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月笑と人形  作者: 上山烏頭
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中編

 事件の関係者たちのいる居間へ、先生を先頭に僕ら三人が入ってくると、壮年の犬が警部を待ち構えていたように声を荒げた。


「おい、一体どうなってるんだ。イーガンが死んだとか言われていきなり呼び出されてみたら、こんなところに押し込められてそれっきりだ。説明ぐらいしたらどうなんだ」


 なかなか横柄な態度をとる男に、警部はなだめるように、

「いやはや、申し訳ない、ストラットンさん。ようやく皆さんにお話しを聞く手筈が整いまして、いやほんと申し訳ない」


「まったく、わざわざ引っ張ってこられた上に、そのままほっとらかしとは、あんまりじゃないかね」

 男はそのダックスフント特有の長い耳をピクピクさせながら、愚痴っぽく言い募る。おっ被さってくる月の笑い声のせいで、彼の声はイラつきを解消するようにより大きくなっている。


 そして、男は警部の横にいる先生へ目を留めると、盛大に鼻を鳴らして、

「なるほど、あなたが噂のカーディアス卿ですか。あなたが出張ってきたということは、やはりイーガンは自分の魔術で死んだというわけか」


 先生は軽く会釈し、この場に集められていたヒトたちに自分の名を告げた後、僕を助手として紹介した。案の定、皆は僕を露骨に不審そうな目で見た後、先生を見てなるほどという納得とともにより胡散臭げな色を強くする。まあ、一般的な先生のイメージというと、やはりどこか気味の悪い魔術師たちと同じような得体のしれない存在なのだろう。そもそも顔が見えないわけだし……この人ほど異様な魔術師めいているのは否定しがたい。イーガンの妻らしき女性は身を固くしてしまっているし。


 部屋に集められていたのは、全部で四人だった。まず、先ほど愚痴っていた男が、テッド・ストラットン。骨董屋を営んでいると自己紹介した。


「彼の魔術の実験については、ご存じだったようですね」

 先生の確認に、ストラットンは全く面倒なことに巻き込まれた、という風に頷くと、

「私はただ、あいつが実験するらしい魔術について、ちょっとばかりの説明を受けて、そのための人形をひと月ほど預かってただけだ」


「ひと月ですか、それはなかなか長いですね」と先生。


「全く、迷惑なことだったよ。自分に似た人形なんかをひと月も手元に置いとかなきゃならなかったんだからな」


 人形に持ち主の意志を反映させるために必要だった期間なのだろうが、確かに面倒なことではある。だいたい、他人の人形じゃなくて、自分の人形にすればよかったのにと思うのだが、やはり自分の人形というのは、気が引けたのかもしれない。ドッペルゲンガ―を造りだすみたいなものだし、さすがに気味が悪かったのか。勝手なことだが。


「イーガンのことはダイアン君から大筋は聞いたんだが……本当に魔術が原因なのかね」


 詳しいことを教えるようにと、部屋の隅で、椅子に座りながらパイプをくゆらせていた、老弧が口を開く。彼は古書店の店主のロバート・サーゴン。ストラットンとは対照的に、冷静さの中に狡猾さのようなものを潜ませたような老人で、足が悪いのか、しきりに右足をさすっていた。


 ダイアン、そう呼ばれた白い毛並みの猫の青年が、軽く会釈する。彼が第一発見者であり、イーガン氏の甥という訳か。で、彼が付き添うようにしている若い婦人がやっぱりイーガンの妻なのだろう。彼女は、ソファーの上でただじっと、右肘を左手で支えるようにして体を抱いていた。俯くままで表情はうかがえず――そもそも何故か色眼鏡をかけていているし――ぼそぼそと名前を告げるか細い声は、月の笑い声にかき消され、ダイアンが替わって、彼女の名がダフネであることを僕たちに紹介した。


 先生は、彼らに対して、魔術が実際に使用されたことを告げ、ガボット警部が、続けて魔術に使用された人形によってイーガン氏が殺された可能性があると告げる。


「私は関係ないぞ」

 ストラットンが真っ先に声を荒げる。

「そもそも、意志が反映されるとか言っても、本当にそうかはわからないじゃないか。当のイーガンは死んだわけだし。人形が勝手に暴走しただけかもしれないだろう」


「いえ、魔法陣を詳しく見た限り、対象とされたモノが見境なく人を殺す殺人自動人形と化す可能性はないとみていいでしょう。イーガン氏による古代魔法の再現は、つたないところはあるものの、魔法を行使する対象はその持ち主の意志を反映したもの、とする命題だけは確かだ――つまりは、あの人形のどれかに意志が宿ったとして、それはあなた方の誰かの分身――もっと言えばあなたたがた自身でもあることは確実ですよ」


「だったら、あなたがお得意の魔術とやらで、我々に真実を喋らせたらどうです。そのほうが手っ取り早いでしょう?」

 ストラットンが吐き捨てるように言う。


「他人に呪文をかけることは、たとえ事件捜査でも禁止されてますよ。それに魔術で引き出した証言は法廷では証拠として認められません」

 先生は相手の挑発めいた物言いをいなすと、やや芝居がかった風にシルクハットのつばをつかみ、位置を整えて、


「それに、私の魔術に対するスタンスはあくまで研究対象であって、濫りに行使するものじゃあないんですよ。そして、あくまで私は探偵であり、論理と推理によってことにあたるのが信条なのです。まあもちろんイーガン氏の魔術についても興味はありますがね。」


「ふん、論理ね。科学万歳――だといいがな」

 ストラットンは冷めたように言ってまた鼻を鳴らす。しかし先生は特に構うことなく、


「魔術は危険なものです。素人が気軽に扱うものではない。被害者は古代の魔術書から魔術を再現しようとしていましたが、これは非常に危険な行為なんですよ。彼はあの魔術書をどうやって手に入れたか、奥さんはご存じありませんかね?」


 そう先生に言われてダフネはびくりと肩を震わせると、首を振りつつ、

「私は何も……あの人の魔術については何も……」そうぼそぼそと答える。


 他の者たちも特に何も知らないと答えた。先生はシルクハットを直しながら、

「フム、まあこのところそういう魔術関係のものを不正に取引するという組織が横行していますからね、そこから手に入れたのかもしれません。まあ、そこについては今はいいでしょう。とにかく事件が先ですね」


「いずれにせよ、わしには身に覚えのないことだ」

 パイプを口から離し、煙を吹きながら、老弧のサーゴンが言う。


「ほんとかな。私はあんたがイーガンに金を借りてないなどとは思えんのだが」

 ストラットンがことさら大きい声で疑いを老人に向ける。そういえば、殺されたイーガン氏は結構あくどい金貸しをやっていたということだったが……。


 当のサーゴンは、ストラットンに冷ややかな目を向けると、その老いが刻まれた金色の目をすっと細めて、

「それはお互い様なんじゃないのかね。気が進まないことでも、債権者の機嫌を取っておくためには必要だろうて」


 イーガンの実験の為の人形を引き受けたことをもってのサーゴンの切り返しに、自身もまたそうだったのだろうストラットンは、苦々しげな顔をしながら、

「確かに金は借りてたさ。だが、そんなことで殺したりなんかしない」


「わしだってそうさ」サーゴンはそういい、

「しかし、警部さんにとっては、どんなことにせよ動機がある以上、容疑者なんでしょうな」


 サーゴンが嫌味っぽく言ってみせるのを、警部も、

「まあ、そうですなぁ」

 などとすっとぼけたように言葉を返す。


「しかし――」

 サーゴンのしわがれた声は、蛇の絡み付くような色合いを帯びる。

「我々は、動機はあるのかもしれないが、その大きさはさしたるものではないと思うのだがね、イーガンが死んだことによって受ける利益で考えた時、我々以上にもっと大きな利益を受ける者は誰なのか……」


 ストラットンはなるほど、と理解顔でサーゴンに頷き、意味ありげな視線を夫人と横に座っていた青年へと向ける。


「そんな、何を急に言いだしてるんだ!」

 急に災いが降りかかったとばかりに、イーガンの甥のダイアンが気色ばむ。


しかし、老弧は構わず続け、

「奥さんは見たところ、まだお若いですし。頑固な老人に縛り付けられるよりは、より自分に近い年の頃の者に親しみを感じるほうが自然ではないですかの」


 まったく、あまりにも遠慮のない当てこすりで、僕は眩暈がしてくる。しかしまあ、そのような邪推が湧くのも、むべなるかな。僕もまた、イーガン氏の妻があまりにも若々しいことにびっくりして、最初は娘かと思ったくらいだった。しかるに、横にいる若い青年が彼女と結託し、年老いた彼女の夫を排して、叔父の財産を恋人とともに掠め取る――そんなある種のお定まりなシナリオが、サーゴンによって強く意識させられたことは確かだ。


 そして、このシナリオが、僕にある程度の信憑性を以て迫ってきたのは、この事件について、もしかして魔術そのものがフェイクなのでは――という可能性も頭をもたげてきたからに他ならない。その思いを代弁するようにサーゴンは続ける。


「確かに、カーディアス卿が仰るように、魔術が発動したのは確実だとして、意志を持った人形が即イーガンを殺したとは確定できない。むしろ、何もなかったという可能性のほうが高いと思うのだがね。そもそも、わしにイーガンへの殺意なんてものはない」


 わたしだってそうだ、とストラットンも便乗する。

「しかし、現場は密室だったんですよ! あの人形たちのどれかが殺したとしか思えないでしょうが!」

 そう、ダイアンが主張するのを待っていたように、サーゴンはにやりと笑う。まるで口の端から蛇の舌がチロチロ覗くような錯覚を僕は覚える。


「そう、あんたは言っとるみたいだが、本当に密室とは存在したのかね。第一発見者の君がそう証言したに過ぎないのだろう? 警察が密室状況だったのかを確認したわけじゃない。ドアがこじ開けられていたとしても、そのように細工することは容易じゃないかね」


 そうだ、僕の疑念もまた、そこにあったのだ。この事件は、「魔術」という特殊なファクターで幻惑し、魔術による殺人、という先入観を利用した犯罪――むしろ、そのほうが被害者の実験に便乗して人形に殺人をさせるよりも、ずっと安全なのではないか?


「ドアには鍵がかかっていたのは本当だったんだ! 叔父が部屋にいて一刻を争うときかもしれないのに、警察を呼んでからドアを破るなんて悠長なことができるわけがないだろう!」


 密室はいったん破るとそこが密室だったのか、第三者に証明することは難しくなる時がある。特に、容疑者の可能性がある人物の証言に依拠するしかないとなるとなおさらだ。


――ああ、もうぞろ面倒臭いことになってきたぞ。はたして現場は密室だったのか、そうじゃなかったのか。


「フム、なんだかんだ言って、とりあえず皆さんに動機があることは、はっきりしたようですね」


 各人がお互い容疑を擦り付け合うのを黙って傍観していた先生が、どこかのんきにそう言う。


「だが、より強い動機がある者の方がより疑わしいのではないのか」

 ストラットンが、またも剥き出す様な大声で主張する。ホントに良く吠える犬だ。


 しかし、先生は「さあ、どうでしょうか」と気のない返事をしてから、

「動機の強い弱いなんてあまり意味はありませんよ、むしろ大した理由なんてなくても、ヒトはヒトを殺します。まあ、でもサーゴン氏のお話はなかなか面白いものがありましたよ。むしろ、その見事な犯行計画のお説のほうが、ある種の目くらましになっている可能性もありますがね……」


 先生の無造作に放り出された一言に、サーゴンはぎょっとするように目を見開き、思わずパイプを取り落しそうになる。そして反論しようとする彼を制して、先生はイーガンの甥――ダイアンに、ようやく探偵らしく質問を始めた。


「そもそも、君が被害者の遺体を発見することになった経緯を聞きたい。警部の話だと、君は被害者に呼び出されていたそうだが?」


 ダイアンは頷き、

「はい、昨日突然電話があって、叔父が今日の午後八時くらいに会おうということになったんです」


「イーガン氏があなたを呼び出した理由について心当たりはありますか?」

「いえ、何も……先に言っておきますが、私とダフネさんは、あの人たちが邪推するように、叔父を共謀して殺すなんてしてませんよ」


 機を制するように言うダイアンに、また何か言い募ろうとするストラットンだったが、今度はガボット警部の鋭い威嚇にあって黙り込む。


「それで、午後八時に会いたいと言われて、この家に来たと――」

「ええ、しかし、来たはいいが、呼び鈴を鳴らしても、誰も出なくて……困ったなと思ったところに、ちょうどダフネさんが買い物から帰ってきたところに出くわしたんです」


 そこで、先生は先ほどから姿勢も変えず俯いているダフネに声をかけた。

「買い物に出たのはいつごろですか?」


「7時半前です。ダイアンさんがいらっしゃるということで、お出ししようと思っていたワインを買うのを忘れていて。それで新しいのを買いに……そして、戻ってきたところに玄関の前にダイアンさんが居て、呼び鈴を押したが誰も出なかったと話されていて……」


「それで、おかしいなと。家の中を探したんですが姿はない。もしかしたらまた、魔術の本でも読みふけって我を忘れてるのかと思い、叔父の離れに行って、玄関をノックしたんですが返事がないし、入ろうとしたら鍵がかかっている。それで、叔父に何かあったんじゃないかと思い、なおもドアを叩いたんですがやっぱり返事がない。それで、急いでドアを破ることになったんです」


「なるほど。分かりました。それでは、奥さんの方はイーガン氏から何か聞いていましたか?」

「いえ……ただ今日はダイアンさんが来るということしか聞いてません」

 ダフネはか細い声で答える。やはりイーガンが甥を呼び出した理由は分からないらしい。


しかし、なるほど、彼女は外出していたのか。色眼鏡をかけたままの理由はそれか。

 月笑期の月は、笑い声の他に、それ自身の光も強くなる。夜目が利く猫の中にはその光が強すぎる様に感じるものもいるのだ。外出した時の姿のまま、ただじっと俯く彼女は、イーガンの死にショックを受けているように思えた。はたして、それが芝居に過ぎず、彼の甥と共謀して夫を殺したのかどうか……。


「あの――」

 ダフネは少し顔を上げると、先生に――いや、この場にいる者達に宣言するように、今までの調子とは一転した強い口調で告げた。


「何と言われようが、どう思われようと私が言えることは一つしかありません。私が愛したのはただ一人なんです。あの人しか……」


 そのどこか悲壮で血を吐くようなな彼女の言葉に、部屋の男たちは黙り込むしかない。そして、その時、僕はダイアンが一瞬だが、愕然とした表情をしたのをも見逃さなかった。

 しばらくすると、ストラットンとサーゴンは鼻白んだようにそろって鼻を鳴らした。もしかして、それは自分たちの妻を思い浮かべてのことかもしれなかった。


 一方、先生は満足したのか、白い手袋をはめた手を組んで、揉み合わすような動きをしてみせると、その場の容疑者たちに向け、

「ありがとうございます。皆さんに聞くことは私としては以上です。」


 何ともアッサリ気味に先生からの聴取は打ち切られ、振られたガボット警部も、いささか拍子抜け気味に首を振る。この場の容疑者全員から気が抜けるような、安堵の空気がひとまず流れる。そして、ダフネは疲れた様に溜息をつくと、

「あの、すみません。私、先に休ませてもらっていいでしょうか」


 心底疲れたような彼女に、警部は何か言いたそうだったが、先生が彼女に対して質問することは何もないということで、頷くしか無いようだった。立ち上がる彼女に、ダイアンが付き添おうとしたが、彼女はそれを振り切るようにして大丈夫だと告げる。


「今は一人になりたいのよ。お願い」


 そういわれて、ダイアンは分かったよ、という風に引き下がるしかない。

 そして、彼女は部屋を出る前に、入口付近にあった黒い棚から、大きめの薬瓶を取り出すと、三つ綴りになった薬包を取り出した。


 それを見て僕は思わず、あ、いいなあ、と場違いながらもうらやましい思いが湧く。と、いうのは、彼女が取り出した薬は、笑いかぼちゃの種から作られる強力な睡眠剤で、この馬鹿笑いする月の晩にはもってこいの薬なのだ。その強力さと言えば、飲んで数秒で眠りに落ちることができる。しかし人気が高いため、めったに手に入らないことでも有名だ。僕も欲しくてたまらないのだが、なかなか手に入らず、月笑期は寝不足確実で憂鬱なのである。


 出ていく彼女を見送ると、ダイアンは少し悲しげにしていた目を伏せ、独白するように口を開く。

「しかし、死んだ人に対して卑怯かもしれませんが、叔父は彼女を高級な人形のようにしか扱ってはいなかった。きれいな服を着せ、この陰気な家に閉じ込めておくだけの毎日を過ごさせていたんです」


「しかし、それは君の見ていた一つの印象に過ぎないよ」

 先生はそう、冷たく告げる。

「ヒトの心の中は分からない。見た通りのことから忖度したところで、それは個人個人の妄想に過ぎない。もしくは願望なのかもしれない」


 青年は少しムッとしたような表情をしたが、どこかあきらめた様に、

「そう、かも知れません……」


 先生はそれ以上は何も言わず、ただ、この場の解散を宣言した。


ストラットン、サーゴン、ダイアンの三人はそれぞれ、どこか釈然としない表情のまま、イーガン邸を後にしてゆく、ダイアンだけが、何度も何度もイーガン邸を振り返っていた。

 そして、僕ら捜査関係者たちだけが後には残された。


「しかし、いいんですかな」

 ガボット警部が言うが、先生は、

「聞くべきことは聞きましたし、観察するところは観察しましたよ」と返す。


それを聞いてガボット警部は、

「と言いますと、分かったんですかな、事件の真相が」

 そう、勢い込む。しかし、先生はやんわりと、さあどうですかね、などと探偵らしくとぼけてみせた。


「しかし、現場は本当に密室だったんでしょうかね」

 僕は気になっていたことをこっそり先生に聞いてみた。


「どうだろうね。ただ、ドアを観察したところでは、鍵のかかる受け皿は強い衝撃を受けた様に、少し曲がっていた。斧を使う前にだいぶ体当たりしたみたいだった」


「あ、なるほど……」

 ということは少なくとも、鍵はかかっていたとみるべきだろう。聞き耳を立てていたらしい警部が、僕をにやりと見やって、

「助手の割には観察が足らんな、全く。いやまあ、未熟なのはしょうがないか」


 ちぇっ、と僕は舌打ちをする。――あくまで心の中で、だが。


「とはいえ、それはそれで何らかのトリックを使って密室にしたという可能性が検討されますがな。いや、特に凝ったトリックなどは必要ありませんよ。イーガンの妻と甥が共謀していると考えたら、妻が部屋に残って鍵をかけ、甥が体当たりを適当に繰り返してから、こじ開ければいいわけですから」


 おお、警部のくせに考えてるじゃないか――僕は思わず感心する。


「まあ、そうですが……ただ、やはり、いくらイーガン氏の実験に便乗し、人形が彼を殺したという風に見せかけたとして、密室だったということを証言するのが、容疑がかかるのを避けられないであろう自分たちだけだというのは、いささかお粗末ではありますよ。だから、警部の言われたやり方で密室を演出するのも少し不自然ではあります。密室トリックを使うとするならば、第三者を伴う場合でも問題ないやり方を使い、その密室を証言してくれる者を用意するほうがより確実だと思いますね」


「では、やはり先生は部屋の人形が殺した――つまり、あのストラットンとサーゴンの内のどちらか――ということですか?」

 しかし、それについても、先生は疑義を呈す。

「それもどうでしょうか。彼らの似姿である人形の内、どちらかが意志を持ち、イーガン氏を殺したとしましょう。それならば、部屋の鍵ぐらい開けておくのではないでしょうか。わざわざ閉じこもって、犯人がどちらかしかいないような状況にするものでしょうか」


「しかし、イーガンを殺した直後、そういうことを意識する前に、魔術の効果が切れたのかもしれんでしょう」

 警部は食い下がる。確かにその可能性はあります、と先生は認め、

「とはいえ、どれも可能性の域は出ません。それはどの容疑者についても言えることですね」

「しかしですな、容疑者は四人、その中に共犯を含めた犯人がいることは確実でしょうが――」


 警部はいささか焦れたように言う。確かに、可能性云々の議論ではらちが明かないし、そもそもそんなものを先生に期待してはいない、期待しているのはもっと確実な推理だ。警部や僕の苛立ちをよそに、先生は涼しげな様子で、警部に言葉を返した――。


「容疑者は、はたして四人――なのでしょうか?」


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