第一章 第一話~竹取の翁~
儂は竹取の翁。名前をさぬきの造。竹取を生業としている年寄りじゃ。
「さぁて。今日はこの辺りの竹にしようかの」
山に登り、竹林に行って竹を切り、そして持ち帰り、よろずの事に使う……毎日これの繰り返しじゃ。とは言え、もうこの歳だし、そろそろ足腰に踏ん張りも効かなくなってきたのう。
「本当は物書きになりたかったんだがなのう……」
幼いころから物書きになる夢を持っていたのだが、儂にはてんで才能がなく、今に至るというわけじゃ。どうも儂の書く話はありきたりでつまらないらしく、独創性も高揚感も得られないと師匠に言われた。
「まぁそれも致し方ないのう。物書きにはなれなかったが、今じゃ婆様もおるし、子はいないが幸せじゃ」
ため息交じりにそんな事を呟きながら背中の背負子を下ろして道具を用意する。
「さぁて! 始めるかの!」
儂は鋸を手に取り、竹に近づき始めた。
「「「…………ぁぁぁああああああ!!」」」
「!? な、なんじゃ!?」
突如空から人が降ってきた!? な、何事じゃ!?
「痛ったぁい!」
「高低差ってのを計算に入れてねぇのかよ!」
「いててて……杖落としちまいやした」
落ちてきたのは三人。しかも全員女子か? 彼女達は尻から地面に落下し、打った尻を擦りながら恨めしそうに上空を睨みつけている。
一人は幼子、一人は眼帯をした成人女性、もう一人は杖を持った……おそらくは目の見えない女子。そのうち二人が腰に日本刀を携えておる。こやつら……女侍か?
とはいえ、女子が空から降って着地を失敗して尻もちを付いたんだ。とりあえず声でもかけるかの……
「あ、あんた達? 一体どこから……」
「「「!!」」」
声をかけた瞬間、三人の目が一挙に儂の方を向いた。あの目……! 人を見ている目じゃない! 獣が獲物を捕らえる目だ! こやつら……! 野武士だったか……! そう思った矢先、全員が日本刀を抜き、にじりにじりと距離を詰めてきた。そして……
「「「金色に輝く竹はどこにある!?」」」
「ひ、ひぃ!?」
意味不明な怒鳴り声とその殺気ににも似た闘気に当てられ……儂は意識を失った。金色に輝く竹……? 一体なんの事じゃ……
「あ~あ……気を失っちゃたわ」
わたしは近くの小枝を拾って、おじいさんの顔をツンツンと突きながら反応を見る。ついて早々目的の人物に会えた嬉しさや、必死さからか、わたし達は素人相手に気当たり全開で向かっていってしまった為、おじいさんは口から泡を出しながら気を失ってしまった。
「仕方ないさ。アタイらの気当たりに耐えられる人間なんてそうそういないからな」
わたしの後ろから見下ろすようにおじいさんを観察する右膳さん。確かにわたし達達人級の気当たりは波の武人ですら後退りする程なのに、一般人の素人にはきついかもしれないわね……
「まぁあっしらも使命を持っての行動ですからねぇ。この方もわかってくれるでしょう」
さらに後ろから杖を右肩に当てながら座り込んでいる道さんが話す。それもそうだけど、少し事を急ぎ過ぎたわね。ここは少し冷静になって行動しないと……
「とはいえ! 記念すべき最初の物語の世界ね!」
「ああ! 竹取物語の世界だぜ!」
メタスターシさんに別れを告げて異次元の穴に飛び込んだのは良いんだけど、わたし達は盛大に尻もちを付きながら地べたに落下した。
少し上に目をやると、依然として異次元の穴が開きっぱなしになっている。確かに物語は出来事や人物を俯瞰で見ているから、上の方に穴が開くのは道理かもしれないけど、思ったよりも高かった……
「なんとも不思議な感覚ですねぇ」
道さんの言う通りだ。おそらく舞台は日本のお話のはずなんだけど、なんて言ったらいいのかわからないけど、空気が凛としているというか……。伏見稲荷大社の鳥居群を前にしている感覚とでも言うかしら? とにかく何か霊的な、神的なものをこの竹林から……いや、あらゆる場所から感じる。これが……
「竹取物語の……いえ! 昔話の世界なのね!」
今わたしは何とも言えない高揚感に満ち溢れている!
「おっしゃ! それじゃそろそろ行動に移すか!」
右膳さんは体をグッと上に伸ばしてほぐした後、おじいさんへと近寄り、顔を叩き始めた。
「おい爺さん! 起きろ!」
「う……う~ん……はっ!!」
数度顔を叩かれたのち、おじいさんは意識を完全に覚醒させ、ご老体に似合わない速度で状態を起こし、後ずさりした。
「あ、あんたら……何もんじゃ!?」
「落ち着いてください! わたし達は怪しいものではありません!」
「そうだぜ! 確かに異次元の穴から出てきたが!」
「いや! ものすごく怪しいのじゃが!?」
確かにそうかも……わたし達も初めて奏虎さん達に会った時や、メタスターシさんと会った時のわたし達ももの凄く警戒したし、襲いかかろうとも考えた。今、おじいさんが抱いてる感情はそれと同じ……さてどうしたものか……
「ん? メタスターシさん……」
と、ここでふと思いついた。
わたし達がおじいさんと同じことを思っている時、メタスターシさんはどうしたっけ……? どうやってわたし達を信用させ、信頼を得たっけ……?
「竹取の翁……」
「? なんじゃ?」
「名前は確か……さぬきの造」
「な、何故儂の名前を? どこで知ったんじゃ? もうその名を知っているのは婆様と、村の一部の人間だけのはずじゃ……」
「わたしの……わたし達の話を聞いてください」
わたし達はおじいさんに全てを話した。
わたし達の元居た世界の事。わたし達の世界が滅んだこと。『奴』の事。メタスターシさんの事。
おじいさんはただ黙って全てを聞いてくれて、わたし達は四半刻の間、ずっと話し続けた。
「成程のう……」
全てを話し終えた後、おじいさんはため息を一つ付いて再び黙り始めた。
「いきなりで申し訳ありませんし、とても信じられない話ばかりでしょう」
「でもよ! アタイらの言ってる事は事実なんだぜ!」
「どうしても信じられねぇんなら……異能の一つでもお見せしましょうか?」
「いや。大丈夫じゃよ。お前さん達の言うことを信じよう」
予想外にもおじいさんはわたし達の言葉を信じてくれた。え? 逆にすんなり行き過ぎて胡散臭いんだけど……
「爺さん。アンタ、アタイらの事信じるって言ったが、いくら何でも軽すぎないか?」
「何がじゃ?」
「自分で言うのもなんですが、あっしら詐欺師かもしれないんですぜ? 嘘を言っている可能性だってあるんですから」
「ははは! こんな爺になるまで生きて、色んな人間と接してきたからのう。あんたらの目や言葉遣いが嘘偽りない事くらいわかるさ」
流石年長者というべきか? ここら辺の精神の図太さというか、心の広さは見習うべきものがあるわね。
「それに100年に一度、月の民がこの世界に来るという伝説もあるくらいじゃしのう」
その言葉にわたし達は顔を見合わせ驚愕する。え!? 月の民が迎えに来るって伝説はすでにあるの!?
「もしかしてお嬢さん達は月の民かい?」
「ち、違います! わたし達はれっきとした地球人です!」
「そうだ! アタイを異星人扱いすんじゃねぇ!」
「『奴』と一緒にされるのは心外だ」
異国人になら間違えられてもいいし、子供扱いされるのも多めに見よう。けれど、異星人……そう。『奴』と同じ風にみられるのだけは嫌!
「いやいや。それは申し訳なかったのうお嬢さん達」
「お嬢さんじゃないわ! わたしには沖田総子っていう名前があるの!」
「アタイは丹下右膳だ!」
「あっしの名前は座頭の道です」
「そうかいそうかい。覚えておくよ。ええっとそれでなんじゃったけ?」
おじいさんが思い出したように会話を戻した。
「おぬし達はこの世界に『かぐや姫』という女子と会いに来たんじゃったな?」
「そうです! あなたの娘です!」
「はて……儂と婆様の間には子供も孫もおらんおじゃが」
「それはもうすぐ出来るから安心しな!」
「儂と婆様の間にか? ははは! 歳を考えておくれや!」
「違いやす。あんたはこれからこの森でかぐや姫を保護するんです」
「儂らが……?」
おじいさんは首を傾げながら呟く。まぁおじいさんからしたらそれは起きてもいないまだ未来の話。ちょっとした未来人の気分が味わえるわね。メタスターシさんもこんな気分だったのかな?
「あなたはこれから金色に輝く竹を見つけるんです」
「儂が……金色に輝く竹を? ははは! そんな夢物語のような話…………夢物語……」
おじいさんは口元に指を当てて何か思案し始める。? どうしたのかしら?
「一つ良いかのう?」
「はい? なんでしょう?」
「おぬし達には儂が責任を持って協力する。その代わりと言ってはなんじゃが、今から起こる出来事の数々を記録し、一つの物語として書き記し、作品として世に出してみたいのじゃが……良いかのぅ?」
「作品として……? それって小説みたいにするってことですか?」
「ああ」
これは驚いた。日本昔話って誰が作り、誰が世に広めたのかが気になるところだったけど、まさか竹取物語の作者って、おじいさん本人の体験談だったとは……いえ、わたし達が来て、おじいさんに話したことによって、未来が変わったのかしら? でもそれは大した問題じゃないのかな? おじいさんの目は凄いやる気だし、ここは問題ないでしょう。
「いいですよおじいさん! 是非書いてください!」
「格好良く書いてくれよ!」
「へへへ……お願いしやす」
「ああ! もちろんじゃ! それじゃ早速取り掛かろうかのう」
おじいさんは両膝を手の平で叩きながら立ち上がり、傍らに置いてあった背負子を背負い始めた。そうね! そろそろ行動を起こさなくちゃ! わたし達は金色に輝く竹を目指して歩き始めた。
「ええっと……どっち?」
「そりゃ勿論! ……どっちだろうな」
「わからんのかい?」
わたしと右膳さんとおじいさんはぐるりと周囲を見渡す。そこにあるのは竹・竹・竹。神秘的な気配は良いとして、人の気配というものは何もなかった。
「道さん? なんか気配は感じ取れない?」
半目の状態で首を左右に揺らしている道さんに問いかける。気配を感じ取る能力はずば抜けて高い道さんならあるいは……
「すいやせん。どうも人らしい気配は感じとれやせん」
首を左右に動かしながら答える道さん。彼女がそう言うなら間違いないか……
「昔話を思い出せ! きっと道しるべがあるはずだ!」
「ええっと……竹取の翁というおじいさんが……って感じよね?」
「それは儂の事じゃな?」
「はい! それで竹を……」
「そいつはどこでしょうかねぇ」
「「「………………」」」
なんてこった。あまりにも漠然とした情報しかない。でも考えてみれば当然の事か。子供に聞かせる昔話なのに、どこの山のどの竹の……みたいな話は重要じゃない。重要なのは『金色に輝く竹』と『それを切るおじいさん』なのだから。
「と、とにかく! 行動あるのみよ!」
わたしは日本刀と荷物を持って歩き出した。それに続いておじいさんに右膳さん、道さんもついてきて、わたし達は道なき道、竹林を進んでいく。
「あてはあるのかい総子ちゃん?」
「正直ないわ。けど、とりあえずは山の頂上を目指してみようかと思うの」
「見晴らしのいい頂上から全体を見るんですね。いい考えだ。まぁあっしには見えませんがね」
自虐ネタをはさむ道さんだけど、ネタがネタだけに笑っていいのかわからないのよね……
「ならばここは儂の山じゃからよく知り尽くしたおるぞ? 付いてきなさい。見晴らしのいい場所へ行こう」
「「「はい……」」」
さて……いきなり躓いているけど大丈夫かしら……