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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
四章 心製
21/22

心を製作する 1

 かつての俺は、人の形を模した怪物だった。

 強大な力と引き換えに、他者から奪ったもの(血液)でしか腹を満たせない吸血鬼。

 力を失った今では、それがどんなに悲惨な事なのかがよく分かる。




       1


 俺とあいつとの出会いは奇妙なものだった。

 高校に入学して間もない頃、廊下の曲がり角で同学年の男子とぶつかったんだ。

 俺は昔から誤解を受けやすい。

 人相が悪いとよく言われ、そのせいか初対面相手には大抵怖がられる。

鬼塚おにづか(つよし)」なんて見るからに強そうな名前だから尚の事。


 相手が尻餅をついたんで大丈夫か? と言って手を伸ばしたところ、向こうは小さく悲鳴を上げて後退あとずさった。

 相手はすみません、すみません、と謝罪を繰り返す。

 周囲の白い視線が突き刺さる。

 きっと俺がこいつに何かしたと勘違いしているのだろう。

 誤解を解きたいが下手に説明しても言い訳くさくなってしまう。

 どうしたもんかとその場で固まっていると、一人の女子生徒が近付いてきた。


「緑」

 真っ白な髪に銀の瞳を持つその女は俺の顔を見ながら呟いた後、倒れている男に目を向けてこう口にした。

「怒ってないよ、彼」

「え……?」

 唐突に声をかけられて向こうは戸惑いを見せるも、そんな事は全く気にしていない様子で女は喋り続ける。

「怒り顔の特徴である眉間のしわ、瞼の上昇、一文字に結んだ口、どれも今の彼の表情には見られないからたぶん怒ってないと思うよ」


 淡々と、抑揚のない声と表情のない顔で話す様に少々不気味さを覚えたが、庇ってくれているのだと気付いた後にはあまり気にならなくなった。

 女の言葉を受けて男は俺を見つめると、納得がいったようで必要以上に怖がった事を謝り去っていった。

 傍観していた通行人達も、なんのトラブルもないと分かるや否や俺達に興味を失い離れていく。


 あの女も移動を始めたので俺は慌てて引き留めた。

「待て!」

 白い髪を揺らしながら、無表情な顔が再びこちらを向く。

「えーとその……ありがとよ、助けてくれて」

「私はただ事実を言っただけ」

「そ、そうか……。でもおかげで誤解が解けた。——そうだお前、名前は?」


 尋ねた後も相手はすぐに答えず、じっと俺の顔を見続けた。

 銀だと思っていた瞳はよく見れば色んな色が混じっている。

「——珠口アコ」

 数秒後、小さく開いた口から出てきた声はやはり無機質なものだった。


     ◇◇◇


 まとわりつくような暑さ。

 七月の中旬、一学期もあと少しばかりとなったこの時期、ほとんどの生徒が夏服へと装いを変えていた。

 校内にチャイムが響き渡る。

 昼休み、生徒達は一斉に教室を出てある場所へと向かった。


 食堂ではない。

 いつもならそうだろう、だが期末テストが返却された今日は違う。

 彼らが赴いたのは廊下の一角。そこにはテストの順位が貼り出されている。

「鬼塚くんどうだった?」

「前回よりは上がった。そっちは……変わらずみたいだな」

 剛の視線は紙の上部、「一位 桜木実散」と記された場所に。


 毎回多少の変動はあるが、一位だけは常に変わらずこの名が刻まれていた。

「ホントすげえなお前」

「そりゃあね。私天才だから」

「自分で言うのかよ」

 得意気に返す黒髪ショートボブの少女に失笑していると、視界の端にホワイトパールが映る。

 横を見ると珠口アコが順位表を眺めていた。


「よお、珠口」

 剛が声をかけると、銀の瞳がこちらに向く。

「こんにちは、鬼塚くん」

 もはや聞き慣れた抑揚のない声。そこから彼女の心情を読み取るのはやはり難しい。

「どうだった? 順位」

「中間の時と変わらなかった」

「そ、そうか……」

 だからこの場合テストの成績が以前と変わらず落ち込んでいるのか、成績が下がらなかった事を喜んでいるのか、剛には判別出来かねる為曖昧な返答をするしかなかった。


「……そうだ、この前言ってた映画——」

「鬼塚くん」

 途切れた会話から生まれた微妙な空気を払拭するべく話題を変えようとしたところ、相手に遮られる。

「幸人くんから話は聞いた?」

「え?」

 何の事だろうかと戸惑っているとスマホが鳴った。

 メールの送り主は彼が所属する委員会の委員長。


「緊急招集だ。何か進展があったのかな」

 後ろを見れば実散もスマホに目を向けている。

 おそらく画面に映し出されているのは同じメール文。

「悪い珠口、急用が出来たから俺ちょっと行ってくるわ」

 結局アコの問いかけの真意が判明しないまま、剛は実散とともに風紀委員室を目指していった。


       ◇


 二人が部屋に入ると既に他メンバーの姿があった。

「それでなんすか風見先輩、話って」

「待て、まだ一人来ていない」

 剛が事務机に座る風見理緒に尋ねたところ、そう制止される。


 その直後、廊下からばたばたと慌ただしい足音が。

 そして勢いよくドアが開かれ、前髪が長い少女が入ってきた。

「すみません遅くなりましたっ!」

 鱗怪鈴歌は謝罪をするとドアを静かに閉める。


 彼女が加入したのは体育祭の翌週。

 部活見学期間時の事もあり最初剛はこの少女を警戒していた。しかしそこから二ヶ月程経過しても特に怪しい行動は見られない為、今となってはもう自分達に危害を加える気はないのだと判断している。

 剛、実散、鈴歌が空いている席に座ると、理緒が話し始めた。


「全員揃ったな。今日皆に集まってもらったのは他でもない、あのネコの目撃情報が寄せられたから情報を共有しておこうと思ってな」

 この発言にメンバーの表情が僅かに硬くなる。

 場にほんの少しの緊張が走る中、理緒は一旦言葉を区切ると銀髪の少年に顔を向けた。


「それじゃあ幸人くん、あとは頼むよ」

 はい、と返事をすると幸人はソファから立ち上がる。

「昨日の放課後の事です」

 その場にいる全員が幸人に耳を傾ける。剛も同様に。

 しかし、次の彼の言葉で動揺を露わにする事となった。

「珠口アコ先輩から、黒ネコのぬいぐるみに話しかけられたと知らせがありました」


     ◇◇◇


 創作物において、困っている人間のもとに神か悪魔がやってきて願いを叶えてくれるという展開がある。

 どちらも超常的な存在という事に変わりはないが、後者の場合は異端、禁忌といった「よくない事」というイメージをもたらす。


 それらを踏まえた上で、私は目の前の黒い塊の話を聞いていた。

「——彼らを捕まえてきてくれた暁には、君の特異体質を治す薬をあげるよ!」

 もしこれが何かと問われたら、私はきっと迷いなく答えるだろう。

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