序章~物語決め~
「それじゃ改めて……」
「どこの……いや、どの昔話にすっか」
方向性は決まった。なら次の議題はどの昔話にするかだ。わたし達は紙に知っている限りの日本昔話を書き出して相談していく。
「王道に桃太郎はどうだ?」
「そうですねぇ……鬼と戦った経歴もありやすし、お供の犬・猿・雉なんかも魅力的だ」
桃太郎か……。確かに魅力的ね……。日本昔話では一・二を争う程有名で人気の作品かもしれない桃太郎は、おばあさんが川で洗濯をしていると、川の向こうから大きな桃が流れてきて、桃を切ると中から赤ちゃんが出てくる。その後、大きくなった桃太郎は鬼退治の為に鬼ヶ島へいき、その途中で知り合った犬・猿・雉をお供にして、見事目的を達成したという物語。
「歌になっているくらいだもんね。君達に聴かせてもらったよ」
「改めて思い返してみると、桃太郎って相当凄い奴だよな」
「そうね。本人が鬼と戦ったってだけじゃなくて、お供の犬とか猿とか雉も鬼と戦えるくらい強いってところとかね。もしかしてその動物たちって神獣か何かじゃないのかな?」
「あっしはおばあさんが作ってくれた黍団子を食べてみたいですねぇ。動物を仲間にできる程のおいしさ……もしかしたらおばあさんは薬剤師か、呪い師の類じゃなかったんですかねぇ?」
「んな事言ったらいきなり川から桃が流れてくるのも急展開だし、意味不明だよな」
話せば話す程桃太郎への話で盛り上がっていく。こんな歳にもなって、日本昔話の考察で話を膨らませる日が来るなんて思いもよらなかったわ。まぁこれはこれで楽しいけど……
「なんだか、本当に伝説の人物って話よね」
「だな! 同じ日本人として誇り高いぜ!」
「あっしらが霞んで見えやすよ」
子供向けの話とは言え、やはりそこは伝説級の人物。仮にも新選組の看板を背負っていたわたしが可愛く思えてくるわね……
「自信を持つんだ。君達は今や異能使い。それに『奴』と戦って生き延びた数少ない戦士達……いや、侍か。
月日が流れれば君達も彼らのように『伝説の侍』として負けないくらい名を轟かせるはずさ」
メタスターシさんにそんな事を言われてむず痒くなる。うぅ……褒められるのにも慣れてないのに、メタスターシさんみたいな容姿の優れた方に言われると、女として意識してしまう……
「はっ! 言うじゃないか! 日本の男共みたいに遠回しに言わないし、単刀直入に言う! アタイ嫌いじゃないよ!」
「ははは! ありがとう右膳」
笑みを零すメタスターシさんだったが、その眼はなんとなく寂しそう。何か過去で右膳さんとあったのかな? 聞いてみたい気もするけど、何となく野暮な感じがするから触れないでおこう。
「さて! それじゃあ桃太郎でいいかな!」
「あっしはそれでも構いませんよ」
右膳さんと道さんは桃太郎できまりのようだ。わたしも正直桃太郎でもいい気がするけど、実はもう一つの昔話と迷っているのがある。
「ん? どうかしやしたか総子さん?」
「え? あ、大丈夫よ」
「どうかしたのか? もしかして桃太郎意外になんか気になる昔話があるのか?」
「うん。実を言うとそうなの」
「言ってごらんよ沖田ちゃん」
「え? いいよ別に! 桃太郎で!」
「沖田ちゃん? これは作戦会議なんだから、思った事は言うべきだ。一人で考えすぎるのもいけないし、後々モヤモヤした感じになるのも良くない。これは僕の経験談だけど、痛い目を見ちゃうよ?」
メタスターシさんに諭されたわたしは思った事を口にしようと決めた。わたしが気になっている物語は……
「かぐや姫なんだけど」
「かぐや姫……竹から出てきたお姫様か」
「竹取物語ともいいやすね。最終的にはお月様に帰っていった方ですが」
「沖田ちゃん? なんでかぐや姫なんだい?」
みんなの問いかけに対して、わたしは一呼吸置いてから説明を開始した。
「『奴』との戦いで思った事があったの」
「思った事? それは一体何だい?」
「わたし達人間には到底到達できない存在なんじゃないかって」
その言葉を聞いて一同は押し黙る。当然の事を言ったけど、まさにその通りなのだ。剣術が効かない……いや、あらゆる攻撃が無力化されてしまう。まさに人外。それ以外当てはまりようのない言葉だ。
「メタスターシさんは『奴』の弱点なんか知ってますか?」
「弱点か……申し訳ないが無いかな。あったら僕がとっくに殺しているからね。まぁ強いて言えば、家族想いが強すぎるってことぐらいか……」
「宇宙を旅してきたメタスターシさんが知らないのなら望み薄かもしれませんけど、かぐや姫は月の民ですから、何か『奴』の情報を知っているかもしれません。仮に知らなくても、月の民なら何か……」
「成程。それは良い案かもしれないな」
「あっしら攻撃ばっかし気を取られてましたねぇ」
そう。戦力強化に目を傾け過ぎていたけど、情報収集も作戦の一つだ。かぐや姫本人は戦えないかもしれないけど、月の民ともなれば何かしらの情報を知っているんじゃないかな?
「う~ん。水を差すようで悪いけど、月には誰もいないんだよね」
「え?」
「おいおい。まるで月に言った事があるような言い草だな」
「実際に行ったから言うんだよ」
そんなわけないでしょ……と言いたいところだけど、メタスターシさんが言うのなら間違いがないのだろう。
「ということは、月には帰っていない?」
「天界か何かじゃないんですかねぇ」
「天界か……神々のいる場所だな」
「うまくいけば神様も仲間に出来るんじゃないかな?」
「よっしゃ! それでいこう!」
右膳さんは机を叩きつけて勢いよく立ち上がった。そして傍らに置いてある日本刀を腰にさした。
「もう行くの!?」
「あったりまえよ! 膳は急げ! 右膳も急げだ!」
「ははは! 流石、右膳は行動が速いな!」
「め、メタスターシさんまで! ……もう。でもそうね。行くなら早い方が良いですもんね!」
「決まりですねぇ。あっしらの記念すべき最初の物語は……」
「「竹取物語!!」」
「これが話に聞いていた、まーく94890『てれぽーたー』ね」
わたし達は着替えや食料などを用意した後、メタスターシさんの言っていた「てれぽーたー」の前に来ていた。丸い台座で、その上の四か所に三日月のような形の大きな突起物が生えている。その一本からは、丸っこい兜のようなものが線でつながれた状態で置かれている。
「そうだ。そのヘルメット……帽子をかぶって、行きたいところを思い浮かべれば異次元の穴が開くんだよ」
「これが……」
わたしはメタスターシさんの指さす帽子を被り、あらかじめ紙に書いていた竹取物語を手に取って、心の中で読み始め、情景を思い浮かべる。
昔々あるところに……竹取の翁というおじいさんがいました……
その時、目の前の何もない空間に亀裂が入った。その亀裂はどんどんと大きくなり、やがて人が通り抜けられるくらいの大きさに広がってきた。
そしてその先にある光景は……
「た、竹林だ!」
「成功だ! あっちの世界は竹取物語だぜ!」
「あっしは見えねぇですが、懐かしい土の香りがしますぜ」
わたし達は抑えきれない高揚感に満ち溢れ、荷物を携え、日本刀を握りしめた。
「行ってきますメタスターシさん!」
「アタイらの力見せてやるぜ!」
「さぁて、どんな物語になるのやら……」
「ふふふ! 思う存分暴れてくるといい! 楽しみにしているよ!」
「「「おおおお!!」」」
わたし達はメタスターシさんに見送られて異次元の穴へと飛び込んだ。
「行ったか。無事を祈っているよみんな」
3人を見送り、静かになった部屋で僕はため息交じりに呟いた。彼女達なら大丈夫だろう。
幼いけどしっかり者でリーダーシップのある沖田ちゃん。
粗野だけど仲間想いで一番年上の右膳。
いつでも冷静沈着で周りを見ている道。
あの3人がいればどんな事でも乗り切れる。かつて僕が惚れた……そして、気持ちの面でも助けられて彼女達なら……
「ん?」
僕は異次元の穴の前に落ちている紙切れに気が付いた。沖田ちゃんが書いた竹取物語の始まりか。
すると、すでに書かれていた文字がスッ……と消えてしまい、新たな文字が浮かび上がってきた。彼女達が過去に戻ったからかな? どれどれ……
「………………はっ! ははは!」
僕は再び異次元の穴を見つめ直した。
「楽しませてもらうよ! 新物語!」
昔々……あるところに竹取の翁というおじいさんがいました。
おじいさんの仕事は、山で取って来た竹でカゴやザルを作り、それを町で売って生活をしていました。
そんなある日……おじいさんがいつものように山へ行くと、3人の侍がいました。
一人は幼い子供の侍。二人目は大人の女性の侍。三人目は盲目の女性の侍でした。
三人は凄い剣幕で、日本刀を抜きながらおじいさんに駆け寄っていき、驚いているおじいさんに掴み掛りながら、こう聞いてきました。
「「「金色に輝く竹はどこにある!?」」」
おじいさんはさらに驚いて気を失ってしまいました。