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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
一章 金の魚、青い涙
4/22

その4

 誰にだって悩みの一つや二つはあるだろう。

 時間が解決してくれるのなら少しの間我慢すればいい。

 努力で改善出来る事なら励めばいい。

 一人ではどうにもならない事だったら他人を頼ればいい。

 ……これらの方法で解消出来るならどれほどよかったか。

 人を傷付けるやり方は間違っている。やってはいけない事だ。

 

 それでも、私は——。




       4


 人間、本気で驚いた時には声が出ないのだなと風見理緒は改めて実感した。

 グラウンドに隣接されたテニスコートの周りをまことと一緒にぶらぶらと歩いていたところ、ベンチで休憩していた澄夏に声をかけられ雑談していたのだ。つい先程まで。


 その相手が突然消えた。

 澄夏だけではない。コートで試合をしていた部員も、グラウンドでトレーニングをしていた他の部の生徒も、見学していた一年生も見当たらない。

 だだっ広い静かな屋外には理緒とまことの二人だけ。

 理緒はおもむろに眼鏡を外し、肉眼で見たそれに顔を歪ませた。


「皆どこに消えたんだ?」

「いや、消えたんじゃない」

 きょろきょろと辺りを見渡すまことの言葉を否定する。

「俺達が移動させられたんだ。魔力があちこちに張り巡らされてる」


 瞳が捉えたのは幾本もの黄線——。

 それらは格子状に形成され地面、そして空中を覆っている。

 さながら二人は巨大な立方体に閉じ込められた状態だった。

「おそらくここは極限まで現実リアルに作られた異空間だろうな」

「……別位相に空間を作成、しかもこんなに精巧な——」

 話を聞いたまことは眉をひそめる。


「こんな事が出来るのってあいつぐらいだろ」

「残念ながら彼じゃない、石角くんは赤型だ。ここの魔力は黄型」

「あっそ。で、どうやったら出られるんだ?」

「簡単さ、壁を壊せばいい」

 眼鏡をワイシャツのポケットにしまい、理緒はグラウンドの方へ歩き出した。

 まことにはただ地面が広がっているようにしか見えない。しかし彼の目の性能には信頼を置いているので黙ってついて行く事にした。


 彼らは気付かない。後方、テニスコートが大きくうねった事に。

 うねらせた何かが自分達に近付いている事に——。


「しっかしなんでこんな事になったんだろうな」

 呑気にあくびをしているのは一人ではないからか、隣を歩くまことを見て理緒は思った。なんにせよパニックを起こされるよりはいいだろうとも。

「森岡先輩だったりしてな」

「森岡先輩は実技訓練場にしか出ないんじゃなかったか?」

 お互いケラケラと笑いながら進んでいく。


 しかし少し経って、理緒が急に足を止めた。

「どうした?」

 先程までの笑顔はなくなり、友人の足元を凝視している。

「おい、何が——っ!?」

 言い終わる前に、まことは腕を思い切り引っ張られた。


 その直後、ザバンという音が背後で聞こえ——。

 巨大な金の魚が現れた。


 まことは驚きのあまり目を大きく見開く。

 人一人呑み込めそうなサイズの黄金魚は、今まさに彼を喰おうとしていたのだろう。

「走れ!」

 この異常事態に呆気にとられていたが理緒の声で我に返り、壁があるであろう場所に駆けていく。

 地上へ飛び出した魚はまた地面を潜り、二人を追いかける。


 理緒は腕時計のスイッチを押し、前方に向けて魔法を撃った。

 しかし壁には小さなひびが入っただけ。完全に破壊するにはもう何発が撃たなければならない。

 魚の泳ぐスピードは速く、追いつかれるのは時間の問題だ。

 どうするべきかと考えていると、突如後ろからマシンガンに似た射撃音が。

 見るとまことが魚に攻撃をしていた。

 無数の緑の球が水のような動きを見せる地面に当たる。


 土は本来の性質である粉っぽさを見せながら飛び散り、黄金魚の姿を露わにしていった。

 魔法の球は容赦なく魚の体を貫き抉る。

 やがて穴だらけになったそれはすうっと消えてなくなり、その場にはボコボコになった地面だけが残された。


 魚が消滅したのを確認すると向き直り今度は壁に緑球を当てる。

 先程よりも大きなひびが一つ出来上がった。

「結構固いな」

 舌打ちをしながら二発、三発と放つ。理緒も加わりひび割れはどんどん広がっていった。

 危害を加える存在がいなくなったからか、表情に少し余裕が現れる。

 もうここには自分達だけしかいないと、なんの確証もなくそう思っていたのだ。

 それが間違いだったと気付いた時にはもう遅い。


 ザバンという音が背後で聞こえ——。

 まことを呑み込んでいった。

 

「まこと!?」

 一瞬の出来事だった。

 黄金魚は頭からつま先まで少年を丸呑みにすると地面へと潜り、壁の外へと消えていく。

 一人残された理緒は急いでここから出て誰かに知らせなければと勢いよく魔法を叩きつけた。

 この一撃で穴が空き壁は徐々に崩れていく。


 静寂な異界から幾多の声が飛び交い賑わう現実へ。

 現実世界へ戻った途端、クラゲ型カメラに備え付けられている通信機が鳴った。

「や、やっと繋がった! 先輩大変ですっ、幸人くんが大きな魚に捕まって……!」

 ひどく動揺した静音の声がスピーカーから響く。その直後、立て続けに剛と藍希の声が聞こえてきた。


 そのどちらもが一緒に巡回していた人物が金の魚に連れて行かれたという内容。

「捕まったのはまこと、幸人くん、永井、桜木か……」

「幸人も捕まったんですか?」

「ああ」

 理緒は辺りを見回す。校舎内、校門、グラウンドの端の方に黄色い魔力があった。しかもかなり広範囲だ。他のグループも異空間に閉じ込められて襲われたのだろうと推察する。


 そしてそれらの魔力はある場所から来ているようだった。

「おそらく犯人はガレージにいる。異空間を形成した魔力はあそこから来ているからな。たぶん捕まった奴らもそこに——」

「分かりました」

「え? ちょっと待て藍希くん!」

 短い言葉を残し藍希は通話を切った。

 向かったようだ、一人で。


「まずい一人は危険だ。遠藤は先生にこの事を知らせてくれ。鬼塚は俺と一緒にガレージへ急ぐぞ!」

 二人の返事を聞くと、理緒はロボット研究部のガレージへと駆け出した。


     ◇◇◇


 永井みずきは憤っていた。真面目に仕事をしていたのに何故こんな目に合わなくてはいけないのかと。

 魚の腹の中は濡れてはいないが狭く、しかもぶよぶよとしており不快感がどんどん募っていく。

 怒りを拳に込めて殴る事数回、僅かに開いた口をこじ開け脱出に成功した。


 彼女がいたのは会議室らしき所だった。ホワイトボードと長机と、数脚のパイプ椅子がある。

 何の変哲もない普通の会議室。一つ異様な点を挙げるとすれば、床に三匹の黄金魚が転がっているという事だ。いずれも中で何かが蠢いている。


 その内の一つ、一番激しく暴れていたものが魚の腹を突き破った。

 スラックスがそこから覗く。

 破れ目を引き裂いて現れたのは清水まことだった。

「清水!」

「ああ? なんだお前か」

 若干不機嫌そうな声は、自分を呼んだ相手が知り合いだと気付き途中から少し柔らかくなった。

「で、どこだここ」

「分からない。私もついさっき出たばかりなんだ」

 二人が入っていた魚は溶けるように消えていく。

 それを見届けると、未だ脱出出来ていない後輩達を助ける事にした。


「校内じゃないんですか? ここ」

「いや、見覚えのない場所だよ。学校にある会議室とはレイアウトが違う」

 みずきとまことによって救出された幸人と実散は、二人から状況説明を受けるとこんなやり取りを始めた。


 三年生二人はスマホとクラゲの通信機で外部と連絡出来ないか試みたが、どちらも失敗に終わったようだ。

 室内に窓はなく、ここから出る手段として挙げられるのはホワイトボードの近くにあるドアのみ。

 まことはドアノブを手に取る。しかし鍵がかかっているようで回らない。こちらからの開錠も出来そうになかった。


 体当たりをしてもびくともしない。そこで身体強化の魔法を使って蹴破る事にした。

 彼の足元に円が浮かぶ。数歩後ろに下がると、助走をつけて勢いよく蹴った。

 しかしドアは壊れるどころか防壁が発動した事により傷すら付かない。

「だめみたいだな」

 万策尽きたとため息を吐いて椅子に座る。


 せめてここがどこなのか分かる物が置いてないかと幸人が探していると、部屋の隅にボールが落ちているのを発見した。

 野球ボールくらいの大きさのそれにはにこりと笑っている顔が描いてある。

「あの、こんなのが落ちてました」

 上級生達に見えるように机の上に置いた。

「なんだこれ」

「見た感じただのボールみたいですけど」

 みずきは訝しげに見つめ、実散はそれを手に取った。ゴムで出来ておりとても柔らかい。


「なんか腹立つ顔だなあ」

 まことは机に戻されたボールを掴み、しばし眺めると壁に向けて投げた。

 跳ね返ってきたそれは予想以上に速度があり、反射的に避ける。

 すると後ろにいた幸人の顔面にぶつかった。

「あ……、悪い」

 鼻をおさえる下級生にまことは素直に謝り、一連の流れを見ていたみずきは何をやっているんだと呆れた様子で声に出した。


     ◇◇◇


 またここに来る事になるとはと宝累藍希は胸中で呟く。

 コンクリートの床は歩く度にコツコツと音を響かせる。

 ロボットの暴走原因を突き止め、現在活動停止中で無人のはずのロボ研ガレージに入ると一人の人物がいた。


 前髪が長過ぎて顔がよく見えない。身に着けている物はブレザーとスラックス。一見すると男子生徒と思うがブレザーをよく見ると右が上になっている。つまり女性用だ。

 その人物の隣にある台には顔が付いたボールが乗っている。ボールの上にはボタンが付いていた。


「あれ、一人で来たんですか?」

 少し驚いたような声音は少年のものとも少女のものとも取れる。

 ただ、どこかで聞いた事のある声だった。

 前髪から覗く金目からは敵対心は感じられず、どちらかというと好奇に近い。


「ほおー、青い魔力の人初めて見ました。しかもすごい量だ」

「……あなたがあの魚を操っていたんですか?」

「ええ、そうですよ」

 相手はあっさりと認めた。

 思い描いていた犯人像と違い拍子抜けするも、気を取り直して質問を続ける。

「何故このような事を?」

「それはお答え出来ません。ただ一つ誤解しないで欲しいのは、私は別にあなた方に恨みがある訳ではないんですよ」


 一番ありえそうな怨恨の線を否定された。

 ——だったら何を……、何がここまでこの人を突き動かしている——?

「捕まえた人達はどこに?」

「この中です」

 そう言ってボールを軽く転がす。とても人が中にいるとは思えない、手の平サイズの大きさの物を。

「ふざけているんですか?」

「大真面目ですよ。まあ、そう思うのも無理ないですよね」


 ボールから手を離すと台の前に防壁を張った。

 心なしか微かに見える両目は先程よりも鋭さを増している気がする。

 お互い無言で相手の様子を伺っていると外からバタバタと二人分の足音が聞こえてきた。

「藍希くん無事か!?」

 金目の人物の視線はやってきた理緒と剛の方へ。

「ああよかった、探す手間が省けて。一人足りないですけど、まあいいか。それでは——」

 ゆっくりと胸の辺りまで上げられた手は、パンパンと二回音を鳴らす。そして——。

「三名様、ご案内です」

 少年達の前から姿を消した。


「くそっ、また異空間か!」

 三人はまた黄線の箱の世界に閉じ込められた。

 藍希と剛は魔力が見えない為、理緒の発言でようやく気付く。

 異変はすぐに訪れた。

 ガレージの奥、あの人物がいた場所が揺れる。そして何かの頭部らしきものが現れた。次に木の幹程の太さの触手が八本。どちらも金色だ。

 触手には無数の吸盤が付いている。三人ともその形状に既視感があった。水族館やテレビで見たものとはサイズが異なるが。

 天井に届きそうな大きさの金のタコは、獲物めがけて自らの足を伸ばし始めた。


 迫り来る触手を三人は急いで避ける。

 床に倒れたそれは一人だけ別方向に逃げた理緒を囲んだ。まるでとぐろを巻く巨大な蛇のようだ。

「ここじゃ不利だ、壁を壊せ!」

 藍希と剛に指示を出すと、両手に円盤状の風を出し投げる。体の一部が切断された事で触手は消えた。

 理緒の言葉を聞いた藍希は出入り口に向かって魔法球を放った。


 球は何もない空間にぶつかる。

 剛とともに全速力でそこに向かうが、地中から生えた二本の触手によって妨害された。

 うおおおっ、と剛は雄叫びを上げると魔法で体を強化し、触手に突っ込む。自身を捕らえようとするそれをかわしながら根本に近付くと、引き千切って壁に叩きつけた。


 藍希がもう一方を倒すとまた新たに二本追加される。が、今度は瞬殺だった。

 触手を細切れにした風の刃は勢いを殺さず壁に当たる。

 けれども傷は浅い。

 ——さっきのよりも強固になっている。

 藍希は最初に投げた魔法球の数倍の大きさの物を作り始めた。

 剛も球をぶつけようとするが、何故か作成が出来ない。

 腕時計を見てみると石のリングが全部分灰色に変わっていた。

 これでは魔法が使えないと諦め、そういえば残りの触手はどうなったのかと後ろを見る。


 ガレージの奥では理緒が最後の一本を片付けていた最中だった。

 足を全て失った本体はゆっくりと溶けていく。

「いやー、さすがに一人で三本相手にするのは疲れるなあ。魔力ももうすっからかんだ」

 はははと笑いながら二人のもとへ向かう理緒。

 この時点で藍希が作り出した球はバスケットボールを超える大きさになっていた。

 ここからの脱出は問題なさそうだと歩きながら思う彼の耳に——。


 ずるり、と音が聞こえた。


 振り返った瞬間、体には金のタコ足が。強い力で引っ張られ床下へと沈んでいく。

 藍希と剛が気付いた時にはもう理緒の姿はなく、代わりに明らかに八を超える数の触手が誕生していた。

 その内の何本かが二人に迫る。

 藍希はなんとかかわし続けたが剛は途中で捕まってしまい、理緒同様に地中へ。

 一人になってしまった藍希は、未だ自分を追いかける触手に向かって空間破壊に使う予定だった球を投げた。

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