少年のこれまで【5】
……いつもの天井が見える。声も聞こえる。ご飯のいい匂いもする。手が動く。足も動く。体が思い通り動かせる。胸に手を当てると心臓の音が聞こえる。
「生きてる」
声も出た。だけども何か、いつもと感覚が違う。
「おはようございます……お母様」
ごはんを作っていた母が気づくとすぐにこちらへ向かってくる。
「セネ……体調はもう大丈夫なの……?」
何だか夢を見ているかのような、そんな感じがした。目に涙も浮かべている。そして、頬をぺたぺたと触ってくる。
「はい。魔法を使えませんでしたが、あそこまでできたことに少々驚いたというか……体が弱いことをわかっておきながら倒れてしまって心配をかけてすいませんでした。今は体調は優れていますし、食欲もあります」
笑顔でそういった。
母はすぐにご飯を作ってくれた。ただ、その時の料理はやけに豪華というか……何やらおめでたいことがあったのか。美味しかったのは美味しかったのだが、初めて食事で苦しいという感覚を覚えた。
「それでは今日も練習して来ます。家の近くで練習するので、安心してください」
ここで練習を辞めてしまっては、今までの成果が無駄になってしまうかもしれない。
それに、昨日気づいた。もっとやれることは沢山ある。今度こそ母にいいところを見せて、安心させたい。その気持ちでいっぱいだったのだが……
「今日は、お休みにしておいたら?その……体調が優れていると言ってくれるのは嬉しいけれど、無理をされたら困るし、起きたばかりでしょう?母さんはもう少し一緒にいたいな、って」
歯切れが悪かった。どうしても行かせたくない。その気持ちだけはよく分かった。
今日は、母の言うことを聞いておこう。最近、自分の好きなことをしすぎているような気もしてきた。
部屋に戻って椅子に座った。もちろん、勉強をするためだ。だが、背中から感じる視線が痛い。
「勉強もダメよ。早く寝てなさい」
部屋のドアを半開きにして睨んでくる母がいた。
何か言われるのが怖かったのでその日はそのまま寝たが、次の日も、そのまた次の日も母が心配そうにこちらを見てくる。
*****
「ダメよ。外に出てはダメ」
動きを制限され始めてから1週間が経った。相変わらず外に出るな、魔法を練習するな、勉強するな、と言われ、さすがに怪しいと思った。
ちょうどよく家に父と二人きりだったので、父に何があったか相談してみた。
「セネ、今日が何日か分かるか?」
「はい。7月の10日です。それがなにかしましたか?」
「違うぞ、セネ。今日は10月10日だ。セネは気づいていないかもしれないが、4ヶ月の間、昏睡状態で過ごしていたんだ。だから今、母さんは心配してるんだ。俺だって心配してる。体調がどうかとか、食欲はあるか、他にもこれからどうサポートしていけばいいかも考えてる」
頭が追いついていけなかった。10月10日?4ヶ月、昏睡状態?確かに魔法を使った後にフラっと来たのは確かだ。確かだが、その次の日には普通に起きて普通に体が動いて、普通に食事を食べて……訳が分からない。
「だからいつも通り手助けをしてやりたいが、今はもう少し待っていてくれ。いずれ練習を再会できるようにしてやるよ」
父はポンと肩を叩いて励ましてくれた。
*****
それから1ヶ月後、魔法の練習を再開しても良いという許可が降りた。
1ヶ月間、短かったが色々と収穫があった。魔法の使い方のコツ、詠唱無しでも魔法を使えるようになること、魔法が有限ではないこと。全て母に教わったものだが、とても勉強になった。
それと、あの透明の石が少し、ほんの少しだが、白色に薄く弱く色付いた。
《魔力精製》
気のせいか、前より質の良い魔素を多く取り込んでいるような気がする。
単なる技力に加えて、コツも教えてもらい、集中力も上がっている。1ヶ月の休みを上手く利用できたようだ。
「セネ、自分のタイミングでいいからね。無理だけはしちゃダメよ」
魔法の練習には母が隣にいてくれる。魔法のことをよく分かっている母が近くにいるだけで安心ができる。
魔法陣をゆっくり、ゆっくりと描いていく。あの時見たように、母と同じように。
《氷槍》
魔法陣が光った。初めての感覚だ。
体の底から燃え上がる何かを感じる。差し出している右腕の血脈を巡って指先までその熱さが感じれた。
……氷のつぶてだ。小さな氷が五、六個。5mほど飛んで落ちた。
「お母様!」
完全な氷槍とはならなかったが、初めて魔法というものができた。その事実に母と一緒になって喜んだ。
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次回投稿は11月19日です。