出合い
5年ぶりの帰国に、友の所に訪ねたのが始まりだ。
友人は、12から18才まで貴族の子女が通う学園の同級生だった。今では、実家の伯爵位を継いで伯爵となり、一つ下の子爵令嬢と結婚し、2人の女の子を授かっている。上の娘については会ったことがあったが、下の娘に会うのは、国外にいる間に生まれたため初めてである。
因みに、俺は侯爵家の次男だ。
夫妻へのお土産と、娘達へのお土産を持ち、訪ねた。
「久しぶりだなジョージ!皆元気にしてるか?」
「あぁ…。お前は元気そうでなによりだ。家族は奥の部屋に居るから、会っていってくれ。」
優男だが、顔の整った家主からは、かつての輝きは消えていた。
5年の間に何が起これば疲れた顔になるのだろうか。
「お前疲れてないか?急に訪ねた俺も悪いから、他の機会に出直そうか?」
「いいや、私は大丈夫だ。」と断られ、奥の部屋に案内される。
そこには、おままごとをする女の子と、それを見つめる婦人がいた。普通の暖かい家族の日常に見える。
「ハンナ夫人久しぶりだ。マーガレット会いたかったよ。」
入ってきたことに気付き、飛び付いてきた長女マーガレットを止めようと、夫人が立ち上がる。
「お久しぶりでございます。エドワード様。」
「おじ様、こんにちは!」
「俺のことを覚えていたなんて、嬉しいことだ。」
「飛び付くなど、非礼なことをしてしまい、申し訳ありません。マーガレット、おしとやかにしなさいって言ってありましたよね。」
「そんなに気にしなくて良い。お土産を持ってきたのだが、下の娘はどうしたのかな?」
一気に部屋が静まり返った。
「国外の話が聞きたいから、場所を移そう。」と、ジョージに断ち切られ部屋を移した。来客室に移る前に、他の部屋に案内された。
「会ってくれ。」
開かれた扉の中の部屋は、子供部屋だった。奥の椅子には、小さな少女が椅子に座りニコニコと本を読んでいる。
「下の娘ちゃんか?さっき暗くなったからびっくりしたじゃないか。」
「エレナ来なさい。」
さっきまでニコニコしていた少女は、無表情になり、本を置きこちらにやって来た。
「エドワード・キングスベリー様だ。父様の学友で、海外から帰国して挨拶に参ってくれたのだよ。挨拶しなさい。」
「ウォータース伯爵家次女エレナでございます。以後お見知りおき下さい。」
幼子ながらのたどたどしい口調であったが、発せられた言葉は教育の行き届いたものだった。
「エレナちゃん3才だっけ?その歳で、挨拶できるなんて凄いな。これお土産だよ。遊んであげてね。」
エドワードがしゃがみこみ、隣国の人形を手渡そうとしたところ、エレナによってその手は弾かれた。
「お人形なんていらないわ。お父様には何を渡したの?」
「エレナ謝りなさい。」
「ははっ。お姫様はお気に召さなかったのかな?父君にはお酒と、経済書だよ。エレナちゃんにはまだ早いかな。」
「お父様にはお人形を差し上げるから、エレナに経済書を頂戴。」
「ふふっ…。はっはっはー。傑作だ。じゃあ、ジョージにはお人形を渡し、経済書はエレナちゃんに渡そう。ジョージ良いかな?」
エドワードの眼には涙が浮かび上がり、肩は笑いを堪えるために、ひっきりなしに震えている。
「はぁー。それでいいよ。エド、来客室に行こう。」
ばたんと戸が閉まり、来客室に二人だけになった。
「はぁー。帰国早々、挨拶に来てくれたのに皆がすまんな。隣国での話をしてくれよ。」
「経済を学びに俺が行っていたのは知ってるよな?
まだまだ、この国は遅れていることを痛感したよ。俺が行っていたカサラン国は、法人税をほぼ無くし、外国の技術者を沢山呼び寄せ、開発に力を入れていたよ。うちの国からも移転した商会も沢山いたよ。これじゃあ、うちは衰退するだろう。」
「法人税を無くす?それじゃあ、国の収入が無くなるじゃないか。」
「消費税と個人の所得税だよ。法人税が無い分、給料が多く支払われるから、支出が増えて、経済が回るのさ。そりゃあ、商会にとっても魅力でしかないだろう。」
「それじゃあ、商会の力が強くなりすぎるんじゃないか?貴族の立場はどうなるのだ。」
「あぁ。うちと比べて低いよ。だから貴族の殆どは商会を持ってるのさ。」
「それで、帰って来てお前はどう動くんだ?」
「侯爵位は兄貴が継ぐから、伯爵位を貰って、皇太子の補佐に就くことになったよ。まずは、狸爺達の隠している不正を正すところかな。」
「そうか。あの人達を動かすのは骨を折るな。そう言えば、出国ギリギリに行われたから、エドが結婚したのに挨拶できてなかったね。今度奥方にも会わせてくれ。」
「…。実はな、仕事ばかりしていたら、愛想つかされて、浮気されて子供作られて離婚したんだ…。笑ってくれ。」
「あんなに、アタックされての結婚だったのに?何を言えば分からないが、誰かと再婚はするんだろ?」
「彼女は侯爵家の権力が欲しかっただけなのさ。俺は次男なのにな。馬鹿馬鹿しいだろ。もう、結婚はこりごりだよ。
俺の話はもうこれでおしまい。
それより、さっきエレナちゃんの話になったら夫人が暗くなったけど、どうしたんだ?」
「やっぱり、この話になるよね。さっき見たと思うけど、エレナは普通じゃないんだ。」
「普通じゃない?確かに経済書を欲しがるのは面白かったが、ただ大人の真似事がしたかっただけだろ。戸を開けたときも、ニコニコと読書してたじゃないか。」
「エレナは理解出来るんだよ。読んでた本も数学の本だ。そういう事には、楽しそうにするのだが、服だの玩具などの話は目に見えて、嫌悪感を出すんだ。
ハンナには理解が出来ないらしい。それにハンナに対して、構ってもらわなくて結構って言っちゃったみたいなんだ。ハンナは堪えたみたいで、一時期うつ病になって、今は別々にさせているんだ。」
「理解出来るって、3才児だろ?文字も普通分からないのが普通じゃないか。」
「流石に大学レベルはまだ駄目だが、学院レベルなら理解出来るんだよ。
気味が悪いだろ?使用人達も、陰で呪われてるって言ってるんだ。」
「お前が、それを言ったら駄目だろ。呪われてるんじゃなくて、凄いことじゃないか。神なんて信じてないけどさ、神からの贈り物なんじゃないか?
そんなに言うんだったら、エレナちゃん俺の養子にしないか?嫁を貰うのはもう懲り懲りだし、かといって伯爵位を貰うからには跡取りも必要になる。それに、勉強が出来る子なら、教育して補佐をしてもらいたい。
変な空気よりも、うちに来た方が夫人にも、エレナちゃんにも、精神的にいいんじゃないか?
夫人が落ち着いて会いたくなれば、会いにくればいいし、エレナちゃんが帰りたいって言えば、お前の家に返すってのはどうだ?」
「養子?俺は大事に思ってる。」
ジョージの怒声が響いた。
「良かったよ。お前が腑抜けじゃなくて。だが、何かあれば頼むんだぞ。」
この出合いから2年が経った時、事件が起きた。エレナの首を絞めてハンナが殺そうとしたのを、執事が止めたのだった。伯爵家内で起きたことなので、この事は外に漏れることは無かったが、ハンナは病院に入れられ、エレナはエドワードの養子に迎え入れられる事になった。
「ここが、エレナちゃんのおうちだよ。」
そこは、王都の貴族街にある邸宅だった。
エドワードは伯爵位を賜り、ジュベール伯爵となっていた。王都のジュベール伯爵邸は、ウォータース伯爵邸程ではないが、そこそこの大きさであった。だが、独り者のため、屋敷には、エドワードと数人の使用人しかいない。
「旦那様お帰りなさいませ。エレナお嬢様お初にお目にかかります。執事のデニスと申します。何か有りましたら、何でも申し付け下さい。」
「皆様初めまして。養子になりましたエレナです。宜しくお願いします。」
エレナは温かく迎えられた。
特に侍女に関しては、今まで、男のエドワード一人しかいなかった為、新しく迎える女の子を見て、腕がなると目を輝かせた。
自己紹介のあと、自室になる部屋に案内された。部屋には、可愛らしく整えられたベッドの他に、エドワードの物だったと思われる本が沢山本棚に並べられていた。
「エレナちゃん、これからは俺が父ちゃんだからね!仕事が有るから帰ってこれない時もあるから、困ったことがあれば、専属侍女にジョアニーをつけるから頼んでね。俺がいるときは、甘えてくれて良いからね。
ははっ!ブスッとしてるけど可愛いね。親バカになれそうだ。」
エドワードはエレナを大きな腕で抱き締めた。抱き締められても、エレナの表情は変わらなかった。事件の後のショックで表情がなくなったのだ。実家では、母に避けられていたため、使用人も女主人であるハンナを恐れ、エレナに関わろうとするものは少なかった。異変に気づいた執事がいなければ、エレナは死んでいただろう。だが事件後、エレナを思って側に居てくれる人間はいなかった。父のジョージでさえ、壊れてしまったハンナにショックを受けて、エレナを避けた。
興味が有ることにしか反応せず、愛されたいと思う気持ちが、元より少ないエレナであったが、実の家族達の対応が、心に傷を作り、愛というものへの関心を無くしていた。家族という近しい人でさえ信頼出来ないのに、他人であったエドワードの信頼はよりなかった。
より、本の世界に没頭しようとしていた。
それからの、エレナの生活は前とは殆ど変わらなかったが、マナーの授業とエドワードに連れられての街へのお出かけがプラスされた。読む本に関しては、何も言われず、エレナの部屋に置いてあった本だけでなく、書庫や、エドワードの事務室の本を好きに読んだ。
エドワードの養子になって一年ほどしたある日、エレナの部屋では椅子に座ってエレナが本を読んでいたが、その後ろでは、ジョアニーがエレナの髪型に切磋琢磨していた。
エレナは本を読むのを止められなければ、特に何をされても気にしない為、ジョアニーのお人形状態になっていた。
顔も目がくりくりして愛らしいため、頑張れば頑張った分、理想のお人形に近づくのだ。
「出来た。あぁ~ん、可愛い可愛い可愛~い。
お嬢様完成いたしました。旦那様に見せに行きますよ~。」
「はい。」
「可愛いのにクール。お嬢様最高でございます。御馳走様です。」
ジョアニーは毎日、腕とテンションを上げている。
「旦那様。お嬢様お連れしましたよ。今日は花の妖精スタイルです。」
「入ってくれ。
うっわー、エリー可愛いな。ジョアニー良くやった。」
エリーはエレナの愛称だ。エドワードのウインクに、ジョアニーはガッツポーズで返す。
「じゃあ、お出かけに行くぞ。」
今日のエドワードのスタイルは、ラフなシャツにスラックス、ハンチング帽で、どう見ても平民にしか見えない。
エレナは、花柄のワンピースだ。貴族の子供が、変装しているようにしか見えない。
「旦那様は顔は良いのに、そういう格好をすると、本当にオーラが無くなって平民にしか見えないですよね。元々口調も貴族じゃ無いみたいですし。
では、行ってらっしゃいませ。」
「ジョアニー一言多い。では、行って参る。」
手を繋ぎ、街に来ていた。中の良い親子にしか見えない。
エドワードの休みの度に行われる街歩きは、とても人と近い。
貴族向けのブティックから、庶民が買う八百屋にまで訪れ、声をかける。
聞く内容と言えば、人気店や、旬の物から、店主の体調までだ。皆、感じの良い兄ちゃんとして慕ってくれているのが分かる。 また店を出た後、毎回エレナに店について感想を求めるのだった。
休憩がてら、定食屋に入った。
「親父!ランチ2つくれ」
「よっ!エディじゃないか。おやっ?驚きだね。娘が居たのかい?泣くやつが出てくるぞ。」
「可愛いだろ。他のやつに見せたくなくて、隠してたのさ。エリーって言うんだ。」
「こりゃあ、べっぴんさんだ。将来楽しみだな。エディに似なくて良かったな。」
「おい親父。本当だけど失礼だな。
所で、今日の定食は何なんだ?」
「鶏肉のシチューだよ。エリーちゃん大丈夫かな?」
「大丈夫。」
はっきりした抑揚の無い声で答える。勿論、無表情だ。
「ひょっ。はっきり言える子だね。エリーちゃんは、堂々として貫禄があるねぇ。」
「貫禄か。ははっ。親父上手く言うぜ。エリーは将来ビックになるな。」
実家では気味悪がられて、誉められることなどなくきたため、エレナは自分でも分からないうちに、顔が赤くなっていた。無表情ではあるが。
「親父、最近鳥しか無いじゃないか?他の肉はどうしたんだ?」
「牛は元々、お貴族様しか食べないよ。だがな、豚が最近市場に出回らなくてな。出回っても値段が上がってるんだよ。他の店も鳥ばかりだよ。」
「回らないだって?養豚場はここらは近くにあるじゃないか。」
「大きな声で言えないが、どこかの貴族によって、買い取られていってるらしい。まだこれは良いけどよ。」
「他にも有るってことか?」
「小麦。」
「思いもない低い位置から声がした。エレナだ。
「おっと、エリーちゃん正解だ。まだ、分かりにくいが、少しずつ値段が上がってるんだ。」
「大変だ。親父頑張れよ。」
食べ終わり、店を出て家に帰った。
帰って湯浴みを終わらせると、エレナはエドワードの部屋に呼び出された。
「エリー、良く小麦の値段が上がったことが分かったな。」
「エド義父様が連れ回す店を見てたら、分かるから。」
「じゃあ、どうして豚肉が無くなり、小麦が高騰したと思う?」
「興味ない。」
「興味無いことにも、興味を持って見てみな。じゃあ、それらが無くなったらどう思う?」
「他の物を食べれば良いわ。」
「よし、俺の意見を言おう。まずは、豚肉。鳥のソーセージもあるが、多くは豚だ。保存食として使われる肉は豚が多い。次に、小麦。天災の噂は聞かない。王都は王家の領土だから、王家が普段より多く徴収した訳でもない。つまり、先に誰かが多く買い取って市場に流さないようにしてると考えるのが正しいね。
それに、小麦も保存がきく。ここから先のことは、エリーには聞かせたくないことだから言わないけど、本当に知りたくなったら、教えよう。だけど聞く前に、周辺諸国の歴史を勉強しな。」
話はこれで終わり、次の日から暫くエドワードは家に帰らない日が続き、帰って来ても夜遅くで、早朝には家を出て、エレナとは顔を会わせない日が続いた。
人に関心が無いエレナでも、エドワードの温かさに慣れてしまい、不安を感じていた。
1ヶ月程達、疲れきった顔でエドワードは帰ってきた。そこで、珍しいことが起こった。久々会う義父にエレナが抱きついたのだ。
「エリー、帰ってくるのが遅くなってごめんな。寂しかったか?父ちゃんは寂しかったよ。抱き締めてくれるなんて、感動だけど、顔を見せてくれないか?」
顔を押し付けたまま、首をフルフル振る。エドワードのスラックスに、じんわりと水が染みてきた。エレナの涙だった。事件後初めて見せる涙だった。
小さい少女の不安は膨れ上がって破裂したのだ。
無理やり引き離し、頭を撫でた。 目を腫らし、涙が溢れ出ている。
「もう、心配しなくていいぞ。一段落着いた。これもエリーのおかげだぞ!」
自分のおかげと言うことが分からなくて、呆気に取られる。
「ははっ!間抜け面も可愛いな。街で小麦を当てただろ。それのおかげで未然に防ぐことが出来たのさ。」
小麦を当てたことがどう繋がっているのか、分からなかったが、誉められたこととエドワードが帰ってきたことが嬉しくて、自然と笑みが出た。
「エリーが笑ってる…。」
この日、無表情のエリーに表情が戻ったのだった。
「きゃー!!!!お嬢様が笑うなんて眼福。」という、ジョアニーの叫びにより、皆が驚きから我に返らされた。
エドワードが調べていた真相は、国が気づかないうちに、食糧の流通をなくし、物価を高騰させること、食糧難から民衆の力を衰退させること、そして儲けた金と、保存食から国に戦をしかけようと、賊が仕掛けていた事だった。
賊の逮捕により未然に防げたが、エドワードは、賊だけが関わったのではないと考えていた。その奥に、もっと大きな存在があると。
例えば、かつての留学先の様な。
読み辛くてすみません。
応援してくれる人がいれば、評価してくれたら嬉しいです。