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003

「撰択の……儀?」

 無意識に声が出た。

(選択? 何を?)

 疑問が渦巻く望に、カチリカチリと音が聞こえてくる。

 カチ……カチカチ……。カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ……。

 突如、白い世界が姿を変えた。

 部屋の模様はガラガラと変わり、機巧屋敷のように歯車や発条(ゼンマイ)が姿を現す。

「な、なんだ? ど、どうなってるんだ?」

 まるでコマ送りの映画を見ているように部屋が姿を変えていく。

 やがて、音が静まったかと思うと、

「ここは一体……」

 そう呟く望の眼前には、薄暗く巨大な空間が広がっていた。


(ひ、広い……)

 それは望が通う学校の体育館の比ではないのは明らかだった。頭上に広がるであろう天井ははるか遠くにあり、望の位置からはその姿すら見えない。しかも、部屋は目の前だけ透明のガラス張りの状態で、外が透けて見えた。上下左右と後ろは白いままだったが、ガラスのような透明板を挟んで目の前に広がる光景が自分の立ち位置を教えてくれた。

「あれっ? これって……ブース、なのか?」

 ふと、そんな単語が望の口をつついて出ていた。カラオケボックスにも似た、その狭い空間は、誰もがそんな印象を抱くのに十分な代物だった。

(しかも、一つじゃないのか)

 同じような(はこ)がふわふわと浮かんでいるのがまず目についた。体を前のガラスに張りつかせると、白い匣が幾千、幾万も同じ空間にひしめきあっているのが見えた。

「これより〝撰択の儀(センタクノギ)〟を執り行う」

 どこからか低い声音を持つ男の声がこの広い広い空間を駆け抜け、無言の圧力をかけていった。

 続けて。

「撰択とは、即ち可能性の数であることと同義だ。この儀式では、ここに集まった者同士で互いに相手の可能性――つまり世界を奪い、消し、可能性という名の存在そのものを〝撰択〟してもらう儀式である」

 望の背筋が凍りついた。いや、正確に言えば、「凍りつく」という表現では言い表せないほどの〝恐怖〟が身体中を這い回った。

(今……コイツは何て言ったんだ?)


「世界を――消す?」


 望には、聞こえてきた言葉が信じられなかった。だから、繰り返した。

 言葉として吐きだしてすぐ、「なぜ、どうして」と頭の中が疑問で圧迫された。ちくりと頭が痛んだが、今は頭痛にかまっていられるほどの余裕はなかった。

 突如として駆け抜けていった声に弾かれるように、ブースから次々と質問が寄せられる。

『目的は何だ? なぜこんな事をする!』

『どうして私なんだ? 選ばれるのならその基準は何なんだ?』

『相手の世界を消すなどと、どういった理由で成立するんだ!』

 渦巻く質問にはすでに質問でもない「早く帰せ!」などといった文句をつける者もいた。


「――お前等は目の前にいる人物が何者なのか、分かって言っているのか?」


 先ほどと同じ男の声が、空間を支配するように響き渡る。望は渦巻く思考を断ち、目の前に広がる空間をじっと見つめた。目の前は先ほどまでの白い世界とは異なり、暗い闇が広がっている。その隙間に隠れるように巨大な人間の足――正確には、望がいる部屋よりも大きな人間の足の親指が一部顔を出していた。

「う、嘘だろ……?」

 望は目の前に巨大な人間がいるのだと、その時ようやく認識できた。

 その巨大な人物は目の前に広がるいくつもの(はこ)を眺め、今まで望たちと会話をしていたのだ。同時に巨大なモニターが現れ、中心に男の顔が映し出される。


「――我が名は『ゼウス』。全ての世界を司り管理する……〝神〟と呼ばれる存在である」


「…………はっ? か、神様…………?」

 非現実的とも取れる発言の内容と飛躍に、時が止まった。

(冗談にしては突飛過ぎるだろ……)

 望の頭で夢と現実を測っていた天秤は『夢』という方向へ、大きく沈みこんだ。

目の前の巨人はそう名を告げたのだ――〝神〟と。自らを神と名乗った男は、望のことなど気にも留めずに続けた。

「原初、この星は一つに集約されていた。私の役割は『私が創造した星を、世界を管理すること』だ。しかし、ほんの気まぐれで造った人間はその行動、選択を多岐に渡り創造させ、世界は細分化しやがて無数の可能性とともにその姿形・行動さえも点でバラバラなものになってしまった」

目の前に立つ巨人――ゼウスは自分の行為を嘆くようにそう述懐した。

「並行世界――言葉ぐらいは聞いたことがあるだろう?」

「並行、世界……」

 望はゼウスの言葉に乗るように、記憶の海から単語を引っ掛ける。

「聞いたことがある。確か……」

 望は呟きながら、言葉の意味を記憶の海から引っ張り出した。

 並行世界――パラレルワールドとも呼ばれるその言葉。それはある世界、または時空から分岐し、それに並行して存在する別の世界、時空を指す。

「そうだ。まったく、人間よ。お前たちは色々と知恵を付け過ぎた(・・・・・・・・)。行動を選択し、最適なものを自分で選ぶようになった。その結果、『選ばれなかった可能性』は静々とその可能性を伸ばし続け、今日のような多種多様な世界が並行して息づく星となってしまったのだ」

 その言葉を聞き、望の頭の中にある疑問が浮かび上がった。

「でも、どうして僕達を集めた? 別にそんな多種多様な世界が並行して息づいていたとしても別に問題はないはずだろう?」

 望はゼウスに問いかけた。ゼウス――かつて星を創造し、人間をも創造した全能神。全能である彼がいるならば、別に世界が並行していても問題はないはずだからだ。

「フッ、フハハハハ……」

 望の問いにゼウスは笑った。モニター越しに初めて見るその笑みは、どこか皮肉が込められているように感じられてならなかった。

「確かにそうだな。すべて私が管理できれば問題はない。しかし――明らかに度を越しているのだよ。分かるか? ちっぽけな人間どもよ……。

私のちょっとした気まぐれ(・・・・・・・・・・)で造った、『ヒト』と呼ばれる存在……。お前達は、次第に私の手を離れ、『好き勝手に世界を創造し始めた』。……結果がこれだ」

望の目の前にあったモニターが静かに切り替わった。ゼウスの視点から捉えた映像なのか、モニターには広大な空間に所狭しと並ぶ、小さな匣が埋め尽くされていた。

目の前に映し出される幾百、幾千もの(はこ)――可能性の世界。

「これが全部……世界?」

その光景は、望には到底受け入れることのできないものだった。


「――世界がありすぎる(・・・・・)


 ゼウスの言葉が静かに沈殿する。薄暗い空間に浮かぶ(はこ)は、夜空に煌く幾億もの星のように見える。一種幻想的な光景に誰もが目を奪われるかもしれない。

 ただ一人を除いて。

「これほどまでに膨れ上がってしまうと管理などできるはずもなかろう。神だ全能神だと言われてはいるが、どんなものにも〝限界〟があるものだ。これほどまでに増えた無数の世界を、どうやって隅々まで管理しろというのだ?」

(確かにその通りかもしれない)

 ゼウスのもっともな正論に、望はすぐに反論することができなかった。


「無限の可能性? 秘められた自分の可能性だ? 可能性の分だけ世界がある……だとォ! ふざけるのも大概にしろ!」


 ゼウスが吠えた。

 凄まじい怒りがこもっているのか、雄叫びにも似たその声は、匣の壁をビリビリと揺れ動かせる。

「人間よ、もう一度問おう。お前たちにこれほどまでに膨れ上がった世界を纏める事ができるのか、と。自らの世界もろくろく一つに纏められない者が、どうしてこの幾百幾千もの世界を纏められるというのだ?」

(ぐぅの音も出ないとはこのことかなぁ……。いや、まぁ別に出そうとは思わないけど)

 自分が生きる〝世界〟では今日も国々が戦争し、いがみ合い、衝突し、泣き喚いているのが現状なのだから。

 あれほどまでに喚いていた他の匣――望とは異なる世界の住人たちもようやく現状を理解したのか、その鳴りを潜め周囲には静かな帳が降りていた。

「これほどまでに増えてしまった世界……。その原因である人間を、全て一度に消すことはできない。なぜなら、人間と世界、全てを消してリセットすることは、もはや管理とは呼べないからだ。また手間がかかることであり、効率的(・・・)とは呼べないからな」

 ゼウスの言葉が静かに耳朶を打つ。

 〝人間を消す〟〝管理効率〟――その言葉はねっとりと粘つく生き物のように、望の身体を這い回って消えていった。

「そこでだ。私は各世界から選ばれた人間に残るべき世界を『撰択』してもらおう、と考えた。二つの世界をペアとし、その世界から選ばれた人間が相手の世界を消すか、残すかの『撰択』をするのだ。そして選ばれた人間というのが……今、匣の中で私の声を聞くお前達人間というわけだ」

 望は生唾を飲んで聞いていた。世界を消すか、残すか――。

 それを自分の決定次第で、世界とその世界に住まう人間の行く末を決めることができるのだから。

「ここで、一つ注意事項だ。選ばれた人間――そうだな……仮に判定者と呼称しようか。判定者は決して自分の世界を判定することはできない。できるのは、ペアとなった相手の世界についてのみだ。判定者とそのパートナー以外の判定者からの介入・干渉は一切許されん」

「判定者は相手の世界について選択するのみ……」

 望はゼウスの言葉を噛み締め、ゆっくりと反芻する。ゼウスから与えられたルール。

 これが絶対のルール。

「さて、続いて『撰択』の方法だが……端的に言おう」


「――世界を残したいのなら、相手の判定者を殺せ」


「なっ――!」

 望の息が詰まった。喉仏が静かに上下し、手のひらにじっとりと汗が滲んだ。

(相手を殺す? ――僕が?)

「つまり、〝自分が生き残りたいのならば相手の判定者を殺せ〟ということだ。仮に殺された場合、世界もろともその判定者の存在はその瞬間消え去る」

 ゼウスの言葉が静かに空間を響き渡る。神の声は絶対の力を持って(はこ)の住人たちへと注がれていった。

「自分が絶望しているのならば、自殺して相手とその世界を救うということも考えられる」

 望がゼウスを見やる。匣の位置からはゼウスの顔を見ることはできない。

 しかし、放たれた声が望にある一つの選択肢を与えてくれたのは間違いなかった。

(――そうだ。僕自身、願っていたじゃないか)


 ――目の前の現実なんてクソ喰らえ、と。


 いつも《現実(リアル)》に絶望していた望にとって、ゼウスの言葉はどこか救いのように感じてならなかった。

「だが、本当にそれでいいのか?」

 ゼウスの言葉が望を引き戻す。その言葉はまるで預言者のように確信に満ち、うっすらと笑いを浮かべているように思われた。

「ならば、それも一つの『撰択』だ。私としてはこの〝撰択の儀〟が滞りなく行えれば書れで良いからな。……ただし、実行する前に一言告げておこう。お前に自分の世界に住む人々、全ての人生を背負える覚悟があるのか? とな」

 その言葉が望の臓腑を抉るように、無慈悲に身体に突き刺さった。


(――背負えるのか? 世界の、全ての人々が持つ人生を? 僕が)


 世界が消えて欲しいことは願っていたことだ。そうすれば相川たちからの陰湿なイジメに絶望していたことからも、愛情を傾けようとしない両親からも、いつも付き纏っていた孤独感や寂寥感からも解放される。

 そういった意味では、望にとっては全てをなげうって本当の意味で楽になれる気さえした。

 しかし――

「無理だ。……無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ……。そんなこと覚悟とかそんなレベルじゃない」

 望は自身に襲いかかる重圧にがっくりと膝を落とし、目の前のガラス板に手をついた。この時、望は初めて自分に与えられた立場とその責任に向き合った気がした。

 これはテレビで流れるニュースや新聞で目にすることじゃない。

 簡単に『自分に関係ない』と言い切って済まされる事じゃない。

 拒否して投げ出すことも、逃げ出すことも決して許してはもらえない。

 コーヒーをすすりながら『現地にいる人は大変だなぁ』などで済まされることじゃない。

「ふざけるなっての……。何で僕がこんな重責を負わなきゃならないんだよっ!」

 気づけば、望はギリギリと臓腑を締め付ける痛みに抗うように、目の前の壁に拳を叩きつけていた。

 自分一人ならもろ手を上げて喜んだだろう。なぜなら、望は世界と人間に絶望していたのだから。

 しかし、ゼウスが決めたルールはそれを許さなかった。ここにはいない、望以外の生者も道連れなのだ。彼らが、まるで呪詛の言葉のようにその腕を望へ絡みつけ、締め付けた。


「最後に、私から君たち判定者(えらばれたものたち)へのプレゼントだ」


 望のことを無視するかのように、ゼウスが指を鳴らした。ばちんと鳴らされた轟音と共に、目の前に銀色の鎖とそれにつながれた小さな板が目の前に現れた。

「これは……ドッグタグ、か?」

 ドッグタグ、もとい認識票――がふわりと浮かんで望の首にとりついた。

「それは君たちが〝判定者〟としてこの『撰択の儀』に参加する証でもある」

 ゼウスの言葉をゆっくりと噛み締める様に、望は受け取ったドッグタグを見つめた。


 ――世界番号:一〇七七 個体識別名:希坂望。


 装飾も何もない、ただの平板の銀色のタグに刻まれた文字を望はじっと見つめていた。

 そこには、世界番号――これがこの空間を埋め尽くす(はこ)であろう世界の番号と、そして選ばれた人間――判定者である自分の名前がしっかりと刻み込まれていた。

 そのタグを見ていると、『お前はもう逃げられない……』と、そんなことを言われているように思えてならなかった。

「……いいか、これだけは言っておこう。この儀式は正式に執り行われた。何人たりとも放棄することはできない。許されない。もし、それを失くした者、逃げ出した者が現れたならば――」


「――私自ら、直々にお前たちの世界を消してやる」


 ガツン、と金槌で頭を叩かれたかのような衝撃が全身を貫いた。

 目が覚めればいつものように全てが元通りで、いつものように恨めしい太陽が昇っていて、「あぁ、あれは確かに夢だったんだな」と望は思いたかった。というか、今すぐにでも投げ出したいと思う望だった。

(これって政治で何とかなるレベルをはるかに超えてるだろ?)

 望は呻くように、ガリガリと頭を掻いた。

「実際にペアとなる相手のことなど、詳細なことは追ってまた集まった時に行うこととする。本日はこれまでだ。――以上をもって、『撰択の儀』第一段階がつつがなく終了したことをここに告げる」

 ゼウスの終了を告げる言葉が、遠く遠く響いて行く。

「あぁ、これは夢なんだ」

 無意識のうちに、そんな言葉が口をつついて出ていた。

 ゼウスの言葉を聞くと、すうっと望の意識が遠ざかっていった。遠のく目の前の光景と暗闇に包まれていく意識の中で、ちらりと望の方を覗きこむ眞白の姿が視界に映った。

 こちらを見やる眞白の顔。その口元がふっと緩んでいた。

「希望よ、さようなら。そしてこんにちは絶望――」


 眞白の言葉に縋りつこうとするように、ゆっくりと望の意識が今度こそ闇に引き込まれていった。



 ジリリリリリリリリ――。


 望は頭上で朝を告げる目覚まし時計に、ゆっくりと手を伸ばした。望は今日も今日とて巡り続ける朝にうんざりして、

「朝……か」

 窓から差し込む陽光をちらりと見やり、ぼやくように呻いた。

 寝覚めは超が付くほど最悪だった。身体はシャキッと動かせるが頭はぼんやりとしていて、気分も今まで目覚めた中で一番悪い。加えて、なんだか胃の辺りがムカムカしていた。

「何であんな夢を見たんだろう」

 寝間着姿のまま、部屋を出て洗面台へと向かう。相川に殴られ蹴られ、ところどころに青痣が目立つ身体を引きずりながら、望は昨夜見た夢を思い返していた。

(思い返せば思い返すほど嫌な夢だったなぁ……)

 突然匣(はこ)に押し込められ、告げられた〝判定者〟としての役目。

 それに――


 〝撰択の儀〟の内容――。世界を残すか消すかの撰択。


 自分の世界を守るためには相手の判定者を殺さなければならない。

 逆に、自分の世界を消すこともできるが、世界の全ての人間の人生を背負うことになる。

(うぅ……思い出すだけで吐きそうだ)

 反射的に望は口を押さえたが、幸いにもベッドの上に吐瀉物の残骸が残っていなかったことが一つの救いだった。

「いっつうううぅぅぅ……」

 ベッドから起きると、ズキズキと筋肉痛にも似た痛みが身体を襲った。服をめくると、腹や足に大きな青痣ができていた。

 身体のあちこちで悲鳴を上げる青痣に鞭打ちながら、やっとの思いで洗面台へとたどり着いた。すでに痛みで眠気は吹き飛んでいた。

 起きてみて分かったが、着ていた服は寝汗でぐっしょりと湿っていた。そのせいか身体が重いように望は感じた。枷を嵌められた囚人のように歩く様子は、正直言って朝に見たい光景ではないな、と場違いな考えが頭をよぎる。

「シャワーでも浴びてすっきりしよう」

 ちらりと見えた風呂場の誘惑を素直に受け、望は手にしていた歯磨きセットを棚に戻す。

 時計を見ると、その針が午前七時前を告げていた。普段なら、歯を磨き終わって朝食の準備をしている時間だった。

 しかし、まったくと言っていいほど食欲が湧かない。

「あんな夢見たら、誰だって食欲なんて出ないよな……」

 ふつふつと湧いて出る夢の残骸を、望は頭を振って意識から追いやる。

 着替えを準備したところで、望はポケットに突っ込んでいた携帯電話を引っ張り出す。

「父さんは……泊まりか。母さんは、しばらく起きそうもない、か……」

 画面を開き、メールを見て両親の予定をチェックした。シャワーを浴びたるめ、朝食が遅くなることを事前に言っておこうと思っていたのだが、どうやらそれも杞憂に終わったらしい。

(まぁ、別に言う必要すらないのだけれど)

 今も両親の部屋の電気は灯されていない。そんな変わらない両親の姿に絶望しつつ、望は上着を掴んだ。

「うえーっ、寝汗でぐっしょりだ……。学校に行く前に洗た――」

 そこまで言って、ぴたりと言葉が止まった。

「な、なん……で……」

 シャツを脱いだ自分の胸に、あの時夢に出てきたものと同じドッグタグが揺れていた。


『世界番号:一〇七八 個体識別名:希坂望』


 タグに彫られた文字も、一字一句あの夢に合致していた。望の背中をヒヤリとした冷たい汗が伝っていく。


 ――本当ニ〝ユメ〟ダッタノカ?


 不気味な笑みを浮かべた誰かが、そんなことをかすれるように望の頭の中で呟いた。

「う、嘘……だろ?」

 目の前の鏡を見ながら、これでもかというほどそのドッグタグを見つめ返す。

『相手の判定者を殺せ』

『それは君たちが〝判定者〟としてこの『撰択の儀』に参加する証』

 望の頭が高速回転し、夢の断片を脳内に映し出す。

 白一色の世界。

 自分を先導した名を持たぬ少女――眞白。

 夥しい数の匣。

 匣という幾億もの《世界》を見下ろす全能神、ゼウス。

 そして……告げられた〝撰択の儀〟という理不尽なゲーム。


「――あれが全部……現実?」


 うなだれる望の横で刻む時計の針が、嘲笑うかのように淡々と世界を回していた。

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