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005

「そうした事態が起こってしまった原因は、その貴方が下げている銀色のタグ――〝判定者としての証〟――を彼らが身につけていなかったことにあります」

 目の前の眞白が、望の握りしめていた手をそのか細い手で指さした。

「これ、か……。冗談かと思ったけど、あのゼウスの言葉はやっぱり本当だったのか……」

 何の気なしに呟く望の頭にゼウスの言葉が思い起される。


『――失くした者は、私自らじきじきにお前たちの世界を消してやる』


 望は再びその言葉を思い出した途端、ぶるりと身体が震えた。

(あの時、相川に奪われていたなら……)

 望がそう考える一方で、あの時聞こえてきた声は一体何だったのだろうかとも思った。

(まさか、眞白が何かしたのか?)

 ふとそんな考えが望の頭を掠めた。しかし、望は瞬時に「眞白犯人説」という可能性を消し去った。

(あの声は、確かにこのタグから聞こえてきた気もするし……。それに……)

 眞白は〝先ほど来た〟と言っていた。

 本人が嘘をついている可能性も否定できないが、その可能性は低い。眞白のような目立つ存在が(あの時も含めて)一日中いるならば、それこそ学校内で噂になっていなければおかしい。

「ちょっと聞いてもいいかな?」

「答えられる範囲内ならば」

 眞白の言葉に頷きながら、望は今日の出来事を語った。相川から暴行を受けたこと、死ぬかもしれないと思った時に聞こえた声のことを。語っている間、眞白は望に訊ねることもなくただ黙って望の言葉を聞いていた。

「――ということなんだけど、これってどういうことなの?」

「……左様ですか」

 一通り語った望は、眞白の顔を見つめた。眞白はただそれだけ言うと、その深く蒼い目を閉じて静かに告げた。

「それは〝絶対遵守ルールブック〟と呼ばれるモノ――この撰択の儀におけるルールの一つです」

「やっぱりか」

 望は手を頭の後ろに組んだ。もともと予想していたことの一つだったため、今さら驚くようなことではないな、というのが望の正直な感想だった。

 それに、望は『諦めていた』のだ。

 タグを見た時や相川に殴られ蹴られた時に?

 死を覚悟した瞬間に聞こえた声を耳にした時に?


 いや、もっと前から。

 ――仕方がない、と。


 撰択の儀の判定者として、ゲームの参加者に登録(エントリー)されてしまったことに、だ。

「詳しいルール等は本日ですが……貴方がその時に聞こえた声というのは、そのタグからのものでしょう」

「これが? あの声はこのタグから聞こえてたのか」

 望はシャツからタグを取り出した。西日を受けてキラキラと光るそれは、他の人から見れば単なるシルバーアクセサリーにしか見えない。

「はい。判定者に選ばれた者は〝絶対遵守〟によって、生命の危機に瀕した場合ありとあらゆる手段(・・・・・・・・・)によってその命が守られます。理由は――」

「判定者がいないと『撰択の儀』が行えないから、だろ? ……でも、それだったら他の人間を選んでしまえばいい話だと思うんだけど?」

 眞白の言葉に望が続いた。指摘された眞白は少しばかり驚きながらも「確かにそうかもしれませんね」と一拍置き、口を滑らせる。

「いえ、判定者の任命は〝撰択の儀(センタクノギ)〟の進行上、一度きりしか行われません。理由はこの『撰択の儀』は、開始されれば誰も手を加えることができないからです。ゼウスでさえも。もちろん、私にもできませんが。それに、もう一度最初から説明するのは時間の無駄でしょう?」

(確かにそれもそうか)

 参加者を変えることを「時間の無駄」と切って捨てた眞白の言葉に、望は頷いた。他人が聞けば薄気味悪さを感じる言葉にも望はさほど嫌悪感を抱かない。

 理由を言えば「もう麻痺したから」と言ってしまえばそれまでだったが、望はこの『撰択の儀』自体が効率的かつ合理的に行われていることを感じたからだ。

 何度も何度も判定者が選ばれるような事態は、説明する方にも労力と時間が必要だ。新しく選ばれた判定者に、そのつど一から説明するとなると、その分全体の運営(・・)に支障が出る可能性もある。

 これもゼウスの好きな〝効率的な管理〟のうちの一つなのだろうと望は納得した。

「ふーん……なるほどね。でも、惜しいなぁ……」

「はっ?」

 望が残念そうに呟く。その声が意外だったのか、眞白は半ば閉じていた目を見開いて、目の前の少年を見つめた。

「えっ? ……あぁ、いや。身を守ってくれるっていうのは、勿論嬉しいんだけどね。だったらもうちょっとタイミングが遅かった方が(・・・・・・)よかったかなぁ、って思っただけ」

「お、遅い方がよかったって……」

 歯切れの悪い眞白に、望の口の端がわずかに持ち上った。

「いや、もう少ししたら、さ。確たる証拠が集まるんだよ。相川聡史を僕の手を汚さずに、社会的に抹殺できる証拠がね」

「しゃ、社会的抹殺……ですか」

 くすくすと「ちょっと言葉が荒っぽいけどね」と付け加えながらも、そんなただならぬ言葉を吐いた望。にもかかわらず彼の表情は、言葉とは対照的にくすくすと笑っていた。望の手が机の上にころん、と胸ポケットの中のものを転がした。

 細長い棒状のそれは、ICレコーダーだ。望は机に置いたレコーダーを摘み上げ、それをひらひらと目の前で揺らす。

「僕には〝力〟がない。武道に関することもやったことがないし、マンガやアニメのように、魔法とか超能力もあるわけじゃない。ハッキリ言えば、僕はそこいらの一般人と変わらないんだよ。ゲームで言えば『村人A』っていう端役の端役だ。今を変えようと思うのなら、(ココ)を使うしかないんだよ。だから僕をイジメる奴等には制裁を、って思ってね。だいたいの証拠も揃ったことだし、そろそろ校内放送でドカンと流して、同時に報道関係者に告発しようかとも思ってたんだけどね。う~ん、これじゃあ中途半端になっちゃったなぁ……」

 眉根を寄せ、どうしたものかなぁと腕を組みながら考える望を、眞白はまじまじと見つめていた。

「貴方は、『イジメ』があるから『絶望』していたのでは? だから死んでしまいたいと……。そう思っていたのではないのですか?」

 おそるおそる眞白は訊ねた。

 望はくすくすと笑いながら、照れたように頬を掻いた。眞白の言葉に、望は顎に指を添えつつも、何かを思い出すようにさらりと語り始めた。

「別に相川達アイツらのことがあったから、絶望していたんじゃないんだよ」

 まるで思い出話を語るかのような、そんな軽い口調だった。普通の人間なら、イジメという陰湿極まりない出来事に絶望する。

 しかし、眞白から見れば、目の前の少年はそんな事態をむしろ愉しみ、遊んでいるかのような印象がしたのだ。

「僕はね、特に『イジメ』なんて最初からどうでもいいんだよ。まぁ、イジメられて喜ぶ奴なんているはず無いと思うし。もっとも、いたところでヤバい薬をキメたか、それとも度し難いほどのマゾなのか……。それは分からないけど」

「は、はぁ……」

「僕はもっと前から、この世界とそこに住まう人間――いわゆる《現実(リアル)》ってヤツに絶望しているんだ。ただ、イジメていた奴等には、それなりの対価を支払ってもらうまで……だけどね」

 そう言いながら、望はICレコーダーを再びポケットにしまい込んだ。その表情は、まるでイタズラが発見されてしまった幼い子供のようだった。

「……話を戻してもよろしいでしょうか?」

 眞白が望の話に若干呆れつつ、強引に話を戻した。

「あぁ、ごめんごめん」

 望は、ゼウスを始めとする『撰択の儀』を運営する者達の考え方が好きにはなれなかった。

 しかし、関わってしまった以上、望にはどうしようもない。

(まったく、面倒なことこの上ないな……。この世界も、この『撰択の儀(めんどうなゲーム)』も)

 望は手のひらの上で光るタグを見ながら、追求することを諦めた。



「消滅した二四七の世界。それは自身の判定者としての責務を放棄したとみなされた者の人数でもあります。彼らは目が覚め、タグの存在を確認しながらも、あえてそれを放棄したのです。ゼウスから忠告があったにも拘らず……」

(まぁ、言いたいことは分かるけどね)

 眞白は(若干訝しげな表情を浮かべてはいた物の)淡々と事実を告げた。一方望の方は「どっちの言い分もわかる」とでも言いたげな苦笑をただ浮かべるしかなかった。消えていった彼ら(または彼女ら)の心情が分からない訳ではなかったからだ。

 自分もあれが夢ではないと知ったとき、正直に言えば笑って何事もなかったかのように自分の世界に戻りたかったのだ。そんな自分が消滅した世界の人々に向かって何を言えるのだろうか。

「その結果、彼ら彼女らが住まう世界が消滅し、約二千三十億もの《人》という種が滅びました。……あぁ、二四七という世界が消滅した割には滅んだ人間の数が少ないと感じるかもしれませんね。念のため申し上げておきますが、これは各世界ごとに総人口が異なるために起きた現象です。例えばある世界では総人口一〇〇億ですが、別の世界では総人口が一億というように」

「そう、だとしても……。そんな数ものヒトが、たった一日で……」

 眞白から突き付けられた事実に、改めて望の喉がゴクリと鳴った。実際に判定者として『撰択の儀』に臨んでいた人間は二四七名。たったこれだけの人間(とは言ってもそれだけで十分驚くに値する数ではある)が消えた代償としてはあまりにも重い、と断言できるだろう。

「ゼウスが言ったように、判定者には世界の生死を左右するほどの大きな役目があるのです。そう簡単に放棄されれば、こちらとしてもそれ相応の対価を支払ってもらう必要があるのは言うまでもありません」

「ちなみに、だけど……。『世界の消滅』ってどのように行われるものなのかな?」

 淡々と出来事を告げていた眞白に、望はぼそりと付け加えるように訊ねた。ぽろりと出た言葉に意味はない。ただ喉に刺さった骨のようにわずかばかりの興味が湧いただけだ。

「それは様々でしたね。私も直接は関わっていないため全てを知っているわけではありませんが……。ある世界では人間同士の世界大戦の結果滅んだものもありますし、また別の世界では異常気象と環境の変化によって、さらには巨大隕石の落下によって……と様々です」

「な、なるほどね……」

「ゼウス曰く、『どの世界も一様に混乱と怨嗟の果てに滅んだ』と。……そう言えば、消滅を迎える世界を見ていた際、泣きながら『神よ、どうしてこのような仕打ちをなさるのか!』と叫んでいたある世界の住人に、ゼウスは後でこう言っていたようですよ」

 眞白はその時のことを思い起こしながら、笑うこともなくただ目に映っていた光景を解説していった。


『そんなことは神に訴えることじゃない。そのような事態を引き起こした判定者に向かって言う言葉だ』


 聞いた瞬間、望は訊ねた自分にありったけの後悔が押し寄せていた。想像すればするほどに、悪趣味な光景しか浮かばない。身体中にじわりと嫌な汗が浮かぶのを望は感じていた。 

「まぁでも、この世界には関係のないことですし。そもそも心配は要りません……。全体から見れば、せいぜい〇・一七%ほどの世界が消滅したに過ぎないのですから」

 微笑みながら告げる眞白に、望は背筋が凍りついた。その言葉の内容に、ではない。

 望には、眞白の姿を通して、ゼウスが語りかけてきているように感じられてならなかった。


 ――お前は世界に選ばれた。消すも残すもお前次第だ、と。

 そして同時に、

 ――お前はもう、逃げられない、と。


 事実を告げられ、改めて自分の身に突き付けられた責任に、望は押し潰させそうになった。勘弁してくれ、と望は切にそう思った。

 肩を落とし、やれやれとため息をつきながら呟く。

「僕は英雄じゃない」

「はい」

「僕はただの高校生だ」

「はい」

「僕には何の力もない」

「はい」

「なのに……なぜ僕が選ばれた?」

 一瞬の静寂が二人を包む。目の前の少女はただ笑って、


「――さぁ? 知りません」


 残酷とも思える言葉を望に投げつけた。

 告げた言葉が望の身体をぐちゃぐちゃと掻き回す。言葉は鋭く身体を切り刻み、笑顔が現実を引き裂いた。

「鬱だ。……もう激しく鬱だ」

 テンションはだだ下がりで、最低ラインを割り込んでいるのは間違いないと望自身分かる。

 気づけばオレンジ色の夕日は沈み、空は暗い闇に覆われていた。


 眞白と別れ、夜の闇が次第に濃くなっていく空を背に、望は家路を歩いた。帰ってもいつものように誰もいない家。望は静寂が降り積もる家の扉を静かに開けた。

「今日はこれか」

 テーブルの上に置いてあった僅かばかりの現金を見やり、出前ピザを頼んだ。望の夕食は主に二種類に分かれる。コンビニ弁当か、出前を頼むかの二つに一つだ。

 望も料理はできるが、滅多にその腕を振るわない。自分一人のために、時間をかけて料理するメリットが見つからないからだ。「おふくろの味」などというものは、すでに記憶の彼方にあり母親の料理がどんな味付けだったのかも分からない。

 気づいたころには、毎夜テーブルの上に並ぶものがコンビニ弁当か店屋物などという何とも健康に不安を覚える食生活だった。

「まぁ、手早く終わるからいいけどね」

 届けられたピザを静かに食べながら、ふと「今度久しぶりに料理をしてみようかな?」などとそんな考えが浮かんだが、すぐにその案を却下した。

 風呂に入り、ベッドで寝る。――変わり映えのしない、いつもの行動。いつもの生活。

 しかし、ベッドに入り、一度意識が途切れまた意識が覚醒する――……。

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