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スガル、サンジを奉献する

 それからしばらくして。

 ミカドは臣下からスガルが帰還したとのしらせを聞き、すぐに大安殿おおやすみどのにて、スガルに会うことにしました。

 大安殿とは、宮中にて帝がまつりごとや重要な儀式を執り行ったり、使者や臣下が帝に拝謁する、とても大切な場所です。

 そこにある玉座からは広々とした外……朝庭ちょうていの様子が見渡せます。


 大后を連れて、奥から現れたミカドは威厳のある物腰で、玉座にお座りになりました。

 大后はその斜め後ろに控えます。

 ミカドの周りには臣下たちがずらりと勢揃いです。


 ミカドは顔を上げて、スガルがいるであろう朝庭をご覧になりました。


 ――そして、びっくりして、体が固まってしまいました。


 朝庭にスガルはいました。

 しかし、予想だにしていなかった者達もいたのです。

 それは――数え切れないほどの小さな子供達でした。


 いえ、子供というにもまだまだ幼い、生まれたばかりの赤子あかご嬰児みどりごたちです。

 嬰児達は、総動員されているのであろう、宮中の侍女や文武百官、そして兵に抱きかかえられています。

 皆、困惑した顔をしておりました。

 スガルは絹作りを始めるために、使いに出されたことは今では宮中の誰もが知っていることでしたから当然です。


(これはいったいどういうことなのだ……)

 最初にびっくりし、そして戸惑っていたミカドは、しだいに怒りがこみ上げてきます。

(絹作りをしようというのに、嬰児を連れてきてなんとするッ)

「あなた」

 後ろから聞こえた大妃の声にミカドはハッとしました。

「落ち着いてください。と、とにかくスガルが何を話すのか待ちましょう」

 大后に小さな声でそっとそう言われ、ミカドはとりあえず、スガルが何を言い出すのか、待っていました。


 が、嬰児の一人が、むずがり、声を上げて泣き始めてしまいます。

 それをきっかけに他の嬰児たちもわんわんと泣きはじめました。

 あまりの喧噪けんそうに、平静を装っていたミカドの頬や眉がぴくぴくと動きます。

 周りにいた重臣たちもざわざわと落ち着かない様子になりました。


 たまらずミカドは耳をふさぎながら先に口を開いてしまいました。

「ス、スガル。うるさい」

 それを聞いて、ひざまずいていたスガルは朗らかに笑いました。

「ハッハッハ! そりゃあ、赤ん坊は泣くのが仕事ですからなぁ。元気がある証拠です」

 スガルは得意満面で、一度立ち上がり、ひしめく嬰児達を眺めてから、再びひざまずき、こう言いました。

「仰せの通り、国中を回りまして、産児さんじを集めて参りましたっ。謹んで奉献ほうけんいたしますッ」

「ふむ」

 涼やかな声でミカドは頷き、何処か遠い目で晴れ渡っている青空を見つめました。

(あーもう、こやつ、どうしてくれようか)


 しばしミカドは考えました。

 スガルは、『サンジ』という言葉の意味を取り違えてしまっていたのでした。

 宮中祭司たるスガルは知恵もあり、また大変な力持ちでもあり、何をさせても仕事のはやい帝の優秀な部下ですが、うかつでそそっかしいところもありました。

 しかしまさか、こんな勘違いをするとは思ってもいなかったミカドは、どうしてやろうものかと、スガルをじっと睨みます。


「………………時にスガルよ」

「はいっ」

「わたしはシラカを通してこうも伝えたはずであるな? “【絹の衣】を作りたいから、【蚕児さんじ】を集めてこい”と」

「はいっ。ですからこの勅命をいただいた時、わたしは心底感動いたしました」

「は?」

いにしえより、優れた良き帝は、かいこを重んじるといわれています。それは我々の大切な食料を生み出したとされる女神オオゲツヒメが、五穀ごこくと一緒に蚕を生み出したとされることからもあきらかでございますっ」

「お、おう」

「すなわちっ、王の中の王たる帝は土を耕し――つまり国土を豊かにし――帝の妻であらせる大后様は機織りをして蚕児の糸から絹織物を作り出すことで、民に人の営みの見本をしらしめし、国の安泰を図る……ということでございましょう? このような素晴らしきことをお考えになるミカドにお仕えできて、スガルは本当に幸せ者でございまする」

 

 あながち間違ったことは言っていないので、ミカドはどう言っていいかわからなくなってしまいました。

 まわりの者達も、スガルの話に感心した様子で聞き入っているのですからなおさらです。

 

 しかし、そこまで蚕の糸で絹織物を作り出すこと――すなわち養蚕ようさんのことを知っておりながら、なぜに『さんじ』という言葉のあやで、蚕児と産児。つまり、虫の蚕と人間の嬰児を取り違えてしまうのか、ミカドはそこだけが当然ながら納得できませんでした。

(こやつは、馬鹿なのか。それともわざとなのか……)


 そんなミカドの心中を知るよしもなく、「さらに!」とスガルはきりっとした表情で話を続けます。


「さらにですよ! このご命令を伝えるのに、おんみずからの御子みこであらせますシラカ様をわたしへとお遣わしになったことで、わたしはミカドの聡明そうめいかつ慈悲じひに満ちたお心に、二重の感動を覚え、身をふるわせたのでございますっ」

「ほう?」

「すなわちっ! なぜゆえに『かいこ』というわかりやすく、意味を取り違えるはずもない言葉を用いずわざわざ『さんじ』という言葉でもって命を発せられたかということでございますっ」

 まるで、“ちゃんとわかってましたよ”とでもいうような得意げなスガルの顔をじーっと見つめながら、とりあえずミカドは話の続きを聞くことにしました。

「今、ミカドの治世は平穏でございます。しかしながら皇位につかれる前は戦に次ぐ戦。地上は殺りくの嵐が吹き荒れておりました」

 重臣達がざわつきます。

 スガルの言う戦に次ぐ戦。

 殺りくの嵐とは、まさに、今のミカドが兄弟やいとこたちと血みどろの争いをしていた時のことをいっているのです。この時のことはみな、ミカドの前では決して口にしないことが常でしたので、スガルに重臣達はびっくりし、そしておののいたのでした。

 スガルはいったん言葉を切りじっとミカドを見つめます。

 ミカドもスガルをじっと見つめていました。

 そして、振り返って後ろに控えている大后をちらりと見ます。

 大后は祈るように両手を組んで、はらはらした様子でミカドを見つめておりました。

「……話を続けてみせよ。スガル」

「はい。国は豊かになりつつあるとはいえ、戦の傷あとはそこかしこにあります。この嬰児達もそうです。皆、戦のせいで親を亡くした子らや、生活の苦しさ故に捨てられた子たちでございます。御子であらせられるシラカ様を通じて『さんじ』を集めてこいと仰せになったのは、こういった子達に救いの手をさしのべ、育て、ゆくゆくは大后様の管理される土地にて、桑畑や機織りの仕事を任せるという計らいがあってのことだとお察ししたのでございます」

 そう言い終えた後、スガルは両手をつき平伏へいふくしました。

「うーむ」


 ミカドはしばらくの間、首を傾けて黙っていました。

 重臣達はちらりちらりとスガルとミカドを交互に見ています。

 あたりは嬰児達の泣く声だけが響き渡ります。

 やがて、ミカドは体とふるわせました。そしてくすくすと笑い始めます。

 ミカドの笑い声はだんだん大きくなり、嬰児達の泣き声に負けじ劣らぬものとなりました。

「はは、はっはっはっはっは! スガルよ、こたびの働きまことに見事であった」

 ひれ伏したままのスガルに、ミカドはこうも告げました。

「そうだな。お前には褒美を与えよう。これからは小さき子を連れてきた者として小子部連ちいさこべむらじかばねを名乗るがいい。今日からお前は小子部ちいさこべのスガルじゃ」

「ありがとうございますっ」

 本当にうれしそうに、スガルはそう言いました。

「あ、それと、その子らもお前に与えよう」

「ありがとうござ――え?」

 仰天してスガルは顔を上げました。

「大事に養えよ。ゆくゆくは養蚕や機織りを教えてやらねばならぬ、大切な子なのだからな。あ、それと」

 ミカドは玉座から立ち上がり、思い出したように付け加えます。

「戻ったばかりなのに心苦しいが、お前には追加で頼まれてもらいたいことがある。カイコだ。蚕をあつめてこい。よいか? わかっておろうが蚕とは“一度はう虫になり、一度は殻になり、一度は飛ぶ鳥になる奇しい、桑をはむ虫”のことだ」

「は、はい」

「あ、それから。当面すぐにでも養蚕ははじめたい。機織りもな。これらを得意とする者達も探し出し、集めてくるのじゃ。スガル、お前には期待しておるぞ」

「は、はいぃ……」

 そう言ってミカドは大安殿から、宮の奥へとお戻りになりました。

 大后はほっと胸をなで下ろした様子で後に続きます。 

 ミカドがいなくなると、臣下達はサッと立ち上がり、大安殿から退出していきました。


 後に残ったのはスガルと嬰児達と、嬰児を抱きかかえている兵や侍女達です。

「あ、あのスガル様。この子らを……その、どこに連れて行けばいいでしょう」

 侍女の一人がスガルにそう聞きます。

「……とりあえずは、わたしの家に」



 こうして小子部スガルは宮中の皆々に頭を下げ、頼み込み、また泣きすがって子供の世話を任すと、自らは大役を果たすため、ミカドの国や、他の国を駆けめぐりました。

 遠い遠い海の向こうにも行きました。

 そして見事、驚くほどの早さで、たくさんの蚕児……蚕と、養蚕や機織りを専門の職とする一族、秦氏はたうじを見つけだし、ミカドの元へ無事帰ってきました。

 ミカドは大いによろこびました。

 宮中の人々はスガルのことを随身肺脯ずいしんはいふ侍者じしゃとも呼び、肺や肝のように、ミカドにとってなくてはならない者だといって、たたえました。



 ……ところで、なぜスガルは牢に入れられていたのでしょうか。

 それはまた次のお話で。


 おわり

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