儀式の全容
今回は儀式の内容をお送りします。
コーランさんは儀式の話をしてくれた。
儀式はあのベルベルの御神木の前で行われた。
御神木の前に”祝福の大樹”をモチーフにした円筒型の台を置き、その中央の窪みにシリウスが曇りが一点もない透明な”神玉”を置いた。
コーランさんやシリウスといった儀式の主要人は、台から数メートル離れたところに一列に並び、その後方に儀式列席者十数人が並んだ。
やがて儀式の主役である16才のフェリック・ヴェガリエが、付添い人のゼヴァローダ様とともにやってきた。
フェリックは赤茶の肩下まである髪を首の後ろで束ね、緊張のあまりきゅっと結んだ口に、黄色い目をキョロキョロさせていた。
魔玉3つ持ちとして特別扱いされていても、要人ともいえる面々の前で、自分の素質を問われるのだから緊張しないわけがない。
”神玉”の置かれた台の前にフェリックを立たせると、ゼヴァローダ様は数歩下がった。
そして前列から”緑帝”が進み出る。
彼女は腰下まである長い黒髪に前髪も厚くぱつんと揃えており、感情があまり出ない大きな黒い目をしていた。特徴として左目には泣きホクロが1つある。
彼女の姿を見た者は大抵、何か企んでいてもおかしくない魔女だと記憶しているという。
女性としては背も高く、すたすた近づきフェリックの横に並ぶと、その赤い唇をにぃっと吊り上げて笑った。
「覚悟はいいな、小僧」
そうは言っても”緑帝”は22歳だ。
そんなことを考える余裕もなく、フェリックは顔を強張らせたままうなずいた。
”緑帝”が”神玉”へと片手をかざした。
樹木から生まれたせいか”神玉”は大地の高位の魔法使いの魔力を、大量に注入しなければ発動しない。
数分後、彼女がかざした手を引くと”神玉”は淡い光りをぼんやり放ち、3度点滅して消えた。
”緑帝”も前列に戻り、いよいよ儀式が始まった。
フェリックは震える両手を”神玉”の上にかざし、そっと冷たい本体に触れた。
それから彼は全身全霊で、魔力を”神玉”に向かって放ち始めた。
どんな魔法を使ってもいいし、ただ触れるだけでもいいと説明を受けた。
”神玉”は触れたものの素質を自らで判断し、応えてくれるのだと言われた。
彼は数分、10分と頑張った。
しかし”神玉”は何の光りも放たなかった。
フェリックの顔から血の気が引き、青くなったのを見たゼヴァローダ様が儀式の終了を訴えた。
ぐらりと体勢を崩して膝から地面に倒れたフェリックを、ゼヴァローダ様が支え、すぐに後列から駆けつけた者へ預けた。
おそらく数日は動けないだろうと、誰もが予測し、運ばれていくフェリックを見送った。
儀式の終了ということで、コーランさんの前に金色の箱が用意された。
「”神玉”をこれへ」
コーランさんが声をかけると、ゼヴァローダ様がうなずき”神玉”に手を触れた。
1度発動した”神玉”はしばらく意思を持つので、帝位持ちが触るとその度に反応してしまうのだ。
ゼヴァローダ様は儀式の付添い人を数回務めており、もちろん反応はするはずがなかった。
だが、誰もが予測していない事態が起こった。
ひょいっとゼヴァローダ様が持ち上げた瞬間、しゅうっと”神玉”の中に白い光りが集まった。
と、同時にそれは爆発するかのように辺り一面に光りを放ち、最後は空へ一筋の光りを残して消えた。
白い世界から色のついた世界へと戻った現場は、しんっと静まり返った後、ざわざわと皆一様に顔色を変えて騒ぎ出した。
さすがのゼヴァローダ様もコーランさんも呆然としており、立ち尽くしたまま互いを見合っていた。
「なぁーんだ、やっぱりゼヴァローダ殿は”雷帝”じゃないか」
わざとなのか、大きな声でそういったのは”緑帝”だった。
その後に続いたのはエラダーナ協会側の歓喜の声。
しかしゼヴァローダ様は顔色を悪くして”神玉”をみつめ、やがて喜ぶエラダーナ協会の議長を無視してコーランさんの前に立った。
「今更私に反応するのはおかしいでしょう。フェリックの魔力に遅れて反応した、ということではないでしょうか?」
なぜか無表情で否定するゼヴァローダ様に、コーランさんは何も言えず、シリウスも”緑帝”も黙って見ていた。ただ、エラダーナの議長はそんなゼヴァローダ様に驚き、口をぱくぱくしていた。
「私はすでに8年前に最後の儀式を終え、付添い人も3度勤めております。その間に何も反応がなかったというのに、今更という気がします」
「ゼヴァローダ!せっかくの認定になんてことを」
エラダーナの議長があわてて非難するが、ゼヴァローダ様は一瞥もせず、コーランさんに頭を下げた。
「”神玉”の暴走、と思われます」
そして金の箱に”神玉”をそっと入れ、蓋を閉じた。
「コーラン殿、彼は混乱しているのです!そもそも暴走など起こるわけがない」
ゼヴァローダ様の説得を止め、エラダーナの議長は儀式の責任者であるコーランさんへ詰め寄った。
「だが、おおよそではあるが20を過ぎた者が魔力の増加、及び認定された事実は今までにない」
凛とした声でそう言ったのはエラダーナ王族の代表として参列し、魔法研究のエリートとして名高い第2王子だった。
それを皮切りに周りでは好き勝手な意見が飛び交った。
当のゼヴァローダ様は終始無言と無表情を貫き、シリウスすら声をかけるのをためらっていた。
「とにかく”雷帝”候補ということじゃ」
コーランさんの一声で儀式はそのまま中止となった。
今回の事態をどうするか、と今度は机上での論議が開始されたが、半日経っても結果は出なかった。
これが儀式の全容であった。
話を聞いた私は、あのっと口を開いた。
「もう1度儀式しなかったんですか?」
コーランさんはゆっくりと首をよこに振った。
「”神玉”が光った時点で”神玉”は眠りに入る。また発動させるには2日はまたなければならない。”緑帝”の魔力も回復にはそれなりにかかる。それにまた”神玉”が認定すればあの光りがまた周囲を照らす。そうなると、2人の帝位持ちがでたのかとおかしな情報が錯綜するとの声もあがってな。それにまず、肝心のゼヴァローダが参加を拒否している」
「どうしてゼヴァローダ様はそこまで否定されるんですか?」
魔法使いにとって最高位だし、国も喜ぶ慶事だというのに。
コーランさんは、はぁ~っと長く大きくため息をついてうな垂れた。
「わしも聞きたい。何が問題なのか、あやつは口を閉ざして言わん」
その後、コーランさんはゆっくり立ち上がって、少し休むと寝室に入っていった。
シンシアさんは、シリウスの部屋の様子を見てくると行って出て行った。
私は待機室に入り、明日のために用意された白いローブを手に取った。
「ごめん、お母さん。もう少し時間がかかりそう」
私はそのままぎゅっとローブを抱きしめた。
読んでいただきありがとうございます。
3連休ですね。それで次回の更新は日曜朝7時に予約しました。
月曜日は更新しませんので、どうぞよろしくお願い致します。