『魂』と『体』
シリアスだな~、早く明るくなりたいです。
「彼に会おう」
そう言われたのは覚えている。
返事をしたかどうかはわからないが、拒否しても結果は同じだろう。
今、ゼヴァローダ様の背中を見ながら、また長い廊下を歩いている。途中渡り廊下も通った気がする。
長い螺旋階段の先にいくつかある部屋の一つの前で、ようやく歩みを止めた。
「ここは別館でね。この部屋には特別な結界が張ってあるから、誰もこの部屋の存在に気づかないんだよ」
懐から鍵を取り出し、中に入る。
真っ暗な部屋だった。
パチン、とゼヴァローダ様が指を鳴らすと、手前から順番に、壁にある枝付きの燭台の火が灯る。
先ほどまで私がいた部屋より狭いが、立派なカウチソファにテーブル、チェストや鏡台などが置かれていた。その奥にあるだろう寝室のドアの前に歩いていく。
「この中は更に結界を張っている。私の手を握って」
言われるがままおずおずと左手を出すと、それを右手で掴まれてドアを開け中へ入った。
ドア枠をくぐる時に、ぴりっと小さな痛みが体に走ったが、おそらくこれが結界なんだろう。
「私以外のものには攻撃するようにしているんだ。あぁ、私に触れていれば大丈夫だよ」
先に言って欲しかった。
無意識に繋がれた手を強く握り返した。
もう一度パチンと指を鳴らせば、壁の枝付き燭台の明かりが2つついた
薄暗い室内の真ん中に大きな天蓋付きのベットがあった。
ゼヴァローダ様は無言でそのベットに近づき、幾重にもドレープしたカーテンにそっと左手を差し入れる。
「私の友人、シリウス・ベルゼ・テナバートだよ」
おそるおそる顔を上げベットを見れば、大きなベットの真ん中に1人の男性が眠っていた。
薄暗い室内のわずかな光を返す金髪は、襟足ほどで散らされている。すっと通った鼻筋に、やや薄めの唇。長めのまつげの下の瞳は閉じられているが、どうあっても美しい顔立ちに違いない。優しい目をしているなら、ゼヴァローダ様似だろうし、そういえば気難しいと聞いたから、もしかしたら厳しい目をしているかもしれない。
「あれ?魔玉が…」
前髪に隠された額の魔玉はゼヴァローダ様と同じくらいだったが、色が真っ黒で光沢もない。
「魔力をほとんど使い果たしていてね。どうにか生命を維持している状態なんだよ。このままの状態が続けば、そう長くないうちに死ぬだろう」
「そんな…」
「彼は5つの魔玉を持つ、極めて稀な存在だ。だからこそ『魂』を分離させることができたと思っている。もしそうでなかったら、今頃は本当に死んでいただろう」
じっと友人の顔を見つめるゼヴァローダ様に、私はそっと声をかけた。
「あの、ベルが『魂』と言われましたが、あの子は普通の子どもでしたよ?それにリーンも、魔法使いではない私が、精霊を見るなんてないはずです」
目だけ私に向けると、一度目をしっかり閉じてから口を開いた。
「あなたは魔法使いではないけど、特殊な体質も持っているとシャーリーンが言っていた」
「え?」
「今、私もそのことを実感している」
ゆっくり繋いだ手を持ち上げる。
「例えるなら魔力は水。君は川だ。そして魔法使いはコップだとしよう。
水はあちこちから集まり、川を見つけて流れる。そしてそこにコップを差し入れれば、コップに水が溜まる。
つまりあなたの体は周りから溢れ出る魔力を吸収し、魔力を溜める器をもつ魔法使いに提供する事ができる体質を持っているんだ」
「…はぁ」
突拍子もない話に、気のない声しか出なかった。
(魔力を吸収?私が?)
「待ってください、私に魔玉はないです」
「そうだよ。だからあなたは魔力を蓄える事ができない。だから魔法使いではないんだ。
今もそう。私が少しでも魔力を消耗すると、この繋いだ手から即座に新しい魔力が提供されてくる」
繋がった手を熱のこもった目で見つめられるが、私には何の実感もなかった。
むしろ一歩退いて他人事のように聞こえる。
「呼吸をするのを当たり前と無意識にしているのと同じで、魔力を集めてしまうのも体が勝手にやっているのだろう。意識しても止めることはできない。あなたの中に集中する魔力は、すぐにまた回りに発散されているから害もない」
ただ集めて発散させてるなんて、意味のない循環器のようだ。
「あの、だからと言って精霊は見れませんよ?」
「いや、見るだけならできる。あなたの体には魔力が流れているんだから。
シャーリーンから聞いたのだが、火山の噴火口を潰した彼は全ての魔力を失って、自己防衛から無意識に『魂』を分離したそうだ。手伝ったシャーリーンもほとんど魔力も残らず、どうにか『魂』を集めて防御魔法のかけられた彼のショールに包んだそうだ。実体のない『魂』と実体化することもできなかったシャーリーンは、自分達を見ることが出来る上位の魔法使いを探してさ迷っていたらしい」
「でも、捜索隊が出たと」
そうだね、と軽く二度うなずいて先を話す。
「彼らでは見えなかったのだよ。発見したのは『体』だけ。だからシャーリーンは自力で探そうと村までやってきたんだ。正直その時はもうダメだと思ったそうだ。
だがあなたに声をかけられ、あなたが触ったところから魔力がどんどん流れてきて驚いたそうだ。すぐに実体化できた2人は、そのままあなたから魔力をもらい続けていたんだよ」
持ち上がっていた手にゼヴァローダ様の左手が重なる。
「ありがとう」
そう言って頭を下げた。
「そ、そんな、頭を上げてください!」
つい大きな声が出て、すぐしまったとベットの彼を見るが、やはりピクリともせずに横たわっているだけだった。
「『魂』は回復しているようだが、この『体』は瀕死の状態だ。自分で魔力を取り込むことができず、残った魔力だけで維持している。今『魂』が戻っても、死は免れないだろう」
だいたい分かってきた。
「あの、私が出来ることっていうのは…。この方に魔力を流すこと、ですか?」
「そうだ。やってくれるかい?」
拒否できるわけがない。
触って入ればいいだけで、人一人が助かるのだ。
しかもこの人は恩人、とくれば頷くしかない。
「はい、私にとっても火山を鎮めてくれた恩人ですし。あの、触っていればいいんですよね?」
「そうだよ。直接肌に触れたら勝手に流れ込んでいく」
「わかりました」
「じゃあ、今からでも頼む」
そう言ってゼヴァローダ様は、ふわふわの布団をめくり上げた。
そこから引っ張り出したのは左腕。
「はい、握って」
戸惑う私に「さぁ」とばかりに押し付ける。
そっと右手で手首を掴む。
本当に生きているのかと思うくらい、ひんやりとしている。
「ここの結界はすぐに解くよ。明日からは人の出入りもあるからね」
そう言って左手を上にかかげ、指先をくるりと回した。
ポシュン
煙が拭くような音がした。
「もう大丈夫、結界はないよ。さて、明日からはこちらに夫人を呼ぶから、何でも彼女に相談して欲しい。とにかくあなたはずっとこのままでいてくれ」
「え!?ずっとですか?」
「最低限の行動は仕方ないが、基本は彼の手を握っていて欲しい。
あぁ、そうだ。ちょっとベットにあがってくれないかい?」
そう言って反対側へまわる。
私は良く分からないまま、ベットの上に膝立ちになる。
ゼヴァローダ様は布団の中に両腕を差し入れ、「せーの」と彼の体をベットの端に引き寄せた。つられて柔らかなシーツに、顔が埋まる。
「さ、これで寝るスペースもできたね」
「は!?」
あわてて顔を上げれば、どうしたの?と首を傾げている。
「彼の魔力は膨大なんだ。とにかく全ての魔玉の色が戻るまでは安心できない。
母君との約束は1週間と短いし。まず3日はこの部屋で生活してもらうからね」
薄暗い室内なのに、ゼヴァローダ様の周りには光が見えた気がした。
世の女性は卒倒するかも知れないほどの、とにかく美しい笑みでおっしゃったが、要するに軟禁ですよねと騙されなかった私は本当に偉いと思った。
今週もありがとうございました。
次話から明るくなりそうです。
体質の表現分かりにくかったかな?心配です。