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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
一章 金の魚、青い涙
3/22

その3

       3


 全ての授業が終わり放課後。学校全体が祭りのような賑わいを見せている中、風紀委員室では張り詰めた空気が流れていた。


「今年も始まっちまったな、厄介なイベントが」

 眼鏡の少年が呟く。彼の目の前には男女合わせて五人の生徒が。

 その中には糸目もいた。


 本日から新入生の部活見学が始まる。それは同時に上級生による部活勧誘の幕開けを意味していた。

 この時期は多くの部が優秀な人材を確保しようと意気込んでいる。その結果、勧誘が白熱してしまい毎年どこかしらでトラブルが発生するのだ。

 それをいち早く発見し被害を最小限に抑えるのがここに集まっている風紀委員に課せられた仕事。


「という訳で事前に説明した通り今日から四日間、放課後は巡回を行う。桜木と遠藤は校舎内を。俺とまこと、永井と鬼塚は二手に分かれて外を回る。くれぐれも怪我しないようにな。自分達で対処出来ないと思ったら先生を呼ぶんだ」


 やる気に満ちている者、面倒だと感じている者、何事も起きませんようにと懇願している者、この仕事に対して思う事はバラバラであったが返事は全員がした。

「それじゃあ、気張っていこうか」

 にいっと笑う眼鏡の言葉を合図に、メンバーはそれぞれの持ち場へと向かっていった。


       ◇


 一階は部活の活動場所として使用している教室が少ないからか、人はまばらだ。

 しかしその代わりと言わんばかりに階段に近付くにつれ喧騒が大きくなる。


「はあ……、だっるいなあ」

「実散ちゃんまたポケットに手入れてる。危ないよー?」

「はいはい」

 クラゲの形をしたカメラを宙に浮かせ、二人の少女は階段を上ろうとした。

 その時、左側からカタカタという音が。

「あ、ロボだ」


 栗毛の髪をおさげにした少女、遠藤えんどう静音(しずね)がそちらを見ると彼女達からやや離れた場所に一体のロボットがいた。

「あーあれね、ロボ研(うちら)が作ったんだ。魔力を原動力にしているんだよ」

 隣にいる黒髪のショートボブの少女、桜木さくらぎ実散(みちる)が得意げに口にする。


 半球と円柱を組み合わせた体。下にはタイヤが付いている。そして両手にはロボット研究部の活動場所が記された地図を持っていた。

 移動速度は非常にゆっくりで、ここまで来るのにはまだまだ時間がかかるだろう。しばし眺めてそう判断した二人は今度こそ上へ向かった。


 二階には音楽室と美術室があり前者は吹奏楽部、後者は美術部の活動場所となっている。まず最初に美術室を覗いた。

 室内の壁には数々の絵画、そして部屋の中央には石膏像をデッサンしている部員とそれを邪魔にならないよう遠巻きに見ている新入生。遠くから聴こえる吹奏楽部の演奏が心地よく感じる。


 静音は空間の居心地のよさに浸りつつ辺りを見渡す。すると壁にかけられた一枚の絵に人が集まっているのを発見した。

 実散とともに近付いて見たその絵は黒い画用紙に白い線で海と断崖の上に建ち並ぶ街並み、そして上部に雲が描かれていた。

 地中海を連想させるその風景画には色が塗られておらず、少し物足りなさを感じる。


 その絵の前に部員らしき生徒が立ち何やら説明をしていた。それが終わると丁度雲が描いてある部分に手を伸ばす。

 指がそこに触れた途端、黒がじわじわと白に変わっていく。

 そして線の内側でぴたりと止まり一つの白雲が出来上がった。それを見ていた周囲はおお、と小さく驚嘆の声を上げ次々と絵に触れる。


 ある者が触れた場所は赤色に、またある者が触れた場所は黄色、別の人間が触った箇所は緑色と、三つの色が加わった。

 そうして出来上がったのはカラフルな街並みと極彩色の海と空。

 一気に賑やかになった絵を見て実散が口を開く。

「この紙、魔力によって色が変わるのか」

「ええ、そうなんですよ」

 彼女の呟きに反応したのは先程の部員だ。


「この画用紙は特殊な素材で出来ていまして、人工魔力の場合は白、保有魔力の場合はその人の魔力型と同じ色に変色するんです」

「へえー、おもしろーい!」

 部員の説明に静音と実散が相槌を打っていると、デッサンを見学していた二人の男子生徒が近付いてきた。


 一人は銀のショートヘアで、もう一人は藍色のポニーテール。彼らを見て静音は思わず息を呑む。

 二人ともイケメンというよりは美人といった表現の方がしっくりくる容姿だった。特に藍髪の少年は中性的な顔立ちをしている為余計そう感じる。


「君達もよかったらどうですか?」

 静音同様に見惚れていた部員ははっと我に返ると絵に触れてみないかと二人に勧めた。

 銀髪が藍髪の反応を見る。藍髪の視線はまっすぐ絵の方へ。


 数歩近付き、触れた場所は海部分。白、赤、黄、緑の絵の具を思い切り叩きつけたようなその箇所に新たな色が生まれ、四色を侵食していった。

 やがてそこに現れたのは真っ青な海。それを見て周囲がどよめく。


「驚いた……、青型の人初めて見ましたよ」

 部員が呟くが藍希は特にこれといった反応はせず、空の部分も青くするとその場から離れていった。

 絵の周りには先程よりも人が集まっている。デッサンをしていた部員達も作業を中断して見にきていた。


「いやー、まさかこんな所でお目にかかれるとは」

 目を輝かせてそう呟く実散の手は、いつの間にかまたブレザーのポケットの中へと戻っていた。何度も友人に注意されているが一向に直る様子はない。


 その何度も注意している友人の意識は現在藍髪の少年に向いている。

 静音以外にも彼の事を好奇の目で見つめている者が何人かいた。

 しかし当の本人はそんな視線に目もくれず、銀髪と一緒に教室を出ようとしている。


 彼が廊下に足をついたその時。

 異変が音を立てて近付いてきた——。


       ◇


 左の方から壊れた洗濯機のような音が聞こえ、藍希と幸人は首を動かす。

 異音の正体はやや離れた場所にいる一体のロボットだった。

 彼らが二階へ向かう途中見かけた物と同じ。ただ明らかに様子がおかしい。

 その場に止まったままガガガと不快な音を立て続けている。


「故障かな?」

 おそらくそうなのだろうと藍希は心の中で幸人に同意した。

 音は大きさを増していき、機体の周囲には無数のディスプレイが出たり消えたりを繰り返している。

 しかし異音につられて教室から覗く生徒が現れ出した頃、ロボットは何の前触れもなくぱたりと沈黙した。

 雑音は一瞬にして耳が痛くなる程の静寂へ。


 それは本当に、ひどく短い静けさだった。


 おとなしくなったと誰もがそう思った直後、それは廊下を猛スピードで直進し始めた。

 出入り口にいた生徒は慌てて顔を引っ込める。

 進行方向には藍希と幸人。廊下に障害物はない。


 にも関わらず、ロボットは二人に届く前に停止した。

 それの意思ではない。突如現れた半透明の壁に行く手を阻まれたのだ。

 ロボットは苛立たしげに壁を叩く。何度も何度も。まるで防壁を出現させた幸人に抗議するかのように。


「い、今の内に下の階に避難を!」

 静音の声に反応し、生徒は一斉に美術室から出た。音楽室にいた生徒も異変に気付き階段を下りていく。

 ばたばたと無数の足音が響く中、ロボットの執拗な打撃により壁には亀裂が出来始めていた。


「だめだ、もう……」

 これ以上進行させまいという幸人の意志は届かず、防壁はバリンと音を立て、ガラス片のように粉々になり消えていった。

 再び接近してくる。


「くそっ!」

 非常に不本意といった形相で実散は腕時計のスイッチを入れ、火の球を放った。

 火球を認識したロボットは速度を保ったまま自身の動力源である人工魔力で防壁を作る。

 それを目の当たりにした彼女は目を見開いた。


「馬鹿なありえないっ、移動と物を掴む事にしか使えないよう設定されているはず——っ!」

 叫んでいる間にもロボとの距離はどんどん縮まっていく。

 恐怖から反射的に一歩足を引く幸人。

 と、ほぼ同じタイミングで隣にいた少年が前方に駆け抜けていった。


「藍希!?」

 驚きと行ってはだめだという意味合いを込めて彼の名を叫ぶが、相手は止まらない。

 藍希の足元に円が生まれ激しく光る。

 停止したロボットが伸ばしてきた左腕をかわすとそれを掴み、そして思い切り蹴り上げた。

 ぶつんという音とともにアームの断面、幾本もの導線が露わになる。


 ロボットは懲りずにもう片方の腕を伸ばす。

 やる事はほぼ変わらない。今度は拳を叩きつけた。

 両腕がなくなったそれに、藍希は尚も近付く。

 目の前の機械はまたも壁を張り防御に出た。

 しかしそれがどうしたと言わんばかりに少年は右手を力いっぱい前に突き出す。


 かくして守りはあっけなく突破され胴体にめり込み、その衝撃でロボットは後ろに倒れ今度こそ完全に動かなくなった。


     ◇◇◇


 あれから一夜明け、校内はロボット暴走事件の話で持ちきりとなった。

 幸いにも怪我人はおらず、建物の損傷も少なかった為授業は通常通り行われている。

 藍希と幸人も昨日と変わらない日々を送っていた。


『一年A組の宝累藍希さん、宝累幸人さんは風紀委員室までお越しください』

 この放送が流れるまでは。


 正午になりまた食堂で昼食を摂ろうとしていた二人は、急遽予定を変更して指定された場所へ向かう。

 部屋の前に着き、藍希がドアをノックすると中からどうぞと少年の声が聞こえてきた。

「失礼します」


 室内には六人の男女。内二人は昨日会った上級生の少女。皆左腕に腕章を巻いている。

 部屋の奥の方には事務机が一台あり、そこに眼鏡をかけた少年が座っていた。

「やあいらっしゃい、よく来てくれた。とりあえずそこに座ってくれ」


 眼鏡の少年は立ち上がると、手前にあるローテーブルとソファが二台置かれた場所を指差す。

 二人は言われた通りに着席した。

「昨日は災難だったな」

 ソファはローテーブルを挟んで向かい合わせになっており、二人が座っていない方に眼鏡が腰を下ろす。


「桜木と遠藤から聞いたよ、君達のおかげで被害を最小限に抑えられたってな」

「いえそんな、僕達は大した事は……」

 口にしながら藍希はここに呼ばれた理由を探り始めた。

 わざわざ称賛する為に呼んだとは考えられない。事の顛末については昨日の内に教師に説明した。その際にあの少女達も聞いていたのでここに連れてくる必要はないはずだ。


 ふと事務机の方を見るとそこには一台のパソコンが。近くにいた強面の少年が藍希と幸人に画面が見えるように動かす。

 動画が二つ表示されていた。

 防壁を張る幸人と、ロボットに攻撃する藍希が映っている。少女達が所持していたクラゲ型カメラで撮ったものだろう。


「そんなに謙遜する必要はないさ。あの状況下でこれだけ迅速に動けるのは大したもんだよ」

 眼鏡は動画と二人を交互に見る。その目には期待の色が宿っていた。

「単刀直入に言おう。君達、風紀委員にならないか?」


       ◇


 昼休み終了間際、大河が自分の席に戻ると隣と右斜め前の席に腕章が置いてあった。

 幸人が風紀委員室での出来事を話す。

「それで引き受ける事にしたのか?」

「見学期間中だけだけどね」


 委員会に入って欲しいと言われた時、藍希は首を頑として縦に振らず、幸人も断った。

 それでも諦めきれなかった眼鏡は残り三日の部活見学期間だけでもと提案し、二人ともそこで折れたのだ。

「ふーん、そりゃ災難だったな。まあお前らなら難なくこなせるって。そう心配するなよ」

 浮かない顔をしている幸人に対し大河は励ましの言葉を送る。


「……そうだね。ありがとう、和田くん」

 そう返した幸人の表情は、先程よりも少し明るくなっていた。

 藍希はその会話を聞きながら腕時計を見る。

 放課後まであと約二時間だ。


     ◇◇◇


「そういえば自己紹介がまだだったな」

 時間はあっという間に流れ、ホームルームを終えた藍希と幸人は風紀委員室に再度やってきた。

 そこで仕事内容を聞き、クラゲ型カメラを渡されたところで眼鏡の少年が先の発言をする。


「俺は三年B組の風見かざみ理緒(りお)、一応ここの委員長をしている。分からない事があったら遠慮なく聞いてくれ」

 言い終えると理緒はソファに座っている面々に視線を向けた。


 最初に口を開いたのは髪を肩口まで伸ばした女子生徒だ。

「副委員長の永井みずきだ。クラスは三のA。短い間だがよろしくな」

 彼女が小さく笑うと、隣にいる静音と実散が続けて自己紹介をする。

「に、二年E組の遠藤静音ですっ」

「同じく二のEの桜木実散でーす、よろしくねー」


 女性陣全員が名乗り終え、残るは強面の少年と糸目だけとなった。

「二年C組の鬼塚剛おにづかつよしだ」

「清水まこと、三のB」

 一周したところで理緒は藍希と幸人に視線を送る。


「一年A組の宝累藍希です」

「同じく一年A組の宝累幸人です」

 幸人がよろしくお願いしますと言った後、実散が挙手をした。

「二人って双子?」

 従兄弟ですと藍希が答えるとへー、と聞いた割には特に興味のなさそうな反応をして手を下ろす。

 質疑応答が終わったのを確認すると理緒はさて、と呟いて手を叩いた。


「そんじゃあ、そろそろ行くとしますか」

 彼の言葉に反応し、座っていた上級生達が立ち上がる。

 藍希は実散と、幸人は静音と一緒に巡回するよう指示を受けている。

 こうして、腕章の集団はクラゲを引き連れ所定の場所へと移動を始めた。


       ◇


 遠藤静音は緊張していた。

 昨日と同じように校舎内の巡回を任されたが、今日は一緒に回る相手が違う。


 隣を見れば儚いを体現したような美少年が。

 病的なまでに白く細い体、制服から覗く骨が浮き出た手は痛々しいと思いながらも見入ってしまう。

 全体的に漂う仄暗さ。美しいというよりは鬱くしいだろうか。

 そんな浮世離れした人物とともに行動するのはなんだか落ち着かない、自分は彼の隣に並んでいいのだろうかという後ろ向きな気持ちが芽生えてしまっていた。


「あの」

「へ? あ……す、すみませんっ!」

 さすがにじっと見過ぎたと焦った静音は反射的に謝罪する。だが相手はさして気にしていないようだ。美術室で初めて会った時と同じように穏やかに笑っている。

「俺こういう仕事は初めてで……、ご指導のほどよろしくお願いしますね」

「あ、はっはい! こちらこそよろしくお願いします——?」


 口と頭が上手く回らず妙な返しをしてしまった。その事に気付き顔を赤くする。

 このままでは業務に支障が出ると危惧した彼女は深呼吸を繰り返す。

 幾分かましになったところで美術室へと辿り着いた。


 美術室の光景は昨日と大差ない。一つ違いを挙げるとすれば、あの絵の前で説明していたのは昨日の部員とは別人であるという事だ。


「あ、アコちゃんだ」

 ホワイトパールの髪を腰の辺りまで伸ばした少女を見て静音が小さく呟く。そしてその人物が横に捌けたのを見計らって声をかけた。

「アコちゃん、お疲れ様」

 アコと呼ばれている少女は話しかけられた事に気付き二人に近付く。


「昨日はびっくりしたよねー。怖くなかった?」

 聞かれて彼女は首を横に振った。

「恐怖も、驚きの感情も湧かなかった」

 そして抑揚のない声で答える。

 先程から無表情なのも相まって幸人は少々不気味に感じた。

 彼の従兄弟も感情をあまり表に出さないタイプだが、それでも表情や声音から多少なりとも漏れ出ているものだ。

 しかしこの少女にはそういった小さな変化も見られない。


「さすがアコちゃん。強いねえ」

 静音があははと笑い、会話が一区切りつくとアコは幸人に目を向けた。

「ああこの人はね、臨時で入った宝累幸人くんだよ」

 はじめまして、と言って少年は会釈をする。アコは彼の、笑顔を浮かべている顔面をじっと見つめてぽつりと呟いた。


「青い」

「え?」

 幸人は思わず困惑を含んだ声を出す。

 彼自身に青い要素はなく、大抵の人間が見れば白だと答えるだろう。唯一白系統ではない瞳は赤色だ。

 隣を見ると静音も不思議そうな顔をしており、お互い顔を見合わせながら首を傾げる。


 そうしていると、アコは何も言わずにその場を離れていった。

「えーと……、変わった人ですね」

「そ、そうですね。悪い子じゃないんだけど……」

 二人は苦笑した後、改めて室内を見渡す。

 これといったトラブルが起きていない事を確認すると美術室から立ち去った。


       ◇


 この高校、校内の端の方にガレージがある。ロボット研究部の活動場所だ。

 藍希と実散はそこに向かった。ロボットが暴走した原因が分かったと連絡が入ったからだ。


 今は部活見学期間中。他の部には新入生が集まっているにも関わらず、ここには部員しかいなかった。今回の騒動の責任として、しばらくの間活動停止を言い渡されたのだ。

「プログラムが書き換えられていた……?」

 驚きのあまり実散は部長が口にした内容を繰り返す。

 目の前の作業着を着た男子生徒はああ、と言って頷いた。

「正確に言えば魔法で上書きされていた、だな」

「発生源は?」

「それがシステムが故障してたみたいで特定出来なかった」

 藍希の問いかけに申し訳なさそうに答える。


「まあとりあえず、先生にそう伝えておいてくれ」

 そして実散にそう言い残すとガレージの奥、件のロボットが横たわっている方に移動していった。

 ガレージを後にした二人は部長に頼まれた通り、教師に報告する為に職員室へと赴いた。

 周りを見れば見学場所へ向かう一年生、勧誘に勤しむ上級生、部活動の一環でランニングをしている運動部員。正面玄関を目指して歩いている途中、多くの生徒を見かけた。


「すみませんそろそろ通していただいて……」

 活気溢れる声があちこちから聞こえてくる中、付近で力ない声を耳にした藍希は足を止める。

 そこには三人の女子生徒。一人は先程の声の主、カチューシャを着けている。おそらく一年生だろう。あとの二人はその少女の行手を阻むように並び、自分達の部に来てほしいと声をかけていた。

 少女は明らかに困った顔をしている。


「よし藍希くん、行ってこい」

 実散が三人の方を指差し命じた。

「先輩は来てくれないんですか?」

「喉の調子が悪いんだ」

 そう言うとわざとらしく咳込む。

 面倒事を押し付けられているのは分かりきっていたが藍希は特に何も言わず、ただ少し不服そうな視線を送ると彼女達のもとへ近付いていった。


「すみません」

 声をかけられた女子生徒二名はしまったという表情を浮かべている。彼女達の目は彼の左腕に向いていた。

「行き過ぎた勧誘は迷惑行為と見なされますので、どうかお控えください」

 二人は藍希の注意を素直に聞き入れ、少女に一言謝罪を入れるとその場から離れていった。


「あ、ありがとうございますっ!」

 残された少女は礼を言うと走り去っていく。

 感謝を述べられた際に目が合い、その時にようやく彼女の瞳が金色である事に気が付いた。


 蜂蜜のようなとろみのある色だ。そんな感想を抱くがすぐさまどうでもいい事だという感情に上書きされ、後ろで親指を立てている実散を置いてスタスタと歩き出す。

「ああっ待って待って!」

 おおよそ喉の不調を訴える人間が出せないような声が空間に響いた。


 教師に報告を済ませた後、再度外に出て見回りを続けたがこれといったトラブルは起きずに二日目の見学期間が終了。

 日付が変わり三日目、それぞれが昨日と同じ場所を回ったがちょっとした小競り合いが数件あったぐらいで、初日のような大騒動は発生しなかった。

 平和だ。怖いくらいに。

 そして時間は淡々と進み、見学期間最終日が訪れる——。

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