捜索と移送
のんびりした日常の話です。
「お母さん、大変よ!」
家に飛び込むと、火がついたばかりの竈《かまど》の前にいる母に男の子を見せる。
「まぁ!どうしたの!?」
「森から…」
「すぐに暖めないと!毛布持ってきて!それからお湯を沸かして」
「うん」
とりあえず荷物の中から毛布を出して母に渡す。
それから水を汲んだバケツを取りに外に出た。
「あなたも入って」
まだ外で立ち尽くしていた少女を手招きすると、おずおずと中に入ってきた。
「お母さん、この子の…」
「こんな寒い中森に捨てるなんて!一体どこの鬼かしらね」
小さな体を優しくさすりながら、ぶつぶつと憤慨している。
「あら?どうしたの、その子」
やっと気がついたらしい。
「その子を背負ってきたお姉ちゃんよ」
「まぁ、こっちにいらっしゃい」
竈の前から少しずれて、手招いた。
お湯を沸かすために竈に鍋をかける。
別の毛布をかけてやると、不思議そうに見上げる。
「お名前は?」
「…リーン」
「弟君は?」
「…ベル」
母はベルの顔の汚れをふき取ると、少し鍋を覗き込んだ。
「飲んで温まるのがいいわ。もういいかしらね」
少し泡がでてきたくらいだが、早く飲ませてあげたい。
「そうだ!」
私は荷物から瓶を取り出した。
「疲れた体には甘いものが一番よ。はい」
メープルシロップをぬるま湯で溶かして渡す。
リーンはゆっくり口をつけ、飲んだ。
「おいしい」
後は一気に飲み干した。
「何があったのか聞いてもいい?」
優しく母が問うと、リーンはこくっと小さくうなずいて説明した。
「親とはぐれました。気がつくと地震がきて、逃げたんです」
「どこの村から来たの?」
「…」
リーンは黙ってしまった。
私と母は顔を見合わせ、ベルを包んでいた布が足元に落ちているのに気づいた。
まだひんやりした布地は厚みがあり、灰色に汚れた白地には銀糸で様々な刺繍が施されていた。かなり上質なショールだと思う。
「これって」
「途中、魔法使い達に会ったの。寒いからとくれたの」
リーンはそれっきり目をそらして、竈の火を見つめていた。
「とにかく熱がでないといいけど」
これ以上話は聞けないと思ったのか、母は腕の中のベルを覗き込んだ。
しばらくして母と交代してベルを抱いた。
リーンが3杯目のメープルシロップ茶を飲み干した頃、ようやくベルが目を覚ました。
「あ、ぅ」
「あ、気がついた」
すぐにリーンが覗き込む。
「大丈夫よ、ベル。助かったのよ」
開いた目は薄い紫水晶のような綺麗なものだった。
リーンにベルを預けて、少し冷ましたメープルシロップ茶を作ってくる。
「おいしいわよ」
リーンに促されてベルはゆっくりと飲み始めた。
「さぁさ、夕食よ」
町で配給されたパンは固くなっていたが、薄いスープに浸して飲み込む。
ベルはスープよりメープルシロップ茶が気に入ったらしく、結局3杯も飲み干してリーンに止められていた。
夜は4人で竈の前で寝た。
心配していたベルの熱も出ないまま、朝を迎えることができた。
翌日、村は掃除で忙しかった。
家に残されている食料も少なく、村の店も商品はない。
町から渡された配給品は2人分だった。どうにか次の配給までこれで過ごさなくてはならない。
2人のことで母が村長に相談に行った。
人を探すにしても、まずは村が落ち着かなくては何も出来ないし、それはどこの村も同じだろう。何かあれば連絡すると言われたそうだ。
裏の畑に野菜を採りに行く。
灰だらけだが、冬物の葉物野菜がある。
横に大きく踏み出すような、幼児独特の歩きをしてベルがついてくる。
もの珍しそうに畑の側でリーンと2人、採取する私を見ていた。
ちらほらと雪が降ってくる。
灰色に濁った雪は、まだ空高くに粉塵が舞っているのだろう。
森にはあの日以来立ち入っていない。
樹液も汚れているだろうし、森から風が吹けば灰が一緒にやってきて村を汚していくので、とてもそんな暇がないのだ。
「ちゃ、ちゃ」
野菜を抱えて畑から出れば、ベルがスカートを掴んで催促する。
よほど気に入ったのか、ベルは毎日メープルシロップ茶を飲む。それも食事を食べないくらいに。
「ご飯が先よ、ベル。食べたらあげるから」
瓶の残りは半分以下になった。
リーンは自分の分もベルに渡す。
元気になっていくのはいいが、なくなったら泣くかもしれないなぁとため息がでる。そうなる前に親が見つかり、瓶の残りをお土産に渡せたらいいのだが、すでに1週間音沙汰はない。
「明日から食堂が開くそうよ」
パンと具が葉物野菜だけのスープだけの夕食中、母が嬉しそうに言った。
「もう再開するの?」
「まだ十分じゃないけど、昼だけでも始めるって言われたの。だから明日から出るわね。
2人とも、エレンとお留守番しててね。食堂の残りを少し分けてもらえるはずだから、楽しみにしててね」
できればお肉が入ったものが食べたいな、と口にはしなかったが期待する私がいた。
その夜、相変わらず4人で固まって寝ていたのだが、ずいぶん経ってから左に寝ていたリーンがむくりと起き上がった。
冷たい風が毛布の中に入ってきたが、眠くて目は開けなかった。
「リーン?トイレ?」
返事はなかった。
「寒いから、気をつけて」
勝手にそうだと信じて、私はまた眠りに入った。
そして翌朝目が覚めると、彼女の姿はなかった。
「リーン!」
家の外も裏も、村の中も聞いてまわったが誰も知らないと言われた。
見知らぬ顔がいれば気づくはずなのに、となると彼女は森に入ったのだろうか。
心配する母を「食堂に来る人に聞いてみて」と説得して、ベルを抱いてあちこち探してまわる。
口に布を当てて灰が積もった森の中にも入った。
砂糖楓の木々のところまできたが、彼女どころか足跡すら見つからなかった。
ふと木のバケツを見れば、予想通り灰が山のように積もっていた。
「ベル、あなたの好きなあのお茶はね、この木から作っているのよ。今年はもうダメね。今あるのが最後なの。来年またたくさん作ってあげるわね」
ぎゅっとベルを抱きしめて、私は家に帰った。
夜着のまま姿を消したリーン。
どうしてベルを置いていったのだろう。
いろいろ考えながら、お茶をおいしそうに飲むベルを見つめていた。
トントンとノックの音が聞こえた。
「リーン!?」
きっとそうだと思って、勢いよく扉を開けた。
しかしそこにいたのはリーンではなかった。
神妙な顔をした村長と、その後ろには銀の甲冑姿の男と、その左右に白いローブをすっぽりかぶった人が2人立っていた。
「村長さん?どう」
「エレン、黙って従いなさい。間違いならすぐ返される」
何のことだろうと首をかしげるが、村長の顔は変わらない。
「エレン・カーチェス」
大きな低い声で名を呼ばれて、ビクッとして前を向く。
甲冑男が続けた言葉はとんでもないものだった。
「エレン・カーチェス、お前を”炎帝”の魔法使い拉致の疑惑で移送する!」
一瞬何を言われたのかさっぱり分からなかった。
「は?」
「やれ」
左右のローブの人達が村長と私の前に立つ。
思わず家の中に逃げようとしたが、2人の手から幾何学模様の光の輪が出てきて、私の周りをぐるりと取り囲む。
「エレェン?」
舌足らずな声で私を呼びながら、コップを持ったままのベルが出てきた。
「ベル!だめ!」
まっすぐ私を見たままのベルの姿がザァッとぼやける。
足元からゾクゾクしたものが走りぬけ、視界は完全に光の中に包まれていく。
急に落下するような感覚がして、私は意識を失った。
本日2話できました。
読んでいただきありがとうございます。