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羞恥心と結果

 長いので2話に分けました。

 妖しい話はありません(すみません)。

(この人はベル!ベルったらベルなのよ!!)

 ベットの上に目をつぶって正座し、歯を噛み締める勢いで自己暗示をかける。

 母が知ったら絶叫しそうな寝床を提供してくれたゼヴァローダ様は、あの後すぐに「じゃあ、まだ仕事があるんで、これで。すぐ人をよこすから」と、混乱する私を置いてさっさと部屋を出て行った。

 そしてなるべく繋いだ手を見ないようにして、やっぱり部屋を出て追いかけようかと考えていたら「失礼致します」と寝室のドアの外から女性の声がした。

 「ひゃい!」と裏返った声で返事をすると、女性もあわてたように返した。

 「失礼致しました。ノックをしたのですが、お休みかと下がろうとしたのですが…何か御用はありませんでしょうか?」

 どうやらノックの音に、気がつかないくらいに悩んでいたらしい。

 「あ、だ、大丈夫です」

 「さようですか。寝台のサイドテーブルにベルがございます。何なりとお申し付け下さい」

 「は、はい」

 「では、失礼致します」

 結局ドアは開けられることはなかったが、ベルの音が聞こえる範囲に人がいるのがわかって少し安心する。でも、同時に恥ずかしくもあった。

 そして冒頭に戻る。

 だが、どれだけ念じても握っている手がベルのそれと思うことが出来ず、ましてや寝ることなんてできずに、ただもんもんとした時間を過ごしている。

 「はぁ。何でこうなっちゃったんだろう」

 誰に言うともなくつぶやいて目を開ける。

 薄暗い中に横たわる男性は、本当に呼吸しているのかと心配になるくらい動かない。

 なんだか心配になり、そっと鼻の先に手をかざしてみると、ほんのかすかに風を感じた。

 「はぁ~」

 がっくりとうな垂れてから、今日1日を振り返る。

 リーンがいなくなり、ベルを連れて探し回り、魔法で移送された先にリーンが来て、ゼヴァローダ様に

会って、それから”炎帝”に会ってこうして手を繋いでいる。

 『きゃー!うらやましい!!』

 ふいにメリーとマナの声が頭に響いた。

 くすりと自然に笑いが出る。

 一週間後の私を想像してみる。

 一週間後の私は村に帰っている。きっとみんなから話を聞かれてる。

 特にメリーとマナ。朝から家に押しかけて尋問するに決まってるわ。

 その2人に圧倒されながら、私はゼヴァローダ様や”炎帝”に会ったことを話すの。今からでも2人の歓喜の絶叫が聞こえてきそう。   

 それとも嫌われるかしら?

 …ないわね、そんな2人じゃないもの。

 でも”炎帝”の寝顔を見たのは秘密にしておこうかな。

 そして2、3日したらいつもの日常に戻るの。

 「ふふっ」とまた小さく笑う。

 あの2人はいつだって和ませてくれる。

 ついで思い出したのは、帰ったらきっと待っているだろう母の小言。

 普段優しい母だが、怒ると怒鳴るというよりぶつぶつ小言を言い続けて自己完結してしまう。私は責められないだろうが、一緒に暮らす私の神経は磨り減るだろう。

 来るべき未来を考えることで、現実逃避していた私は、そのまま先を考えるうちに眠ってしまった。

 

 顔を動かせば、頬に何か冷たい固いものがあたった。

 「ん…」

 ぼんやり目を開ければ、黒い塊が見えた。

 「…あ!イタッ!」

 がばっと頭を上げると、顔のすぐ側には握っていた左手があった。

 先ほどの黒い塊は、左手の甲にある魔玉だった。

 いつの間に前かがみになって、体を丸くして眠っていたらしい。

 急に起き上がった私の体は、あちこちから痛みが出ていた。

 背伸びくらいいいだろうと、そっと手を離して床に立つと大きく伸びをする。

 凝り固まった筋肉が伸び、伸ばした腕や肩からポキポキと小さな音がした。

 今何時だろうかと見渡すが、部屋は相変わらず薄暗い。

 窓に近づいて、見た目よりもずっと厚手のカーテンを少し開いてみた。

 サッと温かい光が入ってくる。

 まばゆい光に目を閉じつつも、どうやら朝というには遅い時間だろうと察しが付いた。

 カーテンを閉めれば、せっかく慣れていた目が見えなくなり、ついでベタつく右手に気づく。

 一晩中手を繋いでいれば冬でも汗をかく。

 彼は体温が低いのでそうないかもしれないが、私は緊張で無駄に汗をかいていたに違いない。

 早速サイドテーブルの上に置いてあったベルを鳴らす。

 ほどなくノックがされ、声がかかった。

 「お目覚めですか?」

 「はい。あの、できたら水とタオルをいただけないかと」

 「かしこまりました。すぐにご用意致します」

 足音はしないが、どうやら立ち去ったらしい。

 (どうしてドアを開けないのかしら?)

 意図的に2人きりにされているようで、余計に恥ずかしくなる。

 とりあえずゼヴァローダ様の言いつけ通りに、また彼の手を握って待つことにした。

 しばらくして、ワゴンの音が聞こえ、ドアがノックされる。

 「失礼致します」

 それはロレンヌ夫人の声だった。

 ガチャリとドアが開く。

 「おはようございます、エレン様」

 淡い黄色のドレスを着たロレンヌ夫人は、一礼して自らワゴンを押して入ってくる。

 「お、おはようございます!」

 てっきり入ってこないだろうと思っていたので、私はあわててベットから降りた。

 「お水とタオルですわ。あとから軽食をお持ちいたしますね」

 「は、はい。ありがとうございます」

 恐縮する私に、ロレンヌ夫人は自らタオルを絞って渡してくれた。

 「ありがとうございます」

 手を拭こうとして、先に彼の手を拭かなくてはと気づいて手を伸ばす。

 「カーテンを1枚開く許可を頂きましたので、開いてもよろしいですか?」

 「は、はい。お願いします」

 すでに紐を握っていたロレンヌ夫人によって、厚手のカーテンがゆっくりと開いていく。その下にはまだ薄手のカーテンがあるものの、冬の弱い陽の光が部屋の中を照らす。そのかわり今まで照らしていた燭代の灯りは消えた。

 「(わたくし)旦那様にお話を聞いて、思わず反対申し上げましたの。お嫁入り前のお嬢様を、動けないとはいえ男性と2人にするなどあんまりだと。まぁ、世の中には喜ぶ女性もおりますでしょうが、エレン様はそうはお見受けできませんでしたので」

 はぁ、と深いため息をついて顔を上げる。

 「この部屋にはそういった事を含めて、私と執事の1人しか入らないようになっております。もしも担当のメイド等が入りましたら、必ずお教え下さいませ」

 「は、はい」

 世の中積極的過ぎる女性もいるのは分かってる。

 チラッと彼を見て、ゼヴァローダ様の顔も思い出す。

 きっと前例があるんだろうなぁと、勝手に想像しておいた。

 トントンっと控えの間の方から音がした。

 「あぁ、お食事がきたのでしょうね。

 先にお着替えなさいますか?そちらの部屋へ服も運ばせましたので」

 「あの、自分でします。ロレンヌ夫人にしていただくわけには…」

 本来なら指示する側の人だというのに、さっきからワゴンを押したり、タオル絞ったり、カーテン開けたりとメイドのようなことをしている。させているのが私かと思うと、恐縮せざるを得ない。

 「まぁまぁ、お気を使わせてしまいましたのね。でもこの部屋でのお世話は私にお任せ下さいな。これでも娘と息子を育てた経験がありますの。久々に構えて嬉しいですわ」

 ほほほっと口元を手で覆いながら微笑む。

 その笑顔にほっと気も緩んだ。

 それから日中のほとんどをロレンヌ夫人と過ごした。

 夜になれば当直と思われるメイドさんが来たが、会うことはなかった。

 翌日、やはり慣れるはずもなく寝不足の目をこすりながら、のそりと起き上がった。

 昨日のように丸まって寝ることはせず、失礼ながら背を向けて横になって寝た。

 ベルを鳴らそうと手を伸ばした時だった。

 「エレーン!」

 「いけません!」

 ほぼ同時にドアも開き、まっすぐ駆け込んできたのはベル。

 「ベル!?」

 ベットに座ったまま抱きとめれば、ぐりぐりとお腹に頭を押し付けてくる。

 (あれ?こんなに大きかったっけ?)

 あの走りも幼児とは思えない。見た目も4、5才くらいになっている。

 「エレン」

 澄んだ声色に顔を上げれば、ドアの所にリーンが立っていた。その後ろには困惑気味のロレンヌ夫人がいる。

 「シリウス様、むやみにお体に近づかれてはなりません」

 「そうよ、ベル。強制的に弱った体に吸い込まれたら、今度こそ助からないわ」

 「吸い込む?」

 「『魂』と『体』は惹かれ合うものよ」

 おもわずベルを抱き上げて2人の所まで急いで離れた。

 「これで大丈夫?」

 と、リーンに聞けば「多分」と小さく言われた。

 やっぱり見た目通り重くなっていたベルを下ろすと、入れ替わりにリーンが入って行き、ベットの横から彼を覗き込む。

 「まだまだね。でも昨日よりいいわ」

 顔を上げたリーンと目が合う。

 「これからもよろしくね、エレン」

 こくりと頷こうとしたら、足元に募っていたベルが先に口を開いた。

 「え~、もういいよ。それ、ほっといて」

 随分嫌そうに言ったことに驚いていると、ベルがにっこり笑った。

 「帰ろうよ、エレン。お茶飲みたい」

 「ベル?」

 自分の体のことなのに、外見通りの子どもで分かってないのだろうか。

 「ベル、怒るわよ」

 「いいってば、このままで。僕はここまで回復できたんだから、このまま『魂』のままいるよ。だから『体(それ)』はいらない」

 なんて事を言うのだろう。

 ロレンヌ夫人も目を丸くしている。

 「エレン、みんな心配してるから、帰ろうよ」

 ぎゅっと足にしがみついてくる。

 どうしようかと目をリーンに向けると、彼女は黙ってベルを睨みつけたまま言った。

 「魔玉がない『魂』が実体化するのが、どんなに大変かわかるでしょう?せいぜい今の仮初めの体と、幼少期の思考を維持するのが限界よ」

 「いいよ、別に。

 ねぇ、エレン帰ろう。大丈夫だから」

 ぐいっと手を引っ張って歩き出そうとする。

 「なりません!」

 (いさ)めたのはロレンヌ夫人だった。

 膝を折り、ベルに目線を合わせる。

 「どんな思いでエレン様がここに滞在されているのかお分かりですか!?」

 「僕に死なれては困るだけだろう」

 とても子どもが言ったとは思えない抑揚のない声と、冷たい一瞥(いちべつ)にロレンヌ夫人も黙る。

 「聞き分けのない子ね」

 呆れたようなリーンの声がした。

 「わ!」

 「きゃっ!」

 どこから現れたのか分からないが、青々とした蔦でぐるぐる巻きにされるベル。

 「お仕置きが必要ね」

 つかつかと大股で近寄ってきたリーンは、静かにベルを見下ろしていた。

 「は、離せ、リーン!」

 必死でもがいているが、まるでミノムシのように覆われた蔦は少しも緩まない。

 「分かった?今のあなたは普通の子どもと同じよ。いえ、それ以下の弱い存在だわ。その弱さがあなたに分かるように、じっくり話をしてあげるわ」

 「ひっ!」 

 その目を見たベルが短い悲鳴をあげる。

 「エレン、『体』をお願い」

 リーンが膝を折ってベルを小脇に抱くと、そのままふっと霧のように消えてしまった。

 「……」

 残されたロレンヌ夫人と私はしばらく呆然と立ち尽くした。

 「あの、ロレンヌ夫人?」

 遠慮がちに声をかけると、はっと我に返り、立ち上がって(すそ)を直す。

 「申し訳ありませんでした、エレン様」

 「いえ、あのぉ、2人はいつ?」

 「つい先程です。旦那様からくれぐれも近づけないようにと申しつかっておりましたのに。小さな幼児のお姿と聞いておりましたが、ずいぶん回復なされていたようで、追いつきませんでしたわ」

 やんちゃ盛りの少年の足に、ドレスを着て走らないように躾けられた淑女がかなうはずがない。

 「この事は旦那様に、すぐご報告致します」

 一度部屋を出て行くロレンヌ夫人。

 私はとりあえずリーンに言われたように、また彼の手を握ることにした。

 その後は昨日と同じ日常が始まったのだが、その後2人が現れることはなかった。



 そして3日目の夜、ゼヴァローダ様がやってきた。

 ロレンヌ夫人が付き添う中、彼を見たゼヴァローダ様は目をつぶり、ため息をついた。

 彼の魔玉は黒っぽい灰色。

 「足りない、ということか」

 吐き出された言葉に、ロレンヌ夫人が動く。

 「エレン様はずっとお役目を果たしてらっしゃいましたわ」

 「わかっている」

 もう一度、何かを考えるかのように目をつぶったゼヴァローダ様。

 どうにも気まずい雰囲気の中、まるで刑罰を言い渡されるように肩身を狭くしていた。

 やがて意を決したようにゼヴァローダ様が、強い眼差しを向ける。

 「エレン殿、最終手段だ」

 私は良く分からないまま、反射的に頷いた。


 

 

 


本日も読んでいただきありがとうございます。


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