間に合うだろうか?
第一の『旅人』探索隊が旅立って、長い年月が経ちました。
電波を使った通信で、「この星以外でもカプセルが見つかった」と連絡があったのも昔のこと。今はカプセルが見つかった星をつなぎ合わせて、『旅人』が通った道を星図に書くこともできます。
よく分からないものが多かった『旅人』の知識も、科学の発展と共に理解が進み、今では人々の生活に取り入れられるほど身近なものになりました。
ただし、普通の人は使えないものとされた知識もありました。
あまりにも凄すぎて、むやみに使うと大変なことになってしまうと考えられたもの。その一つが『万能薬』です。時間を巻き戻すように、飲んだ生き物の老いや病気を帳消しにしてしまう物質。
「死なない」ということは、死の恐怖から逃れられるということですが、生きる苦しみから逃れられないということでもあります。
「新しいもの」や「変わること」を私たちよりも良いと考えるこの星の人にとってこの薬は、「長い時間が必要な人への祝福」であると同時に「変化を拒む呪い」でした。
みだりに使ってはならないこれを使うことが許された、限られた人々。
『旅人』の探索に関わる人々もその一つです。
カプセルを開ける瞬間を見て、『旅人』に会いたいと思った人たち。『旅人』の知識に頼らず彼らに会いたいと思い、第一の探索隊を見送った人たち。
同じ時代に生まれた人たちはみんな子孫を残していなくなり、同じ思いを共有する人たちだけが『万能薬』の力を借りて今も準備を続けています。
カプセルを開けた頃に比べれば、今の科学は進歩しました。もう自分たちの力だけで、近くにある星々の上や何もない宇宙に、人の住める場所を作ることができます。
それでも、広い宇宙を旅するには不十分でした。
人が生きていくには多くのものが必要で、それを用意するものや材料を載せるとなると船はどうしても大きくなってしまいます。
そうしてたくさんのものを載せた船はどうしても重くなり、速く動かすためにはとても大きな力やエネルギーが必要になります。
惑星系(太陽のような恒星の周りをいくつかの星が回る構造)の中を行き来するだけなら、今のやり方でも十分です。
けれど、恒星から恒星へ移動していくにはどうしても速さが足りません。『旅人』が作り方を伝えたエンジン、あれと同じかそれ以上の速さが必要です。
『万能薬』の力で普通の何倍も生きてきた彼らは、人の想いには寿命があることを知っています。
『旅人』を探すことへの強い思いは、他の人々の心から無くなりつつあります。『万能薬』によって老化や衰えに耐える彼らですら、昔ほど強くそれを望むことができません。
薬の力にも限界があるのか、薬の力は心まで守ってはくれないのか。どちらにせよ、限界が来るまでに何とかもう一つの探索隊を送り出したい。彼らは焦っていました。
ある日、『旅人』探索の準備をする人たちが集まって「今の自分たちにできること」を確認していたときのこと。
いくつもの研究成果を眺めていた彼らの一人が、こんなことを提案しました。
「この『データ人』を探索隊として送り出せないだろうか?」
これを言い出した人の見ていた研究は、人を強くするためのもの。心をコンピュータに入れられるデータにして、『万能薬』とは違った形で長い時間を生きられるようにできないかというもの。
今はまだ、生きた人の心をデータにすることはできません。ですが、データとして人の心を作り出すことはできます。
赤ん坊のようなまっさらな心のデータに、一から色々なことを教えていくことでデータだけの人間を生み出すことができます。
探索隊として『データ人』を生み出して、彼らが宿るコンピュータと最低限必要な道具だけの宇宙船に載せたとしたら。そうすれば普通の人より遥かに小さな船で、探索隊を組むことができます。
データなので、宿るコンピュータさえあれば自分をコピーして探索隊を増やすことも、後で記憶をすり合わせて一人に戻ることもできます。
乗組員の人数が、人手の調節が第一の探索隊で問題になっていると連絡が来たこともありますが、データ人ならその問題に悩まされることはありません。
私たちの想いが、心が燃え尽きてしまう前に。
彼らはデータ人を生み出し、様々なことを教えるとともに自分たちの想いを伝えました。
カプセルが開く前に、中身を予想して楽しんだこと。中身のニュースを聞いて思った事。探索隊の準備のため、今までにやってきたこと。
血の流れる体は持たないけれど、子供のように可愛がられ彼らの想いを受け継いだデータ人たち。
彼らのために用意されたのは、第一の探索隊が乗ったものに比べればとても小さな宇宙船。計画に無いことだったため、準備にかけられるお金は多くはありませんでしたが、それに乗っているデータ人たちは「これで十分だ」と思っています。
「『成し遂げたい』という想いと、そのために培った知識や技術を受け継いだ。だから、これだけでいい」
第一と第二の間、番外の探索隊は僅かな人に見送られ、ひっそりと故郷を旅立ちました。