクタイで後ろ手に縛られている女子生徒に確認をとった。

 名前を呼ばれた少女は地面に尻をついたままはい、と小さく返事をする。


「しかしワープ技術か……。にわかに信じられないな」

 顎に手を当てて大山が訝しげに呟く。

「まあそうですよね。なんだったら試してみますか? ボールならそこに——」

 理緒が指差す先、台の上には何も置かれていなかった。

 どこにいったのかと首を動かしていると、視界の隅で何かが動いている事に気付く。


 そこにいたのは黒いネコだった。しかし本物ではない。体のあちこちに縫い目があり、両目はプラスチックで出来ている。

「ぬ、ぬいぐるみがうごいてる……」

 静音の声に反応し、全員がそちらを向いた。

「ちょっと待てあいつが咥えているのって!」

 ネコの口に注目したみずきが叫ぶ。あのボールを咥えていたのだ。

 風紀委員達と二人の教師の意識が更にネコに集中する。

 この場で少女——鈴歌を目にかけている者は誰もいなかった。


 鈴歌は勢いよく立ち上がると出入り口に向かって走り出した。

「はっ!? 待て鱗怪!」

 梶谷の制止も聞かず逃げていく少女を藍希が追いかける。

 両手を縛られているせいかスピードが出ていない。二人の距離はすぐに縮まった。

 鈴歌は慌てた様子で尻ポケットから手に収まるサイズの玉を出し床に落とした。


 衝撃をうけた球は大量の煙を吐き出し、風紀メンバーと教師を飲み込む。

「なんだこれ……っ」

 幸人は濡れてきた瞳に手を当てた。

 煙が涙腺を刺激し、目から強制的に涙が溢れてくる。

 ——まずい藍希が——っ!

 事態を把握すると煙と涙で視界不良好な中、うずくまっている藍希に駆け寄り腕を引いて外に出た。


 資材の物陰まで連れていくと鈴歌を探す。

 姿は確認出来たがもうだいぶ距離が開いてしまっていた。

 自分の足では追いつけそうにないと判断すると腕時計に手を伸ばす。

 ピキピキと聞こえるのは少女が向かう先。

 突然地面が氷に覆われた事に鈴歌は驚く。そして止まろうとするが間に合わず、滑って転んだ。


「はあはあ……。あいつは!?」

「あそこです」

 自力で出てきたみずきにそう告げると彼女は走っていった。他の人物達もよろよろと脱出する。

「鱗怪はどうした?」

 涙を乱暴に拭った梶谷が似たような事を聞いてきた。

「今永井先輩が連れ戻してます」

「そうか。……ん? なんだ、何故皆向こうに……」

 残りのメンバーが皆資材置き場に集まっている事に彼女が疑問を示す。

 その光景を目にした幸人は弾かれたようにそこへ戻る。


 周囲の人間は驚いていた。

 彼らの視線の先には地面にへたり込む藍希が。そしてその下には青くキラキラとした物が見える。

「藍希くん、その……。大丈夫か?」

 腫れ物に触るような、そんな声。


 理緒の声に反応して前を向いたその顔は、ひどく不機嫌そうに宝石の涙を流していた。

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