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沼の魔女との対面

「もういいわ。ありがとう」


 一人だけの食事。

 予想はしていたが、翌朝、広間に行くと用意されているのは一人分の食事で、ハンクとマデリーンが申し訳なさそうな顔をしていた。

 モリーが甲斐甲斐しく世話を焼き、それが申し訳ない気持ちを煽る。


「本当にありがとう。モリー、あなたの笑顔がどんなに私の心を明るくしたか、わからないわ。ニコラスとのやり取りもとても面白くて、本当に楽しかった。マデリーン、あなたはとても優しくしてくれて嬉しかった。ハンク、あなたがイーサン様のお屋敷に誘ってくれたから、私はこんな楽しい思いができたわ。本当にありがとう。ニコラスにもお礼を言いたいわ。今忙しいかしら?」

「ニ、ニコラスはちょっと街にいっています。大丈夫です。私から伝えておきますから!」


 モリーはどんと胸を拳で叩き、マデリーンが小言を言い、ハンクは娘の使用人らしからぬ態度にお手上げだとばかり、天井を仰ぐ。

 そんな親子の様子は見ていてとても楽しかったが、これが見納めだと思うと、ジャスティーナは泣きそうになり、ぐっと堪えた。


 食事を終え、することがない彼女はモリーを連れて、中庭に来ていた。

 昨日イーサンが腰掛けていた長椅子の背もたれを愛しそうに撫でる。

 モリーはそんな彼女を痛ましい表情で見ていたのだが、ジャスティーナは気づくことはなかった。


 そうしてしばらくすると、来客の知らせがもたらされる。

 それは、沼の魔女イザベラで、ジャスティーナは先日の非礼を詫びることはしなければと広間に向かった。


「あれ、元に戻ってるわ!」


 挨拶もなしに、沼の魔女イザベラは第一声を発した。

 怒りの表情で出迎えられると思っていたジャスティーナは拍子抜けする。

 魔女の背後に立っていたイーサンも驚いたようで、黒い瞳が瞬いていた。

 もう会えないと思っていたジャスティーナは嬉しくて見てしまったが、彼はすぐに目線をそらした。


「おっかしいわね」

 

 ぎこちないジャスティーナとイーサンの二人を見比べ、イザベラが首をかしげる。しかし不気味な笑みを浮かべて、屋敷の主人よりも先に椅子に再び座った。

 イーサンは無言でその隣の椅子に座り、ジャスティーナはモリーに椅子を引かれ、座るように勧められたが断った。


「沼の魔女イザベラ様。先日は失礼なことを言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 彼女は立ったまま深く頭を垂れ、沼の魔女に謝罪する。

 すると笑い出したのはイザベラだ。


「ああ、あれね。まあ、正直でびっくりしたのは確かだけど、別に怒ってはいないわ。怒った振りはしたけどね」


 そんな彼女の言葉は意外すぎて、ジャスティーナは呆けるしかなかった。


「ははは。いやあ、あんたちょっと生意気だったし、なーにも知らない子だったから、ちょっと悪戯したつもりだったのよ。少ししたら元に戻すつもりだったけど、いなくなってるし、メーガン姉から話を聞いたときは驚いたわよ!だっけど、可笑しいわね」


 最初の印象とまったく異なり、イザベラは気さくに笑いながら話す。


「可笑しいとはどういう意味だ」


 呆気に取られているジャスティーナの代わりに言葉を発したのは、それまで黙っていたイーサンだ。


「ははは。あんた。可笑しいのはあんた」

「はっ?」


 黒い丸い瞳が、怒りで細くなって、刺すようにイザベラを見ていた。

 心底怒っているイーサンの姿に、ジャスティーナは緊張してしまい、両手でドレスの端をきつく掴む。

 モリーがそっと彼女の背に手を置き、少しだけ安堵した。


「おっかしいわ。まったく。ほーんと。いいわ。あんたの思う幸せを、この子に与えてあげるわ。ジャスティーナだったかしら?私が家に送ってあげるわ。昆虫男爵の屋敷に滞在していたなんて噂がたったら、嫌でしょ?」

「そ、そんなことはないです!」


 横目で見られ、ジャスティーナはすぐに否定する。

 イーサンは無言のままだ。


「そういうことで、さあ、行きましょう」

「え?今すぐですか?」

「もちろんよ。ね、昆虫男爵いいでしょう?」

「好きにしてかまわない」

「ほら、いいって。行くわよ」

「旦那様!」


 ジャスティーナはあっさりと答えたイーサンに対して、絶望に近い思いを覚え、その場に倒れこみそうになった。それを支えながら、非難の声をあげたのはモリーだ。


「ホッパー男爵令嬢。この度はわが屋敷に滞在してくれて、ありがとう。あなたの幸せを祈っている」


 けれどもイーサンは、モリーの声を無視し、目線も合わさず言葉を告げる。

 

 ――お礼なんて、祈りなんていらない。最後なのに見てもくれないの?


 モリーに支えられ、ジャスティーナは彼を食い入るように見る。けれども、彼は顔を逸らし続けた。


「イーサン様。こんな素晴らしいお屋敷に滞在させていただき、ありがとうございました。この思い出は一生忘れません」


 ジャスティーナは必死に見てもくれない相手に言い募る。


「っつ」


 声にならない声が彼から漏れたが、それは魔女によってかき消された。


「さあ、行くわよ。昆虫男爵。馬車で送ってくれるかしら?」

「ああ。ニコラス、ニコラスはいないのか?」

「ニコラスの代わりに、私がそのお役目を引き受けます」


 イーサンの背後に控えていて終始無言だったハンクは、やっとそこで口を開く。


 ジャスティーナは最初に身につけていたドレスに着替え、玄関先で魔女と共にハンクの御する馬車を待つ。

 モリーとマデリーンがさびしい表情で送り出すが、イーサンの姿はそこにはなかった。




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