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”炎帝”の魔法使い

よくしゃべる魔法使いです。

 「エレーン、こっち来て」

 寝室から呼ばれるが行く気はない。

 鍵は内側だけ。外側の鍵は初日にゼヴァローダ様が解除して以来使われていない。

 乱れた服を直しつつ、腰に力を入れて立ち上がる。

 「なんという…まさかお目覚めになるなんて…旦那様に…」

 ドアを背に蒼白な顔をして、ぶつぶつ言っているロレンヌ夫人の横に並ぶ。

 「あの、ロレンヌ夫人。ゼヴァローダ様を…」

 「え、えぇ、そうね。でももう出てしまわれたから、伝令を出しますわ。でもあの方をお1人にしたらどうなるか…」

 「わ、私が残りますから」

 この格好で邸の中を歩くのは無理だし、そもそも邸のことを知らない。

 「でも…」

 「大丈夫ですよ。何か動けないみたいですし、聞いてる限り私に害はなさそうですし」

 さっきの悲鳴は驚いただけなんです、と付け加える。

 「わかりました。すぐ戻りますが、くれぐれもご注意下さい」

 「は、はい」

 可愛そうに。彼はロレンヌ夫人の中では変質者レベルの扱いになっている。

 ドアを押さえる役目を交代し、あわてて出て行く後姿を見送りつつため息をつく。

 「おーい。エレン、そこにいるんだろう?」

 少し迷ったが、返事をすることにした。

 「はい、います。何か御用ですか?」

 「うわー、つれない言い方。

 それよりこっち来てよ。体がだるくて仕方ないんだ」

 そりゃあ随分寝ていたし、体は瀕死だったのだから当然だろう。

 返事をしないで考えていると、

 「来ないとこの部屋ふっとばすよ。そのくらいなら出来そうだから」

 「だ、ダメです!そんなことしたら」

 「じゃあ、来い」

 最後は命令口調だった。

 あのかわいいベルからは想像がつかない。

 渋々ながらそっとドアを開くと、彼は横になったまま肩肘をついていた。

 上半身があらわなので、目のやり場に困る。

 「遅い」

 オッドアイの目を細くして不機嫌に言う。

 「す、すみません…」

 「何、その他人行儀な言葉。いつものエレンのままでいいよ。あー、もぉ、だるい…」

 こてん、と両手を投げ出して仰向けになる。

 「戻らなきゃ良かった…」

 ぽつりとこぼす。

 「え?」

 「せっかく自由だったのに、どいつもこいつも戻れって。あー、やだやだ」

 見た目年上に見えるが、言ってる口調が随分子どもじみている。

 「エレン、こっち来て。手を握って」

 「あ、はい」

 左手を上げているので、おずおずとベットに近寄って手を伸ばす。

 「そんな警戒しないで。取って食いはしないからさ」

 面白いものを見るように笑いながら、握った左手が引かれる。

 とりあえず上がるが、腕を伸ばしたくらいの距離を置いて正座する。

 じっと私の方を見ていた彼が、静かに目を閉じた。

 「あー…本当、気持ちいいな。寝そうだよ」

 「そう、ですか」

 戸惑い気味に返事をすれば、目を細めて睨まれる。

 「敬語やめな」

 「は…うん」

 いきなりやめろと言われても、と思うが、睨んだ顔が綺麗な分とても冷たい印象になるのでとりあえずうなずく。

 右手を上げ、甲にある魔玉を見る。

 「だいぶいいな」

 「あ、でもここは白いままで…よ」

 そう言って私が指差したのは左肩の魔玉。他の4つは朱色より赤に近い色になりつつあるが、ここだけは綺麗に輝いているが白いままだった。

 「あぁ、ここは白でいいんだ」

 「そう」

 「火の属性と少しの風属性を持ってるんだ。ちょっと厄介だけど。

 それよりこんなに簡単に戻るなんて、迂闊(うかつ)だった」

 目を閉じて、右手で顔を覆う。

 「あの、どうして戻りたくなかったの?」

 「…別に大した理由じゃない」

 「でも、戻らないと死んじゃうって聞いたわ」

 「死ぬって言っても1年くらいは持つさ。『体』は持たないだろうけど」

 「やっぱり死ぬんじゃない」

 「いいんだよ。エレンといた時間の方が楽しかったんだから」

 僅かに開いた指の間から、オレンジの目が私を見る。

 「それなのにリーンが余計な事するから、エレンが(さら)われて、聞けば『体』の魔力の補充してるって。幼児の姿じゃ片言しか話せないから、少し大きくなってきてみれば監禁されてるし。リーンを()いて戻ってみれば、エレンは俺に抱きついて寝てるし」

 「そ、それは」

 見られていたことに恥ずかしくなる。

 「自分の『体』だけど羨ましいって思ったら、あっという間に引っ張られて。どうしようかと思ってたらエレンは起きるし、まだ何もしてないのに蹴るし」

 気になる一言が出たが、深く追求するのはやめようと話題を変えるべく口を出す。

 「でも、戻ってくれて良かった。お国からお迎えがきてるってゼヴァローダ様が言ってたわ」

 「チッ」

 ものすごく嫌そうに顔を歪めて舌打ちした。

 よっぽど帰りたくないのだろう。子どものように不貞腐れている。

 「エレン、年いくつ?」

 「え、18よ」

 「7つ下か。まぁ問題ない」

 問題よりも私が引っかかったのが年。

 失礼ながら、私の知る25才程の男性はもっとしっかりしている。農村だからかしら。だいたい結婚して家庭を持っている。

 何か考えているような彼を見つつ、そろそろ足が痺れそうだともぞもぞしていたら、後ろからバタンと大きな音がした。

 「シリウス!」

 大股でいつになくあわてて入ってきたのはゼヴァローダ様。その後ろにロレンヌ夫人とリーンが続く。

 「シリウス!いきなり戻るのは自殺行為だと言っただろう!」

 「あー、うるさい」

 怒鳴られても彼は面倒そうに言って、ゆっくり起き上がった。

 「魔玉の魔力量や肉体の波長を合わせなければ、最悪お前は意思が消滅したかもしれないんだぞ!」

 「ちゃんと戻っているからいいじゃないか」

 「良くない!」

 ゼヴァローダ様の後ろで2人も縦に頷いている。

 「それより、俺のとこの国から誰か来たって?」

 さほど興味なさそうにだが、とりあえず話題を変える。

 「あ、あぁ、面会予定として来ているのは外交大臣のオリラード侯と、ファラム魔法委員会のコーラン委員だ」

 「あぁ、あのうるさいおっさんと説教委員ね」

 嫌だなぁと手で前髪をかき分け、天蓋の天井を扇ぎ見る。

 ゼヴァローダ様はまだ何か言いたげだったが、間に挟まれた私を見て、すまなそうに軽く頭を下げる。

 「ベル」とリーンが話しかける。

 「エレンの仕度があるから、手を離してちょうだい。魔力はもう大丈夫でしょう?」

 「そうだな」

 そしてようやく離された手。

 私はそそくさとベットから降りた。

 「信用ないなぁ」

 はははっと笑った彼に、ゼヴァローダ様がため息をつく。

 「当たり前だ。

 さぁ、お前も仕度するぞ。お前はまだ弱っているから、午後1時に本館の客間に通す。私も立ち会う」

 「エレン、またな」

 またため息をつくゼヴァローダ様を前に、ひらひらと片手を振って微笑む。

 「失礼致します」とロレンヌ夫人が一礼して、さっと私の背中を押して控えの間へ出た。

 パタンとドアを閉めれば、ようやく気が晴れる。

 「エレン」

 ふいに横からリーンに呼ばれる。

 「ごめんなさい」

 「え?」

 きょとんとする私に、リーンはすまなそうに下を向く。

 「私が余計なことをしたから、あなたが誤解されてしまって。納得してから連れてくるはずだったのに、ごめんなさい」

 「リーン…」

 「あんな下っ端に食料を届けさせようとした私が愚かだったわ。直接ゼヴァローダに言えば良かった」

 「しょ、食料?」

 「えぇ、あまりに簡素だったから」

 悪気はないんだろうけど、何やらグサッと胸に突き刺さるようなものがある。

 確かに大魔法使いの生活とは天と地程も差があるだろう。

 それでもあんな避難があった後だったけど、実はもっと質素になる時もあるんだよ、と教えてあげたい。

 「じゃあ、ベルの仕度を手伝ってくるわ」

 「あ、うん」

 リーンが寝室のドアを開けると、ゼヴァローダ様の声がした。

 「ダメだ!」

 「いいじゃないか、今回の報酬ってことで!

 あ、リーン、丁度いい所へ来た。お前もこいつに言ってやれ」

 パタンとドアが閉まれば会話は途絶えた。

 何の話か知らないが、反抗期の息子とその父みたいな関係だなと思う。

 「さぁ、まずはこちらに着替えて、本館のお部屋へ移動してからお着替え致しましょう」

 その格好じゃ歩けませんと、さっさと渡されたワンピースに着替えると、そのまま初日に通された部屋へと案内された。

 用意されていたのは光沢を抑えた優しい黄色いドレス。と、いってもスカートにドレープはなく、すっきりシンプルなもの。レースや刺繍でアクセントをつくっていた。

 髪もハーフアップに結われてオレンジ色のリボンが編みこまれる。そして少し隈のできている顔に薄く化粧をしておしまい。

 この鏡に映る私を見るのも今日が最後、と思えば感慨深くなる。

 朝食は甘くないパンケーキにスコーン、添えられた生クリーム、数種類のジャムをからベリーを選ぶ。柔らかいオムレツに生野菜サラダに、厚手のベーコン。2種類のスープは温かな湯気をたてている。量を減らしてと言ってもこのボリューム。主食は1つで十分です、むしろパン1枚でいい。それとスープが1つで事足りそうです。

 リーンの言ったことは良くわかる。

 しかし母に魔法使いだとバレていたらどうなっていただろう。そのまま追い出すとは思えないが、すぐさま村長や領主様へ引き渡していただろう。

 私に関しては、遅かれ早かれあまり変わらない未来だったと思うべきか。

 至福の朝食をいただいた後は、最近引きこもっていたので、天気もいいからとコートを用意してもらって庭の散策へと誘われた。

 とにかく広い庭。はるか先に柵や壁は見えないが木々が見える。きちんと刈り込まれた庭の中には、冬なのに小さな綿のような花をつけているものや、新芽が膨らんだものなど様々な植物が植えられていた。

 ロレンヌ夫人とは主に彼女の家族の話を話題にした。

 夫が亡くなり伯爵家を息子が継いだので、暇になったところにある筋から紹介され、去年からこの邸に勤めているそうだ。

 「春になればこちらの庭は、それはそれはすばらしいものですわ。お茶会や宴にこられたお客様が、皆見惚れてしまいますの」

 「それは素敵ですね。一度見てみたいものです」

 見ることが叶わないその庭を想像してみる。

 「せっかく王都に来たのに、観光もせず帰るなんて少しもったいない気がします」

 「まぁ、では午後行かれますか?旦那様にお尋ねしてからになりますが」

 「え、でも」

 「夕方までに戻るなら、お帰りは移送魔法と伺っておりますから大丈夫かと」

 ちょっと気持ち悪かったりしたけど、確かにあの魔法ならあっという間に村に帰れる。

 遠慮がちにもお願いしますと言っておいた。

 

 昼食を前に、私達はゼヴァローダ様に呼ばれた。

 行った先の部屋にはすっかり仕度の出来た彼がいた。

 後ろに撫でつけた金髪に、精悍な顔立ち。紫のマントは左肩で金の飾りで止めている。中の服は光沢を抑えた黒の詰襟の上下だが、銀のボタンに袖や襟元には銀糸で刺繍が施してある。

 ゼヴァローダ様と並んで立つ姿は、そこだけ物語から出てきたようだ。

 おもわず見とれてると、彼が笑顔で近づいてきた。

 「何?もしかして見とれてる?ねぇ」

 「あ…その…」

 おもわず数歩後退すれば、彼は不機嫌そうに顔をしかめた。

 「随分と警戒されているな、シリウス」

 「お前が俺を裸にしたからだろうがっ」

 「その後の行動はお前が起こしたんだ。お前、本当に何もしてないんだろうな」

 「してない!

 な?エレン」

 また向けられた顔はまだ不機嫌そうだった。

 「あ、はい。少し驚いただけで。今は、その、まだ慣れなくて」

 「それに」

 しどろもどろに答える私に、腰を曲げて更に顔が近づく。

 「エレンは一度も俺を呼んでいない。シリウスでもベルでもいい」

 ベルなら言い慣れているが、どうしてもあの小さい姿が離れないし、愛称とわかった今、私が呼んでいいとは思えない。

 「では、シリウス様で」

 「様はいらない」

 「…はい」

 ようやく満足して顔を上げた。

 年上の男性を呼び捨てにするのは初めてだが、短い付き合いと思って乗り切ろう。

 「ベル、来たわよ」

 窓際に立っていたリーンが振り返る。

 白いシフォンのふんわりしたワンピースに、腰にリボンを巻いている。

 「もう来たのか」

 嫌そうに小さく舌打ちする。

 「夫人、午後の客人達が来たようだ。少し待つよう伝えてくれるか」

 「はい、かしこまりました」

 一礼してロレンヌ夫人は出て行った。

 「あの、リーンの姿はロレンヌ夫人には見えないのですか?」

 私の目にはやはり他の人と変わらずに見える。

 「今は見えてるはずよ。この邸にはゼヴァローダの特別な結界が張ってあるので、実体化するのが楽なの」

 「この邸にも1人精霊がいてね。実体化し続けるのは大変だから、こうして補助する結界をはっているんだ。私は結界を張るのが得意なんでね。」

 「ベルも見習うべきだわ。ベルは初歩的な結界しかはれないんだから」

 「うるさいな。元々雷属性の奴は結界はるのが得意なんだよ。俺みたいな火属性は不向きなんだよ」

 「鍛錬不足よ」

 リーンがふんっと鼻を鳴らして、私の側に寄る。

 「攻撃魔法は得意だけど、防御はまるでダメなんだから。エレンからも、しっかり鍛錬するように言ってあげて。力技で抑える事しか出来ないんだから」

 「勝てばいい」

 「結界がはれたら分離せずにすんだかもしれないのよ」

 シリウスはちょっと私を見て微笑んだ。

 「だからエレンに会えたんじゃないか。はれなくて良かった」

 「迷惑かけただけよ」

 さすがのリーンも眉間に皺が寄る。

 でもシリウスはふふんと勝ち誇ったように笑顔だった。

 「……!」

 ドアの向こうから声が聞こえてきた。

 それは段々とこちらに近づいているようで、数人の足音のようなものまでしてくる。

 誰かがこちらに来ているのと、それを止めようとする声のようだ。

 やがてドンドンと、ノックにしては乱暴な音がして主の返事がないのにドアが開いた。

 「失礼」

 入ってきたのは2人の男性。

 1人は中肉中背の初老の男性。白髪交じりの短髪にやや細い目をして、人のよさそうな笑顔を貼り付けている。格好からして貴族。彼が外交大臣オリラード候のようだ。

 その一歩後ろに立つのは、かなり痩せ型のご老人。白い顎鬚(あごひげ)、頭は後頭部に長めの白髪がある程度で、片眼鏡をしている。青紫色のローブを着ており、気難しそうな顔立ちは怒っているようだ。

 「ゼヴァローダ殿、急ぎゆえに無礼を承知で来ましたぞ」

 「そのようですね。まぁ、ご覧のように彼が当家に滞在しているということは、信じてもらえたようですね」

 「そのようで」

 顔は笑っているけど、口調は厳しい。

 ゼヴァローダ様も、一切笑顔もなく淡々とやり取りしている。

 チラリとシリウスを見上げれば、彼の顔も先ほどとは全く違った表情になっていた。

 言うなら無表情。

 くるくると感情を映していた目は冷たく、怒っていると言われてもうなずける。

 「移動しましょう。案内させます、お話はそちらで」

 「そうですな」

 ゼヴァローダ様の目線に気が付いた執事服の男性が頭を下げ、オリラード候を案内する。

 続こうとしたコーラン副議長が、ふと私に気づいた後シリウスを見る。

 「この女性は?」

 「私の客人ですよ、コーラン副議長」

 ゼヴァローダ様から目線で促され、あわてて私はお辞儀をする。

 「行こう」

 わざとコーラン副議長の視界から隠すように横切って歩き出す。

 「…お前にはたっぷり聞きたいことがある」

 苦虫を潰したように顔を歪めて出て行くコーラン副議長、そしてゼヴァローダ様。

 シリウスは部屋を出る前に立ち止まり、振り向いた。

 「また後でね、エレン」

 その顔は柔らかな笑顔だった。



 男はいつまでも少年の心を持っている…と聞いたが、

精神年齢は関係ないはずだと思ってます。

 

 今週も読んでいただきありがとうございます。

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