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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
一章 金の魚、青い涙
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その2

       2


 入学式の翌日、今日から本格的に授業が始まる。

 時刻は昼前。幸人達の午前最後の授業は魔法実技の為、実技訓練場に移動した。


 彼らを迎えたのは赤いジャージを着た三十代くらいの女性。

「はじめまして、実技全般を担当する梶谷かじたに麗子(れいこ)だ。よろしく」

 小ざっぱりした自己紹介を済ませると彼女は生徒達に二階へ行くよう指示を出す。


 二階は主に小規模な魔法を練習する際に使用される。数個ある机の上には積み木が入った箱と、大きさの異なる二つの球体関節人形が置かれていた。

 そして前方、梶谷の隣にそれらよりも遥かに大きい人形が一体、椅子に腰掛けている。


「今日は最初の授業という事で君達個人個人の実力を見せてもらいたい。主に魔力制御に関してのな。そこにある人形を魔力で動かして歩かせればいい。積み木で障害物を作ったり、一回り大きな人形を使ったりして難易度を上げても構わない。それでも物足りない奴はこの椅子に座ってるのに挑戦してもいいぞ」


 そう言うと彼女は人形の頭を軽く二回叩いた。

「それじゃあ班で順番を決めて、早速始めてくれ」

 梶谷の説明が終わると幸人は順番どうする? という意味合いを込めて同じ班の人物達を見る。


 メンバーは藍希、大河、そして女子生徒二名。

 最初に口を開いたのは大河だった。

「俺最初でもいいか?」

 挙手をして申し出る彼に他の四人は各々肯定の意を示す。

 そこから女子生徒、藍希、最後に幸人と順番が決まっていった。


「よしっ。じゃあやるか!」

 意気込んで大河は一番小さい人形の上に左手をかざす。そして腕時計についているスイッチを押した。

 直後、リング状の石が淡く光る。

 まずは立たせようと思いながら、ぐたりと倒れている人形に魔力を送った。


 目に見えない力の源が人の形をした物に流れていく。

 そしてそれは、目の前の少年の意思を汲み取ったかのようにゆっくりと立ち上がった。

 直立した人形に今度は歩けと念じると机の上を移動し始めた。


 最初は散歩並の速度だったが、段々と速くなっていき最終的には陸上選手のように走っている。

 その後、積み木を飛び越えさせたりしながら五周くらいしたところで大河は次の番の女子生徒と交代した。


 五周したら交代といった感じで全員が一通り小さい人形でやると、今度は大きい人形で同じ事を行う。

「——はい、和田くんの番だよ」

 二回目をやり終えた幸人が大河に声をかける。だが大河はそれに反応せずに椅子に座っている人形に目を向けていた。


 授業開始から既に数十分が経過しているが、未だにあれに挑戦した者はいない。

「ちょっとあっちの試してみるわ。この二つじゃ物足りないし」

 そう言ってその場から離れていった。

 大河がいなくなった事で順番は女子生徒に。


 特大サイズの人形はうなだれているように力なく座っている。そこへ大河がやってきて真正面に止まった。

 気合を入れるように深呼吸をすると、左腕を前に伸ばし腕時計のスイッチを入れる。


 今までの倍以上の量を指の先端から足の先まで、全体に行き渡るように意識しながら流していく。やがて人形はぎこちなく立ち上がった。


 立った後も安定感はなく、小さく揺れている。

 物体を魔法で動かす際、対象の大きさによって魔力量が変わる。基本的には物体が大きければ大きい程必要な魔力量も増加する。


 人形は歩かせようとした矢先にバランスを崩してその場に倒れた。

「魔力が左に偏っているな。全体に均一の量を送らないとちゃんと歩かないぞ」

 各班をアドバイスしながら回っていた梶谷が戻ってきた。目に魔力が見えるゴーグルを着けた状態で。


 指摘を受けた大河はばつが悪そうに頬をかく。

 そんな彼の後ろから、二つの靴音が聞こえてきた。

「君達もやってみるか?」

 梶谷がこちらにやってきた藍希と幸人に声をかける。

「はい、あまり自信はありませんが……」

 腕時計のボタンを押しながら藍希は答えた。


 床に伏した人形はスムーズに起き上がり歩き出す。

 梶谷はゴーグル越しに人形を観察した。

 魔力に偏りはなく量も申し分ない。動きは若干ぎこちないが及第点の範囲内だ。


 そう思いながら眺めていたが、中の魔力が揺らぎ始めた。そして段々と少なくなっていき、動力源を失った人形はついにガシャンと音を立てて横になった。

「魔力の維持が君の課題のようだな」

 基本的に魔力のコントロールは自身でやらなくてはならない。

 魔力制御は藍希が昔から苦手としている事だ。

 人形を椅子に座らせると幸人と交代する。


「次は君か」

 梶谷が見た限りでは、このクラスで一番魔力制御に長けているのは彼だ。ただだからといって特大サイズも上手く動かせるとは限らない。魔力は量が多ければ多い程制御が難しくなるからだ。

 幸人がスイッチを押したと同時に彼女は人形に視線を移す。


 白色の魔力が全体に均一に広がっていく。

 最初に動いたのは腕だ。だらんと下げられていたそれは行儀よく膝の上に置かれた。

 次に俯いていた頭が前を向き、姿勢を正す。

 立ち上がろうとする際には体が前のめりになるのに合わせて両腕が緩く曲げられ、臀部が椅子から離れるとまっすぐになる。


 動作の一つ一つがさながら本物の人間のようだった。

 歩行に関してもだ。足の運び、腕の振り方——。服を着せて遠くから見れば人形だと分からないだろう。

「おお……これは、想像以上だな」

 幸人の高い技術力に感嘆の声を漏らす梶谷。

「なあ、もっと複雑な動作は出来るか?」

「え?」


 突然の要求に幸人は人形の動きを止め彼女を見る。

 切れ長の瞳からは期待の色が見え隠れしていた。

「えっと、例えばどんな……」

「んーそうだな、ダンスとか?」

 具体的な要望を聞くと頭の中で考えたモーションを人形に反映させる。


 人形はその場でくるりと回った。片足を地面から離し、バレエダンサーのような優雅さで。

 いつの間にか周囲の生徒もこちらに注目していたようで、しなやかに舞う人形を見てざわついている。

「素晴らしい! 実にいい腕をしているな」

「ありがとうございます」

 手放しで褒める梶谷の反応に幸人は内心で安堵した。


 人形を元の位置に座らせ班に戻る。

 幸人の後に続くように大河も歩き出す。

 彼に話しかけようとしたが藍希に先を越されてしまった。

 会話の内容は聞こえない。ただ楽しそうだった。

 自分も混ざりたいという感情が、あるものを目の当たりにし停止する。


 藍希が笑っていたのだ。

 緩く口角を上げていた程度だったが、それでも出会ってから無愛想な表情しか見ていない大河にとっては衝撃的な事だった。


 気心知れた相手には表情筋が柔くなるのだろうかなど考えながら前を歩く二人を見つめる。

 よかったですね、と微かに聞こえた。

 そしてそう言われた少年は、教師に称賛された時よりも喜んでいるように見えた。


     ◇◇◇


 結局大河と宝累達の間で会話が生まれたのは昼休みの食堂での事だった。

 大河が空いている席を探していたところ、幸人に声をかけられ一緒に食べる事になったのだ。


 二人がいたのは窓側の四人がけのテーブル。通路側に幸人、その隣に藍希が座っていた。そして大河は藍希の向かいの席に腰を下ろす。


「いやー助かったよ、中々見つからなくってさ。ってお前、お昼そんだけかよ」

 幸人の前にはサラダとスープしか置かれていなかった。

「俺にとっては十分な量だよ。小さい頃からあまりご飯食べれなくてね」

「へえー。昔からその食事量じゃそんだけ細いのも頷けるな」


 この少年に初めて出会った時から大河は思っていた。痩せ過ぎていると。

 フォークを持つ手は若干骨が浮き出ており、おぼつかない動作で野菜を刺している。

「昔はもっと少なかったけどね」

「マジか……」


 大河が絶句していると一人の少女が近付いてきた。

「頸上くーん」

 幸人と藍希がその声に反応し顔を動かす。

「こんにちは、昨日振りね」

 遅れて大河が彼女を見て驚愕の声を上げた。

「せ、生徒会長!?」

 そこにいたのは朝雲高等学校生徒会長、葉月澄夏だったのだ。


 突然有名人が現れて混乱する大河。ただその中である疑問が頭をよぎる。

 目線的にどうやら幸人に用があるみたいだ。だがしかし、彼女が口にした単語は彼の名前にも名字にも当てはまらない。にも関わらず幸人と——ついでに藍希は即座に反応した。

 なんとなくそこに違和感を抱き幸人と澄夏を交互に見る。


「こんにちは。先輩も学食なんですね。席はもう確保しましたか?」

 大河が頭の中で色々と考えている事など全く知らない幸人は、澄夏に笑顔を向けつつも胸中では悩んでいた。

 ここで言うべきか、否かを。


「ええ、大丈夫よ。友達がとっといてくれたから」

 ——待ち人がいるならまた別の機会にするべきか、でもあまり先延ばしにはしたくないし……。

 二つの思いを天秤に乗せた結果、傾いたのは後者の方だった。

「そうでしたか。すみませんがご友人のもとに行く前に少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか? 伝えておきたい事があって」

「いいわよ、なあに?」

 彼女は快く受け入れてくれた。


 食堂内は大勢の生徒が集まっており非常に賑やかだ。多少相手が騒いだとしても気にする者はいないだろう。

 用件は二つ。しかしあまり時間を取らせたくないのでとりあえず一つだけでもと思いながら口を開く。


「実は……、名字が変わりまして。今は宝累というんですよ」

 えっ、という声が二重に響き雑音に溶けていく。

 一つは澄夏で、もう一つは大河のものだ。

「すみません、あの時言おうとしたんですけどタイミングを逃してしまって」


「なんで……」

 なんで名字が変わったの? と言いかけて澄夏は慌てて言葉を飲み込んだ。経緯次第では触れてはいけない事情に首を突っ込む事になると思ったからだ。

「そうだったのね。それじゃあ宝累くんって呼ぶ事にするわ」

 内心の焦りが表情に出ないよう注意しながら無難な台詞を吐く。

「ええ、そうしてくれると嬉しいです」


 幸人が言い終わると遠くから澄夏を呼ぶ声が聞こえてきた。

「それじゃあそろそろ行くわ。またね、宝累くん」

 別れを告げて去っていく彼女の後ろ姿をしばし眺めた後、幸人は食事を再開する。

 一連の会話を聞いていた大河もおもむろにスプーンでカレーをすくって口に運んだ。


 気まずい空気が彼らの席にだけ流れている。周囲の楽しそうな声が、より一層それを際立たせた。

 居た堪れなくなった大河は何か明るい話題をと頭を捻るが、この空気の中話を切り出す勇気がない。


「——ここに」

 思い悩んでいると幸人が小さい声で何か呟いた。

「この学校に来る前にあの人と会ってるみたいなんだけど、未だに思い出せなくてね」

 顔を上げると申し訳なさそうに笑っている。


「中学の時の先輩とかじゃないか?」

「他学年の人とあまり交流はなかったからたぶん違うと思う」

「直接会ってなくても向こうがお前の事知ってる可能性だってあるだろ」


亀羅きらの生徒さんですよ」

 ここで唐突に、今の今まで黙々とトンカツ定食を食べていた藍希が会話に入ってきた。

「亀羅?」

 従兄弟が聞き返すと、最後の一切れを箸で掴んだ状態で言葉を付け足す。

「交流会があったでしょう? 一年の時に」

「……ああ! 思い出したっ。そういえばそうだったね」


 ようやく理解した幸人は無言で説明を求めている大河に詳細を話した。

「中一の時に姉妹校との交流会があってね、先輩とはそこで会ったんだよ」

「あー、そういう事か」

「でも藍希よく覚えてたね」

 食事を全て平らげた藍希はたまたまですよと言いながら立ち上がると、食器を片付ける為に席を離れていく。


「なあなあ、交流会ってどんな事やったんだ?」

「え? ああ、ええっとね——」

 幸人が交流会の内容を話している内に、つい先程まであった嫌悪な空気はどこかへと消えていった。

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