変わり者の青年Ⅱ
ジェニファーの母親はとある名家の令嬢だったらしく、結婚してこの村に来る前は王都に住んでいたらしい。そのため礼儀には厳しく、ジェニファーに女性らしくするよう、日頃から口煩く言っていた。
「まあ、悪くはないけどさあ……。でもな、せめてスカートを履くなり、化粧するなりした方がいいと思うぞ。仮にもお前も女なんだしさ」
スカートを履けば少なくとも男には見えないだろうし、化粧をすれば少しはマシな顔にはなるだろう。
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「スカートは走りにくいし、化粧もどうせ汗で落ちるんだからしてもしなくても一緒だろ。それに私は好きで女に生まれてきたわけじゃない……」
ジェニファーは少し悲しそうにそう答えた。
そう言えば前に男に生まれたかったとか言ってたな……。地雷踏んだか……?
「……そ、そういえば、僕に何か用? 」
気まずい雰囲気を変えるために別の話題に切り替える。
僕を呼んだということは何か話があったのだろうし。
「そうだよ、フェンデルナクの奥さんから伝言を預かってきたんだよ。お前の小言のせいで忘れるとこだった」
フェンデルナクの奥さんとは僕の母さんのことだ。
「母さんから?あと、僕は別に小言を言ってるつもりはないんだけど……。あくまであたりまえのことを言ってるだけであって――――」
「あー、もう小言はたくさんだ! お前と話してるとイライラする! これだから変わり者には関わるのは嫌なんだ。いいか、今から伝言を言うから黙って聞いてろよ! 」
変わり者って……。
「わかったよ。で、母さんは何て? 」
「えーと……『畑仕事をほったからしていつまで茸を取りに行っているつもりだ。今すぐ帰ってきなさい。さもないと今夜の夕餉は抜きにするからね』……だってさ。今度はお前が小言を言われる番だな! ざまーみろ」
「……忘れてた」
実は森には母さんに頼まれて夕餉と朝餉に使う茸を拾いに行ったのだが、急に1人きりになりたくなりここに来たのだ。少し休んだら茸を拾って帰ろうと思っていたのだが、考え事に熱中しすぎて思ってた以上に時間が立っていたらしい。
「奥さん、かなり怒ってたぞ。早く帰った方がいいんじゃないのか?」
ジェニファーはさっきの仕返しと言わんばかりにニヤニヤと意地悪そうな顔をしている。
「わ、わかってるよ! でも、その前に茸を集めないと……」
帰り際に茸を拾おうと考えていたからまだ1つも集めていない。せめて茸を持って帰らないとただでさえ怖い母さんをより怒らせてしまう。
「なんだ、お前まだ拾ってなかったのか。急がないと日が沈んで帰れなくなるぞ」
辺りを見回すと太陽は既に沈み始めていた。今の季節は日が沈むのが早いのだ。あと1時間半もすればこのあたりは完全な暗闇に包まれる。
森を抜けるのに1時間ほどかかるとすると……。
「30分で茸を拾うのは無理だよ……」
手には空っぽの籠。今から家族分拾うのはどう考えても無理だった。食べられる茸は限られている。この広い森から籠いっぱいの茸を集めるのは並大抵のことじゃない。
「はあ。今夜の夕餉はなしか」
帰ろう。一晩くらい食べなくても大丈夫だろう。暗くなれば森には肉食獣たちが活動し始める。命の方が大事だ。さっさと森を抜けて家に帰ろう。
そんなことを考えていると、ジェニファーから思わぬ提案があった。
「……仕方ないなあ。手伝ってやろうか? さすがに夕餉抜きは可哀想だしな。2人で集めればなんとかなるだろ」
「ジェニファー……! 」
ジェニファーは口でこそ僕を嫌っているが、実際は困ったときは手を差し延べてくれる、村でも数少ない人間だ。他の村の人はみんな僕に近づこうともしないからな。
「ほら、さっさと拾っちまおうぜ。この籠にいれればいいんだな? 」
そう言うとジェニファーは僕から籠を奪って森へ行ってしまった。
「ま、待ってよ! 」
そのあとを急いで僕も追いかける。
どうやら夕餉にありつくことができそうだ。