プロローグ
比喩ではなく月が笑い、そこに住むのはみなケモノ! な世界に迷い込んでしまった人間の少年。彼が魔術による事件専門の探偵助手として、探偵とともに遭遇した事件を綴った事件簿――これはその一遍という体裁になっています。
本作は某ミステリ短編の賞に応募して三次で落選した作品を改稿、改題したものです。
ファンタジーということではありますが、事件はあくまでロジック――推理によって解かれるものとなっています。
魔術が廃れ、科学が台頭している――そんな時代での探偵譚です。
僕が、この奇妙な異世界に迷い込んで一年――だいぶ時がたったものだが、相変わらず自分の名前以外の記憶は戻りそうにない。元居た場所に戻れるのかさえ分からない日々が続く中、僕をこの世界で拾い、探偵助手として扱ってくれている先生が、ようやく僕が帰れる糸口を見つけてくれたという。
先生が言うには、無数にある異界の中から僕の本当の世界へと帰還する為には、僕と元居た世界をつなぐ道のようなものを作る必要があるらしい。そして先生が示したその方法とは、いささか奇妙なものだった。
僕は先生の助手になってから、探偵である先生の活躍を物語形式にして綴っていたのだが、それを事件ごとの単位に、バラバラにして、一つ一つを無数の異世界へと放流する、という方法だった。いわば、事件記録を事件ごとに細切れにし、瓶詰にしたものを海に向かって流すとでもいうようなやり方らしい。
運よく僕の元いた世界に流れ着き、それが読まれることで、僕というそれを読んだ人間と同じ世界の住人が、どうやら異世界にいるらしい、ということを認識することにより、ある種のつながりがその人と生じ、それは僕と僕の元居た世界をつなぐ憑代のようなものとなる。それを伝っていくことで、元の世界に還れるかも知れない、ということらしい。
まあ、詳しいことは良くわからないが、僕の書いたものを、僕の元居た世界の住人が読めば帰る道筋がつくということだろう。
というわけで、僕は、この迷い込んだ世界における、僕の断片である物語のどれかが、僕の世界の住人へと届くことを祈っている。
あなたがこの物語を読み切るとき、僕はあなたの世界に帰還しているのかもしれないのだ。そうであってほしい。
名探偵カーディアス・ペリントンの助手、シュウ・オオクラより。