其の九
「そろそろ、典膳に試合を経験させてみては如何でございましょう」
そう切り出したのは善鬼の方であった。
「そうじゃのう」
厳かに頷きながら、内心安堵する一刀斉であった。
“善鬼め、変わりおったわ”
自負心の強い善鬼が後輩の典膳に試合を譲るなど、以前は考えられない事であった。矢張り、面倒を見ねばならぬ立場になると人間は自然と変わって来るのかも知れない。
「勝てるか?」
「相手にもよりましょう」
一刀斉の疑問に、善鬼は答えた。
「確かに典膳の技の冴えは数段上がっておりますが、奇策を弄する輩にはまだ危ないかと存じます。今度の試合、まず相手を見定めたうえで、それがしが出るか典膳に任せるかを決めまする」
今では師匠に代わって試合を取り仕切る善鬼は、一刀斉にとっても頼もしい存在だった。
「分かった。そちの裁量に任せよう……ごほっ__」
「師匠?」
咳込む一刀斉に、善鬼が声をかけた。
「師匠殿」
「案ずるな、心配ない」
一刀斉は善鬼に答えた。
ここの所、一刀斉は咳込むことが多くなった。典膳が一行に加わってから暫くしての事である。最初は只の風邪かと善鬼も気にはしていなかったが、それが一向に治らないのである。
“どこかお悪いのか”
流石に善鬼も心配になってきた。
「いや、大した事はない。その方らに心配をかけて済まんの」
「いえ__」
善鬼も頭を下げた。
「わが師の事ゆえ心配は致しておりませぬが、万が一師匠に倒れられてはこの善鬼、修行の甲斐が無うなりますゆえ」
「そうであったのう」
一刀斉も微笑を返す。
「そちの目当てはこの一刀斉を討ち果たす事にあったな」
が、その言葉とは裏腹に今の一刀斉には昔日の凄味など残されてはいなかった。
一刀斉に向けた善鬼の労わりの眼差しには、やるせなく物悲しい思いが混じっていた。