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スガル、サンジとってこい

 シラカ皇子は、ミカドや妃達や自分の住む場所であり、国の大事な儀式ぎしきまつりごとを行う場所などもある、大きくて立派な宮城きゅうじょうを出ると、宮中祭司きゅうちゅうさいしのスガルのいるところへ急ぎました。


 宮中祭司とは帝のお側につかえる神官しんかんのことで、神官とは本来神様をおまつりする仕事をする人のことを言うのですが、宮中祭司は、神官であると同時に帝の側近中の側近でもありました。

 

(でも、そんなスガルどのがなんで牢に入れられているんだろう)


 シラカ皇子は自分の母君ははぎみや周りの者に聞いてみたことがあるのですが、だれもがあいまいなことを言うだけで、教えてくれませんでした。


 やがてシラカ皇子は大きなかやぶき屋根の、どっしりとした建物までたどり着くと、中に入っていきました。


 建物の中は薄暗く、太い柱が立ち並び、その間にいくつもの穴が掘られていました。

 穴には木製の柵がふたをするようにかけられていました。

 この穴が、罪を犯した人を入れておく牢なのでした。


「お、皇子様。このような場所にお越しになって、いかがされたのです」

 牢の番をしていた男がびっくりして小走りにやってきました。

「おとうさ……ミカドの勅命でまいりました。スガルどのはどこですか」

「は……」

 

 戸惑いつつも番兵は皇子を一つの縦穴の前へ案内しました。


 穴の中には、スガルが姿勢を正し、全く身動きせずに目を閉じて、座っていました。

 シラカ皇子は声をかけるのをためらいました。

「寝ているのですか?」

 思わず小声になって、皇子は番兵に尋ねます。

「は……牢に入られてから食べ物も水も口にされず、ずっとあのままです」

「……本当ですか?」

 シラカ皇子はにわかには信じられませんでした。

 スガルが牢に入ってからもう何日も時がたっているはずです。

 シラカ皇子はしばし無言になって、スガルの様子を注意深く見つめました。

 スガルは服装にもみだれがなく、腰の帯や、動きやすいように衣服の手首や膝下の部分に付けられた手珠てだま足結あゆいもきちんとしていて、しかもひげも伸びていません。


 スガルは背の低い、小がらな体つきのひとでした。

 一目見ただけでは、男なのか女なのかわからない顔立ちをしています。

 皇子はなぜだが、父君ちちぎみから命令を受けて意気込んでいた気持ちがしぼんでしまいました。

 声をかけてはいけないような雰囲気がスガルにはあったのです。

 

 と、スガルが片目をちろりと開けました。

 見上げて皇子の姿を見ると、さっきまでの石像のように動かない様子はどこへやら。慌てた様子で口を開きました。


「シ、シラカ皇子様、ここは皇子のようなお方の来るところではありません。はよう宮城にお戻りください」

 スガルの声は高くもなく低くもなく、どこか小さな子供を思わせました。

「い、いえスガル。わたしはミカドのご命令をあなたに伝えに来たのです」

 シラカ皇子がそう言うと、スガルの顔にさらなる変化がありました。

 驚き慌てふためていたのから一転、しゅんとしてうなだれてしまいます。

「ミカドのお怒りに触れたわたしは、もうケジラミ一匹ほどの価値もない男です……そんなわたしに一体どのようなご用命を?」

 そう言われて、シラカ皇子はミカドの命令を伝える前に、ふと疑問に思っていたことをスガル本人に聞いてみたい気持ちになりました。

「あ、あのー。聞いてみたいんだけど、なぜスガルは牢に入れられたのですか?」

「へ?」

 なぜそんなことを聞くんだ? とでもいう風に、スガルは首を傾げました。

(ころころとよく表情が変わるひとだなぁ)

 幼いながらも、シラカ皇子はスガルのことをそう思いました。

 当のスガルはそんな皇子の心内を知るはずもなく、あっけらかんとして質問に答えようとします。

「知らないのですか? あのですね、ミカドと大后様が宮中の大安殿おおやすみどので――」

「あー! あー! あー! スガル様っ」

 番兵が慌てた様子で、二人の会話に割り込んできました。

「? なんです?」

 怪訝な顔をするスガルに、番兵は呆れたような困ったような顔をしてこういいました。

「そのことをお話しするのは、どうかと、まだその、えー、皇子様は」

「わたしが、なんです?」

 シラカ皇子は聞きたいことを遮られて少しふくれっ面になりました。

 とたんに、番兵の顔が青ざめます。

 

 番兵にとっては皇子も雲の上にいるような存在です。

 もし機嫌を損ねられて、もしそれが父君のミカドの耳に入ったりしたら……。

 怒りの形相で剣を振りかざす大悪帝の姿が、いとも簡単に番兵の頭の中に浮かび上がります。


「そ、その、皇子様が、もう少し大きくなられてから、お話になった方が、よろしいかと」

 小鳥のさえずりのようなか細い声でそう言う番兵に、スガルは頭をかきながら「あー、そういうもんですかね」と曖昧な返事をしてから、気を取り直したように皇子の方を見上げました。


「では、そこの番兵さんが申すようにそのことはいずれお話するとして、ミカドのご命令を伺いましょう。ええ、もう、つつしんで」


 スガルは立ち上がり、うずうずしながらそう促すので、話の続きが気になっていた皇子ですが、ミカドの勅命の方が大事だと思いいたり、命令を伝えました。


「えっとですね。“罪を許すから、サンジを集めてこい”とのことです」

「サンジ? サンジってあのサンジのことですか?」


 そう聞かれても、シラカ皇子は実はサンジのことをよく知らないのでそれ以上答えようがありませんでした。


「え、ええ。数え切れないほどの絹の衣を作れるくらいの、たくさんのサンジを集めてこいとのことです。え、えっと。それから……集めてくるまで、宮城には帰ってくるなとのことです」


 側でこれを聞いていた番兵は驚いて皇子に聞いてみました。

「ス、スガル様ひとりで集めてこいとおおせになられたのですか?」

「え? はい。そうです」

 ――絹の衣はたいへん価値の高いものです。

 その絹作きぬづくりに必要なサンジもまた、とても貴重きちょうで、それをたくさん集めてくるというのは、とても難しいことだったのです。

 番兵はスガルのことを気の毒に思いました。

(スガル様、大変なことになったなぁ。これではお城から――いやこの国から追放されるのと同じようなものじゃないか)


 しかし、そこまで聞いた当のスガルは、目を輝かせ、そして体を震わせました。

「おお、おおおお!」

 感極まった様子で、目に涙すら浮かべたスガルは立ち上がったか思うと、勢いよく飛び上がりました。

 

「うわ!」

 びっくりした皇子と番兵は身を引いて後ずさりました。


 スガルは牢穴をおおっていた木の柵を吹き飛ばし、床に軽やかに降り立つと、ぐっと握り拳をつくって胸に当て、自信に満ちた笑みを浮かべて皇子にこう告げました。


「宮中祭司のスガル。しかと勅命承ちょくめいうけたまわりましたッ。では行って参ります!」


 そう言うとスガルは風のように走り去っていきました。


「は、はや……」

 とても長いこと牢に入れられていた者の動きとは思えませんでした。

 シラカ皇子は呆気にとられて、スガルを見送ったのでした。


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