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偶像と選択肢  作者: 西井あきら
二章 抉る過去
10/22

その4

 もう戻らないあの頃に、今日も思いを馳せている。

 この感情は、これ(・・)が付き纏っている限り消える事はないのだろう。

 だから、俺は……。


 たとえそれが今の幸せを壊す事になるとしても——!


       4


「——何やってんだあいつら」

 日付が変わり水曜日。空は分厚い雲に覆われており、どんよりとした天気だ。

 三限に魔法の実技試験を控えた剛は、前の授業が終わるとクラスの誰よりも早く実技訓練場に向かった。

 建物の近くまでやってくると、出入り口の前に二つの人影がある事に気付く。

 それは同学年の、同じ委員会に所属している少女二人。彼女達はガラス戸越しに中の様子を伺っているようだった。


「おーい」

 後ろから聞こえる大きめな声に反応して、静音と実散は勢いよく振り返る。

「ちょ、静かにっ。バレちゃうでしょ!」

 実散の声は小さくて剛は聞き取れなかったが、人差し指を口元に当てるジェスチャーで大体察しがついた。


「どうしたんだよ?」

 二人のもとへ駆け寄ると声量を落として尋ねる。

「えっとね、あの動くぬいぐるみがここに入っていったの」

 静音の説明に目を見開き、彼女達がやっていたように中を覗き込んだ。


「見当たらないな」

 一階部分はがらんとしており、人の気配もネコの姿もない。

「二階に行ったのか?」

「入ってみる?」

「そうすっか」

 実散の提案に賛同して三人は中に入った。


 階段を上ってくまなく調べてみるが、一階と同様。

「本当にここに入ってったのか?」

「本当だよお、ちゃんとこの目で見たもん」

「そういえば——」

 何か思い至ったのか、ポケットに手を突っ込んだまま実散は足を動かす。

 ガラス製の壁に寄るとそこから一階を見下ろしながら続きを口にした。

「一階の用具室はまだ確認してないね」

 それを聞いた静音も壁に向かう。


 奥の方に見えるクリーム色の引き戸はきっちり閉められていた。

「きっとあそこだよ。行ってみよう!」

 二人の後に続き剛も階段を下りる。

「人が集まってきたら逃げるかもしれない。鬼塚くんのクラスの人達が来る前に捕まえないと」

 実散の言葉にもっともだと思いながら、腕時計を見た。


 思わず足を止める。

 二つの針が指している場所は、授業開始一分前の時刻。それなのに——。

 ——何故まだ誰も来ていない……?


 気が付けば少女達はとっくに一階に到着して、目の前から姿を消していた。

 自身の時計が狂っているのだきっと、そう信じて剛は階段を駆け下りる。

 一階に着くとすぐさま出入り口の上に設置されてある時計を確認した。

 丁度カチリと長針が動き、少年の期待を裏切るように授業開始の時間を表示する。

「……待て、何かおかしい。一旦外に——」

 用具室へ近付いていく二人に声をかけたその時。


 ヒュン、と何かが通り過ぎていった。

 それは静音の横を通過し、先頭を歩く実散の頬を掠める。

 その部分が熱を持ち始めた事に違和感を覚え、実散は頬に触れた。

 指に付着したのは赤い液体。


「……は?」

 口から漏れ出たのは困惑。

 振り返ると、静音と剛がある一点を見て固まっていた。


 いつからいたのか、そこには人の形をした何か。

 状況が飲み込めない三人をよそに、それは無数の魔法球を出して四方に放った。


     ◇◇◇


 みずきのスマホが鳴ったのは昼休み、食堂へ向かう道中の事だった。

 まことからだ。ボタンを押して耳にあてる。

「お前今どこにいる?」

「どこって……、一階の廊下だよ。これから食堂に行くとこ。……何かあったのか?」


 相手の焦りを漂わせる声に、よくない事が起きたのではと感じ取り尋ねた。

「理緒がガレージから訓練場に膨大な魔力が流れてるって言い出して、念の為安否を——」

 そこまで彼が口にすると奥の方で理緒の声が。

 遠くて会話の全容は聞き取れない、しかし——。


 ——繋がらない。

 この単語だけは拾う事が出来た。

「まさか、他の皆は!?」

「二年の奴ら全員電話にでない。一足遅かったな。一年の二人はこれから確認を……っておい待てっ!」

 まことが言い終わる前に電話が切れる。


「行っちまったか?」

「みたいだな……。そっちはどうだ?」

「だめだ、藍希くんとも幸人くんとも繋がらない。まことはすぐに永井と合流してくれ。俺は先生に報告してくる!」

「分かった」

 生徒達で賑わう廊下を、二人の少年は真剣な面持ちで飛び込んでいった。


       …


 同時刻、彼らの他にも異変に気付いた者が一人——。


       ◇


 実技訓練場の魔力補充機の前には長蛇の列が出来ていた。

「よかったね、試験合格して」

「ギリギリでしたけどね」

 藍希と幸人はその列の最後尾に並んでいる。


 連日の昼休みの練習の甲斐あってか、実技試験に不安を抱いていた藍希もなんとか及第点を取る事が出来た。

「練習付き合ってくれてありがとうございました」

「いいよお礼なんて。俺が好きでやってる事なんだしさ」

 こうして他愛ない会話をしている間にも補充機との距離は少しずつ縮まっていく。


「ああ、そうだ。昨日チカから連絡があってね、こっちに来るの九月になりそうだって」

「そうですか。二学期から騒がしくなりそうですね」

「ふふ、だね。——それでね、こっちに着いたらどこか一緒に出かけたいって言ってて、行きたい場所があったら教えてくれって言われたんだけど……。こういう時ってどう答えればいいと思う? 行きたい場所って言われても思いつかなくて……」


 従兄弟の前に並ぶ生徒が一人になった段階で、幸人は困ったように口にした。

 藍希は表情を僅かに曇らせる。けれどそれはほんの短い間で、彼に悟られないようにとすぐにまた真顔に戻った。


「動物園とか水族館あたりが無難だと思います。あとは遊園地とか——」

 前にいた人物が補充を終えたのに気付き、機械の方へ向き直る。

 しかし、そこから次の行動に移そうとしない。

「アイ?」

 幸人が声をかけるも反応がない。

「どうしたの——」

 後ろから覗き込むように体を動かした事でようやくそれが目に飛び込んだ。


 何もない空間。本来そこに置かれている補充機がなくなっていたのだ。

「なんで……」

 ガララ、と突然音がして二人は反射的にそちらを向く。

 用具室の戸が開いた音のようだ。ただ戸の前には誰もいない。

 一瞬ドキッとした幸人だったが、中に人がいて内側から開かれたのだろうと瞬時に考え直した。


 彼の予想は半分当たっている。

 戸は内側から開けられた。だがしかし、人の手によってではない。


 ゴトンと音がして岩の手が床に倒れる。

 そのまま這うように移動するそれの後ろを、大きさも形も異なる岩がいくつもついてきている。

 その中にはステッキが一本と、先頭のように手の形をした岩が三つ交じっていた。


「……嫌な予感がします。ここを出ましょう」

 二人は出入り口に向かって走る。だが——。

 ガラス戸まであと一メートルのところで藍希が後ろに倒れた。驚いて幸人は咄嗟に駆け寄る。

「大丈夫!?」

「——っ。壁が……」

「壁?」


 恐る恐る手を伸ばすと、何もないと思っていた空間にひたりとした感触が。

 見覚えのある見えない壁が——。

「もしかして……!?」


 後ろが一際騒がしくなってきた。

 岩同士がくっつき、二体のゴーレムが出来上がる。

 一体の手にはステッキ。

 そしてもう一体の手には、おそらく自分達を捕獲する為のものだろう赤く発光する網があった。


       ◇


 実技訓練場にやってきたまこととみずきだったが中は無人だった。

 犯人らしき人物も、メンバーの姿も見当たらない。

 みずきがメンバー一人一人の名前を呼ぶが彼女の声が反響するだけ。

「部活見学の時みたいに異空間に閉じ込められたのかもな」

「となると大元を叩かないと……」

「だな。ガレージへ急ごう」

 まことの言葉にみずきは頷き、二人は曇り空の下駆けていった。


「そういや理緒が言ってたんだけどさ」

 ガレージに向かっている最中、唐突にまことが話を切り出す。

「訓練場の魔力、一種類じゃないんだとさ。赤、黄、緑、白の四色。しかもどれもとてつもない量」

「それってつまり、複数犯の可能性が高いって事か?」

「ああ。だから気を付けろって……——っ!?」

 目的地まであと三メートルの所で、それは現れた。


 灰色の空に浮かぶ無数の炎槍——。


「これって!?」

 見覚えのある炎の槍が豪雨の如く降り注ぎ、二人は後方に避ける。

 砂埃を立てながら激しく突き刺さるその奥、ガレージ内に人影が。


 火柱越しに見えたのは黒い手袋。

 やがて炎は消え、その人物の全身が露わになる。

「なんで、お前が……」

 信じられないといった表情をするみずき。

 石角は彼女の問いかけに答えずに、無言で佇んでいた。


     ◇◇◇


「二階へ!」

 弾丸のような鋭い声が訓練場に響く。

 幸人は言われた通りに急いで階段に向かった。

 ゴーレムの体は階段の幅に対して大き過ぎる。上に逃げられたら厄介だと考えたのか、近場にいた藍希に目もくれず幸人に魔法球を放った。


 けれど攻撃は彼に届く前に藍希が張った防壁にぶつかり消える。その間に獲物は二階へ上がっていった。

 そうなれば自然と標的は切り替わり、藍希の前方と後方にゴーレムが立ち塞がる。

 近付かれただけで感じる威圧。自然と体に力が入る。


 前方のゴーレムが網を投げた。

 赤い魔力で作られた投網が蜘蛛の巣状に咲く。

 今から避けても間に合わないと判断した少年は、自身の魔力で頭上に風を起こした。


 強風に煽られて網は彼の前に落ちる。そこから息を吐く暇もなく、今度は後ろからの攻撃が始まった。

 絶え間なく発射される球を俊敏にかわしていく。

 途中身体強化をかけながら弧を描くように走り、ゴーレムの背後をとった。


 藍希の蹴撃を食らい前のめりに倒れる岩人形。更に右腕を砕き、持っていたステッキを奪う。

 起き上がろうとしたゴーレムに再び攻撃をしようとした藍希だったが、視界の端に赤が見え咄嗟に飛び退く。

 もう一方の個体が広げた網を素早く手元に戻すと、倒れていた個体が立ち上がった。


 それだけではない。床に転がっていた腕が動き出す。

 砕かれた部分はパズルのようにくっつき、ゴーレムの体に戻った。

 これを操っている人物が今も尚魔力を送り続けている為、それを断たない限りどれだけ攻撃しようが無意味。


 それに気付いた幸人は焦る。

 彼の横、透明な壁には小さな亀裂が。

 藍希がゴーレムの注意を引きつけている間に破壊したかったのだが、実技の直後という事もあり腕時計内の人工魔力はごく僅かしか残っておらず、この程度の傷しか与えられなかった。


 無駄だと思いつつも壁を叩く。案の定壊れない。

 下にいる従兄弟も壁に魔法をぶつけて壊そうとするが、ゴーレムが張る防壁、またはゴーレム自身によって妨害され中々苦戦しているようだ。

 幸人はただ見ている事しか出来ない。


 途方に暮れていると突如異変が起こった。


 眼前の壁が水面のように揺らぎ出し、金のタコ足が現れたのだ。

 驚き後退る幸人。触手は何かを確認するようにペタペタと床を触っている。

 これも犯人によるものだろうかと身構えていると、また壁が揺れた。先程よりも大きい。


 出てきたのは再びタコ足。しかし今度はそれだけではなく、一人の人物を連れてきていた。

 胴に巻き付いていた触手に放り投げられ、前髪が長過ぎる少女が床にどさりと落ちる。


「鱗怪さん!?」

「いたた……。あ、幸人さん。お怪我はありませんか?」

「う、うん。俺は大丈夫だけど……。どうしてここに……、いやそもそもどうやって——」

「いやー、異常な量の魔力が集まってたから来てみたんですけど。……思ってたのと違うな」


 立ち上がり、一階の様子を見て鈴歌はぽつりと呟いた。

「まあ、まずい状況ってのは変わりありませんね。という訳で脱出しましょう!」

 少女の言葉に応えるように一階に一本、二階に二本の触手が伸び三人を異空間から引きずり出す。そして現実世界の一階の床の上に下ろした。


「一体何が!?」

 二階でのやり取りを見ていない藍希は、何の前触れもなく既視感のあるタコ足が体に巻き付いてきたので若干混乱している。

「落ち着いて藍希、鱗怪さんが助けてくれたんだ」

 幸人の説明を聞いて鈴歌の方に顔を向けた。


「戻ってこれたって事ですか?」

「ええ、まごう事なき現実の世界ですよ」

 その言葉に安堵したのか、口から僅かに漏れる息。しかし完全には警戒を解いていないようだ。

「急いでここから出ましょう。奴らもこっちに来るかもしれませ——」


 彼が言い終わる前に、二つの地響きが三人の体に伝わってきた。

 何もない場所からいきなりゴーレム二体が現れる。

 藍希と幸人の体に再び走る緊張。

 けれどここで二人の目に予想外な光景が映る。


 黄金魚が数匹飛び出して、ゴーレムに喰らいついたのだ。

 頭、腕、胴、脚。パーツごとに呑み込むと床に転がる。

「これでしばらくは大丈夫だと思います」

 中の岩は激しく暴れており、いつまで保つか分からない。

 今の内にここから離れようと三人は急いで足を動かした。

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