第1話
【視点:早坂冬登】
あっという間に入学式が終わった。
新入生代表挨拶からの衝撃からあとのことは何も覚えていない。
仮クラスに到着して、教室内を見渡す。
あの子はいない。
ゲームなら偶然にも自分よりも前の席に座ってるとかなるだろうに…。
現実は厳しいな。
「はぁ。」
思わずため息が出る。
「何入学式初日にため息なんかついてんだよ。」
不意にかけられた声は、幼い頃から聞き飽きるくらい聞いた声。
「うるさいぞ、モトキ。」
モトキとは幼なじみ。これもゲームなら幼なじみは可愛い女の子なのにな。
「何だ?何かあったのか?」
何かを察したかのように覗き込むモトキ。
「そういえばよ、新入生代表挨拶をした子、可愛かったよな?」
「!!」
僕はバッと立ち上がる。
「分かりやすいな、フユト。」
「う、うるさいぞ。」
耳が熱い。きっと今僕は顔が赤くなっているに違いない。
「ま、明日のクラス発表が楽しみだな。」
ニヤニヤと笑うモトキ。ちくしょう。
でも、名前くらいは知りたいな。
「あの子の名前知ってるか?」
「あー、なんだっけな。忘れた。」
こいつ。
ま、とりあえず明日のクラス発表の時にでも調べてみるか。
「今探せばいいんじゃね?」
「ナイスだモトキ。」
この時の俺は知るよしもなかった。彼女は、とんでもない人物であることを。
現実はこんなにも厳しいものだということを。
『水無月篝』
「……。」
僕とモトキは絶句する。水無月という名字はこの地域には一世帯しか存在しない。
この国の政治にも介入できるほどの権力を持つと言われる財閥だ。そう、彼女はご令嬢だ。
僕みたいな一般庶民が手を出せる相手ではない。
「さようならフユト。」
「お前、ふざけんなよ。」
モトキも同じ考えみたいだ。
「あの花音様の奇跡の一人娘か。」
モトキは独り言のように言い放つ。
水無月花音。
水無月篝の母にして、奇跡の女性と言われている。ただ、その奇跡の物語は知らない。
僕、どうすればいいんだ。
僕の初日はこうして終わった。
(C)2017,2018,2025 すたじお・こりす