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「おはよう、蒼汰!」
「おはよう。」
もう何度も繰り返した光景。幼馴染の黄奈と俺は、二人の家の間にあるこれまた幼馴染の紅斗の家の前で挨拶を交わす。……が、肝心の紅斗がいない。入学式終わりの登校日初日だから早めに行こうと言ったのは紅斗だったはずだったけれど。
「あっ。 きい姉ちゃんとあお兄! おはようございます!」
「おはよう。」
「おはよう朱莉ちゃん。紅斗ってどうしてる?」
「あか兄はまだ寝てますよ! ……って、まさか約束してました? 本当にごめんなさい!」
玄関から出てきたのは紅斗の妹の朱莉ちゃんだった。俺たちの名前に色が入っているから、昔から色の名前で呼ぶ癖はそのままだ。寝てますよ、のところで黄奈がだした圧を感じたのか、ポニーテールの髪が前にくるほど頭を下げる。
「朱莉ちゃんが謝らないで! 悪いのは全部紅斗だからね。 それよりも朝練? 頑張ってね!」
「ありがとうございます! いってきます!」
そんな朱莉ちゃんを慌てて黄奈は止め、朝練に行くということで二人で見送る。昔から俺たち三人と朱莉ちゃんの組み合わせで遊ぶのが鉄板だったけれど、可愛くて良い子に育ったななんて勝手に親戚のおじさんみたいなことを思ってしまう。
紅斗が納得していなさそうに朱莉ちゃんが中学校でものすごく人気があることをボヤいていたけれど、頑張り屋な性格にあの容姿、納得するしかない。シスコン気味なところがあるから紅斗も本気でそんなこと思っているわけではないと思うけど。
「さ、じゃあ起こしに行こう。」
「すみま……じゃなかった、うん。」
朱莉ちゃん、この笑顔を見たのか。
思わず謝りそうになったのを慌てて堪えて、俺は黄奈の後をついていく。紅斗の遅刻はいつものことだけれど、今日はわざわざ早起きして集まったのにいなかったから、余計怒っているのだろう。
チャイムを鳴らすとおばさんの声がする。上がって良いという言葉に甘えて、もうすっかりと見慣れた紅斗の家へと入った。
「おはよう、二人とも!」
「おはようございます。」
おばさんが味噌汁をかき混ぜながら振り返って挨拶をしてくれる。良い匂いだ。
本人がそれでいいっていうからおばさんと呼んでいるけれど、小さい頃からずっと見ているのに顔が全く変わっていないような……とにかく街では美人で有名なのが紅斗の母親その人である。いつみても綺麗すぎて年齢不詳だ。
「おばさん、私起こしに行ってきますね。」
「いつもごめんね、黄奈ちゃん。」
「もー、悪いのは紅斗なんですからみんなして謝らないでください!」
そう言いながら黄奈は階段を登る。そんな黄奈をおばさんはちょっと申し訳なさそうに、でも微笑ましそうに見守った。
「蒼汰くん、ご飯食べていく?」
「あ、今日は家で食べてきたので。ありがとうございます。」
「また夕飯とか遠慮せずにいつでも食べにきてね! 蒼汰くんイケメンだから私料理頑張っちゃうわ!」
「ありがとうございます。」
おばさんの言い方に思わず笑みがこぼれる。小さい時に両親を事故で亡くして以来、俺はこっちにわざわざ移り住んできてくれた祖父母とずっと一緒に暮らしている。あまり祖父母に迷惑をかけたくなくてなるべく自分で料理も作ったりしているのだけれど、そんな俺を見たおばさんは、良く料理をご馳走してくれた。そうして今でもよく料理を教えてもらったり、ご馳走してもらったり、感謝で頭があがらない。
俺に気を使わせまいとするその優しさも、本当にありがたい。
「それで、黄奈ちゃんとはどうなの?」
「っ。」
俺の目の前に座ったおばさんは、すこし悪戯っぽい目でそう聞いてきた。思わず出してもらった麦茶を吹き出しそうになって、むせる。