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息抜き

ある秘密基地の話

作者: 揚旗 二箱

テーマ:初恋、もえる、地下巨大基地

「よかった、まだ入れるよ!」

「言ったろ。おれが補強したんだから大丈夫だって」


 興奮して叫ぶさゆりちゃんとは違い、おれは変に冷静でいた。というよりはキンチョーしていた。自信満々に大丈夫だとは言ったが、基地の入り口が塞がれている可能性はちょっとあったからだ。


「じゃあわたしがお先にしつれいします~」


 さゆりちゃんは少し坂を下り、小さなトンネルの中に這っていく。地面に潜っていく訳じゃなくて、その先にあるのはおれたちの秘密基地だ。


 夏の間だけこちらのイナカのおじさんに預けられるおれは、一年生のときからおじさんちの近くで暇そうにしていたさゆりちゃんと遊んでいた。

 さゆりちゃんの家はお金持ちで、オジョウサマってやつだけどイヤな感じはしない。むしろ、ときどきおれよりもむちゃなことをしていた。


「よっ、と……」

「そらくんが隠しててくれたからまだ誰にもばれてないみたいだね」


 トンネルをくぐると広いすきまがある。二人入ってもいろんなものが置けるし、雨が降ってもでかい木とその枝がほとんど防いでくれるのであまり濡れない。そういう意味じゃ、おれたちにとってここは巨大な地下秘密基地だ。


「じゃ、はい」


 さゆりちゃんが右手を出す。久しぶりの秘密確認だ。おれはその手を握り返し、少し息をすう。


「「前と後ろに小石を三つ、右に二つで左はなし!」」


 息を合わせて言い切ると気持ちがいい。おれたちはこの基地で遊ぶとき、この秘密確認で偽者じゃないことを確認し合う。おかげで偽者が混ざっていたことは一度もない。


「何する?」

「わたしは久しぶりにゲームがしたいなぁ。確かこのあたりに……」


 さゆりちゃんはそばにあった衣装ケースの土をはらって中のものを取り出していく。赤と青のゲーム機、通信ケーブル。


「電池をかえないとつかないんじゃない?ほら」


 差し出した単3電池をひったくると、さゆりちゃんはゲーム機にセットして電源ボタンを押した。何回も聞いた起動音が鳴る。


「わ、ちゃんとついた!」

「よっぽど変なことしなきゃ壊れないっておじさんも言ってたじゃん」

「でもとっても久しぶりだし……それより対戦しようよ。今日もわたしが勝つよ」


 さゆりちゃんがこちらにゲーム機を投げ渡す。握ってみると、だんだん手が思い出してきた。この前やったときはさゆりちゃんに勝ち逃げされているはずだ。


「じゃあおれはリュシつかおっかな」

「そらくんリュシばっかじゃん。他の使いなよ」

「おれはリュシでおまえに勝つまでリュシを使うぞ」

「じゃあわたしはザンギナイフを使おっと」


 さゆりちゃんは親にゲーム機を買ってもらえない。だから隙を見ておばあちゃんに買ってもらったものをこの秘密基地に隠しているのだ。

 おれはゲームは禁止されていないけれど、フコーヘーなので持ってかえって練習することはちょっとしかない。ほんのちょっとだけ。


「はいわたしの勝ち~!」

「……まぐれだよ。なまったんだ」

「じゃあ次は必殺技ださない。よゆーだし」

「言ったな!勝ちは勝ちだからね」


 だけどさゆりちゃんはものすごく強い。隠れて練習することなんかできないはずなのに、いつも、そしてどんなキャラを使ってもギリギリで勝てない。ピアノを習っているからきっと指がはやいんだ。


「……やめよ、ゲーム。飽きちゃったよ」

「けっきょく勝てなかったじゃん。そらくんがわたしに勝とうなんて10年早いよ。で、次はどうしよう」

「次は、あー……バーマスでもする?カードも入っているでしょ」

「えー?バーマスはそらくんの方が得意じゃん。ヒキョウだぞー」


 膨れっ面こそしないがさゆりちゃんはじっとこっちを見てくるのが必殺技だ。背筋がピン、としてて背も高いからついビビってしまう。


「それよりさ、メダカ!メダカどうなってるかな。わたしとそらくんで4匹捕まえたじゃん」

「えー!?もういなくなってるんじゃない?」

「見なきゃわかんないでしょ」


 秘密基地のそばにはちょっとだけ水が流れているところがある。秘密基地からさらにすこし秘密通路を通ったところだ。前はそこにひろった水槽を置いて、水が入ってくるようにしてメダカを飼っていたけど……餌もしばらくあげていない。そうじゃなくても水が溢れているので逃げ出しているだろう。


「そらくん!はやく」


 先に見に行ったさゆりちゃんの後ろをついていく。頭の後ろにしばった髪が揺れる、大きなポニーテール。


「見てほら!」

「うわ、信じられん……」


 メダカは生きていた。水槽のなかに二匹だけ。

 水槽は角がすこし割れて、常に水が減っていくようになっていた。でもかわりに溢れることはない。その流れの中ですみかに隠れてひっそりと、メダカは生き残っていた。


「残りの二匹は死んじゃったのかな」

「たぶん……流されてそのまま」

「そうかもね……」


 流れに逆らうこともなく、でも流されないように避難して生きているメダカ。

 流れを忘れてしまっていたら楽に生きているかもしれない。でも自分の近くにはまだずうっと流れは残っていることを忘れてしまうことなんて、できないだろう。

 閉じ込められた水槽の中で、二人だけで。


「いや、そらくん。下を見て!流れの先!」


 さゆりちゃんは言いながら山の斜面を滑り降りていく。さゆりちゃんは泥まみれになることをまったく嫌がらなかった、それはいまも同じらしい。

 そしてさゆりちゃんが降りた先には、そこそこ大きな水溜まりができていた。


「なんだこれ。こんな水溜まりあったっけ?」

「たぶん知らないうちにできていたんだよ。残りのメダカはこっちで生きていたんだ」

「ほんとだ。しかも増えているね……」


 水溜まりを覗きこむと、10匹くらいのメダカが泳いでいる。さゆりちゃんの言うように、たぶん割れた水槽から流されたメダカがここで卵をうんで増えたんだ。


「死んでいなくてよかった。これならもう大丈夫だね」

「……そうだね」


 水溜まりのメダカたちはのびのびと泳ぎ、仲間も増えて楽しそうだ。流れも強くない。こどもも無事に大きくなるだろう。

 流されたのか、自分で飛び出したのか、水槽に残らなかったメダカたちと水槽に残っているメダカの違いはなんだったのだろう。

 というか、なぜ残っているのだろう。そんな狭い場所では仲間も増えないし、流れに乗らなかったその事実からずっと逃げ続けなければならないのに。


「そらくん?」

「ああ、いや。あの水槽のメダカたち、どうするんだろうね」

「水槽のなかにずっといるのかしら。でもこのままじゃかわいそうよね」

「でもあいつらは飛び出さないから……」

「よし!」


 さゆりちゃんは決断するととても早かった。坂を登り、水槽を抱えて思い切り傾けた。

 水が流れる。元から流れていた水に、水槽の水が合流してにごり、メダカごと押し流して坂を下る。水たまりは濁ったが、すぐにおさまってきてもとに戻った。二匹のメダカも、何事もなく泳いでいるに違いない。

 おれにはもう区別がつけられないけど。




 メダカの水槽をひっくり返してから、おれたちはオセロで遊んだり、神経衰弱をしたりした。

 時間を忘れてしまう。だけど時間は、あっという間に過ぎていく。


「ふぅ、けっこう遊んだね。久々に」

「そうだな……バーマスのルール、あんまり覚えてなかった……」

「それはそうでしょう。こんなに時間がたったのだもの」


 さゆりちゃんは髪を留めていたゴムをとり、頭を振った。



 髪が突然長くなったような錯覚。

 それもすぐに消えた



 落ち着いた雰囲気のロングヘアーは、彼女の背丈にとてもよくあっている。幼い頃の、遊び回るためのショートヘアーではない大人しい髪型。


「本当に、よく残っていたね。私たちの巨大秘密基地。もうすっかり小さくなっちゃったけど」

「……ああ。思わず童心にかえってしまったよ。我ながら、大人げない」

「ここでは子供でよかったのよ。今日までは。でも、さすがにそろそろお別れを言わなくちゃいけないかもしれない」


 さゆりちゃんはうんと伸びをしたあと、ぽつりと呟くように口を開いた。


「私たち、もうこれからは会わない方がいいかもしれない」

「……」

「もう私たちは大人になった。秘密基地は要らない。夏休みに預けられる必要もない」


 ああ。

 わかっている。


 さゆりちゃんが手を差し出した。左手だ。


「もしかしたら、蒼くんの中にも似たような感情があるのかもしれない。でもそれは、それはもう、私たちは捨てなくちゃならない。それが、今の私があの人を想うことと矛盾するとは思わないけど、だけど決着を着けないままなのは、あまりにも不誠実よ。お互いに」


 右手の握手は出会いの握手。

 また明日ね、の握手。

 来年も、の握手。


「……さゆりちゃん、それは、それなら、すこし違うよ」


 おれの中に渦巻く感情は、本当は、おそらくそれだ。だがそれは他のなにもかもとは完全に別のもので、全ては遅すぎたし、過ぎ去った。


 両立は認められない。想いはひとつであるべきだ。


 だから、でも、それを破壊しないために、あれやこれやと一緒にしないために、別の名前をつけよう。

 沸き上がり、根を張り、おれを動かした情動に。


「おれは君に萌えていただけさ。遊んでいて、話してて、ここでまた会うのが楽しみだっただけの。それだけのものだよ。終わらせるまでもない」

「……そっか」


 さゆりちゃんはそれだけ言った。

 彼女がどう思っているのか。あるいはどう思っていたのか、おれには知ることはできない。知っているつもりの推測で、彼女の誠実さを汚すわけにはいかない。

 だからおれは手を取ろう。おじさんも教えてくれた。


「「右は三つで左は一つ。また、いつかーーー」」

 最後の句はない。理由はひとつ。



 左手の握手は別れの握手。



 薬指の金属がぶつかり、聞こえない音をたてた。


「でも私は……」

 小さな声は夕暮れの音楽にかき消され、彼女は静かにおれの前から去っていった。

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