はやりもの
大きな声で適当な文句を張り上げる。握りこんだ拳を天高く突き上げる。
安居酒屋で強かに酔った中年の親父がこちらを目を向ける。冷淡と熱望を半々に、因縁をつける気合もないまま、吐き捨てる。
「適当なことばかりを言いやがって」
ネオンがギラギラと輝いて、昼とは違う夜の明るさは浮かされた悪夢のようだ。突き刺さる視線は無数にあった。暴力の色も秘めている。男は酔いが醒めたように素面の目でこちらを見た後、そそくさとどこかへ立ち去った。
適当なこと――頭の中で誰かが笑う。その通りだ。男の言うことは正しい。軽トラの荷台の上で叫ぶ俺はアジテーターだ。そんな俺を囲んで叫んでいる連中は、考えることをやめさせられた人間以下の人形に過ぎない。傍目からみればおかしな集団。中から入れば維新の志士。俺はおかしな集団の代表だ。笑えない。
馬鹿な学生連中が好みそうな言葉を組織の名前にした。組織、と名乗ることさえ馬鹿馬鹿しい話だ。子供のごっこ遊びの延長線上。赤青桃黄緑。俺たちの戦隊には黒は要らない。そういうつまらないイメージは要らない。黒には、どこか、後ろ暗いようなイメージがある。俺たちには深い信条など要らない。所詮、ごっこ遊びなのだから。ただただ、誰か特定の人間の心を引き付ける言葉があれば良い。そいつらの欲求を満足させてやる言葉があれば良い。それだけで連中は簡単に俺たちについてくる。俺たちの為に金をくれることさえある。
もしも、まともな人間ならば、とても口には出来ないような、軽はずみな言葉を幾つも羅列していく。
誰もがそうなれば良いと思えるような言葉を――現実を知っていれば、それが適うことは難しいと思われるような言葉を――無数の礫にして当てる。どれか一つが当たれば良い。当たらなくても良い。現実と向き合うことが出来ない奴らは、軽い言葉に流されやすい。現実と向き合うことに汲々としている奴らはそんな言葉を考える暇もない。流されやすい奴らだけで良い。能無しの癖に流行りに乗り遅れまいとするような行動的な馬鹿なら尚のこと良い。奴らは金を落としてくれる。自分の快楽の為なら――ましてそれが自分たちの勝手な正義を理由に出来るのであれば――、簡単に奴らは乗ってくれるだろう。
自分の未来と向き合うのが怖いから、今のままの自由な姿でいたいから、そうなる為の理由づくりの為ならば、どんな恥知らずなことでも出来る。
きっと、恥とすら思っていない。そう思いこむことが出来る。幸せな奴ら。大きな力を持つ誰かを糾弾することで、弱い自分たちがその強い何かを打倒するカタルシスに酔っている。――権力を打倒する理由など何でも良いのだ。もっともらしく、自分を納得させることが出来れば。連中のそのハードルは低い。自分では高く設定しているつもりだろうが。
政治はいけない、と酔っ払いは愚痴っている。何が具体的に駄目なのか、連中は誰も答えてはくれない。
少し詳しくなればそれらしいことを口にする。けれども、それは正しい答えではない。簡単に解決できる答えでもない。しかし、口にすることは簡単なのだ。だから、誰でも野党にはなれる。議席はなくとも、反体制側になることは容易い。だから、俺はそっち側に立っている。簡単だからだ。
俺の主張が叶うかどうかなど関係はない。振り込まれる金と、無節操に動く馬鹿どもと、ミーハーな女たちの姿があれば良い。世の中を変えようだなんて思ってはいない。ただ、俺はこれから高く売れることだろう。小さな影響力だとしても、狂った傍観者たちは笑いものにするだけにはしない。そこに何らかの可能性を勝手に見出してくれる。くいっぱぐれは無い。
俺たちは利用されるだろう。利用されよう。政治信条など初めから有りはしないのだ。もっともらしいことをもっともらしく言うだけだ。曖昧な世界の形成に利用されるなら、それも悪くはない。本当に俺たちの言う通りに世界が変わったら、今度は俺たちが困ってしまう。俺たちには何かを作り出す力などないのだ。俺たちは唯、批判するだけだ。この俺たちの憤懣をまるで引き受けてはくれない世界に。俺たちの思い通りになってはくれない世界に。そして金が欲しいだけだ。誰かから着目されることで、勝手に誰かから送り込まれてくる活動資金が欲しいだけだ。
俺たちは叫ぶ。俺たちは狂おしいほどに叫ぶ。