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執事との再会

 前にチラッと出てきた人登場。

 今夜行われているのは小規模の夜会とはいえ、魔法教会に勤める侍女や料理人のほとんどを費やしても足りないということで、王族や高位貴族の一部が出席していることもあり、彼等が手配した人材も費やしていると聞いた。

 そんなわけで1階の食堂にはいつもより多くの警備の人や、夜勤の人達が交代で早い時間から利用していた。いつもは別にいる手伝いの人もないので、私達居残り組はせっせと手足を動かしていた。

 盛り付け担当、皿洗い担当、調理補助担当など。

 私は皿洗いを希望して、泡と食器を相手に黙々と作業を続けた。

 「あなた、新人?」

 急に声がかけられて、驚いて左を見ると、同じ年くらいの女性が私を見ていた。

 服が少し違い、エプロンも二重のフリルがついてて、ヘッドドレスは帽子のように髪の大部分を包んでいる。

 茶色い髪に、くりっとした目、にこっとするとえくぼがでていた。 

 「は、はい」

 「でしょうね。ものすごい一生懸命な顔してるんだもん。あ、手が止まってる」

 「あっ」

 あわてて手を動かすと、となりの女性はくすくすと笑いながら作業していた。

 「私モニカ。ここのキッチンメイドよ。あなたは?」

 「あ、カレンと言います」

 「ふふっ、数日間よろしくね」

 にこにこと屈託のない笑顔に、私も笑顔で会釈した。

 「そうだ、いいこと教えてあげる。もし4階に行けたらだけど、そこの北の窓からここのご神木が見えるわよ。大きな大樹で、一般には立ち入り制限されてるからこっそり見てみたらどうかしら?」

 「え?いいの?」

 「やーね、4階にこっそり行けたらいいって話よ。見るだけなら何も言われないけど、4階ってお偉いさんが泊まるとこだから長居できないけどね」

 笑顔のままぱちんとウィンクした。

 「うちの自慢の木だから見てみてよ」

 そこへ食器の山が割り込んできた。

 「はいはい、追加だよ」

 この別棟の食堂に雇われ、エプロンはしているがメイド服を着ていない一般のおばさんが「忙しい忙しい」とつぶやきながら去っていく。

 「行けたらね」

 食器の山を挟んで曖昧な返事をし、私はまた手元に意識を集中させた。

 


 ようやく食堂が落ち着いて夕食を取れたのは8時過ぎだった。

 すっかり冷えて、ふやけてしまった手を温かいスープを持って暖める。

 ほっと一息つくと、どんっとテーブルの上に大皿が置かれた。

 「みんな、サービスだよ」

 食器の山盛りを何度も持ってきたおばさんが置いてくれたのは、たっぷりのあんがかかった肉団子だった。今日の夕食は豆のスープに野菜と肉のキッシュ、茹でた卵、パンだった。

 随分と酷使した腕はゆっくりとしか動かず、側に座ったモニカに笑われながら食事をすませた。

 キッチンメイドのモニカは再び最後の片付けに取り掛かり、私はコーランさんの部屋へ戻ってローブの裾直しを始めることにした。

 裾上げは腕や手先が疲れていたので予想以上に時間がかかったが、終っても何もすることがないのでいい時間つぶしになった。

 やがて部屋のドアがノックされた。やってきたのは水配りのメイド。ピッチャーに水をもらい、サイドテーブルにコップと一緒に置く。

 ふとモニカの言葉を思い出した。

 そっと部屋のドアを開き、廊下の様子を伺うと左側にはワゴンを押すメイドの後姿が遠くに去っていくだけで、しんと静まり返っていた。

 北である右の廊下を見れば、小さな突き当りの窓が見える。

 (これならコーランさんが帰ってきても、すぐ戻ってこれるわ)

 なるべく音を立てないようにドアを閉め、私はそっと北の窓へ向かった。

 別に悪いことをしているわけでもなく、4階にだって正当な理由があっているのに、足音を立てないで歩く私はまるでいたずらを仕掛けに行くかのようにどきどきしていた。

 何事もなく突き当たりの窓についた。

 (わぁっ)

 思わず息を呑んだ。

 真っ暗な闇の中にぼんやりと淡い光りを放つ、大きな木が1本あった。

 目を凝らしても詳細には見えないが、どういうわけか確かに光っている。

 窓に息がかかるくらいに近づいて見ていると、突然ぽんっと後ろから肩を叩かれた。

 「ひっ!」

 びくりと全身を震わせ、短く悲鳴もあげる。

 身を縮めたままおそるおそる振り向くと、そこにはどこかで見たことのある男性が立っていた。

 こげ茶の髪、小さな眼鏡をかけた20代後半くらいの男性。燕尾の黒服を着た執事。

 「あ、あなたは…」

 濃い緑の目を細め、うやうやしく腰を折る。

 「お久しぶりでございます、エレン様。ゼヴァローダ様にお仕えするジャクスターでございます」

 あぁっと思い出す。

 確かシリウスに抱きつかなきゃいけなくなった時に見た人だ。

 「ご、ご無沙汰しております」

 私もあわててお辞儀をすると、ジャクスターさんはおやっと何かに気がついた。

 「お顔を上げてください、エレン様。

 ところでエレン様はご神木をご覧になっていたのですか?」

 顔を上げつつ窓の方に目線をなげる。

 「あ、はい。光ってる木なんて初めて見ました」

 うっとり眺める私に、ジャクスターさんはやや口調を固くして言った。

 「エレン様、あれは魔力があふれ出てそういうふうに見えるのです。つまり普通の人間にはただの木にしか見えません。ご注意を」

 「えっ、あ、そうなの?」

 驚いてジャクスターさんの顔を見れば、彼は黙ってうなずいた。

 モニカにお礼言わなきゃと思っていた。良かった、ジャクスターさんに会えて。

 (あれ?)

 「あの、ジャクスターさんは見えるんですか?」

 「はい、私は精霊ですので」

 えっと大きな声がでそうになり、あわてて手で口を押さえたものの、私の目は大きく見開いた。

 「シャーリーン姫と同じ樹木の精霊でございます」

 「ひ、め?」

 「”祝福の大樹”より生まれた精霊は、樹木の精霊にとって王族ですので」

 なるほど、お姫様。美少女だし、確かに似合っている。

 「こちらの部屋は空き部屋でバルコニーがございます。せっかくですから、そちらから見られてはいかがですか?」

 「え?でも」

 「さぁ、どうぞ」

 やや強引にだが、部屋のドアを開けて中へと勧められる。

 (ほんの少しなら、いいかも)

 「じゃあ、少しだけ」

 好奇心に負けうなづけば、シャクスターさんもにこりと微笑んだ。

 応接室の奥に広いバルコニーがあった。

 夜風がそよそよと吹いており、廊下の明かりすらなくなった今、ご神木は先程より数段光り輝いて見えた。

 「きれいだわぁ」

 「ここ数年とても活性化されています」

 ふと隣に立つジャクスターさんを見上げる。

 「あの、ジャクスターさんはどうしてここに?」

 「ゼヴァローダ様が夜会に参加されておりますので、一緒に参りました。シリウス様よりエレン様のことを聞きまして、こうして様子をお伺いにきたのです。やはりじっとお部屋にはおいでになれなかったようですね」

 くすっと笑われ、私はかぁっと恥ずかしくなった。

 「シリウス様が退屈で歩き回っておいでではないかと、ご心配されていました」

 「んもうっ!子ども扱いしてっ」

 恥ずかしいわ、と両手で頬を挟む。

 「いえいえ、シリウス様もゼヴァローダ様に怒られておいででしたよ。子どものようだと」

 「ゼヴァローダ様もロレンヌ夫人もお元気?」

 「はい。またエレン様がいらしていただければと話しておりました」

 「わぁ、嬉しいわ」

 社交辞令かもしれないが、嘘でもそう言ってくれているのは嬉しい。

 「エレン様」

 「はい?」

 気のせいかジャクスターさんの目が険しい。

 「ゼヴァローダ様ではいけませんか?」

 「は?」

 いきなり何のことだろうかと、きょとんとしてしまう。

 「ゼヴァローダ様は大変繊細な魔力の持ち主です。我々精霊の間ではすでに”雷帝”として認識されておりますし、伯爵家の当主としては権利を放棄されておりますが、人望もあり、人にとっても好ましいお姿だと思っております」

 かなり強い口調で力説する。

 私は突然のことに意味も分からず困惑し、ただ「はぁ」とため息なのか返事なのかわからない声を出すだけだった。

 「ゼヴァローダ様は魔法教会からも城の者からも信頼厚い方です。あなたのその体質は、ゼヴァローダ様のお側にいたほうがいかせると思うのです」

 「い、いかすって」

 「そうですね。お隠しになるにしても、かの”炎帝”より不安はないと思われますが」

 真っ直ぐ射抜くようなその視線で、困惑する私をじっと見つめる。

 私は彼の言葉を、頭の中であわただしく整理していた。 

 そんな私にジャクスターさんは話を続けた。

 「他国より自国の英雄とされるゼヴァローダ様のほうが、どう考えても得ではありませんか?」

 その言葉は私をカチンとさせた。

 「何なんですか、その言い方。まるで私が損得でシリウスの側にいるみたいじゃないですか」

 「違うのですか?」

 「違いますっ!」

 私は拳を握り締め、足に力を入れ大きな声で否定した。

 「私はシリウスが好きなんです。彼がもう二度と自分の死を願わないように、側にいてその支えになれたらそれでいいんです!地位とか得とかそんなの私には関係ありません!」

 一気に言い切れば、はぁはぁと肩が揺れていた。

 ほとんど怒鳴っていたような気がするが、目の前に立つジャクスターさんには通じただろうか。

 黙ってその緑の目を細めて私を見ていた。

 「……惜しいですね」

 やがてぽつりと漏らされた言葉に、ふと雰囲気が和らいだ。

 「ゼヴァローダ様のお側にくるお話も正直うんざりしておりまして、エレン様が心移りしてくれたらと思ったのですが、なかなか交渉事には不向きなもので」

 「え?」

 残念そうに眉を下げ、僅かに口角を上げ微笑する。

 「ゼヴァローダ様は一生独身、と家人一同諦めたところにいらしたエレン様でしたので、慕う精霊も皆喜んでいたのですが。ゼヴァローダ様はやはり動かず、エレン様はシリウス様を慕われておいでで、仲間に聞いた情報を元にお話したのですが、どうやら逆効果だったようです」

 すっと綺麗に腰を折る。

 「大変失礼をいたしました」

 それを見て、私の体からすっと力が抜けていった。

 「あ、あの。ジャクスターさん?」

 呼びかけても彼は頭を上げない。

 「もういいですから、頭を上げてください」

 お願いします、と言えばようやく彼は頭を上げた。

 「今お話したことは私の独断です。ゼヴァローダ様は無関係ですので、そうシリウス様にお伝え下さい」

 「え?」

 「それ相応の罰はお受けします」

 「えぇ!?」

 どうしてそうこまで話が飛んでしまうのだろう。

 私はあわてて首を振った。

 「私は何も言いませんし、聞いてません。そう、聞かなかったことにしましょう、ジャクスターさん!」

 「しかし、エレン様がご不快に…」

 「大丈夫です!シリウスの側にいれば言われることだってわかってますから」

 「ですが、エレン様は違うのでしょう?」

 「違いますが、言う人は言ってきますからっ」

 「しかし、言われたエレン様はお嫌でしょう?その気持ちはどうするんですか?」

 「自分で何とかしますからっ」

 「そんなことしていたら、また言われた時にどうするのですか?」

 「それは…」

 そういえば感情で精霊は動くってリーンが言っていたなぁと思い出しながら、なぜ許すのですかと首をかしげるジャクスターさん。それをなんとか説得しようと押し問答を続ける。

 ジャクスターさんに悪気はなかった。よほどゼヴァローダ様を慕っているのだろうが、彼の行動は当の本人の意見を無視しているので、決して褒められたものではない。

 ちょっと考えれば分かることだが、精霊にとっては少し違う考えのようだ。

 「では、私は今回のことを黙っていればよろしいのですね?」

 「はい、お願いします」

 がっくりと、力なく肩を落としてお願いしたのは私。

 まだ納得し切れていないジャクスターさんは、釈然としないながらもうなずいた。

(完全に立場逆じゃないかしら)

 ご神木を見て癒されていたはずなのに、と顔を上げちらりと視線を移してみれば、ふんわりと闇夜に浮かぶ姿に見入ってしまう。

 「エレン様。お詫びに御神木の下へお連れ致します」

 「え?」

 再びジャクスターさんを見上げれば、いつの間にか肩に手をまわされていた。

 「え!?」

 「では、参ります」

 待って、と口に出る前に目の前の景色がぼやけた。

 


 できましたら、また明日更新したいです。

 読んでいただきありがとうございます。

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