リーンとゼヴァローダ様
ゆっくり更新してます。
朝起きたらびっくりしました。
歪んだ灰色がぼんやりと見える。
「…」
ぼぉっとしたまま目だけを上にむけ、また下を見ると自分の手が前になるのに気がついた。
「うっ」
力を入れて上半身を起こすと、動かした手にひんやりとした冷たさが伝わってきた。
ゆっくり見渡せば、ここは石畳の牢屋だとわかった。
数メートル上には換気口なのか、格子の窓があり、冷たい風が吹き込んでいる。
簡素な布が2枚側に置いてあった。
のろのろと立ち上がって、等間隔の格子から除くように牢屋の外を見るが、小さな松明で照らされた薄暗い石畳の廊下が続いているだけだった。
「誰か!誰かいませんか!!」
声が反響する。
返事の変わりにカツカツと、ゆっくりとした足音が複数聞こえてきた。
思わず身を引っ込めて、黙っていると、その足音は段々大きくなり、近づく明かりとともに目の前で止まった。
現れたのは白いローブをすっぽり被った2人と、上等な服に腰に剣を挿した白髪交じりの男性だった。
茶髪に口ひげ、目も茶色。やや眉間にしわを寄せて私を睨んでいた。
「魔法使いではないのか」
その言葉は隣の白いローブの人に投げられた言葉だった。
左の人が「はい」とうなずく。
「魔玉の存在は確認されませんでした」
「そうか。
とにかく連れて来い」
「はい」
男の人が歩き出すと、変わりに別の人がきて牢屋の鍵を開けた。
おもわず後ろに下がったが、するりと入り込んできたローブの2人のうち、先ほど答えた人が口を開いた。
「来なさい。来て質問に答えなければ、今のあなたの処遇はかわりませんよ」
大人の女性の声だった。
「…はい」
ゆっくり私は歩き出した。
両側はしっかりローブの2人に囲まれて、石の螺旋階段を上がって2重の扉をくぐれば、そこは鉄格子の窓がずらりと並ぶ廊下だった。反対側はドアがいくつかある。
窓から入り込んだ陽の光で、ぼんやりした影は大きく伸びていた。
(夕方…ずいぶん経ったみたい)
トントンとドアをノックする音で、はっと顔を上げた。
中に入れば簡素なイスと机があるだけの部屋に、先ほどの男性が座っていた。
「座りなさい、エレン・カーチェス」
びくっと緊張から体を強張らせたが、とんっと背中を軽く押されてイスに座る。
「まず何の件で君がここにいるか、分かるかね?」
「い、いいえ」
ひどくかすれた声がでた。
「君には、隣国より火山の沈静化の為に来ていた魔法使いを拉致したのではないか、という疑いがかかっている。もっとも、魔玉もない女性に魔法使いをどうこうできたとは思っていないがね」
はぁっと、どこか気だるげにため息をついている。
「私、何もしてませんし、何も知りません。本当です!」
前のめりになってはっきり言ったが、男性の表情は変わらない。
「だろうね。しかし、君が知らない証拠もない」
「だったら、私が関わったという証拠はあるんですか?」
「さぁね。私は言われた事をやっているだけだからね」
机に置かれた紙は真っ白で、男性もやる気なさそうにどこかを見ている。
「とにかく村へ返してください。家族がいるんです」
「そんな権限は私にはないよ」
「じゃあ、どうすればいいんですか!」
つい怒鳴り声を上げたが、小娘には迫力がないのか何の返事もない。
(どうすればいいのよ!)
歯がゆくて膝の上の拳を握り締める。
沈黙だけが流れる。
ギィっと軋んだ音がした。
男性が顔を上げ、私も振り向くと、そこには白いワンピースを着たリーンが立っていた。
あまり感情を出さない顔に、はっきりとした怒りが表れていた。
リーン?と声を出す前に、男性が立ち上がった。
「子ども?どこから入った!」
ローブの2人がリーンに近づこうとして、足を止めた。
寒い室内にリーンの声が不気味なほど大きく響く。
「低級使い魔に低脳な人間。本当に嫌だわ」
ぽいっと何かを放り出す。
床に散らばったのは、いくつかの木の実だった。
「発芽」
リーンの言葉と同時に木の実が破裂して、あっという間に蔓のような植物が部屋中に根を這い巡らせた。その根に男性とローブの2人が絡みとられる。
「行きましょう、エレン。ベルが待ってるわ」
呆気にとられる私の手を引いて、リーンは振り返ることなく部屋の外へ出た。
「り、リーン?どうしてここにいるの?」
「ベルの『体』の様子を見て帰ったら、ベルからあなたが浚われたと聞いてようやく見つけたの」
「か、体?」
「話のわかる人間に会いましょう。すぐ来ると思うわ、ほら」
歩みを止めて前を向くと、確かにバタバタと走ってくる足音がしてきた。
そしてすぐにその人たちはやってきた。
先頭は紫のローブを纏い、長い金髪をなびかせて走ってきた。
おそらく20代後半だろうその顔は、切れ長の金目に通った鼻筋、薄い唇の整った優し気な顔立ちは、女の子なら一度は想い描くだろう王子様そのものだった。額には大きな黄色の魔玉があるが、顔立ちの良さは少しも損なわれていない。
スラリと身長も高く、最高位色の紫のローブにはよく見れば金糸の刺繍がびっしりされている。
その後ろからは、黒や青のローブの男性が数人続いている。
「ゼヴァローダ、あなたの失態よ」
「申し訳ない、シャーリーン」
最近聞いた名だと思い出していたら、ゼヴァローダ様がこっちを見た。
「エレン殿、本当に申し訳ない。なんと詫びていいか…」
「えぇ!?」
何の事だとびっくりして変な声が出てしまう。
「とにかくエレンを休ませて。ベルは私が迎えに行くわ」
「分かった。私が責任を持ってもてなそう」
リーンは頷いて、くるりと振り返って私を見上げた。
「待っててね」
そう言ってリーンは、ふっと霧のように消えてしまった。
「リーン!?」
あわてた私に、ゼヴァローダ様が優しく声をかける。
「大丈夫、彼女はすぐ戻る。まずは私の邸に行こう」
にこりと綺麗な笑顔を見れたはずなのに、私の心はちっとも嬉しくなかった。
本日も読んでいただいてありがとうございます。
…ランキングにびっくりしている私です。