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006

「今度はいきなりここか……」

 目が覚めると、眼前の巨大なスクリーンがまず目についた。スクリーンの左右と背後には、白い壁に囲まれた空間――(はこ)の中で望は目を覚ました。

「一日であれだけの世界が消えたのに……」

 望はスクリーンに映し出された映像を眺めていた。眞白から二四七もの世界が消滅したと聞かされたのだが、目の前に映し出された匣の数は前と大して変わり映えしていない。

(どうやら、眞白の言葉に嘘はないみたいだな……)

 世界が百や二百、それこそ千や万を超えた数が消されたとしても、多分この空間を埋め尽くす世界――匣の数は変化しないだろうなと望はスクリーンを眺めながら思っていた。

 映し出された無数の匣を見ながら、望は眞白やゼウスの考え方がある意味で分かるような気がした。


「――これより〝撰択の儀〟第二段階を開始する」


 匣の壁がびりびりと震えるほどの大音声――ゼウスの声が静かに響き渡った。

「いよいよか……」

 望はひりつく喉を鳴らしてゼウスの言葉を待った。


「まずは前回のルールの詳細を説明しておく」

 ゼウスの言葉が滝のように匣に注がれた。望は前面のガラス板の向こうを見つめていたが、ゼウスらしき巨人の足の指が見えるだけで、およそ顔など見えるはずもない。

 しかし、いくら顔が見えずとも何故だか寝転がって聞く気にもなれなかった。言い知れぬ緊張と不安が望を覆っているような感覚に陥る。

「まず、日程だが、およそ一カ月程度でこの儀式は終了する。本日の第二段階が終了したのち、各判定者はパートナーの世界を体験する。これは各一週間ずつ、計二週間。そして最後に自分の世界かあるいは相手の世界が残るのかを決める検討の時間を経て決定させる」

『一か月で決めろとは早計ではないのか?』

 すぐさまモニターに質問事項が浮かび上がった。

 望は映し出されたその質問を眺めながら、どこの誰だか分からない質問者の意図を手繰った。たった一か月で世界の生死を決めるのは早計過ぎないかと彼または彼女は考えたのだろう、と。それはある意味至極真っ当な意見ではあるだろう。望自身に置き換えてみても、全てのヒトという種の存続、すなわち約七〇億という途方もない数もの命がかかっているのだから。

 少なくとも数年、いや数十年単位での長期的なスパンで考えるべきものなのではないか、と考えたに違いないと望はその発言者の意図を察した。

「早計だと? それは何を持って判断できるのだ? 責任からか? それとも判定者としての役割の内容からか?」

 ゼウスはどこに問題があるのだと言わんばかりに、嘲笑を浮かべながら質問者に問いかけた。笑いを押し殺した声が静かに匣へと注がれていく。質問者からの返答はない。

(……というより、質問に対して質問で返すな。それは明らかなルール違反だろ)

 望はそう感じたが、それは声には出さない。

「……では訊こう。人間どもよ、お前たちは逆に十年二十年と議論して結論が出ると本気で思っているのか?」

 ゼウスは苛立ち気味に匣の中の住人達に問いかけた。

(そんなもの、いくら時間をかけても答えの出るもんじゃないよなぁ……)

 望はそう結論付けていた。もともとの前提がオカシイのだ。

 増えすぎた世界を調節するために、管理しやすい単位にまとめる――〝撰択の儀〟は判定者によって世界の生死を決める。一方が死に、一方が生き残る。そんなものは長い期間で結論が出るわけがないのは明白だ。誰にしろ、自分もろとも世界が消える事態は避けたい――議論が始まれば、終始罵り合いで結論などまとまるはずもないことは簡単に予想できた。ましてや数も数だ。幾千、幾万もの人間が一同に集まり、世界の生死をかけた議論などできるわけもない。

 国連と呼ばれる国際機関でさえ、愚かなニンゲン共は自分の利益ばかりを優先させて話し合いにすらならないのが現状なのだ。決議できるのは非難決議がせいぜいなのだから、そんな事は土台無理だろう。

 望の考えは正確に事態を見抜いていた。

「見てみろ、目の前に晒された現実を! お前たちヒトは自分の利益と欲望に忠実だ。そんな愚かな生き物が、ゆるゆるとした議論の果てに結論が出せると思うておるのか」

ゼウスの吠え声は広大な空間を、放たれた矢のように突き抜けて行った。

 静寂が包む。まるで真夜中の都会にいる様に、周囲から者音の一つもしなかった。

「次に〝判定者の特権〟について話しておく」

『沈黙は肯定』とみなしたゼウスは、話を切り替え次の説明へと移った。

(判定者の特権……)

その話は眞白から一部聞いていた望は、ゼウスの言葉に注意深く耳を傾けた。

「判定者が持つ〝特権〟は大きく分けて三つだ……。


第一に、意思決定(ディシジョン)――それは、判定者となった義務を全うするために。

第二に、情報検索(インフォメーション)――それは、判定者のよりよき答えを導くために。

第三に、生命維持(アライヴ)――それは、判定者が何人にも脅かされないために。


第一は判定者の役目、世界を決定する際に行うものだ。両者が納得しどちらかが残る事を平和的に解決できた場合、相手の判定者が意思決定で宣言する。

第二に、世界についてのありとあらゆる情報に触れられる特権だ。これはパートナーの判定者のみに与える権利で、相手の世界についての情報を検索・閲覧し、〝世界についてのよりよき判定〟を下せるためのもの。

第三が生命維持。文字通り、判定者に生命の危機があると判断された場合、ありとあらゆる手段で判定者を保護する特権だ。ただし、この特権の効力は判定者以外のものから攻撃等を加えられた場合に発揮する。判定者同士の場合には効力を発揮しない。

詳しく知りたければタグを二回叩け。そうすればこの〝撰択の儀〟についての詳細なルールが分かるようになっている。閉じる場合も同じだ」

 望はゼウスの言葉通り、指先でタグを二回タップした。すると、空中にまるで立体映像(ホログラム)のようにメニュー画面が表示された。『ルール』と表示されたタブだけではなく、その他にも『検索』『通信』といったタブも表示されているのに気づいた。

「『検索』は特権の〝情報検索(インフォメーション)〟を使用する際に。『通信』は決定までの間、パートナーとの通信を行えるものだ」

(どうやらこのタグは判定者としての証の他にも、判定者の行動・決定をサポートするためのツールでもあるらしいな……)

 望はメニュー画面を開いた時と同様、タグをタップして浮かび上がっていた立体映像を閉じた。

「さて、それでは……判定者となったヒト共よ。汝らが世界の生死を決定させる相手を発表する――」

 ゼウスが厳かに、静かに告げる。

 望が聞いたことも見たこともない世界を残すべきか消すべきか……ついにその対象を宣告される瞬間がやって来た。

「各自、タブを叩いて画面を呼び出してください。そのメニューに新たに『パートナー』が追加されています」

 眞白の言葉なのか、ゼウスとはことなる女性の声が、さざ波のように広い広い空間を満たして行く。

 はやる気持ちを抑え、望はゆっくりとタグを叩いてメニュー画面を呼び出した。先ほどまで三つだったタブに、新たに『パートナー』のタブが追加されている。

 望は静かにそのタブに触れた。

「これが……僕、の……」

 パートナーの画面には属する世界番号、名前、性別、年齢、職業、そして顔写真が記載されていた。


『世界番号:一〇七九 個体識別名:セフィリア=キャンバロット 性別:女 年齢:一七歳』


「な、なんだ……これ……僕と同い年で……」

 望の目が画面の一つの項目に釘付けになった。項目名――「職業」の欄。そこに書かれていた文字は、学生でも、会社員でも、職人でもない。


 ――職業:〝娼婦(しょうふ)


「娼、婦……?」

 番号が望と一つだけずれた世界。その住人である同世代の女の子はひどく無愛想な顔で望を見つめていた――。



「うっ……うあっ……」

 朝の陽の光が望の顔に差し込んだ。いつもは目覚まし時計が告げる音で目を覚ますが、どうやらアラームをセットし忘れたらしく、その役目は果たしてくれなかった。

「ここは……僕の部屋、か」

 目に映る風景は見慣れた自分の部屋だった。机も、壁も、本棚にある漫画や壁に貼られたポスターも今までと変わらず見覚えのある位置に置かれている。

「いつの間に……」

(というより、なんでいきなりここで目が覚めるんだ?)

 ゼウスに「もうちょっと流れというか、空気を読んで欲しい」と一言物申したいと望は思った。

 いきなり意識が切れて、起きたら場所が違うってどういうことなんだ? と。

 とりあえず、今何時だろうかと目覚まし時計を見たが、

「うぅ~~、あれっ?」

(いつも置いてある場所にない……?)

 望は、未だ眠いと訴える意識を叩き起こして辺りを手で探る。もしかしたらベッドの中に潜ってしまったのかもしれないと思い、その手を中に突っ込んだ。


 ――むにゅっ。


 もぞもぞと動く望の手が、何か温かくて柔らかいものを掴んでいた。しかし、自分の身体を触っている感触はない。

「あれっ? 何だこ――」

「う、うーん……」

 眠気でぼうっとしていた頭に、その声はハッキリと聞こえてきた。明らかに自分の声ではない。

(だ、誰だ――!)

「んなっ!」

 望が慌てて跳ね起きた。掛け布団をがばっと取り去ると、一人の少女が猫のように身体を丸めて眠っていたのだ。

「うぅ……さ、寒いよ……」

 ちなみに、望が手を突っ込んだ位置は、丁度眠っている彼女の胸の位置だったということを後ほど望は気づくのだが、この時点では流石にそこまで意識が向かなかった。

 どうして、と言葉が出る前にその少女を見た途端、頭の中に刻まれた記憶と少女の顔が一致した。それはあの画面に出ていた少女だった。確か名前は――


「んぁ……おはよう、希坂望くん。私の世界の『判定者(パートナー)』だよね?」


 まるで慣れ親しんだ友人にでも接するかのように、ベッドから起きた少女――セフィリア=キャンバロットは横で驚く望に挨拶をした。


 ぼろぼろの薄汚れたシャツを素肌の上から身につけ、栗色の長い髪を揺らす少女は、朝の光を浴びてキラキラと輝いていた。切れ長の目と整った細い眉。深く濃い黒い瞳をこちらに向け、彼女はにっこりと一二〇%のスマイルを望に向け、無邪気に笑っていた。

「あ、あぁ……。おは、よう?」

 希坂望とセフィリア=キャンバロットの初対面は、こんな風にあっさりと行われたのだ。

 望は目の前の少女の泰然とした姿に、ただただ唖然とするしかなかった。

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