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 父と母

 次回は月曜日に更新します。

 王子はとんとんとテーブルの上の論文を指で叩いた。

 「これが実現すれば魔力の枯渇を気にすることなく、どんな大きな魔法でも使うことができるようになるんだ。もちろん魔玉の魔力保有量は増えないかもしれないが、これさえあれば蓄積なんて考えずに右から左へ流すように魔力の補給がおこなえるはずだ。

 もちろんこれさえあればお前の割に合わない魔力変換率も問題ない。いつでも魔力を満タンに満たしていられるはずだ!」

 今までの不機嫌さは吹き飛び、嬉々として熱弁する王子。

 一方、ゼヴァローダ様は表情を曇らせた。

 「王子、何を夢物語のようなことを」

 「そうでもないぞ」

 ゼヴァローダ様の言葉を遮り、王子はますます笑みを深めた。

 「これを見つけたのは2年程前だが、どうにも気になっていろいろ調べたのだ。今はこの数枚の論文しかないが、資料としては何一つ残っていない。まぁ、資料というか日記のような走り書きが1枚あるだけだが、それすら破られた状態だった。おかしいだろう?単なる夢物語の空想でこうまで具体的に書けるなんて」

 「……エディ・カーチェスとはどのような人物だったんですか?」

 「そうだな、黄色の階級の癒しの魔法使いだったようだ。魔玉は1つ。魔法使いというより研究者として過ごしていたそうだが、最終的には15年前の戦争終盤に徴兵され、戦死したとあった」

 「終盤?」

 ゼヴァローダ様がふと首を傾げた。

 「当時私は12,3才でしたが、記憶では黄色の癒し魔法使いは中盤に戦地に赴いていたはずです。彼は何か特別な任務でも?」

 「いや、彼は終盤に位上げされたんだ」

 それを聞いてゼヴァローダ様の眉間に深い皺が寄った。

 一方王子は嬉しそうに笑った。

 「彼の位上げの理由は魔玉は1つで特に大きくもないのに、魔力の回復がすごかったそうだ。白や黒の位の癒しの魔法使いは大した戦力にならないから、民間や戦地帰りの負傷者の治療を各地で行っていたが、その中で1日中魔法を酷使しても枯渇しない魔法使いがいると噂になった。それがエディ・カーチェスだった。その頃はすでに研究所を辞めていたらしいが、未完成の論文を見る限り、彼は何か掴んでいたんじゃないかと思っている。

 まぁ、ついでに言えば、この論文は彼が研究所を辞める時に破棄申請されている。その後再度、彼の死後に妻が代理人として破棄の申請を行っているが、その頃の職務怠慢か戦後のごたごたかで受理されたものの、こうやって半端に残ったというわけだ。あ、そうそう」

 ふと何かを思い出したように、王子はすくっと立ち上がった。

 そしておもむろに横に放置していた上着の胸ポケットから、片手ですっぽり掴めるくらいの白く濁った玉を取り出した。その玉をテーブルの上に置く。

 「これは、最近第2棟研究所で見つけたものだ。あそこは戦前の資料が多く、今はほとんど物置として使われていたんだが、そこにこれが1つあった。ちょっと触ってくれ」

 ゼヴァローダ様はゆっくり右手を伸ばし、ほんの指先だけその玉に触れた。

 「!?」

 ぱっとゼヴァローダ様は手を引っ込めた。

 そして信じられないものを見るように、玉を凝視した。

 「どうだ!?」

 興奮気味に王子が前のめりになって嬉しそうに聞く。

 「これは…」

 呆然とした表情のゼヴァローダ様。

 王子は笑みを消し、じっと玉を見つめた。

 「口の堅い魔法使いに見てもらったらこいつには魔力の元っていうのか?属性のない魔力が込められているって話だった。例えば水の魔法使いが魔力を込めようとしたら水の属性の魔力を持つだろう?それなのにこいつの中に溜まっている魔力は無属性。つまり吸い取った魔法使いが自分の属性に、自由に変換できるってことらしい。実際最初に見てもらった魔法使いは、こいつから少し魔力を吸ったが異変はなかった」

 「……つまり純粋な魔力だとおっしゃるんですね」

 「そうだ。問題は誰の魔力をこいつに込めたかだ」

 両腕を組み、王子は背もたれに背中をくっつけた。

 「それにその玉もただの水晶ではなさそうでな。どういうわけか、こちらから魔力を込めようとしてもできないらしい」

 ゼヴァローダ様は険しい顔のまま、ひょいっと玉を手に取った。

 「私に渡したい物というのはこれのことですか?」

 「そうだ。そいつの魔力がどんだけ残ってるか知らないが、吸えばお前の魔力の足しになるだろうと思ってな」

 「そんな一時的に魔力を補給して”雷帝”となったとしても、それは私の力ではありませんよ」

 「だが魔力の保有量からすれば、十分素質はあるはずだ。とにかく儀式を受けろ」

 王子は尊大な態度で言い切った。

 ゼヴァローダ様ははぁっとため息をついて、ことりと玉をテーブルに置いた。

 「大事な研究対象でしょう。お持ち帰り下さい」

 「大丈夫だ。あと1つ見つけてある」

 ぴくりとゼヴァローダ様が反応した。

 「まだあったんですか」

 「あったというか、見つけたんだ。多分持っていないかと探したら見つかったんだ」

 「…どういうことです?」

 王子はちらっとテーブルの上の論文に目線を移した。

 「エディ・カーチェスの家族を探した。カーチェスはありふれていてなかなか苦労したが、2日前フィラムの町で妻を見つけた。その後、夫の遺品としてこれと同じ玉を1つ持っていた。

 夫の論文の破棄申請をしたのが妻だったので何か知っているかと思ったが、この玉を両方握らせても何も起きなかった。彼女はただの人だし、破棄の申請も夫に頼まれたとしか言わない。嘘をついているようにも見えないのだが、一応こちらに来てもらった」

 「今どこに?」

 ゼヴァローダ様が非難の眼差しを向けると、王子は胸の前で右手を振って否定した。

 「心配しなくても、私の別邸に客人として招いている。手荒なことは何一つしていない」

 「有無言わさず転移させたんじゃないですか?」

 その言葉を王子は否定しなかった。

 そのかわり話を変えた。

 「今は娘を探してるんだ」

 「娘、ですか」

 「そうだ。嫁に出したと言っているが、つい最近まで目撃されているし、どこに嫁いだかも駆け落ちしたからわからないと言う。そのわりには村に戻らず、雇用主の男も妻は自分と見合いをしにここへ来ただけだといい、娘は見たことがないというが、周囲の証言と食い違う」

 「娘といっても、当時いくつです?幼児なら父のことなんて何も覚えてないでしょう」

 「それはそうだが、まぁ、一応な」

 そして話を打ち切るように、出してあったカップに手に取り口をつけた。

 わざとゆっくり飲み干している王子を尻目に、ゼヴァローダ様はもう1度玉を手に取った。

 「魔力を弾くというところは”ベルベルの玉”と同じですね。でもこれは濁っていますが」

 それを聞いて、王子はそっとカップを皿に戻した。

 「それが、もう1つの玉は綺麗な透明の玉で、魔力は込められていないそうだ」

 「つまりまったくの別物の石か、魔力が込められていないので透明なのか、ということですか」

 こくりと王子はうなずいて、はっと短く息を吐いた。

 「”ベルベルの玉”と比較したくて今陛下に申請中だ。さすがにすぐには許可が下りなかったが、まぁ明日にでも催促してみる」

 「国宝ですからね」

 「本当は”神玉”とも比較したいんだが、さすが無理だろうしな。しかしすぐそこにあるというのに研究できないとは、正直諦めきれない!!」

 膝の上でぐっと拳を握り締め、悔しそうに顔を歪める。

 「…なぁ、ゼヴァローダから頼めないか?」

 「無理です」

 「そぉかぁ」

 がっくりと頭を下げた。

 「それより王子、明日儀式を受けるということで、1つお願いがあるんです」

 「受ける!?なんだ!」

 がばっと勢いよく顔を上げる王子に、ゼヴァローダ様はにっこりと微笑んだ。

 「エディ・カーチェス夫人にお会いしたいのです。明日私は動けませんので、ぜひこちらにお招きしたいのですが」

 王子はややひきつった笑みを浮かべた。

 「お、お前、人妻が好みか?」

 「お話を聞きたいだけですよ。それにどんな人かも知らないのに好みも何もないでしょう」

 「いや、結構美人だぞ。年も30半ばくらいだし…」

 ふむっと王子は顎に手を当て考えた。

 「よし、お前のその無駄に綺麗な顔で何か聞きだしてくれ」

 「…私はエディという人の話を聞きたいだけですよ」

 「いや、お前は何かやってくれると信じている!さっそく明日朝にでもここへ連れてこよう」

 急に元気に段取りする王子に、ゼヴァローダ様は大きくため息をついた。

 「王子は朝議と会談があるでしょう。来なくていいですからね」

 しっかりクギを刺し、ゼヴァローダ様は話は終わりだと王子を部屋の外へと追い出した。



 本日も読んでいただきありがとうございました。

 

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