カーテン、或いは気づき
中庭を朝日が照らした。
中庭は四方を校舎に囲まれ、生徒が入ることは許されていない。存在する意味のない庭だ。
中庭に面する席。そこが私の席だった。
私はその席が好きだ。
冬の太陽は低い。それゆえ日の光は中庭を過ぎ、教室の中までよく届く。窓際の席に座る私にとって、これほどの誘惑はないだろう。暖かさが身にしみて、心地よい場所なのだ。
先生の授業を聞きながら、私は首許を陽に照らされている。私の眠気が、ゆっくりと私の意識を溶かしていく。……
突然、近くで金属が擦れる音がした。私の体は熱を奪われ、俄かに寒く感じられた。
「眩しいからカーテン閉めたけど」
そう左隣りで声がした。それは、私の隣の席に座っている友人のものだった。どうやらカーテンを閉めたようだ。窓を薄緑色の布が覆っている。日の光は遮られた。
私は欠伸を噛み殺しながら、ああ、と曖昧に返事をした。すでに私の周りは、蛍光灯の光に溢れていた。
首を回す。背伸びをする。
いつの間に授業が終わってしまっていたのだろう。時計を見ると、すでに休み時間の半分が過ぎている。私は慌てて教材を取りだした。
やがてチャイムが響き、また授業は始まる。
先生のお話を聞き流しながら、私はぼんやりとカーテンを眺めていた。
ああ、この布の向こうには日の光が満ちている。外では柔らかな光が、暖かさとともに世界を抱くのだろう。
などと、放課後までもの思いに耽っていた。クラスメートが机を移動する音で、気を取り戻した。
何事もなかったかのように立ち上がり、周りと同じように行動する。
「カーテン開けてよ。埃っぽいから」
掃除を担当する中の一人が、そう私に声を掛けた。
私はカーテンを勢い良く畳んだ。
レールを滑るランナーの音が、小気味良く感じた。
しかし、日は差し込まなかった。すでに西に傾いた日は、弱く中庭を照らすだけだった。私は肩を落とした。
荷物を取り上げ、私は教室を後にした。
次の日も、その次の日も太陽の光は私を包んだ。その度に眠気が襲い、授業を受けるのもままならなかった。
ただ、日に当たることは私にとって至福とも云えた。
ある日のことだった。
私は教室の掃除を担当することになった。
カーテンを開け、今日も西に傾いている太陽を見て落胆しながら、ほうきを手にとった。
そのときだった。
「ねえ、中庭見てみてよ」
友人の右手は、中庭の真ん中を指していた。
投げやりにその先へ目をやる。……
白梅だった。
校舎に囲まれて、西日を浴びていた。ほんのりと橙に染まる花は、やわらかに咲いていた。
「こんなところに梅、あったんだ」
驚いた。そんなことは一切知らなかった。
目をこする。思わず溜息がもれていた。
どうして気がつかなかったのだろう。
毎日、確かに見ていたのに。
私は畳まれたカーテンに目をやった。これで梅は隠れてしまっていたのだろうか。
それとも。
私の視野が狭かっただけ?
どうだろう。よく、わからない。
けれど、あの梅の、白くかわいらしい花は、私の心の中に快い香りを残していった。
カーテンが遮っていたのは、太陽だけではないんだ。
私の部屋のカーテンは、だいたいしまっています。
このまえそれを開けたとき、サッシに蜂の巣が作られていたことがありました。
案外、気づかないものなのですね。
それでは。