第一章 第三話~伝説の竹~
「どうだった?」
「だめ……そっちは?」
「あっしは駄目でした」
「アタイもだ」
日は完全に落ち、一番星がはっきり見え始めた。目を凝らすともっと色々な星が見えそう。あれからわたし達は無我夢中で竹を探したが、結果はただ環境破壊をして体力を無駄に消費して疲労を蓄積しただけ……。これと言った成果は何一つ上げられなかった……
「わたしは異能の制御が少し上手くなっただけね……」
「アタイはこの山の治安を良くしたぜ」
「あっしは生き物の気配を感じ取る能力が上がりやした」
「ほっほっほ! 修行としては非常に有意義に過ごせたようじゃな!」
落胆するわたし達をおじいさんは明るく励ましてくれた。確かに目的は果たせなかったけど、その過程で剣術の腕と異能の操作は向上できた。そうよ! 前向きにとらえよう! 最終目標である『奴』との決戦の時までにわたし達も腕を上げておかなければならないんだから!
「この暗闇でも光っている場所はないな」
「そうですね……」
おじいさんの言う通り。道を歩く時や山を下りるときは光源が必要な程の暗さになったというのに、目を凝らしてもそれらしい光は見当たらなかった。
「丁度雲で月の光が遮られてるってのによ……」
右膳さんの言う通り、今は雲によって月が覆われており一層辺りが暗くなっている。これを逆手にとって探そうかと思ったけど、光源が何も見えない。今日は満月だから雲から出てくると明るくなってしまい、探しにくくなってしまう。
「とは言えどっちにしてもこれくらいにしておいたらどうじゃ? お前さん達一日中刀を振っておったんじゃから疲れとるじゃろ?」
おじさんに言われて気が付いたが、確かに体が怠いように感じる。衣服や髪型も乱れ、少し手も痺れてる。体は汗ばんで着物が肌に貼り付くし、水気を含んで重く感じる。感動や驚きで忘れていたけど、こっちに来て間髪入れずに動き回ってたもんね。
「どうじゃ? お前さん達当てがないのなら家へ来んか? 何にもないが、晩飯と寝床、それに風呂くらいならもてなせるぞ」
「「「本当ですか!!」」」
風呂と聞いてわたし達の目一気に輝く。侍やっててもそこは女。汚れた格好は嫌! それに衣食住の事は真剣に考えておらず、冷静に考えると野宿としかないかなと思っていたし、これはありがたい!
「それじゃ行きましょう! わたし、用心棒くらいならできますから!」
「アタシは晩酌で酒を注いでやるよ。こんな美人に注がれて幸せだろう?」
「あっしは按摩くらいしか出来やせんが、お世話になりやす」
「ほっほっほ! それはありがたい! それじゃ行こうか! おっ! 丁度月も出てきたのう」
おじさんに言われて夜空を見上げると、雲に隠れていた月が姿を現し始めた。最初は全体の一割も見えない月が、少しずつ見えてくるその光景を楽しみながら待っていると、あっという間に美しい満月が拝めた。
「綺麗……満月なんていつぶりかしら……」
「アタイらの世界と変わらない満月でホッとしたよ」
「へへへ……あっしは見えませんが、お二人の高揚感で満足でさぁ」
「綺麗じゃのう……」
思わずため息が出てしまう程大きく美しい満月によって、先程まで暗かった周囲が明るく照らされ始めた。それに従って、わたし達の影も月の方に伸びていく。
「……ん? 何で影が月の方に伸びてるの?」
月からの光で影が出来るとしたら、普通は後ろに伸びるはず。なのに下に目を向けると、影は前に伸びている。まるで後ろに光源があるような……
「ま、まさか……!」
わたしは振り返り、その正体を確認する。だけど、振り返ると同時に目を閉じてしまう。まるで太陽を直接見たかのような眩しさ……! なんて光なの……!?
「ま、眩しい……!」
「眼が開けられねぇ!」
「くぅ……! 目が……!」
全員が手で目を覆い、直接見ないようにする。が、手を貫通してまで飛んでくるその光の強さを前に、わたし達はどうすることも出来なかった。
「あっしは問題ねぇが皆さんお困りのようで。光には闇を……あっしの異能で遮ってみましょう」
道さんを中心に黒い空間が展開され、辺りを闇で包み込んだ。道さんの生み出す闇は提灯や松明なんかをもってしてもその光を完全に飲み込むもの。この黒よりも黒い闇なら光を遮れるはず。
「え!? そ、そんな!?」
「? どうかしやしたか?」
「光が消えないの!」
「へ? そりゃ……」
「まさか道ちゃんの生み出した闇をも照らすとは……」
満月の光は完全に遮られたというのに、暗闇の中に光る一本の竹がそこにあった。まさか道さんの異能をもってしても掻き消されないとは……でもさっきよりは大分マシになったわね。これなら直視出来る。それと同時に確信に変わった! これが……! わたし達の目の前にあるこの竹は!
「これが伝説の竹ね!」
「だな! 間違いない! この竹の中にかぐや姫がいる!」
月の民が宿る程の竹だからある程度は予測できていたけど、これが伝説の竹の力か……! 凄い……!
「どおりで見つかんないはずだわ。夜じゃないと光らないなんて……」
「いや、昨日までは光ったことなんてなかったぞ?」
「え? そうなんですか?」
「ああ。毎日この時間までいるんじゃから間違いないわい」
おじいさんが言うのだから間違いないのだろう。でも何でこの瞬間に光ったのだろう?
「まさか……」
「うん? どうかしましたかおじいさん?」
「いやな。古い言い伝えにあるんじゃが、百年周期で月がこの地球に最も接近した年の満月の日に、この山の頂上にある最も月に近い竹に月の魂が宿るというものがあってな……」
「もしかしてそれが……」
「この竹ということですかい」
運がよかった……? いえ、物語の始まる時を見計らって来たんだから必然か。何はともあれ結果良しね。暗闇の中でなお神々しい光を放つ竹に近寄り、そっと撫でるように触れる。あたたかい……まるで母親に抱かれているかのよう……
「この光は太陽というより月の光という方が近いかもね」
「だな! でも月の何倍も眩しいぜ!」
「あっしは見えやせんが肌で感じ取れやす。お天道様よりも優しい感じがしやすね」
「長生きするもんじゃのう……ありがたやありがたや」
後光が差しているようにも見える竹に対しておじいさんは地に膝をつき、両手を合わせ念仏を唱え始める。まぁ確かに縁起がいいものだし、わたしも合わせておこう。
「さて! それじゃそろそろ行きますか!」
「だな! スパっと斬るか!」
「中のかぐや姫さんを斬り殺さないようにしないといけやせんねぇ」
確かにそれは気を付けないといけないわね。ここで首でも跳ねたら物語が終わってしまう。
「誰が斬る? なんだかわたし怖くなってきた……」
「実を言うとアタイもだ。道ちゃんなら上手く斬れねぇか?」
「竹全体から気を感じてるんでどこにいるかはわかりやせん。いっぺん倒してから順に斬りやすか?」
「う~ん……どうだろ? 中のかぐや姫に負荷がかからないかな?」
「それに一回斬ったら効力が無くなる的なことも考えた方が良いかもな」
わたし達の作戦会議が進む。どこを斬ったら良いのか、どう斬ったら良いのか……そんな議題がイタチごっこのように何度も何度も振出しに戻っては進み、再び振出しにと繰り返された。
どうしよう……目の前に目的のかぐや姫がいるのに手が出せないなんてもどかしすぎる。おじいさんはよく斬ったわね……って、ん?
「おじいさん……?」
わたしはふとおじいさんを見つめる。昔話の主人公はかぐや姫だけど、そもそももう一人の主人公とも言える人は誰だっけ? 主人公を差し置いて物語の最初に登場したのは誰だっけ? かぐや姫を竹から出したのは誰だっけ? 答えは目の前にあった。そう、誰よりもこの竹を斬るにふさわしい人物が!
「おじいさん!」
「な、なんじゃいきなり?」
「おじいさんがこの竹を斬ってください!」
「「「え?」」」
わたしの一言に全員が首を傾げ疑問符を浮かべ、右膳さんがわたしに言い寄ってくる。
「その選考理由を聞かせてくれないか総子ちゃん」
「考えても見て? これはわたし達が新しい物語を創り上げていく話で進んでいるけど、大筋はかぐや姫の世界でかぐや姫の物語なのよ?」
「ええ。あっしらはよそ者で不法侵入者ですもんねぇ」
「そう。だからあくまでもかぐや姫の大筋は変えない方が良いと思うの。だからこの場面では……」
「爺さんに斬ってもらおうってわけか……」
二人は頷きながらおじいさんを見つめ、当のおじいさんは訳が分からず首を振りながらわたし達を順にみていた。わたしはおじいさんに近づきながら腰から菊一文字を抜いた。
「おじいさん。わたしの刀で思い切り斬ってください」
「わ、儂がか!? そんな大任を任されていいのかい!?」
「爺さんよ! アンタは自分が思ってるよりすげぇ事する人間だぜ!」
「そうでっせ。将来は子供も知っている有名な人物になるんでさぁ……」
おじいさんはますます首を傾げてしまう。そう……あなたにはこの後沢山の凄い事が待っているんですよ。これはまだ序の口。でもそれは言わないでおこう。だってその先はわたし達も知らない未来に変わるのだから!
「さぁおじいさん! やっちゃってください!」
「思い切りぶった斬れ!」
「お願いしやす」
「お、おう! わかった!」
おじいさんは菊一文字を両手で握りしめ、大きく振りかぶった。へっぴり腰の素人構えで思わず笑ってしまったが、おじいさんは竹目掛けて勢いよく振り切った。
おじいさんの目線の高さから斜めに切り込みが入り、竹は斜めにずれて倒壊。中から上空めがけて眩い光が突き抜けた。
「「「おおおおおおお!!」」」
わたし達は恐る恐る中を確認してみる。そこには三寸ほどの可愛らしい女の子が着物を着て座っており、こちらを見つめて微笑んでいた。
「みなさん! これが……!」
「ええ! かぐや姫です!」
「すげぇ! 本当に実在したんだな!」
「へへへ! お姿が見えなくて残念だなぁ!」
おじいさんは震える手でかぐや姫をすくい上げ、わたし達は物語の第一章を終えたのだった。