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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
二章 抉る過去
11/22

その5

       5


「どういうつもりだ石角っ!」

「どういうつもり? はっ、そんなの聞かなくても分かってるだろ」

 少女を鼻で笑う少年の隣にはあのボールが台に置かれている。


 石角は手にしていたステッキを振った。

 みずきとまことを囲うように現れる炎。それは段々と狼の姿に形を変える。


 四方八方から聞こえる唸り声。今にも飛びかかってきそうな炎狼から自分達の身を守る為、まことは自身の魔力でドーム型の防壁を張った。


 相手の抵抗行為に目を細める石角。

「……おとなしく捕まってくれりゃあこっちも手荒な事をせずに済むんだがな」

 そう呟くとドームの真上に炎の槍を一本落とした。


 落下音を合図に動き出す狼達。

 みずきは腕時計に手を伸ばし周辺の地面を隆起させた。

 先端が鋭く尖り針のようになった土に、狼は次々と串刺しにされていく。

 結果半分まで減らされた狼だったが、それでも尚防壁への攻撃をやめない。


 周囲は狼、上からは槍。ひびはどんどん増えていき壊れるのは時間の問題だ。

「今すぐこの犬と棒を消せ。さもないと——」

 ここまでまことが口にするとドームの外側でバチバチと音が鳴る。


 現れたのは人一人軽く呑み込める大きさの雷球。

「強硬手段に出るぞ」

 ステッキを使用していない為当たればひとたまりもない。しかし石角はまことの要求を呑まなかった。


「別に構わないぜ? ほら、さっさと撃てよ」

 不敵な笑みはこの程度大した事ないと暗に示している。

 まことは石角から視線を外し隣を見た。最後の一匹を倒し終えたみずきと目が合う。

 小声で何かを伝え、相手が頷いたのを確認すると再び前を向いた。


「仕方ねえなあ」

 わざとらしくため息を吐くと、右手を勢いよく突き出す。するとその動作に呼応するように電気を帯びた球は前進した。


 接近してくる球の激しい発光と音に煩わしさを感じながら、石角は周囲に防壁を作成する。

 球と壁の衝突により眼前は光に包まれ何も見えず、中にある工具や機材はカタカタゴトゴトと音を出し始めた。

 防壁もそれらと同様に振動しているが作成者を守る役目をしっかりと果たしている。


 結果、壁を撃ち破るどころか傷一つ付ける事も出来ずに雷球は消滅していった。

 大量の塵と埃が舞う中、防壁を解除して反撃に移ろうとする。

 だがそれは叶わなかった。


 右手を前に出して魔法を使おうとしたところ、塵埃じんあいを掻い潜ってきた通常サイズの球が当たったのだ。

 持っていたステッキは弾かれ、続けざまに飛んできた魔法球が手の平を掠める。


「——チッ、小賢しい真似を」

 悪態をつきながら再び防御に出る石角。ここでようやくある事に気付きはっ、となる。

 魔力を使い過ぎて疲れたのか攻撃をやめ膝に手を置くまこと。ぜえぜえと息を吐く彼の隣は無人だった。


 みずきの姿が見えない事に意識が引っ張られ、魔力の維持が疎かになり防壁が消える。

 その時だった。出入り口の陰から何かが飛び出してきたのは。


 突然の事で反応が遅れた石角はそのまま少女に押し倒される。

「よっしゃ確保!」

 みずきは馬乗りの状態のまま高らかな声を上げた。

「くっそどけ!」


 当然相手が抵抗しないはずもなく両腕を掴まれる。振り払おうと身をよじっていると、左腕に異変が起きた。

 当人はもちろんの事、石角もその光景に目を見開き、動きを止める。


 彼の手が置かれた場所からじわじわと滲み出る灰色。それは肌のみならず、制服をも侵食していった。

 柔らかな生地が石のような硬質なものに。


 石角は慌てて手を離し、手袋を確認する。

 原因はおそらく先の攻撃。手の平部分が破れ、皮膚が露わになっていた。


 表情を青くして、恐る恐るみずきを見る。

 少女はいつの間にか数歩離れた場所に立っていた。

「な……んだ、これ……」

 石化は肘辺りで止まっており、動かなくなってしまった腕を見て彼女も顔を青に染めている。

 そしてその状態のまま視線はゆっくりと石角の方へ。

 恐怖と怯えがこもった眼差しを向けてくる。


「ち、違う。俺は……——」

 浅い呼吸、どんどん速さを増していく心音。

 彼女の姿がかつて傷付けてしまった女の子と重なる。


 ——知らなかったんだ、怖がらせるつもりなんてなかったんだ。

 ——ああだからどうか頼むお願いだから。


「そんな目で俺を見ないでくれ——!」

 忌まわしい記憶とともに脳内に溢れ出る感情。

 この言葉は過去と今、どちらの彼女に向けたものなのか、本人にも分からない。

 ただその懇願は心からのもの。

 悲痛な叫びを震わせて、半ば衝動的にみずきの頭上に赤い蜘蛛の巣を出現させた。


     ◇◇◇


「あれ? おとなしくなりましたね」

 訓練場を出た後、振り返って中の様子を確認した鈴歌がぽつりと呟く。

 先程まで魚の腹の中で暴れていた岩が、今はピクリとも動いていない。


「諦めたのかな」

「だといいですけど」

 少年二人が各々感想を述べていると、三人の人物がこちらに向かって走ってきた。


「おーい君達!」

 張り上げた声で理緒が叫ぶ。その前には梶谷と大山がいた。

「怪我はないか?」

「大丈夫です。鱗怪さんが助けてくれたので」

 尋ねてきた大山に幸人がそう答えると、やってきた三人の視線が一斉に少女に集まる。


 それに鈴歌は少し驚いた反応をした後に説明をした。

「怪異かなと思って来てみたんですけどなんか違ったみたいで。あの、これってもしかして……」

 言葉を濁していると梶谷がはっきりと口に出した。


「ああ、風紀委員を狙った犯行の可能性が高いな。ところで、二年生メンバーは一緒じゃないのか?」

「え、ええ。異空間に閉じ込められたのは僕達だけです」

 藍希の返答に理緒が苦虫を噛み潰したような顔を見せる。


「となるともう捕まっちまったのか……。こうしちゃいられない、急いでガレージに——」

「待て待て」

 ガレージを目指して走ろうとしたところ、大山に襟を掴まれ止められた。


「ここに来る道中にも言ったが、生徒を危険な目に遭わせる訳にはいかない。お前達は風紀委員室で待機してろ」

「そんな……」

「大山先生の言う通りだ。安心しろ、他のメンバーは私達が必ず——ん?」


 グラウンド方面から何かがやってくるのが見えて梶谷は話を中断する。

 それは三つの炎の塊。よく見ると狼の姿を模している。

 こちらに突っ込んでくる勢いだったので攻撃をしたが全てかわされてしまった。


 どんどん狭まる距離。両者の間が十メートルになったところで一体の狼に変化が起こる。

 獣の体は崩れ出し、炎は徐々に色を薄め透明になり、強風となって彼女らに襲いかかってきた。


 その威力は思わず目を瞑ってしまう程に凄まじい。

 けれどただそれだけだった。

 傷を負ったり、変な音や匂いがしたりはない。

 何もないまま風は収まり、一体なんだったのかと思いながら梶谷は瞳を開けるが、その光景を目の当たりにしてすぐにそんな冷静さは霧散する。


 つい先程まで傍にいたはずの生徒四名の姿が見えない。

「みんな!?」

 隣にいる大山が焦った声音を出すが、それに応える者はいなかった。

 その代わりとでもいうように二匹の狼が飛びかかってくる。


 二人は左に避けた後に反撃に出た。梶谷は自前の、大山は人工魔力を使って。

 二つとも命中した。狼は吹き飛び、訓練場の手前で不自然に倒れる。


 まるで壁か何かにぶつかったような——。

「まさか……!?」

 教師二人はようやく気が付く。

 閉じ込められたのは自分達だという事に。


「先生達消えちゃった……」

 幸人のか細い声が空気にすうっと溶けていく。

「どうやら連れていかれたのは先生の方みたいだな」

 眼鏡をずらして辺りを見渡した理緒はそう結論付けた。


「外部からの妨害を阻止する為でしょうか」

「そう考えるのが妥当ですかね。あ、でも——」

 藍希の意見に賛同する鈴歌だったが、僅かに疑問もあった為続けてそれも声に出す。


「それだとなんで私はここに残されたんでしょうか?」

「たぶんゴーレムを通して僕達の事を見ていたんでしょう。それで鱗怪さんが一緒だと簡単に突破されてしまうと判断してここに残したのではないかと」

「なるほど……」

 少年の推察に相槌を打つと、もう一つ尋ねた。


「それで皆さんはどうするんです? 言われた通りにするんですか?」

 この問いかけに理緒は難しい顔をして俯く。どうするべきか考えているようだ。


「……いや、行く」

 しばしの熟考の後姿勢はそのまま、戻らないと答える。

「まことと永井が心配だ。藍希くん、幸人くん、無理強いはしないが出来れば一緒に——」

 魔力持ちでもなく、体術の心得がある訳でもない自分だけでは心許ないと思ったのだろう。彼らに同行を願う。


 眼鏡をかけ直すと顔を上げて二人の方を向いた。

 空気中に漂う魔力が見えなくなった事で彼らの姿がはっきりと目に映る。

 ものすごく遠くに。


「あれ?」

 瞳が捉えたのはグラウンド方面へ向かっていく藍希と幸人の背中。

 悩んでいる間に動き出したようだ。

 置いていかれた事に理緒は若干寂しさを感じる。


「はあ……まったく」

 しかし苦笑交じりに出た声はどこか嬉しそうだった。

「ご武運をー」

 後ろからそう述べる少女に軽く手を振って、少年も二人と同じ方向に走っていった。


「——さて」

 一人になった鈴歌は体を建物に向ける。

 彼女の予想が正しければ異空間はもう一つ(・・・・)

 ——先生達はたぶん自力で脱出出来ると思うし。

 自分が今やるべき事は何かと考えた結果、訓練場内に足を踏み入れた。


       ◇


 雨がぽつぽつと降り始め、グラウンドとその脇の鋪道にまだら模様が浮かび上がる。

「本当によかったの!? 戻らなくて」

 聞こえているのかいないのか、前を走る藍希は答えない。


 彼についてきたはいいものの腕時計の魔力は底を尽き、体力面に関しては言わずもがななので自分だけ引き返そうかと幸人は思っていた。

 藍希との距離はどんどん広くなっていき、この段階で既に息切れを起こしている。行ったところで足手まといにしかならないのは火を見るよりも明らか。


 しかし離脱のタイミングを図っている間に建物が見える所まで来てしまっていた。

 数人の人影と炎撃が確認出来る。

 その内の一人、みずきはドーム型の防壁に覆われていた。壁の側面には赤い綱がへばり付いている。


 攻撃を行なっているのは手袋をした上級生。左手に持ったステッキを振るって炎の槍をまことに放っている。

 最初の方は壁を作って防いでいたまことだったが、途中から自力での回避に切り替わった。

 それが意味するのはもう使える魔力がないという事——。


「藍希!」

 危機的状況だと察知するが手の打ちようがない今、彼を頼るしかない。

 藍希は頷くと勢いよく地面を蹴って前進した。

 従兄弟を見守っている中、理緒が後ろからやってくる。


 飛んでくる炎槍を魔力の壁で防ぎながら藍希は石角に接近していった。

「だめだ近付くな!」

 まことが制止の声を上げた時には両者の間は僅かなものに。


 顔面に迫る少年の脚を石角は反射的に右手で止めた。

 自身の右脚が石に変わる光景に驚き、藍希は後方に飛び退く。

 ゴト、と重たくなった脚から鳴る着地音。


「普段から手袋をしていた理由はこれですか、先輩」

 周囲の視線は破れた右手袋へ。

 誰も言葉を発さず小雨が降る音だけが聞こえる中、理緒は少し濡れた体を一歩前に出した。


「君もあのぬいぐるみに唆された口か?」

 問いかけられた少年は何も答えない。

「石角くん、特異体質をどうにかしたいって気持ちは分かる。だけど他人を傷付けるようなやり方は——」


「…………はは」

 ずっと閉ざされた口からようやく出てきたのは乾いた笑い。

「今更そんな正論で俺を止められると思っているのか? 間違ってるなんて理解した上でやってんだよこっちは」

 震えた声は怒っているようにも泣きそうなようにも捉えられる。


「——バレる度に化け物を見るような目を向けられて、ついさっきまで親しくしていた奴は離れていって……。そんな人生から解放される為になあ!」


 感情のままに言葉をぶつけると再びステッキを構えた。

 けれども魔法の発動よりも先に妨害が入る。

 藍希はステッキを手で弾き落とすと、彼の右手に触れないよう細心の注意を払って両腕を掴んだ。

 石角は振りほどこうと懸命にもがくが思いの外相手の力が強く苦戦している。


 苛立ちから目の前の少年を睨んでいると視界の端で何かが動いた。

 見るとまことがこちらに向かって走ってきている。

 今来られたら厄介だと判断した石角は自前の魔力で防壁を作った。


 まことが止まったのを確認すると藍希の真上に炎槍を出す。

 弱体化はしていない。防壁を張ったとしても防ぎきれなかった場合致命傷は必至。

 結果、重たい脚を引きずって再び離れる事を余儀なくされた。


 藍希が石角から距離をとった直後、外から魔法球が飛んできて半透明の壁にぶつかる。

「くそ、どうすれば……」

 傷一つ付いていない防壁を前に歯噛みする理緒。

 そうこうしている間に石角は腕時計を操作して網を落とす。


 風でそれを阻止する藍希。力み過ぎて想定の範囲よりも広くなり、それによってみずきがいるドームの上の物も地面に落ちた。

「清水、防壁を解除してくれ! わたしも加勢する」

「そうは言ったってお前、今魔法使える状態じゃねえだろ」


 みずきが石化された場所は左腕、つまり腕時計が使えない。魔力持ちではない彼女はまことの言う通り魔法を使う手段が絶たれていた。

「でもこのままだと藍希くんが——!」


 石角の攻撃は激しくなる一方。藍希は時折壁で防御しながら右へ左へ。その速さは片足が石になっているとは感じない程に凄まじい。

 身体強化の魔法を用いて重たくなった脚も身軽に動かせる力を一時的に手に入れた。

 しかし彼は魔力の維持が大の苦手。効果はすぐ切れる。その度に防壁で身を守りながらかけ直し、反撃の隙を伺っていた。


 防壁は魔法が当たれば即座に壊れる。よって遠距離攻撃を行える余裕がない。

 相手の攻撃を掻い潜って闇雲に近付くのは愚策。もし関節部分を固められてしまったら完全に詰んでしまう。


「あの手さえどうにかすれば……」

 二人の戦いを見て理緒はその考えに行き着いた。霊眼を通して石角の体内にはもう魔力がない事は分かっている。ただ肝心の打開策は中々思い浮かばない。


「……布を——」

 そんな時、隣にいた幸人が小さく呟いた。

「布?」

「布か何かでくるめば……」

 その言葉を聞いてはっと閃く。


「藍希くん!」

 理緒の叫び声を耳にし、藍希は飛んでくる槍と網に注意しながらちらりとそちらを向いた。

 自身を呼んだ上級生はブレザーの裾を片手でひらひらとばたつかせている。もう片方の手は前方、石角を指していた。

 一瞬何をしているのかと怪訝に思ったが、すぐに理解して行動に移す。


 魔力を体に纏わせて目の前の少年に接近していった。

「——っ。往生際の悪い!」

 石角は顔面に飛んできた拳を右手で受け止める。ただその拳はすっぽりと袖で覆われていた。


 石化が始まるのと同時に藍希は急いでブレザーを脱ぐ。

 そして相手のもう片方の手を掴むと右手と一緒に包み込んだ。

 全体が石になったブレザーは拘束具のように石角の両手に絡みついている。


「てめえ!」

 攻撃手段を封じられた挙句手の自由を奪われた事に怒り、石角は藍希に向けて両手を振り回した。

 藍希はそれを片手で制すと彼の腹部を思い切り殴る。

 みぞおちに感じる強烈な痛みに意識が朦朧とし始め、やがて石角はその場に倒れた。


     ◇◇◇


 夢を見た。まだ特異体質が発症していない頃の夢。

 引っ込み思案だった俺をよく遊びに誘ってくれた子が、小学生の俺の手を引いている。

 繋いだ手から感じる温もり。

 当時はなんて事もなかったそれが、今はすごく恋しい——。

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